クレ海R-18
LIP SERVICE✦
「できた……!」
毎年やってくるこの季節。
甘味に恋愛、商いの匂いとあらば、セフィーロでも慣習化するのはなんら不思議ではないこのイベント。かく言う私も、愛する人の私室のキッチンを拝借して、煌めく褐色のお菓子を作り終えたところ。
腕前には少し自信がある。今年も、自然と鼻歌がこぼれるくらいには出来が良い。
この部屋のキッチンは広くて使いやすいので、
お城の炊事場は少し仰々しすぎてなんだか落ち着かないので。あと、料理長が少しおっかないのだ。
手渡すお相手の部屋でチョコレートを作るなんて、少し違和感もあった。
けれど、クレフいわく「作っている時の真剣な表情が新鮮で面白い」らしい。
それから「過程から眺めていると、出来あがった物をもらう時とは違う喜びがある」とも。
思い出すだけでも少し照れる。私の彼はそういうこと事を平気で言ってのける人なのだ。
照れる私の姿を見て面白がっている節もあるけれど、それでもやっぱり彼らしいその言葉は純粋に嬉しかった。
「汚したらもう貸さんぞ」とも言われている。ベタベタに甘やかすというわけでないのもまたクレフらしい。とはいえ、後片付けまでがお菓子作り。今までキッチンを借りて汚して帰ったことは一度もない。これはちょっとした私の矜恃。
今日も今日とて、「さて、片付けますか」と気合を入れる。
本日最も活躍してくれたボウルを手に取り、中身をのぞきこんで少し悩んだ。
今日、一つだけ失敗してしまったことがあった。
チョコレートを作るというのにスクレーパーを家に忘れてきてしまったのだ。あいにく厨房にも見つからなかった。なので、ボウルの中には溶かしチョコがたっぷりと残ってしまっている。まあいいか、と思う。だって、部屋にはクレフしかいないし。
お行儀が悪いのを承知で、私はボウルに残ったチョコレートを指ですくって舐めた。
完成品ではないので特別美味しいというわけではない。けれど、ほろ苦くコクのある風味の中に品のいい甘さが、脳みそに直接歓喜を運んでくれた。
甘いものが苦手な私が選んだクーベルチュールだけあって、くどくない良い味。
チョレートが見事完成したからこそ、達成感と共に味わえる、まさにこれは―
「これ、行儀の悪い」
たしなめる声が、背後から飛んできた。
「―これは〝製作者の特権〟よ。手はすぐに洗うんだし、少し大目に見てくれない?」
恋人の大げさなため息は聞こえなかったふりをして、別の指でもうひとすくいする。
クレフが、じっと睨むような視線をこちらに向けてきた。
「食べる?」言いながら、ボウルを差し出す。
「結構だ」
「よね」
言うと思った。行儀の悪いことをしている自覚はある。
クレフは尚更こういうことはしなさそうだ。
チョコレートを指につけたまま、さてどうしようかと悩んでいると、クレフが「やはり頂くことにしよう」と言った。
「ほんとに? どうぞ」
驚きながらも、クレフのほうへボウルを差し出す。けれどクレフは指ですくいとるようなことはせず、受け流すようにボウルをソファの前のローテーブルに置いた。
「食べないの?」
尋ねた時、クレフが突然私の手をつかんだ。
指先をぬるりとしたぬくもりに包まれ、私は思わず悲鳴を上げた。
そしてクレフは私の指先をちゅうと吸ってから、手を解放した。
「お、お行儀が悪いわよ……」
「〝製作者の恋人特権〟だ。大目に見てくれ」と言ってクレフがククと笑った。
「もう、変なことしないでよね」
片付けをするためキッチンに向かおうとした時、私の腕をクレフが後ろからつかんだ。
「まだ残っているではないか」
腕をつかんだままクレフが言った。
「ウミの作ったものだ。余さず頂かねばバチあたりというもの」
「だから、私は食べるつもりだったのに」
私は、ぶうぶうと文句に近い口調で言った。
「ねえ、じゃあスプーンを持ってくるから手を離して」
最初からそうすればよかった。横着した自分も悪かった。
私の言葉にクレフは無言で首を振り、なぜか嬉しそうに微笑んでいる。
「なに? どうしたのクレフ?」
クレフの瞳がキラキラと輝いている。ものすごく嫌な予感がする。
「ね、もしかして今なにかとっても変なことを考えてない?」
「おや、察しのよいことだ」
「お行儀悪いって、あなたが言ったんじゃない」
「〝特権〟が存外魅力的だったのでな」
言いながら、クレフは私の腕をぐいとひっぱった。足元がふらつき、私は吸い込まれるようにクレフの膝の上に崩れこんだ。
お尻に触れるクレフの太腿の感触がなんだか恥ずかしくて、私は体をずらし、ソファの上に移動した。
するとクレフは偉そうに足を組んで、肩に手まで回してきた。もしかしたらこの人は、バレンタインという日は男性が好き勝手に振舞っていい日だと勘違いしているのかもしれない。
その証拠に、クレフはテーブルからボウルを取り、私にひょいと手渡してきた。
「……ほんとに?」
クレフがにんまりと頷く。
彼がこの瞳をしたらもうだめだ。観念するしかない。
ボウルを目の前にして少し考える。
一口目、左手の中指は自分で舐め取った。
二口目はクレフが舐めとった左手の人差し指。
左手薬指の指先でチョコレートをすくい、その指をクレフの顔の前に差し出した。
「ど、どうぞ」
言いながら、顔をそむける。なんだかとんでもなく恥ずかしい真似をしている気がする。
クレフは私の手を取り、第一関節までを口に含んだ。チョコレートがクレフの口内に溶けていった頃合で私が手を引こうとすると、クレフが手首をぎゅうと掴むのでそれは叶わなかった。
「ちょっと! クレフ!?」
クレフが指に歯を立てるので、余計に手を引けなくなる。指の腹に柔らかく温かな舌が当たった。思わず声が出そうになり、慌てて下唇を噛んで抑える。
彼の熱い視線を感じる。けれど、顔なんてとてもじゃないけど見られない。
クレフはわざといやらしい水音を立てて、私の指を解放した。それからクスクスと可笑しそうに笑って「まだあるぞ」と、私の手元のボウルへ視線をやった。
今日の私に発言権はないらしい。クレフが唇を薄く開いたまま待っている。歯並びのいい口元の奥に、さっきまで私の指を舐めていた赤い舌がちらりと見える。心臓がどきんと高鳴って、腰の奥が少しだけ熱くなった。
「ウミ」
名前を呼ばれ、熱が余計に私を襲う。
うながされるまま、今度は小指でチョコレートをすくった。クレフの顔の前に指を差し出す。けれどクレフは口を薄く開いたままで何もしてこない。
(まさか、自分で入れろっていうの?)
クレフは目を細め、口の動きだけで『はやく』と言った。
「信じらんない……」
せめて悪態をつき、おっかなびっくりクレフの唇の隙間へ小指を差し入れる。
唇に指が触れると、クレフは指先のチョコレートを器用に舐め取った。そのまま指の根元までつるりと口内に吸い込んで、小指の根元から指先まで、ねっとりと舌を這わせてきた。
「ん、ふ……」
声が我慢できなかった。クレフは私の小指をくわえたままニヤと笑い、そしてちゅぷちゅぷと水音を立てて指を吸い上げた。
「クレ、フ…っ、もう終わりに……」
引っ込めようとした手をクレフにつかまれる。そして、クレフは私の中指をなんなく口内にふくんだ。
「ちょっと…! チョコ関係ないじゃない!」
「甘いのでつい」
クレフは全く悪びれずに言った。
「私が選んだチョコレートなんだから、甘いわけないわ」
「いや、甘いぞ。お前も試してみるか?」
「私はもう食べたってば…っ! ん…っ!」
クレフはチョコレートを一すくいし、指を私の口内へ差し入れてきた。
「んっ…ふう…」
甘い。
信じられないくらいに甘い感覚が走る。腰が揺れ、声が漏れた。
「くぇふ…やらぁ…」
物理的に呂律の回らない舌で抵抗すると、クレフは何を思ったか指を更に奥まで入れてきた。大きな指輪のついた中指が、私の頬を撫でる。
「んっ…らめ…っ…」
口内をまさぐられる本能的な恐怖。舌が勝手にクレフの指を押し出そうとする。けれど当然舌の力では適うわけもない。
「ウミ、いいこだ」
何を勘違いしたのか、クレフが空いた手で私の髪を撫でた。
「やっ…違っ…」
いいこもなにも。苦しさから逃れるために反射的に舌と唇が動いてしまっているだけなのに。どうにか口内の指を外そうと試みる。
右手でクレフの親指を、左手で中指から小指にかけてを握る。そのまま指を引っ張りだそうとした時、クレフが私の名前を呼んだ。
その声を聞くだけで腰にビクビクと熱が走り、手に力が入らなくなる。
うっとりとしたクレフの表情を見ると、体の力がどんどん抜けていってしまう。
「くぇふ…っ…も…や、やら…」
結果的にクレフの手をやわやわと握ったまま、人差し指に舌をはわせ続ける格好となる。
これは、もはや奉仕だ。
どうしたってあの行為を思い出し、下腹部がきゅんきゅんとうずいてしまう。私をもてあそぶようにクレフの指が舌をくるくると撫でる。どうにか舌を逃がすと、今度は頬の内側をなぞるようにさすってきた。
「ふ…っ、んぅ…っ」
口内を好き勝手に犯されている。
この行為がなんだかとても淫らに感じられて、溢れ出る吐息と声が抑えられない。クレフの顔を覗くと、目の奥にギラリとした光を宿して口の端を上げていた。
「上手だ、ウミ」
クレフは私の右手をそっと取ると、そのままゆっくりと導いた。
導かれ、触れると想像以上の固さと質量に驚き、反射的に手を引っ込めそうになる。けれどクレフは私の手を逃がしはしなかった。
「んっ…は…ぁ……」
クレフの指に舌を這わせながら彼の欲望に手を触れていると、すっかり『そう』しているような気分になってくる。下着の中が潤っているのが自分でもわかった。
クレフは私の右手に添えていた手を離すと、今度は私の髪を優しくすいた。
私は余裕も自由も奪われているというのに、その余裕綽綽の表情を見た途端、私の中に少し悔しさにも怒りにも近い感情が湧いた。
(いっつも私ばっかり!)
ひとつ、いたずらを思い立つ。
私は、頭を撫でる彼の手にそっと触れた。クレフは不思議そうな表情を見せた。気取られないよう、従順を示すようにゆっくりゆっくりと触れる。するとクレフは素直にその手を取らせてくれた。口内の指も、愛するように吸い上げながら、ゆっくり離す。
抵抗の意思はないの。
私をあなたの好きにして。
そんな思いを伝えながら、今度はクレフの両の手を合わせる。
顔を上げ、唇に吸い付くとクレフも返してくれた。クレフは私の舌を舐めるのに夢中で、手元を阻止される様子はない。
「んっ…んぅっ……」
舌の特別柔いところを吸い上げられ、思わず声がもれる。それでもなんとか自分の手先に集中した。
こんなにうまくいくとは思っていなかった。普段から隙の無いクレフに、こんなことは到底できないと思っていた。けれど、さすがのクレフも〝予測できないこと〟は防ぐことが難しいのかもしれない。
ともかく私は、彼の右手首と左手首を合わせて縛ることに成功した。
エプロンのポケットに入れていたラッピングリボンの余りが役立った。
「この前のお返し」
私が言うと、クレフが心底驚いた顔を見せたので頬が緩むのを抑えられない。
たしかに、これは楽しいかもしれない。
戯れに夜、私を縛るクレフの気持ちが少しだけわかった気がする。
とはいえ、後ろ手に縛るのはさすがに難しかったのでクレフの手首は体の前で結んだ。多少の自由はあるだろうけれど、思うような好き勝手はできないはずだ。もちろん魔法で解かれる可能性もある。なので、クレフがわずかでも魔法を使った気配がしたら【即撤退】することを頭の端で決意する。
クレフはソファに座ったまま目を丸くしている。
私はニコと微笑みかけ、それから床に膝をついてローブをめくり中にもぐりこんだ。
暗がりがちょうどいい。昼の光の中では恥ずかしくて、とてもじゃないけどこんなことはできないから。
クレフの服をずらし、表れたそれをそっと両手で包む。
普段の彼の優しさと穏やかさに反して、固く大きく怒張しているそれはやっぱり少しこわい。けれど、これもクレフのものなのだと思うとどこか愛おしく感じた。
そのまま唇を当てると、クレフの足が少し震えた。その反応をもっと見たくなって、先端を舌でチロチロと舐めると、次第に味がしてくる。
いつもクレフが上になっている時は、あれやこれやと意地悪で恥ずかしいことを言ってくるくせに、こういう時の彼は静かに吐息をもらすだけで、私の舌の感触をただ受け身に感じてくれている。息をふっと吹きかけたり、口にふくんで舌を這わせると、少し苦しそうに小さな声をもらすのがたまらなく愛しい。
「くぇふ、かぁいい」
口にふくんだまま喋ると少し大きくなって、味がする液体がたくさん出るのは、この前わかったことだ。
クレフの足全体に力が入り、何かを耐えているのが伝わる。
(わかるわ、クレフ。気持ちよくて、こわくなっちゃうのよね)
「ウミ……やめろ、もういい」
(私がそう言ってもやめてくれたことなかったじゃない)
一旦唇を離し、伸ばした舌を裏側に這わせる。耐え兼ねたようにクレフの手が私の頭をつかんだ。ローブ越し伝わる手のひらの感触――
「……えっ!?」
慌ててローブの中から抜け出す。クレフはにんまりと笑って、両の手のひらをこちらに見せてきた。結んだはずのクレフの腕は、なぜか自由になっていた。
「なん……で…?」
魔法の気配は、一切しなかった。クレフはほどけたリボンを指でつまんで見せ、言った。
「魔法に頼らずとも、縄抜けくらいは心得ている」
「うそ!」
「さて」
クレフの瞳がギラギラと輝いている。逃げ場はない。本能で察した。
ぐいと腕を引かれて抱き寄せられる。為す術なく、私はクレフの膝の上にまたがるように座らせられた。女の子がこんなに足を開くなんてはしたない。けれどクレフの手によって無理やり足を大きく開かせられ、スカートがめくれあがる。立ち上がることも逃げることも、とにかくどうすることもできない。
クレフが私の腰へ手を回し、さらに体を抱き寄せた。ショーツごしに、私の奉仕の結果がぐりぐりと当たり、それだけで声が出そうになる。
「ウミ」
「や、? やだっ…」
「口直しを」
と言うと、クレフは再びボウルへ手を伸ばし指でチョコレートをひとすくいした。
また口内に指を差し入れられてしまう。その予感に体がビクリと震えた。
けれど、クレフはそうはせず、かわりにそのチョコレートを自分の口に含んだ。
クレフの意図を知り、甘い痺れがゾクゾクと体に走る。
「や…っ…今…ちゅうしたら…だめ…っになっちゃ、う…!」
頭を引き寄せられ、柔らかい舌の感触と、チョコレートのほろ苦い甘さが口内に広がった。
「んっ、んん…っはぁ…っ」
クレフの舌がくちゅくちゅと私の口内を這い回る。チョコレートの味なのかなんなのかもわからない甘い刺激が駆け巡り、口の端からだらしなく唾液がこぼれたのがわかった。
「んっ…く……んん…!」
逃げる腰を更に引き寄せられ、欲望の熱をぐりぐりと擦り付けられる。
やめてほしい。
もっとしてほしい。
涙が滲む。すぐにでも下着をはぎとって、直接受け入れてしまいたい。
しつこく押し当てられるもどかしい刺激に、声を抑えることなど不可能だった。
「ふぁっ…やら…も…っ、やぁ…」
私の両手首はクレフの片手で固く抑えられ、ビクともしない。拘束などしなくとも動きを封じられるのだと暗に言われているようで、それすらも快感の呼び水となっていく。
後頭に回った手によって顔を背けることも叶わず、逆らう意思を持つことすら許されない。深くなっていく口づけに舌は甘くとろけた。
「クレ、フ…もう、…や…」
クレフはようやく唇を放し、私の背を撫でた。
乱れた息を整えながら、クレフの胸元に額を押し付ける。
「クレフのばか…食べ物で遊んじゃいけないのに……」
どこか的はずれな私の苦言に、クレフはふと笑い声をこぼした。
「それはすまなかった。では、他のことで遊ぶこととしよう」
そう言って、クレフは私を抱きしめたまま、背中の後ろで指をパチンと打った。
眩しさに思わず目を閉じる。瞳を開ければクレフの寝室、見慣れたベッドの上に私たちはいた。
「先程はずいぶんと楽しませてもらった。手厚く礼をせねばな」
まただ。
彼が、この瞳をしたら、もうだめ。
キッチンの片付けのことが一瞬頭をよぎる。
今日ばかりは散らかしたままでも、クレフはきっとまた使わせてくれるだろう。
それはそれで少し不本意ではあるけれど。
「LIP SERVICE」End
若い。
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