💎アンドロメダ




アンドロメダ(クレフ side)





星の夜
海が残した消えない波音を聞いていた。


冷たい風が頬に触れ、地の葉を巻き込んで過ぎていく。

あの日、喉に張り付いたまま結局は言えなかった言葉が
彼女が去ってもなお、体の中を渦巻いている。
ちぎれた言葉の断片が肺の内側を裂いて、どうにも息が吸いにくい。
あの娘のいない世界は、こんなにも息苦しかったろうか。




告白を受け入れたのは、必然だった。
断れば、海はきっと傷つく。

この少女は、何か思い違いをしている。
感情の見誤りなど幾度となく見てきた。師として慕う気持ちを恋慕と取り違える者は、少なくないから。
海もまたその一人だということが、意外でもあったし少し寂しくもあった。
そうでなければ若気ゆえの、恋に恋するような感覚をたまたま近くにいた自分にぶつけてみただけ。



少しの間相手をすればきっと海にもわかる。
思い違いに過ぎなかったと。
恋慕の感情を寄せるべき相手ではなかった、と。

〝少しの間〟はやがて数か月になり、一年になり、そして気付けば五年が経っていた。この老齢の五年間と、海にとっての五年では意味合いが大きく違ってくる。決して無駄になどさせてはいけない。
それなのに、私は彼女から離れられずにいた。

弾む声。くるくると変わる表情。細い指、柔らかい頬、唇の温もり。
美しい髪と、愛らしい笑顔。

いつの間にか、当たり前になっていた。
心地よい愛情も、そばにいてくれる温もりも。



思えば五年間、言葉で伝えたことはなかった。
言ってみてとかわいらしくせがまれた日も、不安だと涙ながらにすがられた日も。

それは、海が別れを告げた日ですら。


―優しさで付き合っていてくれただけなのね

そう。たしかに始めはそうだった。

―好きだと思ってたのは、私だけだったんだ

『違う』

心が叫ぶ。けれど、声は喉に張り付く。

言葉ではどうしたって伝えられなかった。
だから、どうか心を、私を見てほしい。
そう伝えるのに精一杯だった。
それはつまり、何もできなかったと言って等しい。



あの日から、二週間が経った。
よく二人寝転げたこの場所で、海との思い出ばかりが頭を巡る。
月が沈み、先程よりも星の数が少し増えたように思う。
来てくれるはずもない。そんな空をただ眺めた。

恋を初めて知った若造のように、ただ胸の熱情を持て余す。
息が苦しい。
無理に呼吸をすれば、海があけていった穴に外気が触れてちくりと痛む。
吸えば痛い。吐けば苦しい。
胸の痛みが物理的なものとなり、いっそのことこの痛みと共に朽ち果てても良いかとも思う。

お前なしで生きていけないとは、こういうことか。
気付いたところで、もう遅い。遅すぎた。

〝ウミ〟

声は出さず、唇の形だけで名を呼ぶ。

〝好きだ〟

五年間、伝えられなかった言葉を


「私は―」

喉の奥に鈍い痛みが走り、歯をかみしめてどうにかこらえた。
星の夜に男が一人涙するなどどうかしている。

「お前を愛している」

呟けば星影がにじみ、結局は涙が零れた。

また会うことができるなら、
たとえばこの夜空を割って、愛しい人が姿を見せてくれたなら。
どんなことだってしてもいい。
切望する。全てをかけて。


―お前に会いたい、ウミ










そう願った時、西の空を一つの星が流れたことにクレフは気づかなかった。
だから、この時のクレフには想像もできなかった。

髪を肩まで切った元恋人が、
この星の地に降り立つことを。







「アンドロメダ Clef side」
end






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