【クレ海】ショート作品
「LOVEPOTION #9 - I'll make that potion for you now」
「口にあうか?」と言って、クレフは微笑んだ。
その笑みは、先程の優しい表情とは少し違う。どこか悪戯めいた思惑のあるような笑顔だったので、私はいぶかしむ。
反して、顔に触れる湯気が心地良い。
薬湯だなんていうから、てっきり苦くて不味いものが出てくるのだと思っていた。
そんな言葉を―もちろん〝不味い〟だなんて言葉は避けて―、私が投げると、クレフはとても不思議そうな顔をした。
「苦く、ないのか?」
驚き、ためらうようにクレフが尋ねた。
しかけた悪戯が失敗したような、そんな子供めいた表情に見えなくもない。
「ええ、とっても甘いわ。おじいちゃんが出すお薬ってだいたい苦そうなイメージだったから少しびっくりしちゃった」
私の軽口に、クレフは怒りもしないしため息もつかなかった。
クレフは、目を見開いてこちらを見ている。
「え? 何?」
私が声をかけると、クレフはハッとしたように瞬きをして、それから背中を向けた。
「クレフ……?」
クレフは、杖をぎゅうと握りこんだまま押し黙っている。
沈黙が気まずい。何か悪いことを言ったかしら。
いや、ちょっとした冗談なら言ったのだけれど、こんな反応はちょっと想定外だ。
「あの、クレ……」
「少しは元気が出たようだな」
クレフがこちらを振り返って言った。いつもの、優しい笑顔だった。
「え、ええ。ありがとう」
妙な空気が漂っている気がした。けれどその正体が私にはまるでわからない。クレフの仕草や表情は、明らかに何か隠し事を持っているような性質のものだった。
けれど、私は尋ねられなかった。なぜかはわからない。十代の女の直感というか、そういうもので済ませたい。
とにかく、今クレフに隠し事の正体を尋ねたら、何かが大きく変わってしまう気がした。
―――
「ねえ、これ本当に眠くなるの?」
なんだか全然眠れる気がしないんだけど。
それは、わずかばかり高い鼓動のせいかもしれない。
けれど、海にはそのことがよく理解できていなかった。
「睡眠薬でもあるまいし。そうすぐに効くものではない。部屋に戻ったら布団を肩までかけて温かくしていろ。そうすればじきに眠気がやってく―」
クレフが言葉を止めた。
言ったそばから、海はすうすうと寝息を立て眠っている。
空になった薬器が滑り落ちそうになり、反射的に手で受け止めた。
割れずに済んだことにほっと息を付き、目の前の海の顔を、見るともなしに見る。
あちらではあまり眠れていなかったのかもしれない。
端正な顔には、やつれと
唇は少し不健康に乾燥している。初めて出会った時にはそのような印象をうけなかった。
『ええ、とっても甘いわ』
しばらく見つめていると、眠る唇からそんな言葉が飛び出してくる気がして、クレフは慌てて視線を外した。
「甘かった……のか……」
囁くように呟く。
普段なら、初めて飲む者には「苦いぞ」と言って手渡すその薬湯を、何も言わずに海に手渡したのは些細な悪戯心にすぎなかった。
「苦い!」といって顔をしかめる、そんな様子が見られればと思ったのは自分でも意外なところではあったのだけれど、とにかく、クレフはそうした。
この薬湯の特性を、知らないわけがない。
強烈な苦みのかわりに、一刻後には安眠へと導く。
そんな薬湯の味を変える、たった一つの要因。
いつから?
どうして?
そんな疑問が頭の中を早風のように通り過ぎ、そして何よりためらったのは、自分自身の内心だった。
国は危機に瀕している。
こんなことに浮かれ回っている場合ではない。
なのに、厭わしさや気疎い感情はない。
むしろ―
指の甲で、まぶたの下をそっと撫でてみる。
海はくすぐったそうに表情を変え、それからまた寝息を立て始めた。
眠りは深い。
光達の部屋に送らなければ。
魔法を使えば、そんなことはたやすい。
クレフは杖をかかげると、海のほうへ向けた。
白色の、毛並みの良い毛布が宙に現れる。
それを海の肩にそっと掛け、クレフは部屋の灯りを落とした。
End
―――
暗がりの中海ちゃんの寝顔をしばらく眺めて、目を覚ました頃なんでもなかったみたいに「眠れたか」とか聞いて、「部屋まで送る」とか言ったらいいんだよー。
全年齢で何にもしないのが一番えろい(持論)
参考→
翼のさえずり「of Course」
WaveBox👏