開幕
ここは、街の中にあるホテル。
夜10時を回り、辺りはほとんど人気がなくなっている。クロとキノは時間が来るのを待ち、ホテルに向かった。
実は、クロはキノを探す前に、ある人物にハナとモモ、そしてユカをこのホテルに誘導するように頼んでおいたのだ。いつもなら観光客が多く宿泊するのだろうが、祭の間はホテルなどの施設は、すべて主催者が貸し切るため無人となる。従業員も最小限しかいない。このホテルも例外ではなく、無人でしーんと静まりかえっていた。
「本当に静かだな…。確か2015号室だって言ってたな」
そう言うと、クロはキノの手をひき、エレベーターへ向かう。手をひかれながら、高級感溢れるロビーにくぎ付けになるキノ。きっとこんな高そうなホテルに泊まる事は、二度とないかもしれない。キョロキョロと周りを見回していると、クロが笑いながら尋ねる。
「そんなに珍しいか?ちなみに施設内の設備はすべて使い放題だからな。主催者が大金出して貸し切ってんだよ」
「そ、そうなの?……金額が想像出来ないんだけど…」
「うん、俺も!」
「……ぷ、ふふふ」
「……やっと笑った。笑うと可愛いぜ?」
「!!……もう、止めてってば!」
「照れてる顔も可愛い」
「し、知らない!」
「ははは、ゴメンゴメン!」
最初、確かにクロは祭に参加するため、キノに近づいた。この切羽詰まる状況の中、どうすれば信頼関係を築けるのか…それはキノの警戒心を解くことだった。初めて言葉を交わしたとき、かなり人間不振で不器用な子だ…と感じた。人との関わりを嫌がると言うわけではなく、怖がっているように見えた。クロはそんなキノに、まず自分がどういう人間なのかを分かってもらうため素で接し、反応を見て警戒されるか受け入れて貰えるか見極めようと思ったのだ。結果、すべて杞憂に終わり、キノはクロを信頼して滅多に見せなかった笑顔まで見せた。そんな彼女と接している内にクロ自信にも変化が起きはじめた。今まで、異性に興味を持たず、祭一筋だったクロ。いままで、異性に言い寄られた事は多々あったが、どんな美人もクロを本気に出来なかった。ましてやクロ自信、自分からアピールをしたこともない。不思議な感覚が胸の中にジワジワと広がりつつある。
(キノをもっと知りたい………)
出会って、たった数時間の女性、しかも年下の子にいつの間にかこんな感情を抱いた自分に驚く。
クロは自分の手の中にある、キノの細く小さな手を優しく握る。キノは、少し驚いたようにクロを見たあと、頬をほんのり染めて握り返す。
この祭が無事に終わったら、すべて分かるだろうか。その時、自分達はどういう関係になっているだろう……。それを知るためには……………この戦いに勝つしかない。
必ずキノたちを勝利に導くため、総てを捧げる決意を固めるのだった。
「キノ~!!……って、ええぇ??」
部屋に着いたキノ達を迎えたのは、ハナの絶叫だった。
「うるさい………」
「おいおい…驚きすぎだろう?」
キノはいつも通りの反応を返し、クロは苦笑いしながら頭を掻く。
ハナの絶叫を聞き、ドアのところに駆け付けるモモとユカは声は出さないものの驚きの表情を浮かべる。
あの他人に無関心なキノが、ましてや異性にとことん冷たいキノが……全く面識のない他人を、しかも異性を近くに置いている。
「……だれ?その人…」
ユカがいつもより低い声でキノに尋ねる。その声聞き、ビクッとするハナとモモ。キノは平然とした顔で、黙ってユカを見つめる。
ユカは怒っていた……。ハナとモモはハラハラしながらキノの返事を待つ。
「協力者」
キノはそれだけ言うと、クロを振り返る。クロは三人を見るとニコリと笑い、
「俺はクロ。よろしくな」
と自己紹介した。ハナとモモは顔を見合わせ、ユカの方を見る。
「協力者?そんな話、聞いてないわ!!あなた……追跡側のスパイなんでしょ?キノ!あなたも無責任に連れて来ないで!」
ユカは目を吊り上げ怒鳴る。クロはやれやれ…と困ったように笑っていたが、ふと真顔になるとユカに言った。
「ユカ…だっけ?キノを大将にしたのはあんたなんだろ?祭の事、色々調べたあんたなら、大将の決定に従わなくてはならないってルール知らない訳ないよな。……何を焦ってんだ……?」
ユカはカァっと赤くし、クロの前に立って、二人のやり取りを傍観しているキノの腕を掴み、引き寄せる。
「たしかにそうよ。私がキノをリーダーにしたわ。ルールも知ってるわ。でも、仲間になるのなら、メンバーに確認してからにすべきよ!大体、あなたみたいな人、信用出来ないのよ。どうせ、油断させて…「やめて……」…キ、キノ?」
クロに攻撃するユカの言葉を、キノは静かに怒気を含ませて遮る。
「クロはそんな汚い事をする人じゃない……現に私は無事にここまで来れたし、ユカ達だって逃げ延びられたでしょ…?もし、嵌めるつもりなら、このホテルの場所を追跡側にリークしてるはず。……ユカ、お願い。クロを仲間にして……」
キノはそう言うとユカに頭を下げる。ハナとモモはまた驚く。たとえ誰であろうとも、頭を下げることなんてしないキノが、ユカに下げている。しかも、クロのために………。クロも驚きの表情を浮かべると、ふとユカの顔を伺う。ユカは面食らったような表情をしていたが、クロの視線を感じたのか睨みつける。
(随分、嫌われてるな俺…初対面なのに)
それに単に、警戒されているだけではない。ユカの自分をみる目は、明らかに自分に対する嫉妬。自分より初対面の出会って間もない男を信用するなんて…といったユカの心の声が聞こえて来るようだ。しかし、クロは飄々とその視線を受け流す。
「とにかく、これから世話になるぜ。よろしくな」
ユカはそれに答えず、バタバタ足音をさせながら、部屋に入りすごい勢いで扉を閉めた。そんなユカを見つめ、キノはふぅと息を着く。ハナとモモは、何を言ったらいいか分からず黙っていたが、ハナがふと思い出したようにクロに話しかける。
「そういえば……タケって子はあなたの知り合い?」
「ん?ああ。タケは俺ん家の近所に住んでる奴でな。あんたたちと同じ、祭初心者だ」
「ふーん。そうなんだ。まあ、さ、キノが決めたんならね。ユカの事は私たちに任せて、改めてよろしく!!クロさん」
「よろしく…お願いします…」
二人はクロに頭を下げた。クロは二人の頭を撫でながら微笑む。その光景を見てキノが悶々としていると、知らない内に顔に出ていたのだろう。クロは今度はキノの頭をぐりぐり撫で回す。
「拗ねるなよ、キノ」
「す、拗ねてない!!何言ってるの!!」
そんな二人をハナとモモは笑って見ていた。
一方、ユカは………
「なんで、なんで彼が……なんで『策士』が。キノ……どうして……」
ベッドに俯せになり、枕に顔を押し付け呟く。
ユカは彼を…クロが何者なのか知っていた。彼は、去年まで追跡側に付き、逃走側を追い詰め捕まえる、『策士』と呼ばれる人物なのだ。今回、仲間になる事を申し出たらしいが、簡単には信用できない。それに……何よりも、キノが自分を差し置き、クロを信頼し側にいる事が一番気に入らなかった。
「クロ……絶対に邪魔はさせないから…………」
ユカは静かに呟くと起き上がり、窓から外を眺める。
その表情は、厳しく何かを決心した顔だった……。
夜10時を回り、辺りはほとんど人気がなくなっている。クロとキノは時間が来るのを待ち、ホテルに向かった。
実は、クロはキノを探す前に、ある人物にハナとモモ、そしてユカをこのホテルに誘導するように頼んでおいたのだ。いつもなら観光客が多く宿泊するのだろうが、祭の間はホテルなどの施設は、すべて主催者が貸し切るため無人となる。従業員も最小限しかいない。このホテルも例外ではなく、無人でしーんと静まりかえっていた。
「本当に静かだな…。確か2015号室だって言ってたな」
そう言うと、クロはキノの手をひき、エレベーターへ向かう。手をひかれながら、高級感溢れるロビーにくぎ付けになるキノ。きっとこんな高そうなホテルに泊まる事は、二度とないかもしれない。キョロキョロと周りを見回していると、クロが笑いながら尋ねる。
「そんなに珍しいか?ちなみに施設内の設備はすべて使い放題だからな。主催者が大金出して貸し切ってんだよ」
「そ、そうなの?……金額が想像出来ないんだけど…」
「うん、俺も!」
「……ぷ、ふふふ」
「……やっと笑った。笑うと可愛いぜ?」
「!!……もう、止めてってば!」
「照れてる顔も可愛い」
「し、知らない!」
「ははは、ゴメンゴメン!」
最初、確かにクロは祭に参加するため、キノに近づいた。この切羽詰まる状況の中、どうすれば信頼関係を築けるのか…それはキノの警戒心を解くことだった。初めて言葉を交わしたとき、かなり人間不振で不器用な子だ…と感じた。人との関わりを嫌がると言うわけではなく、怖がっているように見えた。クロはそんなキノに、まず自分がどういう人間なのかを分かってもらうため素で接し、反応を見て警戒されるか受け入れて貰えるか見極めようと思ったのだ。結果、すべて杞憂に終わり、キノはクロを信頼して滅多に見せなかった笑顔まで見せた。そんな彼女と接している内にクロ自信にも変化が起きはじめた。今まで、異性に興味を持たず、祭一筋だったクロ。いままで、異性に言い寄られた事は多々あったが、どんな美人もクロを本気に出来なかった。ましてやクロ自信、自分からアピールをしたこともない。不思議な感覚が胸の中にジワジワと広がりつつある。
(キノをもっと知りたい………)
出会って、たった数時間の女性、しかも年下の子にいつの間にかこんな感情を抱いた自分に驚く。
クロは自分の手の中にある、キノの細く小さな手を優しく握る。キノは、少し驚いたようにクロを見たあと、頬をほんのり染めて握り返す。
この祭が無事に終わったら、すべて分かるだろうか。その時、自分達はどういう関係になっているだろう……。それを知るためには……………この戦いに勝つしかない。
必ずキノたちを勝利に導くため、総てを捧げる決意を固めるのだった。
「キノ~!!……って、ええぇ??」
部屋に着いたキノ達を迎えたのは、ハナの絶叫だった。
「うるさい………」
「おいおい…驚きすぎだろう?」
キノはいつも通りの反応を返し、クロは苦笑いしながら頭を掻く。
ハナの絶叫を聞き、ドアのところに駆け付けるモモとユカは声は出さないものの驚きの表情を浮かべる。
あの他人に無関心なキノが、ましてや異性にとことん冷たいキノが……全く面識のない他人を、しかも異性を近くに置いている。
「……だれ?その人…」
ユカがいつもより低い声でキノに尋ねる。その声聞き、ビクッとするハナとモモ。キノは平然とした顔で、黙ってユカを見つめる。
ユカは怒っていた……。ハナとモモはハラハラしながらキノの返事を待つ。
「協力者」
キノはそれだけ言うと、クロを振り返る。クロは三人を見るとニコリと笑い、
「俺はクロ。よろしくな」
と自己紹介した。ハナとモモは顔を見合わせ、ユカの方を見る。
「協力者?そんな話、聞いてないわ!!あなた……追跡側のスパイなんでしょ?キノ!あなたも無責任に連れて来ないで!」
ユカは目を吊り上げ怒鳴る。クロはやれやれ…と困ったように笑っていたが、ふと真顔になるとユカに言った。
「ユカ…だっけ?キノを大将にしたのはあんたなんだろ?祭の事、色々調べたあんたなら、大将の決定に従わなくてはならないってルール知らない訳ないよな。……何を焦ってんだ……?」
ユカはカァっと赤くし、クロの前に立って、二人のやり取りを傍観しているキノの腕を掴み、引き寄せる。
「たしかにそうよ。私がキノをリーダーにしたわ。ルールも知ってるわ。でも、仲間になるのなら、メンバーに確認してからにすべきよ!大体、あなたみたいな人、信用出来ないのよ。どうせ、油断させて…「やめて……」…キ、キノ?」
クロに攻撃するユカの言葉を、キノは静かに怒気を含ませて遮る。
「クロはそんな汚い事をする人じゃない……現に私は無事にここまで来れたし、ユカ達だって逃げ延びられたでしょ…?もし、嵌めるつもりなら、このホテルの場所を追跡側にリークしてるはず。……ユカ、お願い。クロを仲間にして……」
キノはそう言うとユカに頭を下げる。ハナとモモはまた驚く。たとえ誰であろうとも、頭を下げることなんてしないキノが、ユカに下げている。しかも、クロのために………。クロも驚きの表情を浮かべると、ふとユカの顔を伺う。ユカは面食らったような表情をしていたが、クロの視線を感じたのか睨みつける。
(随分、嫌われてるな俺…初対面なのに)
それに単に、警戒されているだけではない。ユカの自分をみる目は、明らかに自分に対する嫉妬。自分より初対面の出会って間もない男を信用するなんて…といったユカの心の声が聞こえて来るようだ。しかし、クロは飄々とその視線を受け流す。
「とにかく、これから世話になるぜ。よろしくな」
ユカはそれに答えず、バタバタ足音をさせながら、部屋に入りすごい勢いで扉を閉めた。そんなユカを見つめ、キノはふぅと息を着く。ハナとモモは、何を言ったらいいか分からず黙っていたが、ハナがふと思い出したようにクロに話しかける。
「そういえば……タケって子はあなたの知り合い?」
「ん?ああ。タケは俺ん家の近所に住んでる奴でな。あんたたちと同じ、祭初心者だ」
「ふーん。そうなんだ。まあ、さ、キノが決めたんならね。ユカの事は私たちに任せて、改めてよろしく!!クロさん」
「よろしく…お願いします…」
二人はクロに頭を下げた。クロは二人の頭を撫でながら微笑む。その光景を見てキノが悶々としていると、知らない内に顔に出ていたのだろう。クロは今度はキノの頭をぐりぐり撫で回す。
「拗ねるなよ、キノ」
「す、拗ねてない!!何言ってるの!!」
そんな二人をハナとモモは笑って見ていた。
一方、ユカは………
「なんで、なんで彼が……なんで『策士』が。キノ……どうして……」
ベッドに俯せになり、枕に顔を押し付け呟く。
ユカは彼を…クロが何者なのか知っていた。彼は、去年まで追跡側に付き、逃走側を追い詰め捕まえる、『策士』と呼ばれる人物なのだ。今回、仲間になる事を申し出たらしいが、簡単には信用できない。それに……何よりも、キノが自分を差し置き、クロを信頼し側にいる事が一番気に入らなかった。
「クロ……絶対に邪魔はさせないから…………」
ユカは静かに呟くと起き上がり、窓から外を眺める。
その表情は、厳しく何かを決心した顔だった……。
《一日目:開幕》
END
END