クレ海R-18



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部屋中を憂鬱で満たすような、そんなため息を海はついた。カーテンの隙間からは、茜色と濃紺の混ざった空が覗いている。セフィーロの美しい夕暮れ色だ。
恋人は今しがた部屋を出て行った。
彼が部屋を去る前についたため息は、海がついたものよりも、ずっと深く、重かった。



――

「呼ばれた」
不機嫌そうに言うと、クレフは読んでいた分厚い本をパタンと閉じ、ローテーブルの上に置いた。

クレフの私室、ティータイムもすっかり終わり、ソファにのんびり座ってそれぞれに本を読んでいる時だった。
海はクレフの肩に頭を預け、時折読めない異国の文字が見当たれば「ねえ、これ教えて」と問いかける。その都度彼は穏やかに答えた。そんな綿菓子のような至福の時間をさえぎったのは、クレフの脳内に届いた『要請』だった。

それは外交だったり内政だったりいろいろなのだけれど、クレフの一段とうんざりとした表情から察するに、今日はきっと『外』だろう。海はそんな風に察した。無下に断るわけにもいかないはずだ。

クレフが杖をかかげると、身を包んでいた軽装は濃紺色のローブへと変化した。サークレットを装着し移動魔法を発動する寸前、クレフは「そうだ」と誰に言うでもなく言った。そして懐を探り、一枚のカードのようなものを取り出した。

(あの服、ポケットなんてあったのね)
そんなことを海が思っていると、クレフはローテーブルの上にカードを置いた。ローブとほとんど同じ濃紺色のカードだった。

「日が変わる前には戻る。これでプレセアたちと夕食にでも行ってくるといい」
言いながら微笑み、海の額に慌ただしく唇を落とした。
そして、杖から放出された閃光と共にクレフは姿を消した。


望まず独り占めを許されたソファへだらりと横になり、クレフの残したカードをつまんで眺めてみる。これを使えば、前から行ってみたかったあのダイナー(クレフは賑やかすぎるから行きたくないと言っていた)に、城の女子全員を誘って好き放題飲食することだってできるだろう。

「こんなの、いらないのに」
いらないから、一秒でも長くそばにいてほしい。

けれど海がこの感情をクレフに伝えることは絶対になかった。
クレフが忙しいのは今に始まったことではない。わかっていて恋人になった。支えてあげたいなどと大きなことは言わない。けれどせめて、クレフが帰ってきた時には笑顔で「おかえりなさい」と言いたい。
その言葉を言うことができる今の関係に、海は十分すぎるほどの幸せを感じていた。

わがままを言って困らせたくない。
重い女の子だと思って嫌われたくない。
自分の中にある、意外に『けなげ』な一面に苦笑いを浮かべながら、海は濃紺色のカードをテーブルへと戻した。

分厚い本が手の甲に触れる。つい先程までクレフが読んでいたものだ。なんとなく開き、読むでもなしに眺めてみる。
しおりは今クレフが読んでいたページよりもずいぶん前のほうにはさんであった。ちょうどそのページの挿絵が特徴的だったのでよく覚えている。クレフは昨夜もこの本を読んでいた。








『最近ずいぶん熱心に読んでるけど、それ、面白いの?』
ころんとうつ伏せに寝返りをうち、海がクレフの手元を覗きこむ。細かい文字だらけの本の中に、かわいらしい子供の龍のような絵姿が描かれていることを海は意外に思った。
『ああ』
クレフは短く返し、小さな龍のページにしおりをはさんだ。
『長く生きても知らないことは多い。実に興味深い章だ。ウミ、知っているか? ファーレンの幻術は元を正せばこの―』
『ねえ、じゃあ読んでたらいいのに』
と言う海を横目に、クレフは閉じた本を枕元へ置いた。

『たしかに興味深い。が、』
上目遣いに覗く恋人の長い髪に唇を寄せ、クレフは続けた。
『愛する女性を放っておいてまで読むようなものでもない』
耳元に送られた囁き声。ゾクリとした感覚が海の全身に走った。

言わずとも伝わっていた、そんな海の望みをかなえるべく、クレフはその唇を熱く塞いだ。
ついばむような口づけを省略して、ぬるりと柔らかな舌がいきなり侵入してくる。夜が待ちきれなかったことは、彼には容易くバレていた。
海が、急くようにクレフのガウンに手をかける。女の発情にクレフは気を良くし、薄水色の髪を荒く混ぜながらさらに深い口づけを与えた。

海は濡れた吐息を抑えることもせずクレフの舌を受け入れる。教わったとおりに舌を伸ばせばそれはクレフの唇に捉えられ、もう二度と放してもらえないのではないかと思うほどに濃厚に絡め取られた。







(やだ、私ったらなに思い出しちゃってるのよ……)
顔が熱い。まだ日も落ちていないというのに昨夜の情熱が下腹部に宿った気がした。
本をローテーブルへ置き、ソファの上で意味もなく姿勢を直す。顔をパタパタとあおいでみても、咳ばらいをしてみても、頬の火照りは引かない。
そのうちに、よろよろとした足取りで厨へ向かい、グラスに冷水を注いでソファへと戻った。時計の針はほんの少ししか進んでいない。
「少し寝ちゃおうかしら」



寝室へ入ると、半分ほど飲み残したグラスをサイドテーブルに置き、シーツに身をもぐらせた。

クレフが忙しいのは今に始まったことではない。
だから、これも初めてではなかった。
誰に言い訳するわけでもなしに「寝ちゃおうかしら」と独り言を言い、ベッドにもぐる。
セフィーロの優しい茜色がカーテンの隙間から差し、海の背徳を助長した。

ルームウェアの裾から手を潜らせ、脇腹を経由して胸元へ。下着を外してもすぐに頂には触れない。恋人の手つきを真似、自らを焦らすように緩やかな丘をなぞる。

『ウミ……』

自分を呼ぶクレフの熱い吐息を思い出す。昼間には決して聞くことのできない、色気をまとった掠れ声。その声を脳に宿らせるだけで、自分の指で与える刺激などよりもよほど奥を潤わせた。

「クレフ……いや……っ」
脳内の恋人は暗がりの中、意地の悪い笑みを浮かべている。いつまでも中心に触れない指に焦れ、海は苦言の声をあげた。
「お願い……クレ、フ……っ……」
おそらく彼がしてくれるであろうタイミングで、指を運ぶ。
待ち望んでいた場所へ指先が触れれば、海の体はびくんと震えた。
「は……、ぁ……好き……くれふ……好きっ、……っ!」
爪先に力がこもり、膝同士が勝手にすり合わさった。
下着の中が熱い。

耐えきれず、今度は恋人の焦らす速度よりもずっと速く、海は下着の中へと指を差し入れた。
下着の中で、潤った下腹部をそっとなぞれば熱い波が体中をめぐる。小さな芽をぬるぬると指が滑り、速度を増すごとに海の声は高く大きくなっていった。
「……っ……、やっ……! そこだめっ、イっ……」

昨夜の絶頂の記憶を辿り、海は自らを導く。
快楽の頂点が見えてくる。

あと少しで―

「……っも……だめっ……いっちゃ……っ」

体がピクンと跳ね、唇からは恋人の名がとめどなく零れた。
達した体を慰めるようにうとうとと眠気が襲ってくる。視界の端で時計を見れば、クレフが帰ってくるまでまだ数時間ある。
「ほんとに寝ちゃおうかしら」

そして、海は夢の中へと身を沈めた。








扉が開くか閉じるかする音で目が覚めた。
「寝ているのか?」
夢と現実の狭間で、そんな声が聞こえた気がする。つけっぱなしだったはずの照明は、おそらくクレフの手によって落とされていた。
目を擦りながら体を起こすと、クレフの姿はすでになかった。
「今起きたのに、せっかちなんだから」
閉まった扉に向かって頬を膨らませる。

夕焼け空はすっかり暗闇となっていた。照明を煌々とつけたまま眠ってしまったので、あとでクレフの小言をもらうかもしれない。
時計を見れば、大人が寝るにはまだ早い時間だ。クレフは予定よりもだいぶ早く帰ってきてくれたようだった。

ベッドを抜け出し、衣服を整えてのそのそと私室に出る。室内にクレフの姿はなかった。しばらくすると、浴室のほうから水の流れる音が聞こえてきた。それで寝室にグラスを忘れてきたことに気づいた。


部屋の隅の収納チェストを引き出して着替えを物色する。彼の好みが凝縮されたワンピース型のネグリジェと、それから軽い羽織物を取り出して袖を通した。スカートの中で下着を履き替える。着用していた時間は短いけれど、一人及んだ後の下着を履きっぱなしでいるのも嫌だった。

「証拠隠滅」
言いながら、海は持参したトランクに着替えと下着をしまいこんだ。



しばらくすると、濡れた髪を拭きながらクレフが浴室から出てきた。
「おかえりなさい」
子犬のように駆け寄る海を、クレフは「ただいま」と言って抱きしめた。
「起こしてしまったか」
「起こしてくれないほうが怒るわ」
「明かりがつけっぱなしだったぞ」
「……ごめんなさい」
濡れた髪が頬に触れ、湯上りの湿度を含んだ体温が海を包む。クレフの胸元に頬をすりよせ、湯上りの香りを身体いっぱいに吸い込んだ。
「クレフ、ぽかぽかしてる」
「ああ、風呂に入ったから」

問答がじれったいとでもいうように、クレフの口づけが降ってきた。海のまぶたがとろんと緩むと、そのうちに柔らかい舌が侵入してきて、彼が夜を求めていることが伝わってくる。それだけで腰の奥に切ない収縮が走った。
どの道こちらも「する気」だったのだ。
わずらわしい駆け引きは無しにして、返事のかわりに舌を伸ばす。背中を抱いたクレフの腕が少しだけ動き、移動魔法を使う気配がした。


「夕食には行かなかったのか?」
ベッドの上で、海の身をそっとシーツに沈めながらクレフが言った。
「寝ちゃって、タイミングを逃したのよ」
「では腹が減っているだろう。終えたら厨房に行って何かつまもう」
「でも、遅くなったらまた給仕長さんに叱られちゃうわ」
「そこはなんとかする」
「先に食べに行くっていう選択肢はないのね」
言いながら海がクスクスと笑った。

「ない。今すぐ抱きたい」
囁きながら、濡れた髪が海の首筋をくすぐった。
笑い声がやんで、夜の始まりをもらたす甘美な空気が、二人の間を埋め尽くす。これを幸せと呼ぶのだなと、海はそんなことを思った。

つい先ほど袖を通したばかりの羽織を引き下げ、クレフの手がネグリジェの裾から侵入した。
脇腹を手のひらで触れるだけの曖昧な刺激がもどかしく、海はたまらずクレフのガウンを掴んだ。
「どうした?」
分かりきったことを尋ね、クレフは楽しそうに海の肌をさすった。

焦れたように膝をすり合わせる姿がたまらなく愛おしい。
はあはあと息を乱す海の姿を見下ろしながら、クレフは満足げに微笑んだ。
必死にシーツを掴む海の手を取り、指先にそっと口づける。名を呼び愛を囁こうとした時、クレフは小さく目を瞬かせた。

「クレフ?」
指に触れたままピタリと動きを止めた恋人を、海がいぶかしむ。
「どうしたの?」

クレフは海の指先を軽くんで、言った。
「ウミ、私の不在時に何をしていた?」
「え……? ……!? あっ……!!」

口元にとらえられた手を海はぐいと引こうとするが、動きを予測していたクレフが、そうはさせなかった。逃げようとする手を少々強引に引き寄せ、クレフは指先にねっとりと舌を這わせた。
「嫌……!」
「ウミ、何をしていた?」
「知らない……」
二度目の問いに、海は口を閉ざして顔をそむけた。

「言えぬのなら、私が事細かに説明することになるな。この指から、なぜこんなにも魅力的な味がするのかを」
海がクレフを強くにらむ。羞恥のためか目には涙がにじみ、その表情はかえってクレフを滾らせるだけだった。
「……ちょっと……意地悪すぎよ……」
「これも愛ゆえ。さあウミ、教えてくれ」
恋人のとんでもない要求に、海は口をパクパクと開閉した。手は人質にとられている。言わなければきっとクレフはまた舌をはわせる。それは密の出処を直接舐められるよりもよほど恥ずかしいことだった。

抵抗すればするほどクレフの意地の悪さが増すことは経験上明らかだ。セフィーロではその行為のことをxxxxと呼ぶんだ、とか、さあ覚えたなら言ってみろとか。そんな卑猥なことを求められるのは海の想像に難くなかった。

葛藤の中、海はどうにか口を開いた。

「さっき……、クレフが出かけたあと」

「寂しくなって……」
うん、とクレフがくぐもった相槌をうった。

海がその続きをいざ言おうとしても覚悟が決まらず息が漏れる。口を開き、息を逃し、それを何度か繰り返してから海は観念したように声を発した。


「……一人で」


「……してました……」


消え入るように囁くと、顔を背けた視界の端でクレフの瞳が一段と輝いたのがわかった。彼は今までに見たことない光悦の表情を浮かべていた。
「よく言えた」
と言い、彼は嬉しそうに口の端をゆがませた。

「クレフのせいなんだから」
「光栄だな」
クレフはどこか噛み合わない返答をし、羞恥に震える海の体をそっと抱きしめた。

「ウミ」
「なによ」
悪態をつきながらも、海は大人しくクレフの腕の中に収まっている。背を撫でる柔らかな手の感覚が、海の感情を少しづつやわらげた。けれどその優しい手つきは、次にクレフが要求する趣意の前段階にすぎなかった。

「ウミ」
「なあに」
「見たい」
「え?」
「見たい」
「何を?」
「お前が、一人で行為に及ぶ様を」

その瞬間、海はクレフを腕で押しのけ、バッと体を起こした。
「ば、ば、ば、ばかじゃないの!? そんなことできるわけないでしょ!」

シーツの上を膝で後ずさりしながら、海は羞恥と怒りを口にした。一方クレフはのんびりと寝返りをうち、自分の肘を支柱にして頭を支え、海のほうを見上げた。

「今日の呼び出しは本当に骨が折れた」
唐突にクレフが言った。
「え? あ……お仕事? 大変だったの?」
「ああ」
そのままクレフはしばらく話を続けた。おそらく機密事項もあるのだろう。詳しい内容までは語らない。けれどクレフの語り口からは、彼の重責と負担が十分すぎるほどに海に伝わった。

「……それは、おつかれさまだったわね」
海は少しだけ警戒を解き、横になったクレフの髪をそっと撫でた。柔らかな手の感触にクレフは瞳を閉じ、心地よさそうにため息をついた。
「お前に触れていると心が癒される。ウミ、お前は本当に素晴らしい女性だ」
「そんなに褒めたって何にも出ないわよ」
「出さなくてもいい。見たいだけだ。見せてくれればきっと疲れも飛ぶ」
言ってのけると、クレフは「ああ癒しが欲しい」などと少し大げさに言った。
「そ、そんなこと……言ったって……」
「ウミ。ここまで来たらもう、実践 してみせるか、説明 言って聞かせるかのどちらかだぞ?」
「なっ…なんなのよその理屈は! そんなめちゃくちゃな二択、選べるわけないでしょ!」
薄紫色の髪をぎゅうと掴んで海が怒鳴った。


クレフもすっかり変わってしまった。
交際に至る前はもちろんのこと、交際を始めてからもしばらくは、彼が職務の愚痴を言うことなどまずなかった。こんな風に、疲れただとか癒されたいだとか、そんなわがままを見せることもなかった。

それが今はどうだ。まるで駄々っ子のように甘え、愚痴や欲求を口にし、今までどこに隠していたのかわからない本性を惜しげも無くあらわにしている。

そのことが少しも嬉しくないと言ったら嘘になる。

「ほんと……強引なんだから」

海の言葉を『承諾』と受け取ったのか、クレフは起き上がり、海の身に残った衣服を器用に剥がし始めた。

重力に従って衣服が体から滑り落ちる。海が慌てて胸を隠した。下腹部はかろうじて下着が隠している。
恥じらう海をそっと横たわらせた後、クレフはベッドの上にあぐらをかき、それから片膝を立てて座った。
『鑑賞』さながら、クレフはとてもリラックスした様子で海を見下ろしている。自分の膝の上で頬杖などつき、あげくの果てにサイドテーブルに手を伸ばして海が飲み残したグラスにまで口を付け始めた。

「どこまで意地悪なのよ」
「そんなつもりはないのだが」
クレフの面白がるような視線が海を差し、これはやはり『鑑賞』なのだと思い知らされる。

「……灯りは落としてよね」
「先ほどはつけっぱなしだったではないか」
「それ以上意地悪言ったら絶交よ」
それは困った、くすくすと笑いながらクレフがそっと宙に手をかざした。
寝室はすうと柔らかな闇に飲まれていく。



暗がりの中、クレフの視界には海の手の動きがぼんやりと映った。どうやら、胸のほうで手を動かしていることはわかる。けれどそれだけだ。
「暗くてよく見えない」
不服そうに言い、クレフが軽く目をこすったその時、

「いや!」

と、海が叫んだ。

「ウミ?」

海が突然大きな声を発したので、クレフもさすがに面食らった。
「灯りはだめ!」


ああ、なるほど。今、目をこすった手の動きを、灯りを付けるための魔術動作だときっと勘違いしたのだろう。怯えるような海の姿がうっすらとだが見えた。

「おねがい……」
か弱い嘆願の声は、先程からチリチリと燃え始めているクレフの加虐心に拍車をかけた。

「さて、どうしたものか」
非道だろうか。
曖昧な言葉と共に手を少し上げると、海は「それだけはやめて!」と言ってクレフの膝あたりのガウンを掴んだ。

「ね、お願い。見えないなら、言う……言うから……」
「言う?」
クレフが首をかしげる。すると海は震える手でクレフの手を取り、そして胸を撫でていた自分の手の上に重ね置いた。

「わかる……?」
と海が震えた声で言った。
見えずとも、海の手の下にある控えめな膨らみが、クレフの手にもふんわりと伝わった。

「さ……最初は……むねを……、さわるの……」
海の言葉にクレフは目を見開いた。
まさか『説明 言って聞かせる』を選択するとは思ってもみなかった。

それほどに、彼女にとっては灯りの中で痴態を見られることが耐えがたいことなのだろう。
先程わざと灯りをつける素振りをしたのは、海の恥じらう姿を見たいがゆえの戯れのつもりだったのに。
想像以上の収穫にクレフは口の端を上げた。

暗順応によってクレフの視界は次第に明瞭になってくる。
だが、海の瞳にはその意地の悪い表情はまだ見えていない。

「どう触れるのだ? 教えてくれ、ウミ」
問えば、海はクレフの手を連れたままゆっくりと手を滑らせた。

「最初は……、クレフがするみたいに……こうして、手のひらで……撫でて……」
海の手が動けば、乗ったクレフの手も導かれるように動く。胸に触れているのは自分の手ではないというのに、直接触れるよりも強い興奮がクレフを満たした。

しばらくそうしていると、撫でるような動きが止まり、海の手はもぞもぞと違う動きを見せ始めた。

「そうしたら……もっと触ってほしくなって……」

「あの…っ…こ、……ここを……指で、……」

クレフは、手中の海の指の動きに意識を集中した。海は先端に指を滑らせたようだった。やがておそるおそると、二本の指ではさむようにしてつまみあげ、細い腰が艶めかしく揺れ始めた。

「やっ、ん……! っ……声……でちゃ……」

蕾をひと際強くつまんだ時、海の口から今日一番高い声が漏れた。
「あっ、……だって……、クレフ……時々……痛いくらいに、きゅってするから……」
海は言い訳のように言った。けれど次第に夢中になってきているのか、指の動きは止まらず、自身の胸を攻め立て続けている。はあはあと荒い息をつき、体内に溢れる快感を懸命に逃がそうとする海の淫らな姿に、クレフの喉がこくりと鳴った。

「ウミ、こちらはどうする?」
クレフは海の手を取ると逆の側の胸へと導いた。

「は……んっ、あなたこっちは……いっつも焦らすでしょう」
「そうだったか」
「とぼけないでよね。わざとのくせに」
クレフはにんまりと笑みを浮かべ「ではどうする?」と、もう一度尋ねた。

「こっちは……周りばっかりで……なかなか触ってくれなくて……」
あえて先端を避けるようにして周囲を緩慢になぞる海の手の動きは、たしかに自分の愛撫の手つきと似ている。
海が覚えてしまうほどに常態化した手順が気恥ずかしくなる一方で、この幼い体を開いたのはまぎれもなく自分なのだという事実に、クレフの心は歓喜で支配された。

「ふぁ…っ、もう…だめっ」
海が焦れるような声をあげた。
本当なら、もうそろそろクレフの唇が胸元へ降ってくる頃だ。
散々焦らした先端を温かな舌でなぞれば、海の声は甲高く弾けるだろう。けれど、クレフはそうせず、海の行為をただ眺め続けた。

「クレフ……、おねがい……」
子猫の鳴く声で海が言うと、クレフは海の手を取り、そして指先に口づけをした。先ほど舐めとったのとは逆の手だ。口内に指を吸い上げ、たっぷりと唾液を絡ませる。

ついに指先までもが性感帯になってしまったのかと、海は戸惑い、小さく声を漏らした。
ようやく解放された指は、ぬらぬらと透明に濡れそぼっていた。

「これで触ってごらん」
穏やかな命令に促されるまま、海はその指を先端にあてがった。
「……っ!? やっ……ぁ?」

「……やっ……ん! だめっ、っ……なに…っ…?」

クレフが、どうだ? と尋ねると、海は叫ぶように喘ぎを零した。
「やっ……! ぁ、……なんか、…っ、これ……」
戸惑いながらも指の動きを止めることができない。
「クレフに、っ…舐め、られてる…ぅ…みたい……」
だめだめと声を漏らしながら、けれどその刺激を与えているのは海自身だ。その光景は、視覚でも聴覚でもクレフを喜ばせた。

潤滑が弱くなればクレフは再び海の指へ唾液を与え、そのたびに海は胸をなぞった。そのうちに海は自ら指をクレフの口元へと運び、潤滑を求めるようになった。

「ああ、上手だウミ」

足が震え、膝が立ち、腰が浮く。
海は空いた手でクレフのガウンを掴み、こっちに来て、と甘くねだった。
もう喘ぐ声を抑えることもしない。海の下着の奥が潤っていることは見えずとも容易にしれた。

「おねがい、クレフ……下着……取ってっ……」
海が、膝同士をこすりあわせながら嘆願した。

「やはり自分ではできないか?」
クレフが問う。瞳の端から涙を零し「無理」と、海は首を振った。
今までも、海はクレフの前で自ら下着を脱いだことは一度もない。何度か脱いで見せてくれと頼んだことはあっても、そのたびに海は「無理」だと答えた。
今もなお羞恥の極地にあって、海はクレフの問いをそう否定した。
「……もう、下が…濡れ、ちゃってるの…っ…おねが、い……っ」

焦れる海は魅力的だが、涙声でそうねだられては叶えるほかなかった。
クレフの手先が細い足をなぞり、華奢な足首から下着が抜けると、海は震える声で尋ねた。

「触っても、いい……?」
「ああ」と、喘ぎにも似た掠れ声でクレフは言った。

そんなことを律儀に聞かなくてもよいのに。けれどその問いは、海にとって、性行為の主導を握るのはあくまでクレフであり、触れることも快感を得ることも、この人なしには許されることはないのだという、従順と忠誠の表れでもあった。

海の感情はもちろんクレフにも伝わった。
触れられてもいないのに、クレフの背にはゾクリとした快感が走る。

許しを得た海の手は、急くように下腹部へと滑っていく。

「やっ、ぁん…、っ…」
一層甘くなった声と軽い水音が響き、指が秘部に到達したことが知れた。かわいらしい水音と小さく喘ぐ声を堪能してしばらく、クレフはあることに気付いた。

「ウミ、中はしないのか?」
「、んぅ…っしな…い……っ」
「本当に?」
クレフは海の手を取り、蜜を含んだ指の先端を丁寧に舐め取った。
「やっ……!」

海はもちろん抵抗するが、クレフの力には敵わない。
「やだやだ! やめてよ…!」
クレフの舌は指先から付け根へと向かっていく。クレフはすっかり海の指を舐めとると「たしかに」と、納得したように言った。
「なんなのよ」
と海が恨みがましく言う。

「お前が嘘をついていないかどうか確認したのだ」とクレフは言った。
〝その味〟は指先から〝のみ〟した。
クレフの意図をようやく理解すると海はクレフの膝をバシバシと叩いた。
「ばか!」とか「きらい!」とか、そんな海の恨み言を待っていると、海は意外にも、小さな声でこう囁いた。

「……中はこわいから、一人じゃできないの……」

嘘の無い声色だった。

つまり、海本人ですらそこには触れたことがない。
この世界でもっとも愛しい女性の、中心部。
体温より仄高い温度も、指をふやかせる湿度も、指先に絡むざらりとした感触も、侵入物をきゅうきゅうと締め付けては喜ばせる収縮も。

それを知っているのは、この世で自分ただ一人なのだという実感に、クレフは心の内から猛った。
今日一度も触れていない下腹部は、痛いくらいに膨張している。
耐えかね、自ら手を伸ばそうとした時、
「……クレフ……っ」
海の喘ぐ声に、自分の名が混じった。

唾液を得た指を突起にこすり付けながら「クレフ、クレフ」と必死に名を呼んでいる。
「ウミ? どうした?」
どこかつらいのだろうか。もしかしたら思ったように達せず、手助けを求めているのかもしれない。切羽詰まったその声色に、クレフは反射的に返事をした。
「や、だ……ぁ、返事っしないでよ……ぉっ……」

けれど海はそう返した。問答の合間も指の動きは止まらない。
「なんだ、お前が呼んだのではないか」
クレフが少し不機嫌そうに言うと、海は喘ぎの隙間にこう言った。
「だって……一人で、する時……のっ、癖……で……」
「癖? ウミ……お前、いつも……私の名を呼ぶのか?」
海の言葉がにわかには信じがたく、クレフは動揺の中にもそう尋ねた。海が、こくこくと頷いた。

喜びを通り越して苛立ちすら湧いてくる。あまりの愛らしさにクレフは小さく舌打ちをし、そして海の唇を深く塞いだ。

「そんなにかわいらしいことを言われては、こちらがおかしくなりそうだ」
横たわる身体にのしかかると、海の指が一瞬止まって、そしてまた動き始めた。快楽に溺れた海の体はもう頂点を捉えているようだった。自分の足の下で海の手がもぞもぞとせわしなく動いている。
「は……っ……、ぁ、……クレフ……も……ぅ……」
クレフは、今度は返事をしなかった。きっと海は目の前の自分にではなく、脳内の自分を呼んでいる。今自分が顔を運び、濡れそぼった小さな芽を唇で吸い上げながら舌で突けば、海はあっと言う間に達するだろう。けれど、このまま海の乱れた姿を見ていたかった。「中はしない」と言う海が、自らの運指でどのように達するのかを知りたかった。

焦れる海がかわいくて仕方がない。
脳内でも妄想でもなんでもいい、もっと自分を求めてほしい。そんな想いで、クレフは一人耽る海を見つめた。

「ね、お願い……クレフ……ってばぁ……」
海は空いた手でクレフの胸元を掴み、目を合わせて彼を呼んだ。
「ん? 私に言ったのか?」
「あっ、……あなた以外……っ、いないでしょ……!」

つい先程は返事をするなと言っておいて、今度は無視をするなとせがんでくる。無邪気なわがままに目を細め、クレフは海の手の上に自分の手を重ねた。
「ウミ、一度いこうか?」
「う、んっ……いきたい……っ! クレフ……いっても、いいっ……?」

クレフが吐息で返事をすると、海は彼の肩口に額を押し当て、体をビクンと大きく震わせた。



汗の滲む体をそっと抱きしめる。もちろんこのまま終わらせるつもりもない。けれど苦しそうに息を荒くした海を休ませずに抱くほど、クレフは非情ではなかった。

「大丈夫か?」
背中をさすり尋ねると海は「だめ」と低い声で言った。
「すまなかった」
ありがとう、と言おうとして、礼を言うのもなんだか変態じみているなとクレフは自嘲した。

変わらず猛ったままの下腹部がどこか気恥ずかしく、クレフは海を抱きしめたまま少しだけ腰を引いた。すると、それに目ざとく気付いた海が、クレフの足元に向けてそっと手を伸ばした。
海の手がクレフの太腿に到達する。そのままなぞるように優しくさすれば、海を抱きしめるクレフの腕に力がこもった。

「きもちい……?」
海が控えめに尋ねた。

いつもならクレフが手を取り導くそこへ、今は海自らが手を伸ばしている。さらに、海は上体を起こしてそっとクレフの腰へとかがみこんだ。薄水色の髪がクレフの腹の上に垂れ、次には滑らかな粘液がクレフの熱を包んだ。普段なら決して自発的にはすることのない行為。
きっと、先程十分に痴態を見せたので、羞恥のハードルが一つ下がっているに違いなかった。

こうして少女は女になっていく。
胸を差す少しの寂しさに、クレフは戸惑った。けれどそんな寂しさや戸惑いも、絡みつく舌と吸い上げる唇の刺激によって、脳の端へと追いやられていった。

「おおきくなってる……」
尖らせた舌で先端をつつきながら、海が囁いた。
「うれしい」
濡れそぼる竿に頬ずりをして、海はにこりと笑った。
その時、クレフの中で何かがぷちんと切れた。
海の体を力任せに組み伏せ、両手首を枕元に押さえつける。

「もう許さんことにした」
「なによそれ! そんなのこっちのセリっ――……ふっ」

海の喚く声が、ピタリと止まる。
くちゅっと卑猥な音を立てながら、猛り切ったものが海の蜜をなでた。
「やっ……こすっちゃ……やぁ、っ……!」
「いつもより滑りが良いな。次からは自分で濡らしてもらおうか」
「やだっ……ばか……っ……きらい……!」

強く反り立つ竿は手を添えずとも海にぴたりと吸い付いた。クレフがわざと腰を逃がせて先端をずらせば、海はもどかしそうに高く鳴いた。
そのたびに海の花弁がクレフの先端をパクパクと包み込み、早く子種をよこせとひくつく。
「クレフぅ……それ……だめっ、も……欲しくっ……なっちゃってぅ、からぁ……っ」
「ここまでみだらな女に育てた覚えはないのだが」
嬉しそうに笑みを浮かべ、クレフが言った次の瞬間、
ずんと沈み込む強い圧迫が海の内部を埋め尽くした。

「…くっ……ぁ…っ」
はくはくと無声の息が漏れ、海の爪がクレフの背に立つ。
「……あ、あっ…あっ……クレ…、だ……めっ!」
ずぷすぷと水音を立てて奥まで突けば、海の爪がギリリと背に食い込み、その痛みがクレフの忍耐をわずかばかり助けた。

自慰行為の鑑賞という非日常の愉悦。
挿入したばかりだというのにすぐにでも達してしまいそうなほど、クレフは追い立てられていた。

「おいウミ、そんなに締め付けるな……」
腰をずらし、絶頂の予感から逃げる。曖昧な律動の中にも、海の甲高い嬌声が響いた。

「や……ぁ、んっ……だって、っ! クレフ、の……っ、いつもより、おっきい……?」
海が言うと、クレフは反射的に腰を引き、海の中から抜け出した。

「もういい、お前は少し黙っていろ」
海の体を引き起こし、膝の上に抱き上げる。そのまま海の腰を自分の上にずぷんと落とすと、海は短い悲鳴を上げ、クレフの体にしなだれかかった。
「やだ、……深っ……だめっ、……!」
もう耐えるのも馬鹿らしくなってきた。一度発散して、それからまたゆっくりと愛せばいい。
投げやりにも近く、クレフは海を揺さぶった。
「すご……っ奥まで、あっん、っ……入っちゃ、うっ……!」
必死に鳴く海の体をぎゅうと抱き締め「ウミ、ウミ」と、何度も名を呼ぶ。その切なげな声に、海の内部はより一層ひくひくと収縮した。

体が上下に揺らぶられる度、海はクレフの肩口に唾液をこぼし、高く、短く喘いだ。
「クレフっ、っん……クレ……っふ……やぁ……、また……っちゃいそ……っ」
求め、喘ぎ、たまらず薄紫色の髪をかき抱くと、クレフは少し切羽詰まった表情で海に言った。

「ウミ……頼みが、ある」

返事をする余裕はない。海は顔だけを上げた。

またとんでもない行為を求められるのかもしれない。
どこをどう突かれるのが善いのだとか、それとも、今快感を得ている体の部位の名称だとか。そんな卑猥な言葉を要求されるかもしれない。
快感を餌にされた今の自分なら、クレフのどんな願いでも叶えてしまいかねなかった。

けれど、クレフの切実な表情を見れば、自分の破廉恥な予想は間違っていたのだと、海にはすぐにわかった。
クレフは照れくさそうに微笑んだ後、少しためらいながら言った。

「--と、言ってくれないか」

海の内部がきゅんとひくつく。クレフの求める〝それ〟は、どんな卑猥な行為や言葉よりも、海の体を内側から燃え上がらせた。

根元からきゅうきゅうと締めあげられる感触にクレフは顔をしかめる。
どちらも限界が近かった。

「……そんな……ことで、いいの?」

荒い息の中海が尋ねると、クレフはこくんと頷いた。
その幼い表情に、海はふふと吐息混じりの笑みをこぼす。
分別のついてきた年頃の子供が申し訳なさそうに物をねだるような、そんな彼のかわいらしい仕草が、挿入の快感よりもずっと深く海を満たした。

「クレフ、好きよ」

海が囁くのとほとんど同時にクレフは果て、放出された熱によって海も絶頂へと続いた。







――


「おなか減ってる?」
「いや、あまり。お前は?」
「全然」
腕枕の中で海がふるふると首を振った。
「した後って食欲なくなるわよね」
たしかに、とクレフが言った。

そのまましばらくまどろんでいると「やはり厨房へ行こう」とふいにクレフが言った。

「え、でも……」
「夜は長い。これ以上遅くなってはいよいよ給仕長の大目玉を食らってしまうから」
「長い? 今夜、なにかあったかしら?」
きょとんとした表情を見せる海に、クレフもまた目を瞬いて言った。
「まさか、たったあれしきで終わるつもりではなかろう」
「えっ!? まだするつもりなの!?」
「先程の海は本当に魅力的だったから。一度では到底たりない。しかし、その前に腹ごしらえをしなければ」
言いながらクレフは起き上がり、次に海の腕を掴んで引き起こした。

膨れた海の頬に朱が差す。けれど否定の意志は感じられない。
クレフは崩れたにやけ顔を隠すこともなく、海の濡れた前髪を梳いて、そしてもう一度唇を寄せた。








『request!』 end

海ちゃまハピバー!
LAKI様素敵なリクエストをありがとうございました!🙌🏻💕

一文ごとに💓を連打できるソナーズ版もあります。
(ログイン不要)
➡ソナーズ版
海ちゃんの声に💓をつけられますw


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