【クレ海】ショート作品
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『アトラスの約束』
落陽の濃い蒼色と橙の帯の間に、
ぼんやりとした白い靄(もや)のような天体が浮かんでいる。
魔法製のスコープを覗くと、丸い視界の中に、それはそれは見事な彗星が見えた。
クレフは、その彗星の名前だったり、速さだったり、
どこから来たのかとか、どこへ向かっているのかとかを教えてくれている。
私はそれどころではない。
正直なところ、星にはそんなに興味がない。
けれど、私が上の空なのはそれが理由ではない。
彗星は綺麗だった。
地球では見ることのできない。きっと特別な天体なんだろうと思う。
自転とほぼ同じ速さで動くその天体をスコープで覗き見るためには、
術者本人の力を借りなければいけなかった。
レンズを覗きながら、ほとんど抱きしめられるようにクレフの体が後ろから被さる。
子供の短い腕が伸びて私を包んだ。スコープの調整のため。
わかっていても、心臓が鳴りやまない。
やめて、ということも出来ず。
かといって、この心臓の音が聞こえてしまったらどうしようかと、私は会話の続きを探る。
「次に見られるのはいつなの?」
どきまぎとしながら聞いていたクレフの高説の中、どうやらあの彗星は
またセフィーロに近づくらしいと言っていたのを思い出し、私はそれに触れた。
「八万年後」
と、クレフは答えた。
冗談みたいな数字に、私は思わずふき出す。
「さすがに生きてられないわね」
言ってから、疑問が湧いたので尋ねる。
「クレフは……また見られるの?」
スコープから顔を外し、振り返ると、思った以上の顔の近さに私はたじろいだ。
クレフは慌てた様子も見せず、ゆっくりと一歩下がった。
「八万年後かあ」
取り繕うように 私は呟く。
「また見たい?」
クレフは曖昧に笑っていた。
そのまま何も答えないので、私は質問を変えた。
「じゃあ、それまで生きていたいと思う?」
クレフはまた曖昧に笑って、それから、場所を変わってくれ、と言ってスコープを覗き込んだ。
この人は、いつだって答えをくれない。
小さな背中に手を伸ばす。
真っ白な布地に指が触れる寸前、クレフが呟いた。
「共に、星を見てくれる人がいるのなら」
軌道が交わる。
近くて、遠い。
重力の摂動みたいに、私はこの人に引かれてしまう。
end
二人きりで天体観測に誘ってる時点で大っっっ好きだからね!!!!
続き。
突貫でジェオイも書きました😉テヘ
→『軌道共鳴』
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