💎💎💎初恋(完結)



「正直、つらかったわよ。この恋は」

「でも、よかった」

「私、あなたを好きになってよかった」




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「初恋」最終話


8.恋




「ごめんね。言うつもりはなかったの、本当に。忘れて」

クレフの瞳に、私の姿が映っている。
大丈夫、ちゃんと笑ってる。

「先に帰るわ」

踵を返しクレフに背を向ける。
また涙があふれるところだった。

このまま、どうにか
凛とした背中で去ってみせる。

大失恋。上出来だ。よくやったと思う。



なのに、

「ウミの」

呼び止めるともなしに、クレフが私の名前を口にした。その声に、私はほとんど反射的に振り返っていた。

「騒がしいところが苦手だ」
「えっ?」
「人の話を聞かないところ、感情の起伏が激しく怒りっぽいところも」

クレフはまっすぐにこちらを見ていた。冗談を言っているような雰囲気ではなかった。

「年長者に対する敬意が欠けているところも。それから異世界の物事……特にあの〝横文字〟を休みなくペラペラと話されるとひどく疲れる」
「な、なによそれ! いくらなんでも言い過ぎじゃない!? そんなに嫌われてるなんて思ってなかった! 分かったわよ! それだけすっぱりきっぱり振ってくれれば綺麗に諦められるってもんだわ! どーもありがとう!」

もう自分がどんな顔をしているのかわからなくて、私は慌ててクレフに背を向けた。

「次の恋は、もっと優しい人とするから!」

捨て台詞のように吐き捨てた声は、やっぱり涙で滲んでいた。

クレフより優しい人なんて、どの世界にも存在しない。
むやみに人の悪口を言うような人ではない。きっと私のために、私が吹っ切れるように、わざと言ってくれたんだ。
そんなことを考えると、頭に上った血が涙に変わって次々に目からあふれ出た。

涙をぬぐって、もう一度振り返って、笑顔を見せて別れようか。
最後の会話がこれでは、あまりに情けない。
あんな捨て鉢な「ありがとう」ではなく、心からの「ありがとう」を。



少しの葛藤のあと、私はゆっくりと振り返った。

クレフは、少し困ったような顔で笑っていた。

「嫌なところを探そうと努めていたんだ」
クレフが、口調をほんの少し崩して言った。

心臓が跳ねる。

そういえば、サークレットがはずれて前髪が垂れるとこの人は男の人の顔になる。
振られたばかりだというのに、これは間違いなく恋なのだとどうしようもなく実感させられてしまう。

私だって、クレフの嫌なところを探そうとしていた。
そんなことをする理由は一つしかない。けれど期待なんてしてはいけない。思い上がってはいけない。

なのにクレフは、私の思い上がりを助長する言葉を重ねた。
「好いてはならないと、自分に言い聞かせていたから」

身体がぶわと熱くなる。クレフの言葉がぜんぶ自分の都合の良いように聞こえてしまう。どんな意図があってこんなことを言っているのか見当もつかない。
見当がつきかけても認めることができない。
どうしたって期待してしまう。私は自分を制するために、爪を手のひらに食い込ませた。

けれど、この胸の高鳴りが思い上がりでも都合の良い勘違いでもないと確信してしまったのは、クレフが続けてこう言ったからだった。

「この想いはきっと思慕とか恋慕とか、そう言った類のものだ」

泉のほうから涼しい風がサアと吹いた。けれどそれぐらいで私の顔の熱が引くことはない。二度とない。

口をぱくぱくと開閉して言葉を探しても、結局はなにも出なかった。
言葉探しが全く終わらず私が押し黙っていると、クレフは不安そうに首をかしげて「伝わっただろうか?」などと聞いてきた。

こんがらがった頭は、二度と整理されない気がする。
だって、信じられない。

声なんて何も出なくて、
私はクレフのほうを指さしてから自分の顔を指さした。
〝あなたが、私を?〟
クレフが少し照れくさそうに小さく頷いた。

立ってなどいられなかった。
芝草が素足の膝に刺さってチクリと痛む。夢じゃない。
「大丈夫か?」と言って、クレフが慌てて駆け寄ってきた。

肩に触れようとするクレフの手をさえぎるように、私は手のひらを向けて「平気」と言った。

絶対に触らないでほしかった。
今、少しでも触れられたら、私の体は心臓から爆発するはずだったから。

顔を伏せた視界の外でクレフがうろたえているのがわかる。
なんなのよ。そんな人間じみた人じゃなかったじゃない。

混乱と動揺と恥ずかしさと、そして何より喜びによって私の頭はくらくらと揺れ、脳は酸素を求め続けていた。

クレフは手をさしのべたままで、私に触れてくるようなことはなかった。
一人でどうにか立ち上がり、膝に張り付いた芝草を手で払いながら、私は言った。
「クレフって、やっぱり意地悪だわ」

ようやく返した言葉は、我ながらひねくれたものだ。

「そんな回りくどい言い方しないで、好きだよってストレートに言ってくれたらいいのに」

私の言った横文字をゆっくりと解釈し、クレフは苦笑いを零した。
「年を取ると言いたいことが素直に言えなくなるものなのだ」
「そういう時だけおじいちゃんぶるのもずるいわ」
私が言うと、クレフは珍しく声をあげて笑った。

私も、つられて笑った。
零れた涙を、クレフが指でぬぐってくれた。


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