序章
……なんちゃって。
言うだけならタダだよね。
コナン君に成り代われるとは思ってないけど私にだって守れる人がいるはず。スーパーマンじゃないから全員なんて到底無理だけど、助けられるなら助けたいじゃない?
もう助けたくても助けられない人達だっているんだから。
となるとまず最初に助けたいのは明美さんなんだけど居場所なんて知らないしなぁ。このままジンとウォッカに付いて行けば接触してくれたりしないかな。10億円事件さえ起こさなければきっと殺されることはないかもしれないけどそれって可能なんだろうか。
そもそも明美さんが殺される原因となったのは赤井さんの存在を組織が恐れたからで、明美さんに利用価値があると思わせることが出来たら命までは奪われずに済むかも……って、それで二年間は無事だったんだからこれ以上の先延ばしは無理か……その末の強盗事件なんだし。
二人の後を追いかけながら明美さんを助けられる方法を探す。一時しのぎでなんとかなる相手じゃないしもっとしっかり保護してくれる人や機関となると……。
「……あ!やばい二人が車に乗っちゃう!」
進行方向の先にある路上に停められていた車に気付いて慌てて走って距離を詰める。後から冷静になって考えると諦めて新一君のところにでも行った方がよかったんだろうけど、見失ってしまうと焦っていた私はそんなことも考えずこっそりドイツの雨ガエルさんに乗り込むのであった!
「兄貴、食事はどうしやすか?」
「なんでもいい。適当に決めろ」
動き出した車の中でジンとウォッカがそんな会話を交わす。
食事。食事かぁ。私もご飯食べたいなぁ。
――ぐぎゅるるる……。
「ん?なんだ今の音は…」
「パパー!!ボクおうどんがいいー!!」
「なっ!?このガキッ!いつの間に……!!」
食べ物のことを考えたら腹の虫が鳴いてしまったので慌てて自分から顔を出すとウォッカはめちゃくちゃ驚いていた。ジンも声こそ上げなかったものの目を丸くしていて嘘だろこの二人マジで私が乗り込んだこと気付いてなかったのかよと自分の隠密行動っぷりに驚いてしまった。私ってば将来アサシンになれるんじゃないかな!
「あっ!ほらパパあそこ!おうどん屋さんあるよ~!!ほらほらっ、あそこだよ!あそこに……あ~あ、通り過ぎちゃった。ダメだよパパ~ちゃんと見てなきゃ~」
「ふざけやがって……!!ガキが!どうやってこの車に乗り込みやがった!?」
「えー?もちろんドアを開けてから車に乗ったよ?パパ達と一緒に!」
閉めるタイミングを合わせるのなかなか難しかったけど気付いてなかったようなので私ってば優秀だなと褒めておいた。間違いなくまぐれだからもう出来ないと思うけど!
前方に身を乗り出したまま笑顔で運転中のジンの方を向いたらガチャリと物々しい音を立てて銃口を向けられましたとも。わぁ片手運転は事故のもとだぞパパ~!!
「言ったはずだ。オレ達はガキのママゴトに付き合っている暇はねぇと……車から降りろ」
「でも運転中にドアを開けたら危ないよ?」
「関係ねえな。なんなら窓から放り投げてやってもいいんだぜ?」
「えー!?パパひどーい!幼児虐待で警察に訴えちゃうぞ!」
「……ウォッカ、ガキを押さえていろ。バラす」
「えっ!?今ですかい……!?」
「や、やだなぁ、冗談だから怒んないでよ……!」
地を這うような声は低すぎて何言ってるのかわかんないレベルでキレてしまったジンにウォッカはあからさまに動揺していてこれはふざけすぎたかと思っていたら車を路肩に停めたジンが振り返り様に私の首を掴んできた。
「ぐぁ……っ!」
「忠告はとうにしてやったよな……オレは一度言ったことは取り消さねぇ主義なんだよ」
「……っ、ぁ……ぐ……」
「これが最後だ。車を降りるか死ぬか選べ」
片手で首を絞められ身体を引き寄せられ、額に銃口を押し当てたジンが私を見据えてくる。なるほどこれが平気で人を殺してきた男の眼差しかなんてこんな時まで馬鹿なことを考える私はよっぽど死が怖くないらしいと他人事のように思った。
まあ一回死んでますしね……近くで見るとジンの目の色って綺麗だなぁ。
「……ボクはパパと一緒におうどん食べたいな〜……」
これは賭けだった。
きっとジンはこの車の中で人は殺さない。
愛車を他人の血で汚すような真似はしないはず。
根拠のない勘だったけどめちゃくちゃ冷たい目で見られただけで引鉄を引く様子はなかったのでこれはマジで当たっていたのではと油断したらグッとジンの指が首に食い込んで気道を狭められ、さすがに息苦しくなってきたら私が苦しそうにする姿がそんなにお気に召したのかジンはニヤリと笑った。さすがパパはニヒルな笑みがよく似合うと内心で褒めておいた。
パパの手ってマンガで見るより大きいなぁ、これ下手したら首の骨折られるのでは??
「生憎オレはお前のようなガキをもった覚えはねえよ」
「ア……APTX4869……」
「……」
「!? このガキ……どこでそれを……!!」
「出来損ないの名探偵……だっけ……?パパがボクに、飲ませてくれたん、でしょう……?トロピカル、ランドでさ……だからボクは、ここにいるんだよ……?」
「……あの時の小娘か。まさか生きていたとはな」
「あの時のって……まさか、あの取引現場を見てやがった……!?でも兄貴、ガキ共は確か高校生だったはず……!!」
……ん?今ウォッカ、ガキ『ども』って言った?もしかして、もしかしなくてもやっぱりこれは新一君も蘭ちゃんと合流する前にジンに見つかって毒薬を飲まされてるパターン??江戸川コナンの誕生不可避??私のあの気遣いはなんだったの??
というかそうだとするとこれは非常に拙い展開なのでは!?普通に幼児化することバラしちゃったんだけど!?
こうなったら……唸れ!私のアドリブパワー!!
「きっと副作用、だよ……試作段階、だったんでしょう……?だったら、予想もしてないようなことが、起こったっておかしく、ないんじゃない……?ああ、でも、もう一人はもう、死んじゃってたなぁ……」
トロピカルランドから脱け出す時に同い年くらいの男の子の死体があったから、なーんて咄嗟に嘘を吐いてみたけど果たして騙されてくれるかなぁ。てっきり新一君の幼児化は回避したと思ったんだけどなぁ。結局そうなる運命だったということかな……原作の修正力恐るべし……まぁまだコナン君を見たわけじゃないからわかんないけど。
でもジンもウォッカもこいつどこまで知ってんだみたいな顔で見てくるからこりゃ確定かな。
「おまえ……何者だ?」
「さあ……?ボクは誰でしょう……?当ててみてよ……パパ……?」
「……ちっ!」
私には何かあると思わせるために笑ってもったいぶってみたら無言で睨みつけられたあと後部座席に突き飛ばすように手を離された。
さっきも思ったんだけどなんでジンは私の顔をじっと見るんだろう。顔になんか付いてるのか珍しい顔立ちでもしてるのか…転生してからの自分の顔なんて見てないからわかんないや。
「ぐっ、ゲホッ!ゲェッ、ゲホッゲホッ!……はあ~~死ぬかと思った~~!!」
そろそろ呼吸が止まるんじゃないかってところでやっと解放されてジンは再び車を走らせ、酸素が急に入ってきて案の定噎せた私は途中でちょっと嘔吐いたけどなんとか無事です。ウォッカが引き気味ながらも目を配ってくれたのは少し意外だった。安心してくれたまえジンの愛車を汚すような真似をこの私がするわけないだろう!!
―――
「いらっ……しゃいませ~~三名様ですか?お座席の方へご案内しますね~~」
「はーーい!」
店員さんに一瞬ものすごい顔をされ『この組み合わせなんなの……?親子……?え、親子??怪しくね?もしかして誘拐……?』という困惑が手に取るようにわかります。誘拐ではないよ~~帽子くらい脱ぎなよって言ったんですけどねパパったらボクの言うこと聞いてくれないんだひどいよね~~。
え?私の恰好もだいぶやばいだろうって?
私もそう思う。
案内された座席は空気を読んだ店員さんのグッジョブにより店の一番奥の座敷席で(これ逆に店員の目が届かなくて危ないのでは?)ジンとウォッカは目立たない壁側に座り私はもちろんパパの隣に座ってウォッカが仕方なさそうにメニュー表を広げるというあまりの似合わなさに笑い出しそうになるのを頑張って堪えました。
「……兄貴、なんにしやす……?」
「適当に決めろ……」
「ボク上海老天うどん!!」
「テメーには聞いてねぇんだよ!ちゃっかり高いモン頼んでんじゃねぇ!!」
「おじさん声大きい~目立っちゃうよ?」
「ぐっ……!!」
まさか上海老天うどんを高いと怒られるとは思わなかったんだけどなんだウォッカはいつもどんなもの食べてるんだ?まさかまたコンビニ弁当かな??あれってレンジでチンしてもなんか味気ないよねお昼ご飯くらい贅沢しようぜ~~!!!!
……なんで今『また』と思ったんだろう?
「ボク、トイレ行ってくるからおじさん代わりに頼んでて~!」
実はずっと我慢してたんだよね~あはは!!
なんて笑ってる場合じゃないトイレはどこだ……!!
「……」
「……兄貴?どこへ……?」
「騒がしいのがいないうちにズラかるぞ。最初からそのつもりだったからな」
「で、でもあのガキの話が本当なら、このまま放っておくのはまずいんじゃ……」
「どこから情報が漏れたかは調べればすぐにわかることだ。元が何者だろうと今はただのガキでしかない……何も出来ることなどねぇさ。始末するのも簡単だ……さっさと行くぞ、ウォッカ!」
「へ、ヘイ……!!」
「パァ~パ~~……?もしも逃げたりなんかしたらボク、ここで大声で泣き叫んでパパの名前叫んじゃうから。そしたらお巡りさんが来て大変なことになっちゃうねぇ……?」
「……クソガキが……!」
「お姉さ~~ん!上海老天うどん三つお願いしま~~す!!」
絶対にズラかろうとするだろうなって思ってたから様子を見に戻ってきて正解だったよね!そんな怖い顔で睨みつけても場所が場所だから怖くないぞ!!
近くにいたお姉さんに注文してからトイレに戻ろうとして、その前にとコートの内ポケットから煙草を取り出したジンを振り返る。
「あ、パパここ禁煙だよ」
ぐしゃっ、とジンが煙草ごと箱を握り潰した。
―――
「あ~美味しかった!おじさんごちそうさま!また奢ってね!!」
「ふざけんなクソガキが!調子に乗ってんじゃねーぞ!!」
嬉しいことにお支払いはウォッカのポケットマネーでした!ありがとうウォッカあなたもちゃんと財布を持ち歩くんだね私は安心したよ!!でもそのお金はどこから来たのかな!!
ちなみにジンは箸にも手を付けなかったので私が代わりに食べました。
食べてる最中もまたじっと見てたからなんか毒薬でも盛ってたのかもしれないけど私には効かないことが判明しただけでした。私は幼児化しながら超人にでも生まれ変わったのかな??
まあ盛られたところを見たわけじゃないんだけどね。
さて、これからどうするか……というか、どうなるんだろうなぁ私は。
あっさり家に帰してくれるとは思えないし、ていうかそもそも帰る家も知らないんだけど。駅のロッカーに預けた制服かスクールバッグの中に生徒手帳とかなかったかな?
延長料金がどうなってるのかも気になるし駅員さんに回収される前に取りに行きたいなぁ。
新一君がコナン君になってるんだとしたら気軽に頼ることは出来ないし私だけでなんとかするっきゃないか。
「それじゃあお腹いっぱいになったからボクもうお家に帰るね~~!!バイバーイ!パパ~~!!」
「あっ!あのガキ……!待ちやがれ……!!」
「放っておけ、ウォッカ……追う必要はねぇよ……」
「え?」
「今日限りの短い命だ、少しは遊ばせてやらねーとな……?」
「じゃあ……本当に始末するんで?」
「ああ……あの薬のことを知っている以上、生かしておく理由はねぇからな」
「あっ、パパ~~!!言い忘れてたけどお酒の飲み過ぎには気を付けてね~~!!とくに外国のお酒とかさ~!!危ないからね~?おじさんもちゃんと見張っておいてね~~!!」
「あのガキ……いったいどこまで……!」
「……構うな。行くぞ」
大きく手を振ってみたけどジンは振り向くことなく素知らぬ顔で車に乗ってしまった。
外国のお酒っていうのはまあ言うまでもなく組織のコードネームのことなんだけど果たして伝わったのかどうか。ウォッカはわかりやすく反応してくれたけどジンはなんにも反応を示してくれなくてちょっと寂しいぞ!まあジンのことだから意味はわかってるんだろうな。
走り出した車を見送ってから今着ている服を隅から隅まで調べていつの間にか捲り上げた袖の隙間に貼り付けられていた(たぶん首を絞められた時かうどん屋で食べてた時かな)シールみたいな小型の発信器っぽいものを見つける。やーっぱり仕掛けてたかそうだと思った!
このまま捨ててしまうことも出来るけど、明美さんを助けるのなら組織との繋がりは残しておいた方がいいよね。最初は新一君に事情を話して厄介になろうと思ってたけどそれはもう出来ないと考えると、明美さんに接触する近道は組織の近くにいることだ。
どうにかジンとウォッカに取り入って傍に置いてもらわないと。
「……取り入る……かぁ……」
転生する前の私はコナン君サイドも組織サイドもどっちも好きで、コナン君やあの人に憧れながらもジンやウォッカを推しまくってて、けどまあ最後には組織は崩壊してジンもウォッカも捕まるか死んじゃうんだろうな~なんて漠然と考えていた。
物語的にも法律的にも彼らは捕まるべきなんだろうし、もし組織が壊滅なんかしたらジンは潔く死を選びそうだけど、ここは漫画の世界だけど漫画じゃない。
彼らは生きている。
そしてそれは私も同じ。
銃弾ひとつで人は簡単に死んでしまう。
……明美さんを助けることが出来たら、きっと赤井さんからの恨みも軽減される、よね……?
それに赤井さんはFBIだから司法取引的なアレでジンのことなんとかしてくれないかな……?ダメ……??
試してみる価値はあるよね。
動機がだいぶ不純だけど明美さんを助けたい気持ちは本物だし。……ずっと守り続けることは私にはできないけど、上手く警察に保護してもらえればきっとあの人が動いてくれるはず。
安室さんが、きっと。
「またあとで会おうね、パパ」
あ、そういえば園子ちゃんとの約束守れてないや。
END.
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