始動

動きだした私達は、どこに行くのだろう……




《始動》



…次の日の朝………。

まだ辺りが薄暗い中、キノたちはホテル一階のロビーに集まっていた。
朝の5時を回ろうとしている。鬼ごっこが始まるのは6時だ。あと1時間しかない。


「取り敢えず、今日の作戦を立てないとな…。キノ、みんなになにか伝えて置きたい事はないか?」


クロは、隣にいるキノに話し掛ける。キノはと言うと、まだ完全に覚醒しておらず、思考も反応も鈍くクロの問い掛けに「ん~…」や「あ~…」しか答えられない。

「おいおい…大丈夫か?」

クロはキノの頭をわしゃわしゃと撫でる。それを見た一同は驚きを隠せない。あのキノがおとなしく撫でられてるなんて……いつもなら不機嫌丸出しな顔で、手を払いのけるのに。
それを良い変化として捉えるものと、悪い変化として捉えるものに分かれた。

キノとクロのやり取りを、微笑ましく見守っているのはハナとモモ。
対して、不満げな表情を隠そうとせず、憮然しているのはユカだった。

結局、あのあとユカの意見は通らず、クロは逃走側に付くことになった。ハナはなんとかユカを説き伏せようと頑張ってみたのだが、ユカは頑として譲らず、クロを警戒している。
クロが元追跡側……という事も要因の一つだが、何より自分より出会って間もないクロを信用した事がショックだったのだ。お気に入りの玩具を取られたなんて可愛らしい感情ではなく、最愛の恋人を横取りされた…の方がしっくりくるだろう。
そんなユカの心情を察したのか、クロは彼女を刺激しないように自分なりに気を使っているつもりだが……いかんせん、気になる女の子には構ってしまう。それがますますユカの嫉妬を煽る結果になってしまっている事に、クロは心の中で深い溜め息を吐いた。

「と、とにかくさ!落ち合うところを決めようよ!携帯で連絡取れるかもだけど、あらかじめ決めておいた方が安心でしょ?」

ユカから発せられるなんとも言えない雰囲気に、耐え切れなくなったハナがキノに提案する。

「……あ、うん…」

キノはコクリと頷き、クロを見る。ごく自然な仕草だ。しかし、

「キノ、あなたリーダーなのよ?いつ裏切るかも分からない人に頼らないで、自分で決めたらどう?」

ユカはキツイ一言を見舞う。元来プライドが高く、性格も少しキツいユカ。しかもクロに対する不信感とキノを奪われた(と思っている)という感情がプラスされ、不機嫌に拍車がかかっている。
ユカはクロを鋭く睨みつけ、彼がふと視線を合わせると、ふいっと逸らした。

「ユカ……やめて」

ようやく覚醒したのか、キノは眉間に僅かにシワを寄せて制止する。ハナとモモもハラハラと見守る。一方のクロは「やれやれ」と肩を竦め、携帯を取り出す。

「ユカ、俺は君に信じてほしいとは思ってない。せめて、普通に接して貰えないか?やりにくいんだよ」

「はあ?なんであんたに?冗談じゃないわ!!いつか化けの皮を剥いでやるから!!」

「………なあ、君さ。キノをどうしたいんだ?」

クロは、息巻くユカを真っすぐ見つめ、疑問をぶつけた。それを聞いたユカは一瞬たじろいだようにビクリとしたが、すぐに目つきを鋭くし、クロに言い放つ。

「あなたに関係ないわ。私とキノの間の事なの、首突っ込むのやめてくれない?迷惑なのよ!!」

「ユカ!!!」

突然のキノの怒声。普段から低いが、さらに低くなり地の底から響いてくるような怒鳴り声だった。
……本気で頭にきているようだ。ユカは息をのみ、ハナとモモ、そしてクロは唖然としていた。そんな空気の中、キノは静かに話し出した。

「ユカ、いい加減にして。それ以上、クロを邪険にすることは赦さない。あんたが何を企んで、私とクロを引き離そうとしてるのか、全く分からないけど、彼は協力者。仲間なの。それとも、彼に居られると都合の悪い事でもあるの?あんたの独断と偏見、予測で彼を否定しないで」

キノはそれだけ言うと、「行きましょ」と、クロ、ハナとモモに視線を移し、ホテルの出口へ向かった。暫し呆然としていた三人だが、数歩歩いたキノが振り返ると、ハッと我に返りユカをチラリと見てから、キノを追い掛けていった。

残されたユカは、悔しそうな悲しそうな表情を浮かべた。
確かにこんな早くに協力者を迎えられるのは、ある意味奇跡なのかもしれない。しかも相手は追跡側だった人間。向こうの手口もわかりやすい。それにユカだって、クロが悪い人だとは思っていない。しかし、自分が計画している事にかなり狂いが生じてしまう。でもまさかキノがあそこまでクロを信用しているのは、計算外だった。

―キノとの真剣勝負―

これだけは譲れない。クロに、たとえハナやモモにも邪魔はさせない。

「キノ……あなたを負かすのは私よ……」


ユカはそうつぶやくと、出口へ向かった。



………―
……―


「……ちょっと言いすぎた…」

ホテルから出て、ユカ達とは別行動ということで、キノはトボトボと裏路地を歩いていた。
ユカはなぜあんな攻撃的なのだろうか…。それよりも自分は一体どうしてしまったのか……。クロを攻撃され思わずカチンと来てしまい、とっさに出たあの言葉。言ってしまった言葉は取り消せない。

「ユカ……悲しそうな顔してたな……」

いつもニコニコしていて人当たりもよく、友達も多いユカ。そんなユカがクロに敵意を剥き出しにする理由が解らない。協力してくれる人を連れてきた筈なのに……なんだかこちらまでやり切れなくなる。

「まあ、色々考えても仕方ないわ。とにかく今日も逃げ延びないと……」

昨日のような目に遭うのはもう御免だ。キノは思考を切替え、細心の注意を払い路地を進んでいった。




………………―
………―

「…ん?あれは……」

一方のクロは商店街を進み、情報収集をしていた。辺りを伺いながら歩いていると、見知った顔を見かけた。

「タケ!」
「あ、クロ兄ちゃん!!」

パタパタと笑顔で駆け寄ってくる黒髪の愛嬌のある少年、タケ。
彼はクロの近所に住んでいる中学生で、小柄な体と身軽さでまるで忍者のようだ。本人は無自覚だが、一応『監査』というポジションを持っている。

「クロ兄ちゃん、今年も追跡側?」
「いや…逃走側の協力者……かな。あっちの若干一名にえらく嫌われてるけど…」
「ふーん。クロ兄ちゃんに落ちない女なんているんだ」
「俺だって人の子だぜ?万能って訳じゃないよ」

タケの言葉に苦笑いを返すクロは、ふと辺りを見回し、タケを連れ路地に連れていった。


……………―
………―



「タケ、追跡側の様子は?」
「ん~…相変わらず……かな。スズ兄ちゃんが凄い不機嫌だった」
「……やっぱりな……」

クロはやれやれとため息をつく。彼等は何も変わっていない。自分が居なくなったことで、少しは改善されるかと思ったが……一人残してきたスズに申し訳ない。

「でも、スズ兄ちゃんも離反を企んでるみたいだし、スズ兄ちゃんまで居なくなったら、あいつらも少しは焦るんじゃない?」
「…………だといいけどな…。いや、今はあいつらよりスズが心配だ」

スズは普段は優しく、あまり感情をあらわにすることがない。だが、一旦キレると今までとは想像出来ないくらい好戦的になる。そうなってしまうと、いくら親友のクロにも抑える事は困難だ。

「……早めにスズと合流した方がいいかもな…」

善は急げ。
早めにスズと連絡をとり、合流しなければならない。しかし、

(ユカがなんて言うかだよな……)

自分の時のあの態度からして、あまり自分達元追跡側を良くは思っていないのは分かる。
問題なくスズを迎え入れるには、ユカに信用して貰うしかない。

(とはいえ…信じなくてもいいなんて言っちまったしなあ…)

今朝、ユカの言葉にカチンときて言ってしまった言葉。

(俺も大人げ無かったしな。ここは素直に謝って……)
「クロ兄ちゃん」
(この際、土下座でもするか…)
「クロ兄ちゃん!!」
「!!あ、なに?」
「も~…クロ兄ちゃん、これからどうするの?」
「これから?ああ、少し情報収集しないとだし、商店街うろつく」
「ふーん」

今は何より情報が欲しい。でなければ動こうにも動けない。幸い今は、自分が逃走側に回った事を知っている者はスズとタケだけだ。…だがいずれバレる。自由に行動出来る今がチャンスだ。と、何かを閃いたクロ。

「おい、タケ」
「ん?何?クロ兄ちゃん」
「俺と一緒に来るか?」
「え?いいの?」
「ああ」

タケは『監査』だ。もうすぐ自分は堂々と動けなくなる。でも、監査を味方に着ければ情報収集に困る事はない。
それにタケは新参者。追跡側で認識している者は少ない。さらに言えば、昨日逃走側と一度関わっている。ユカは難しくても、ハナやモモの信頼を得やすい。

「やった!!クロ兄ちゃんと祭だ!!これからよろしくなクロ兄ちゃん!!」
「ああ、よろしく頼むぜ!さてと、情報収集に行きますかね」
「おー!」

元気にハイテンションなタケを連れ、クロ再び商店街に向かった。
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