【クレ海】ショート作品
「今回は…またずいぶんと…」
海は目を丸くし、シーツの上を流れる薄紫色の一束を指ですくった。
軽く身を起こした海の寝衣の胸元が少しはだけたが、なんとそれに構う余裕もなく、クレフは目元を抑え「またか」と呻いた。
「どうするの? また切ってあげてもいいけど」
意味ないわよね、と海は言葉を足す。
普段は肩にもつかないほどのクレフの髪が、今や海とほとんど同じ長さにまで伸びている。
初めてこの現象が起きた朝には二人とも大いに慌てたものだったが、数分の思案ののち「姿を変えたことの反動かもしれない」と、クレフは一応の結論を導いた。
十歳そこらの少年の姿から成年の姿へ。
体を変化させ、定着させた理由はただ一つ。
それはただただ目の前の少女のためであったのだけれど、本来ならばその対価、つまり反動や負荷は少なくはないはずだとクレフは言った。「こんなことで済むなら安いものだ」と。
が、それにしてもこの〝暴発〟がこう頻繁に起きるのではたまったものではない。
切っても切っても髪はすぐさま伸びるので、海も途中から匙(ハサミ)を投げる始末だった。
「ねえ、これで何回目? こんなにたくさん伸びて、そのうちなくなっちゃったりして」
言いながら、ゾと海が青ざめる。
「あ、で…でも私、クレフならどんな髪型でも素敵だと思うわ! 外国なんかだと……その…えっと、控えめな感じのほうが素敵ってこともあるし」
どうやら失礼なことを言われたのはわかったらしい。クレフはムッとしながらも「魔力の暴発ゆえ、そのようなことはないはずだ」と告げ、海はあからさまにホッとした。
「今日の予定は…」と、クレフは尋ねるでもなく口にした。
気怠く、横になったまま手の甲を額に当てる。
「最悪だ」
「オートザムの日ね」
海はまるで記念日かなにかのように楽しげに言うが、クレフのため息は重い。
ただでさえ難儀する会合と交渉。いや、それはまだいい。
問題はあの男だ。
セフィーロ総出で療養中の面倒をみた恩を忘れてしまったのだろうか。自分と海の交際を知るやいなや、イーグルはその顔に似合わず、ゴシップめいた興味をわずかにも隠さずこちらへ向けてきた。
「お前の上官の倫理観はいったいどうなっている」
と、ジェオに尋ねれば「きっと嬉しいんですよ。あなたが人並みの、いやそれ以上の幸せを手にしたことが」と答えるので、不満や嫌味の言葉を続ける気にもなれなかった。
「絶対にからかわれるでしょうね」
「今日は代わりに出てくれないか?」
「異世界の小娘に国の会議を代理させる人なんて聞いたことないわ」
クスクスと笑い声を零し、海は体を起こした。
見下ろした先の、薄紫色の髪を撫でる。
「私、いつもあなたがこうして髪を撫でてくれる理由が少しわかった気がする」
クレフはくすぐったそうに瞬きをした。
「好きな人の、いとおしい部分が増えて嬉しいわ」
海が頬を染めてはにかんだのと、クレフが海の手をグイと引いたのはほとんど同時だった。
バランスを崩した海がクレフの体の上に倒れ込む。
「ちょっと! 危ないじゃない!」
「結うものを貸してくれ」
「え?」
「邪魔になるから」
長い前髪の隙間から覗く瞳は、夜の色を見せていた。
頬を撫でる親指は、昨夜散々施された愛撫を思わせる。
「嘘、こんな朝から?」
「誘ったのはお前だ。いいから早く結うものを」
クレフが急かすと海も観念し、一本のヘアゴムを取り出した。
照れ隠しか、少しぞんざいに手渡されたそれを指で摘み受け取る。
今度はクレフが体を起こし、頭の後ろで器用に髪を結い始めた。
それをぽうっと眺めながら胸に手を当ててみる。心臓が、ドキドキと跳ねている。
この姿の恋人に抱かれるのは、なにも初めてのことではないのに。
まるで初恋のような甘い鼓動を、海は確かに感じていた。
End
なんと拙作「初恋」のご隠居クレさんからイメージしてくださったと聞いて└(:3」┌)┘))ジタバタ
ありがとうございました😭💜💙💜💙💜💙
髪のくだりはらんま1/2の龍の髭の回を参照してます。
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