好きになっちゃう!(完結)

※当ページに🔞表現はありません(🔞ターンは次回から)





1-1.口外無用





セフィーロ城 クレフ私室前 二十三時過ぎ。
約束の時間を五分過ぎても、私は扉の前をうろうろするばかりでノックの一つもできないでいた。

ノックのこぶしを作っては大きなため息と共に体がふにゃふにゃと崩れる。
緊張でおかしくなりそうだった。

約束の時間を十分すぎた頃、私は先日の自分の発言を後悔し始めていた。

***


「一生のお願い! こんなことあなたにしか頼めないの!」
クレフは一瞬目を見開いたあと、一気に不機嫌な顔になった。


私の言い分はこう。

異世界の人なら後腐れもないし。
長く生きているから経験は豊富そうだし。
それに、何とは言わないけれど、体が小さければきっと小さいだろうから痛みも少なそう。
そんな魂胆だった。


私は、もうすぐハタチになる。
処女のままで。

けして理想が高かったわけじゃない。
けれど、なぜだか出来ないのだ、彼氏が。
告白はされる。自慢じゃないけど少なくはない回数だと思う。
けれど、良い感じのところまで言っても結局は「ごめん、なんか違った」という常套句と共に振られてしまう。

それもこれも、処女特有の「めんどくさそう感」が出てしまっているせいじゃないかしら?
そんなことを風に相談してみても「違うと思います」と苦笑いを返されるだけだった。結局それ以上の深い相談はしなかったのだけど、帰り際に風が「クレフさんに相談なさっては?」と言うので、相談というかお願いを今日、しに来たのだ。

「私の処女、もらってくれない?」
「断る」

取り付く島もなかった。
そこをなんとか。私は食い下がる。

私だって、なにも気軽にこんなことを頼みに来たわけじゃない。
考えて考えて、それで結局はやっぱりクレフが最適じゃない? と思い至ってお願いをしに来たのだ。
けれど、何度何度お願いをしても、結局クレフの答えは変わらなかった。

「じゃあしょうがないわね。ほかをあたるわ」
私は、クレフが良かったのに。
理由は先のとおり。

「ほか?」
クレフが今日初めて「断る」以外の返事をした。

「だって、クレフがダメならほかの人の人に頼むしかないじゃない」
とはいえみんな正式なお相手がいるし、あと頼めそうなのはアスコットくらいしか……。

そう呟いた時「待て」と、クレフが言った。
「なによ、ケチなクレフには頼まないからもういいわよ」
「……その依頼…受け入れよう」
「え?」

クレフは苦い顔をしていた。
けれど言葉は今日初めて聞く『肯定』の性質のものだった。

「うそ、ほんとに!?」
「城内の風紀を乱すようなことをされては困る。よって、この件は互いに口外無用。ほかの者へは決してこのような誘いをもちかけないこと。それが条件だ」

やった! 私は心の中で飛び跳ねた。
「じゃあ来週ね!」
それが前回この国を訪問した時のこと。




そして今が二十三時十五分。

立派な遅刻だ。
というか、今夜は私が来るのがわかってるんだからいつもみたいに魔法で開けてくれたらいいのに。
それとも私室のほうは魔法で開けられないのかしら? 
ううん、そんなわけない。

だったらどうして開けてくれないのかしら。
もしかして、寝ちゃってたりして。

それは困る。
もう行くしかない。

私は廊下の端から助走をつけて走り、その勢いでトンと扉をノックした。



クレフの私室に入るのは初めてだった。
それだけで少しドキドキする。
ピカピカに磨かれた床をフワフワのスリッパで歩く。

クレフはとてもラフな寝間着姿でローソファに足を組んで腰掛けていた。
その辺の家具屋さんではお目にかかれないような、素敵なソファだった。

「随分かかったな」
と、クレフが言った。
「え、ええ。ちょっと……その…」
クレフは「遅かったな」とは聞かなかった。
「随分かかった?」
私が言葉をそっくり返すと、クレフは人差し指を使ってドアのほうを指差し、そして右へ左へ、宙にゆっくりと線を描いた。

何度も。往復して。
何度も何度も。

まるでさっきの私の〝廊下での動き〟みたいに。

「うそ! いるのがわかってて開けてくれなかったの!?」
「野生のウルクのようで面白かったので」

人をセフィーロの熊さんに例えておいて一体何が可笑しいのか、クレフはクスクスと笑っている。妙にリラックスした様子なので、一人緊張していたのがバカみたいに思えた。

クレフの前のローテーブルを見て驚いた。
「お酒飲んでたの?」
クレフは答える代わりに、クロスの上に伏せて置いてあったもう一つのグラスをひっくりかえし、私のほうへ指でゆっくりと滑らせてきた。
お茶を勧められるのとは違う。少し大人なお誘いに私はドキドキしながらも、首を横に振った。

「未成年だから」
「ああ、例のハタチというやつか」
「そうよ。法律で決まっているの」
「齢二十になった途端に酒が飲める体になるわけでもなかろうに」
不思議な法だな。とクレフは言った。

― ハタチ。体。

私は思わず息を飲む。
今日、私はこの部屋で、大人になる。

今夜これから行われることを、まざまざと実感させられる。
心臓から変な音が鳴りそうで、私はどうにか会話を探した。

「クレフもお酒飲むのね。意外だわ」
素面シラフでこんなことはやってられん」
いつもの不機嫌顔。眉根をよせたまま、クレフが私のほうをじっと見た。

「ウミ」

クレフは、なぜだか物珍しそうに私を見た。
何かを探しているかのような真剣な顔だった。

「いつもと違う」
とクレフが言った。

「え、あ、あの……」
たしかに。夜化粧をしてきた。お風呂も念入りに入ってきたし、保湿もがんばった。それがわかったのかしら。
下着だって新品をそろえてきた。それはわかったら困っちゃうけど。
なんだか一人で思い切り気合を入れてるみたいで恥ずかしい。

すると突然、クレフが手を伸ばし私の髪を一束すくいあげた。
「髪だ」
手に持ったものの名前を、クレフは嬉しそうに言った。

〝見つけた〟
そんな顔をしていた。

「え? あ、あ、あの……?」
男の人に、こんなふうに髪に触れられたのは初めてだった。
心臓が大きく鳴って、呼吸が急に下手になる。

「髪が違う」
「え?」

「髪が、違う」
クレフがもう一度言った。
「あ、そう。そうね。今日はいつもと違うので洗ったの。よくわかったわね」
「わかるさ」とクレフは言って、そして私の髪を指に巻き付け、くるくるともてあそび始めた。

良いトリートメントを使ったかいがあったかもしれない。
つるつるにコーティングされた髪が、彼の指に巻き付いては解けていく。
クレフの口元は、緩く笑んでいる。
やっぱり少しは酔っているのかもしれない。
笑みを浮かべたまま私の髪をいじくるクレフの様子がなんだか少し特別に思えて、私は成されるがまま、その場に突っ立っていることに甘んじた。


「行こうか」
クレフはもう笑っていなかった。

「……はい」
クレフはゆっくりと立ち上がり、そして私を寝室のほうへと連れた。



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つづく

(次からえろくなります🙇)
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