【クレ海】ショート作品


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しばらく城を出ていたプレセアが、数年ぶりに顔を見せた時には一同総出で出迎え、歓迎した。

けれどそのまま再会を祝う宴とはならず、お茶会にすらならなかった。その場が早々に散開となったのは、他でもない、私が想いを寄せるまさにその人が場をいさめ、そして皆に囲まれるプレセアの手をそっと引き、私室へと送って行ったからだ。

なんなのよ。皆だって久しぶりにもっとプレセアと話したかったのに。

そうむくれて見せたのは半分本当で、半分は―。




意志の力で全てが決まるっていうなら、この部屋はもっとひんやりとしていていいはずだ。
せっかくセフィーロに来たというのに、空調もない部屋で私は一人ベッドにうつ伏せて、この蒸し暑さの中で脳をぐるぐると巡らせている。
冷えきった心に反して、汗は止まらない。

その時、ノックの音が響き私はハッと体を起こした。
真昼間から部屋にこもっているので誰かが心配して来てくれたのかもしれない。
光でも風でも、誰でもいい。
この心を連れ出してくれる〝誰か〟の訪問に、私は少なからず弾んだ気持ちで扉を開いた。

誰でもいいとは言ったけど、ちょっとこんなのは想定していない。


「な、なに? どうしたの?」
突然の訪問に、私は乱れた髪をいそいそと撫でつけた。

「酷い暑さだな」
と、クレフは顔をしかめ、部屋に向けて杖を振るった。
たちまちに部屋の湿度と温度が下がって、魔法って便利だなあなどと子供みたいなことを思う。

クレフが、「どうした?」私の顔を覗いてきた。
「え?」
どうしたはこっちのセリフだ。
女子の部屋を一人で訪ねておいて、まさか冷房屋さんになりにきたわけでもあるまいに。
「なにがよ」
と、私は尋ね返した。

クレフは、私の質問返しに答えることはなく、
「仮にも水と氷を司るものとして、この部屋の有様はないな」と言った。
「だ、だって…」

あなたがプレセアを連れ出して恭しく部屋まで送って行ったのが嫌だったのよ。

まさかそんなことを言えるわけがない。

クレフは、俯く私の顔をそっと覗き「ひどい顔だ」と言った。
そうよ。どうせひどい顔よ。
こういう時の私は大抵、人に見せられるような顔をしていない。
きっと歪んで曇って濁って、クレフに「ひどい顔」と言わしめるくらいの表情をしているはずだ。

「少し外に出るか?」
とクレフが行った。

「今のお前は、こんな場所にいてはいけない」
クレフはそう言って、部屋のほうを一瞥した。
クレフの魔法で室温はいくらかマシになったものの、部屋の中には私がさっきベッドからばら撒き続けた黒い靄(もや)のようなものが滞留している気がした。

私は頷く。

そうやって、優しくするから。
あなたの生ぬるい態度が嫌い。嫌い。

どうせ二人で外へ出たって、あなたはきっとすぐまた他の人にも優しくするんじゃない。
プレセアにだって、城の人たちにだって誰にだって。

「博愛主義者」

ポツリと言葉がこぼれる。クレフが「何か言ったか?」とこちらを振り返った。
私は、当然首を横に振る。「なんでもないわ」と、そう言って。



城の外を目指し、回廊を歩いていると心臓がドクンとなった。
これは、たしかにひどいわ。
姿を見るだけでこんな感情になるなんて。
一歩前を歩いていたクレフが、小走りで彼女のほうへ駆け出して行った。クレフが走るところなんてほとんど見たことがなかった。

「プレセア、部屋で休んでいろと言っただろう」
そんな声が聞こえる。
彼女の返事が聞こえなかったのは、私がすぐさま振り返り二人を背に走り出したから。

勝手に涙が溢れて、溺れそうになる。
私を泣かせることも怒らせることも、あなただけの特権なのに。
決して、逆にはならないのね。
走りながら、溺れていく。



部屋の前にたどりついても、あの黒い靄のある室内にはなんとなく入りたくなくて、扉の前で立ち尽くしていた時―

「ウミ!」

駆けて来る、クレフの姿。
泣きはらした顔を見られたくない。
私は慌てて扉に手をかけた。
その手を、クレフがパシと掴んだ。

クレフは眉尻を下げ、ほんの少し息を乱していた。
「いったいどうしたというのだ」
少し変だぞ、今日のお前は。と。

「プレセア……」

そう一言言うのに精一杯だった。

「ああ」
とクレフは言った。

「いずれ知れることだ」
と独り言のように言ったあと、クレフは教えてくれた。

プレセアはいずれまた城を出る、と。
愛弟子と暮らすあの辺りには大きな診療所がないので、無事に産まれるまでは城で面倒を見ることになる、と。

「産まれる……?」
尋ねると、クレフは静かな微笑みと共に頷いた。

ボロボロと涙が零れて、私はその場にしゃがみこんだ。
18の女がする泣き方じゃない。

無様な嫉妬の心を向けてしまったこと。
クレフの優しさをうとんだこと。
恋心に振り回されてしまった情けなさ。

それよりも―

「プレセア、ママになるのね」
言葉にすると余計に涙が溢れ出た。

おめでとうと言いたい。
体は大丈夫なの?

けれどきっと、まだ告げるべきではないと、プレセアが、クレフがそう判断した。
ならば、今私にできることはほとんど一つしかなかった。

「ごめんなさい」

真っ直ぐに頭を下げる。
涙はもう止まっていた。垂れた髪が床につきそうになり、それをクレフが指ですくってくれた。
「顔をあげろ」

「悪いと思っているのなら少し付き合え」
「え?」
「お前に不遜な態度を取られて私も今心穏やかではない。少し気晴らしに行こう」
クレフはそう言って、城の外へ向かうほうへと靴の先を向けた。

「なにがお前にそんな態度を取らせたのか」
クレフがポツリと呟いた。

「まだ聞かせてはくれんだろうな」

クレフの言葉に、私は顔を赤くしたり青くしたりしながら
「そ、そのうちね!」と上擦った声で返すことしかできなかった。



心日和
end







「心日和」の歌詞の感じが、愛が広いクレさんに振り回される海ちゃんぽいなと急に思い立って👀✨
同じくaikoの「アスパラ」という曲の歌詞にも少し引っ張られてます☀️夏だしね。

最後のクレさんのセリフがお気に入り💜💙💜💙
両片思い風味🤤
プレセアさんのお弟子さんは「Believe in Magic」の2話に出てくるイースくんの想定です💍もはや懐かしい~~。
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