💎💎💎初恋(完結)
エピローグ
「私も、虫は殺せない」
乾いた沐浴着や薪を片付けている最中に、突然クレフが言った。
「え! 虫が出たの!? どこ!?」
慌ててあたりを見回す。良くも悪くも自然豊かなセフィーロでは、あんな虫やこんな虫が出ることも少なくはない。
そしてこの反応の通り、私はあの類が決して得意ではない。
「いや」とクレフが言った。
「もう! 脅かさないでよね」
クレフは謝るでもなく、淡々と言葉を足した。
「仮に私がいびきをかいたとして」
「え?」
「仮の話だ。そうだとしたら、お前は嫌いになるか?」
クレフがあまりに真剣な顔でこちらを見ているので、私は言葉を失いかける。けれど次の瞬間には口が勝手に「くれふのばか! えっち!」と叫んでいた。
クレフが仰天顔をしている。
びっくりしたのはこっちのほうだ。
「だ、だ、だって! 私まだ十五だし……! そんなの、まだ早いと思うの!」
クレフは大きく瞬きをして、それからぎゅうと目を閉じた。眉間にしわがよっている。見慣れた表情だ。
「ウミ、お前何か誤解をしていないか?」
きょとんとする私に、クレフは教えてくれた。
昨夜したという風との会話をかいつまんで。
ここ数日、風とフェリオが同じ部屋で夜を過ごしていることは知っていた。けれど、それをクレフから間接的に聞かされると妙に気恥ずかしいものがある。
「だって! いきなりあんなこと聞かれたら誰だって勘違いするわよ!」
私は怒りで恥を塗り隠すことしかできない。
私が一人でわめいているうちに、クレフはほとんどの片づけを終えていた。
荷物をまとめ終え、いざ城へ帰ろうという時
「ウミ」
クレフが、私を呼んだ。
呼ばれ慣れた名前なのに、クレフがとても大切そうに呼ぶので、私は気恥ずかしくてまともに返事もできなかった。
それから―
それは、とてもゆっくりで柔らかくて優しい動作だった。
華奢な肩から伸びる細い腕。
筋張った大きな手。
気品の溢れるローブ姿でありながら、今この人は導師でも聖人でもなかった。
手のひらは上をむいている。
配下に忠誠を誓わせるような高圧的な所作ではない。
私の手がそこに重ねられることを、彼はただ静かに待っていた。
「手を、取ってくれないか」
ためらいがちに発せられた小さな声は、クレフの優しさそのものだった。
――
「そんなに照れるな。こちらまで移る」
そんなことを言われてたって無理に決まっている。
右手に伝わるクレフの熱が、私をどんどん舞い上がらせる。
帰り道がずっと続けばいいのに、そんなことを思う。
きっと、そう思っているのは私だけではない。
クレフも私に負けず劣らずの赤い顔をしていた。
「ねえ、耳が真っ赤よ」
私がそう伝えると、恋人が照れくさそうに笑った。
「初恋」
end
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あとがき「初恋」
エンジン無しには走れません🚗³₃笑
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