あとがき/試し読みなど

OVA続編の捏造です。
OVAをご覧になっていなくても読めるかと思います。
セフィーロの指令で金沢にやってきたクレフを海ちゃんがかくまう話。デート譚的なお話です。




たとえこれがさよならだとして





「海ちゃん、そろそろ行くわよ」と、ママの声がした。
十年以上過ごした自室に頭を下げる。

風は先日、日本を発った。
つい数日前空港で涙ながらに見送りをしたかと思えば、今日は涙ながらに見送られる番だ。

見送るほうと見送られるほう。その両方を経験するのは私だけ。

光の涙を見たらつられちゃいそうだわ、と思う。
けれど結局、光は一度も泣かなかった。
〝涙を見せなかった〟というほうが正解か。

抱きしめ合って、鼻声でお互いに「元気でね」と言った。私の肩口の向こうで、きっと光は涙をぬぐったんだろう。私も同じことをしたので、わかった。
ハグをほどいた時にはいつもの明るい笑顔を見せてくれた。
やっぱり、光が大好きだ。



新しい家は、貸別荘や住居が入りまじったエリアに建つ一軒家だ。コテージがいくつか立ち並ぶ中に、龍咲家も混ざるように建っている。景観を揃えるため一般住居もみな別荘に合わせてログハウス調。
東京ではあまり見ることのない、自然的な風貌の家屋に少しワクワクした。

いくつかの別荘を龍咲家で運用するというので、相変わらずパパの冒険家っぷりには驚きだ。
さすがのママも少しあきれていた。



2階に一人部屋をもらった。
窓からは星空。眼下には街のあかりが見える。
結構いい街じゃない。

ここへ来る途中に日本海が見えた。パパから聞いていたよりも寒々しく暗い印象は無い。もしかしたら、私が新天地に期待をしすぎないよう、前もってハードルを下げていてくれたのかもしれない。そんなことをしてくれなくても、ここは十分に素敵な街だと、直感的に私は思った。

テニスコートやスポーツ施設もたくさんあった。
高校に入ってもテニスを続けようかしら。

引越しの荷ほどきもそこそこに、光にメールを送った。
『金沢、とても良い所だけど少し冷えるわ』
PHSをひっくり返し、裏面に貼ったプリントシールを見る。
「あなたには、明日送るわね」
風に声をかけ、部屋の灯りを消した。

今、あっちは真夜中? それとも早朝かしら。
パパにワールドクロックを貸してもらおう。



それから一年が経ち、私は高校二年生になった。
学校や暮らしにもすっかり慣れた。
友だちも出来たし、結局テニス部に入部した。「社会勉強」の名目で、街のカフェでアルバイトも始めた。

パパとママは相変わらず多忙を極めていて、外出が多い。今日も泊まりがけでお仕事だ。一人の夜も慣れたもの。最初の頃は、一人きりで過ごすことが心細かったけれど、今では「出張」と聞くとわくわくするくらいだ。

一人で好きなお夕飯を食べて、テレビや映画を好きなだけ見て、好きな時間に眠る。「何かあったら大変だから」と、少し多めにお小遣いを置いて行ってくれるので、ちょっとしたセレブ気分も味わえる。(もちろん使いすぎれば叱られる)

寝坊しても誰も起こしてくれないのが難点だけれど、両親が不在の日を私は「プチ不良デー」と呼んで、好き勝手に過ごしていた。


今日も存分に「不良」を堪能し、ようやくベッドに入った頃。
うとうとしていると、外に気配を感じた。
またベランダに夜鳥か野ネズミでも遊びに来たのかしら。
無視してこのまま寝入ろうとすると、ガタンと大きな音が立ったので私は飛び起きた。動物の類ではない。

(泥棒……?)
私は壁に掛かっていたラケットを握り、窓のほうへそっと進んだ。壁際に立ち、息をひそめる。
龍咲家の平和は私が守るんだから。さっき見たアクション映画に後押しされて、そんな正義感が震え立つ。根拠のない勇気が湧いて、不思議と恐怖心は無かった。

「誰!?」
叫びながら思い切り窓サッシを開け、バルコニーへ飛び出る。
誰もいない。かわりに「ウミ?」と、男の人の低い声が上から聞こえてきた。

反射的に上を見上げる。
屋根から降ってきた何かに私は口を塞がれ、悲鳴が詰まった。
じたばたと暴れても、まるで敵わない。
「落ち着け、ウミ。私だ」
手元から、ラケットがカランと落ちる。


懐かしい声。よく知ったその姿に、私は目を見開いた。
その人は私の口元からやっと手を離し「久しいな」と言った。
「く、クレフ!」
静まり返ったコテージエリアに大きな声が響く。
私はハッと口元を抑えた。

「どうしてこんな所に?」囁き声で尋ねる。
クレフは、少し気まずそうな顔をした。

濃紺色のマント、大きな杖。相変わらずテーマパークのキャラクターのような仰々しい恰好は、東京でも浮いていたけれど、ここでも十分浮いていた。

その時、外に誰かの気配がした。
地面が懐中電灯に照らされ、木の隙間から光の線が揺れる
この辺りを見回る警備員だ。見られてはまずい。
私は慌ててクレフを室内に招いた。



     2



「一体なんなのよ? まさか、またセフィーロのいざこざに巻き込む気じゃないでしょうね!」
靴は脱いでよね。私が言うとクレフはその通りにし、部屋の端に所在無げに立った。

「セフィーロも無茶を言う」
クレフが言い、懐から一枚の紙を取り出した。
「なにこれ」
「指令書だ」
と、クレフがさも嫌そうに言った。
紙を覗き込む。文字と言うよりは模様と言ったほうが近い。
こんなの見せられたって読めるわけないじゃない。私がそう言うと、突然、クレフが私の手を握ってきた。
「な、な、な、なに!?」
慌てふためく私に、「読んでみろ」とクレフは淡泊に言った。
言われた通り、もう一度紙に目を通す。

さっきまで〝模様〟だったそれが、読める。
いや、読めると言うよりは、不思議と理解できる。そんな感覚だ。
クレフの手と脳を介して、文章の内容が頭に入り込んでくる。
ものすごく予習していった英文よりもよっぽど、母国語みたいに理解することができた。
この方法が外国語のテストで使えたら最高なのに。ううん、今はそれどころじゃない。

「つまり……異文化研修的な…?」
私は、つい最近高校で行われたレクリエーションの名前を上げ、クレフに尋ねた。
クレフが気まずそうに、肯定のため息をついた。
「なぜ私がこんなことを」
「あら、適任なんじゃない?」
と私は返した。クレフが不思議そうな顔で見返してくる。

「ふぇりお? だったかしら。あの子ってなんとなくだけど、どこでもなんでもサラッと適応しちゃいそうだし」
「だから私も推した。フェリオのほうが適任ではないかと」
クレフの口調は上席の愚痴を言うパパそっくりだ。
「そうね。でも、フェリオみたいになんでも軽くやってのけそうな人より、あなたみたいに生真面目でお堅い人のほうが色々困って、その分収穫になると思ったのよきっと」
勝手にセフィーロの〝上席〟の気持ちになって語ってみる。
クレフは依然納得のいかない顔をしていた。

「ねえ、でも、どうして金沢に?」
東京には光だっているのに。私は尋ねる。
「私が聞きたいくらいだ。〝東京〟に飛ぶつもりだった。あそこには目立つ塔もあるし、一度行ったことがあるので磁場も読みやすい。ところが、飛ぶ途中、より強い磁場に引かれてしまってな。抗えず乱流に乗っていたらここへ辿り着いたのだ」一体なぜ。ぶつくさと言っていたクレフがこちらを見て「そうか」と言った。

「お前が呼んだのか?」
「は?」
「極めて強い引力だった。辿り着いた先にはお前がいた。呼ばれたと考えるのが自然だ」
「そんなわけないでしょ! あなたとまた会いたいだなんて! そんなおかしなこと私が思うわけないじゃない!」
たしかに去年、クレフ達がセフィーロへ帰る時「お別れくらいさせてよね」とは思ったし言った。けれどそれが「会いたい」だとか「呼ぶ」だとか言われるとさすがに気恥ずかしいものがある。


それからクレフと二、三の話をした。
「前あった時よりも元気そうね」とか「固い雰囲気が抜けたんじゃない?」とか、そんな会話だ。

クレフいわく、私たちと過ごしていた時が一番消耗していたらしい。咳もしない、ふらつきもしないで堂々と立つクレフの姿。
これが彼本来の姿なのだと思うと、初対面ではないのにまるで初めて出会った人のような、そんな不思議な気持ちになった。



「ねえ、あなたまさかその恰好で過ごすつもり?」
私は彼の風貌をあらためて見、そう言った。
「これ以外の服は持ち合わせていない」
「セフィーロって国はほんと……」
ため息が出る。
「しょうがないわね」

クレフがきょとんとした顔でこちらを見た。
「明日、買い物に付き合ってあげる。その恰好じゃどこへ行くにも目立って仕方ないわ。ねえ、泊まるところはどうなってるの?」
クレフが、もう一度指令書を見せてきた。
おっかなびっくりクレフの手に触れ、紙面に目を走らせる。
「あきれた。無計画すぎない?」
クレフも「同感だ」という顔をした。

私はクレフを連れてログハウスエリアの一画、我が家から徒歩十分
ほどの所にある、空きコテージへ向かった。
「ここ、使っていいわよ」
ドアを開け、部屋の灯りを付ける。

「一応うちの借家なんだけど貸したり貸さなかったりだから。ずっと電気は通してあるの。え、電気って? 嘘、そこからなの? まあいいわ、あとで全部まとめて教えてあげる。とにかく、ここは私が勉強部屋として使わせてもらってる家なの。成績のキープとお掃除、それから漏電と凍結のチェックを条件にね。使わないと家って傷みやすいから」
言いながら、私はクレフに部屋の使い方をあれこれと教えた。
この家を人に貸したことは一度や二度ではないので、家の使い方の説明も慣れたものだ。

「一応空き家だけど、くれぐれも静かにね! 時々勉強がてら様子を見に来てあげるけど、とにかく大人しくしていて。それから、二階の灯りは付けちゃだめ」
クレフがこくこくと素直に頷いている。

そして私は、さっき見せてもらった指令書に〝魔法禁止〟の項目がなかったことを思い出した。
「あと、目立つことは絶対にしないで! 魔法も絶対ダメ! パパに見つかったら大変なことになっちゃうんだから」
〝魔法禁止〟と聞いて、クレフは少しの動揺を見せた。

「そうよ。魔法はほんっとーに困ったときだけ。文化研修なんでしょ? 外国語を覚える時だって、なるべく自国語を使わないのが上達の道って言うし。なんていうか、こんな大切なことを指令書に書いておかないなんて。セフィーロって本当に色々と抜けてるのね」
「抜けている?」
「ぼんやりしてるってこと」
私が言うと、クレフは急に相好を崩した。

「それは最重要報告事項だな」
可笑しそうに笑う、初めて見るあどけいない表情に思わずドキっとしてしまった。

「と、とにかく、地球で過ごすんなら少しは地球人らしくして。わからないことは私が教えてあげるから」
私が言うとクレフは神妙に頷いた。
「ウミ」
「なあに?」
「ありがとう」
「なによ改まっちゃって。あなただって私のこと助けてくれたじゃない。困った時はお互い様。〝持ちつ持たれつ〟ってやつよ」

『命を救ってくれた』こととは、
まるで釣り合いが取れる気がしないけど。




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