開幕
いよいよ祭が始まった。
―8/1…祭当日。キノは、最低限の荷物を鞄に詰め、家を後にした。
まだ夜明け前なので外は薄暗い。祭の開始時間はAM6:00。それまでに集合場所に行かなければならないのだ。
原則として祭中、我が家には入れない。(警備が着くらしい)忘れ物がないか入念にチェックし、キノは鞄を肩に掛ける。家族は昨日の内に、祖母の家に行った。
誰もいないシーンと静まり返った我が家を一瞥し、キノは集合場所に向かい歩いて行った。
………―
「あ、キノ!!キノ!!こっちこっち!!」
集合場所である、市民公園に着くと、キノを見つけたハナが、ブンブン両手を振りながら飛び跳ねていた。ハナの近くにはモモとユカもいる。二人もキノがちゃんと来た事に安堵しているようだった。
「おはようキノ」
「……おはよ…」
「良かった……逃げられたらどうしようかと思ったわ」
「………」
「ねぇ……キノ、自信の程は?」
「……ノーコメント…」
「そう……ま、頑張りましょ。お互い……」
「……………」
キノは、ユカと言葉を交わしながら、彼女の雰囲気に違和感を覚える。うまく言えないが、なんだかいつもより攻撃的というか、挑発的というか……。
そんな事を考えていると、ハナとモモが二人に近寄ってきた。
「二人とも……どうかした?」
キノとユカの異様な雰囲気に、ハナが心配そうに声を掛ける。モモも考えていることは同じようで、ハナの後ろに隠れるようにして、様子を伺っている。
「ふふ…なんでもないわよ。あ、私、受付済ませてくるわね」
ユカはハナとモモにニコリと笑いかけると、キノをチラリと見てから受付けに向かって歩いていった。
「…キノ、喧嘩でもした?」
佇み、ユカの後ろ姿を見つめていたキノに、ハナが声を掛ける。
「……別に。いつもあんな感じでしょ……」
「で、でもさ……」
「ほら、私たちもいくよ」
「………うん」
ハナはなんとも言えない顔で、キノの後ろ姿を見つめる。
……じつは、ハナはだいぶ前から、ユカのキノに対する態度が変わったのに気付いていた。最初は喧嘩でもしてるのかと、軽く考えていたが、祭が近づくにつれ、その違和感は大きくなっていった。……そして見てしまったのだ。昨日、打ち合わせの時に、キノを凍るような目で見つめていたユカを………。見てしまったものの、いくらハナと言えど空気は読める。その場では何も言えなかった。
「大丈夫なのかな…祭…」
ポソリと呟くハナ。その後ろでモモが呟いた。
「ユカ……なんだか怖い……」
モモの呟きにハナは何も言えず黙り込み、モモの手を握りキノの後を小走りに追った。
この時感じた違和感が形となって現れるのは、ずっと後の事だった………。
―一方、追跡側が集まる中央広場―
逃走側が4人に対し、かなりの人数がひしめきあっている。ざっと100人は居るだろうか。つまりキノ達は、この100人から一ヶ月逃げ延びなければならないのだ。毎年、勝利を納めてきたのは追跡側。今年もそうなるだろうと、ここにいる誰もが予想していた…のだが、
「はあ?クロがこっちに来ない?どういうことだよ!!」
「さあ、俺にも詳しくは……。でも、あいつの事だから何か考えがあっての事だろう…」
突然、大声を上げた男に対して、長い髪を緩く纏めた、穏やかな雰囲気を醸し出す青年が、事もなげに答える。彼はスズ。祭の常連で、毎年追跡側に参加している。
「ちっ!!『策士』がいなけりゃ負けちまうかもしれねぇじゃねぇか!!なんで無理にでも引っ張って来ねぇんだよ!!」
先ほどの男が、イライラしたように、スズをなじる。しかし、スズは涼しい顔で交わす。
「少しは自分でなんとかしようとしてみたらどうだ?いつまでも、クロにおんぶに抱っこじゃ、あいつだって嫌になるさ……」
クロ……スズの親友で、同じく祭の常連。高い身長、かなりガッシリした体つき、甘いマスク……おまけに人当たりがよく人気者。しかし、彼の目下の興味は異性ではなく『祭』。毎年、逃走側の心理の裏の裏をかき、確実に追い詰める作戦を考じることから『策士』と言われている。最初こそ彼は『祭』に参加することを楽しんでいた。追跡側になっていたのは、自分の今まで培ってきた知識を試したいが故。しかし、ふと周りを見回してみれば、勝利に固執し、逃走側をいたぶる事を楽しんでいる者ばかり。しかもクロにすべてを押し付け、自分達はすき放題にしていた。逃走側が毎年、大怪我をしているのは、捕縛したあとに仲間の居場所を吐かせるため、拷問と称したリンチをしていたからなのだ。純粋に『祭』を楽しんでいた彼が、それを知り、呆れ果てやる気をなくすのは、当然だった。
「あんたたちが、考えを改めない限り、戻ってこないさ……あいつは」
「はあ?なに訳分かんねぇ事言ってやがる!!敗者が勝者に服従するのは当然だろう?」
スズの胸倉を掴み、凄みを効かせる男。しかし、スズはしばらく冷たく見つめた後、ふと視線を反らした。
「………ムリそうだな……。諦めろ…」
それだけ言うと、男の手を振りほどき、背を向ける。そして、なにやら後ろで喚いている男を無視し、受け付けに向かい歩いていく。
『スズ、俺、今年は追跡側外れるよ』
『クロ?……そうか。お前が決めたのなら何も言えない。てことは、逃走側に行くのか?』
『いや、逃走側はもう決まってるらしいから、中立としてゲームに参加するよ。逃走側にも興味あるしね。……スズ、お前はどうする?』
『俺は例年通り、追跡側に付くよ。今年は離反が可能みたいだから、様子をみながら楽しむさ』
『そ、か……じゃ、お互い楽しもうぜ!』
『ああ…』
スズは、昨日のクロとの会話を思い出す。噂によると、逃走側は女子高生4人。もしかしたら、クロはそのことを知って中立になったのかもしれない。あいつらの事、もし捕縛されでもしたら、何をされるか分からない。だからと言って手を抜くような事は、クロの性格上ムリ。自分が外れれば、短期間で勝つことは困難になり、あいつらもイライラしてくる。短気な奴らが何か行動を起こせば、失脚させる事が可能だ。
「さすが『策士』といったところだな…』
スズはふっと笑い、受け付けへ向かう足を早めた。
……‐―
キノ達は受付けを済ませ、簡単な検診を受けてから、係員から細かい説明を受けた。大体が、ユカから聞いた通りだったが、一つだけ初耳な事があった。
「リーダーを決めろ?以前はなかったですよね?」
ユカが不思議そうに係員に尋ねる。係員は頷き、続けた。
「リーダーシップを取れる人はやはり必要かと思いまして。ちなみにリーダーはチームすべての運命を背負っている事になりますから、慎重に決めてくださいね。祭が始まってからは、変更は出来ませんので、悪しからず。では、開始10分前までに決めてください」
係員はそれだけ言うと、受付のテントに戻って行った。一方キノ達は、予想外の事に呆然としていた。ハナとモモはそっとキノとユカの様子を伺う。
キノは、何を考えているのか、いないのか係員が消えたテントを眺めていた。そしてユカは…顎に手を添えて思い耽っていたようだが、しばらくしてチラリとキノを見る。そして、真っ直ぐキノを見据え言った。
「キノ、あなたがリーダーをやって」
「はあ?なんで私が…」
「たまには積極的に参加しなさいよ。あなたが考えているほど、簡単じゃないの。無気力無関心でどうにかなるような甘いゲームじゃないんだから」
「………」
ユカに耳が痛くなる台詞を言われ、キノは顔をしかめ黙り込む。キノ自身、出来るなら参加したくなかった訳なのだから、責任重大なリーダーなど絶対にやりたくないのだ。しかも団体行動は苦手、ましてや先頭に立って皆を引っ張るなんて……どう考えても無理だ。その事はユカも理解しているはずだ。なのに何故…。重い空気に耐え切れなくなったハナがユカに話し掛ける。
「ユ、ユカ。キノには無理なんじゃない?ユカだってキノがどんな性格か分かってるはずじゃない。ユカがやったほうが……」
「ダメよ。私は出来ない。キノじゃなければ意味がないの……。もう、今までみたいに逃がさないわよ。いい加減、その性格直したら?まるで拗ねた子供みたいね、キノ」
いつもに増してキツイユカに、キノは珍しく動揺する。
「……ユカ……?」
「それともまた逃げる気?あの時みたいに……」
「!!!………分かった。やればいいんでしょ……」
キノはユカにそう言うと、受付のテントに歩いて行く。…ハナとモモは二人のやり取りに疑問を持った。まず、なぜキノじゃなければダメなのか……。そしてユカが言った『あの時』とはなんなのか。確かに険悪になった状況は結構あった。(正に今がそうであるが…)そして、それを聞いたキノの反応。…一体、二人の間に何があったのだろう。
…この時のハナとモモには知る善しもなかった…。
さあ……
開幕だ!
開幕だ!
逃走ゲーム
《開幕》
《開幕》
―8/1…祭当日。キノは、最低限の荷物を鞄に詰め、家を後にした。
まだ夜明け前なので外は薄暗い。祭の開始時間はAM6:00。それまでに集合場所に行かなければならないのだ。
原則として祭中、我が家には入れない。(警備が着くらしい)忘れ物がないか入念にチェックし、キノは鞄を肩に掛ける。家族は昨日の内に、祖母の家に行った。
誰もいないシーンと静まり返った我が家を一瞥し、キノは集合場所に向かい歩いて行った。
………―
「あ、キノ!!キノ!!こっちこっち!!」
集合場所である、市民公園に着くと、キノを見つけたハナが、ブンブン両手を振りながら飛び跳ねていた。ハナの近くにはモモとユカもいる。二人もキノがちゃんと来た事に安堵しているようだった。
「おはようキノ」
「……おはよ…」
「良かった……逃げられたらどうしようかと思ったわ」
「………」
「ねぇ……キノ、自信の程は?」
「……ノーコメント…」
「そう……ま、頑張りましょ。お互い……」
「……………」
キノは、ユカと言葉を交わしながら、彼女の雰囲気に違和感を覚える。うまく言えないが、なんだかいつもより攻撃的というか、挑発的というか……。
そんな事を考えていると、ハナとモモが二人に近寄ってきた。
「二人とも……どうかした?」
キノとユカの異様な雰囲気に、ハナが心配そうに声を掛ける。モモも考えていることは同じようで、ハナの後ろに隠れるようにして、様子を伺っている。
「ふふ…なんでもないわよ。あ、私、受付済ませてくるわね」
ユカはハナとモモにニコリと笑いかけると、キノをチラリと見てから受付けに向かって歩いていった。
「…キノ、喧嘩でもした?」
佇み、ユカの後ろ姿を見つめていたキノに、ハナが声を掛ける。
「……別に。いつもあんな感じでしょ……」
「で、でもさ……」
「ほら、私たちもいくよ」
「………うん」
ハナはなんとも言えない顔で、キノの後ろ姿を見つめる。
……じつは、ハナはだいぶ前から、ユカのキノに対する態度が変わったのに気付いていた。最初は喧嘩でもしてるのかと、軽く考えていたが、祭が近づくにつれ、その違和感は大きくなっていった。……そして見てしまったのだ。昨日、打ち合わせの時に、キノを凍るような目で見つめていたユカを………。見てしまったものの、いくらハナと言えど空気は読める。その場では何も言えなかった。
「大丈夫なのかな…祭…」
ポソリと呟くハナ。その後ろでモモが呟いた。
「ユカ……なんだか怖い……」
モモの呟きにハナは何も言えず黙り込み、モモの手を握りキノの後を小走りに追った。
この時感じた違和感が形となって現れるのは、ずっと後の事だった………。
―一方、追跡側が集まる中央広場―
逃走側が4人に対し、かなりの人数がひしめきあっている。ざっと100人は居るだろうか。つまりキノ達は、この100人から一ヶ月逃げ延びなければならないのだ。毎年、勝利を納めてきたのは追跡側。今年もそうなるだろうと、ここにいる誰もが予想していた…のだが、
「はあ?クロがこっちに来ない?どういうことだよ!!」
「さあ、俺にも詳しくは……。でも、あいつの事だから何か考えがあっての事だろう…」
突然、大声を上げた男に対して、長い髪を緩く纏めた、穏やかな雰囲気を醸し出す青年が、事もなげに答える。彼はスズ。祭の常連で、毎年追跡側に参加している。
「ちっ!!『策士』がいなけりゃ負けちまうかもしれねぇじゃねぇか!!なんで無理にでも引っ張って来ねぇんだよ!!」
先ほどの男が、イライラしたように、スズをなじる。しかし、スズは涼しい顔で交わす。
「少しは自分でなんとかしようとしてみたらどうだ?いつまでも、クロにおんぶに抱っこじゃ、あいつだって嫌になるさ……」
クロ……スズの親友で、同じく祭の常連。高い身長、かなりガッシリした体つき、甘いマスク……おまけに人当たりがよく人気者。しかし、彼の目下の興味は異性ではなく『祭』。毎年、逃走側の心理の裏の裏をかき、確実に追い詰める作戦を考じることから『策士』と言われている。最初こそ彼は『祭』に参加することを楽しんでいた。追跡側になっていたのは、自分の今まで培ってきた知識を試したいが故。しかし、ふと周りを見回してみれば、勝利に固執し、逃走側をいたぶる事を楽しんでいる者ばかり。しかもクロにすべてを押し付け、自分達はすき放題にしていた。逃走側が毎年、大怪我をしているのは、捕縛したあとに仲間の居場所を吐かせるため、拷問と称したリンチをしていたからなのだ。純粋に『祭』を楽しんでいた彼が、それを知り、呆れ果てやる気をなくすのは、当然だった。
「あんたたちが、考えを改めない限り、戻ってこないさ……あいつは」
「はあ?なに訳分かんねぇ事言ってやがる!!敗者が勝者に服従するのは当然だろう?」
スズの胸倉を掴み、凄みを効かせる男。しかし、スズはしばらく冷たく見つめた後、ふと視線を反らした。
「………ムリそうだな……。諦めろ…」
それだけ言うと、男の手を振りほどき、背を向ける。そして、なにやら後ろで喚いている男を無視し、受け付けに向かい歩いていく。
『スズ、俺、今年は追跡側外れるよ』
『クロ?……そうか。お前が決めたのなら何も言えない。てことは、逃走側に行くのか?』
『いや、逃走側はもう決まってるらしいから、中立としてゲームに参加するよ。逃走側にも興味あるしね。……スズ、お前はどうする?』
『俺は例年通り、追跡側に付くよ。今年は離反が可能みたいだから、様子をみながら楽しむさ』
『そ、か……じゃ、お互い楽しもうぜ!』
『ああ…』
スズは、昨日のクロとの会話を思い出す。噂によると、逃走側は女子高生4人。もしかしたら、クロはそのことを知って中立になったのかもしれない。あいつらの事、もし捕縛されでもしたら、何をされるか分からない。だからと言って手を抜くような事は、クロの性格上ムリ。自分が外れれば、短期間で勝つことは困難になり、あいつらもイライラしてくる。短気な奴らが何か行動を起こせば、失脚させる事が可能だ。
「さすが『策士』といったところだな…』
スズはふっと笑い、受け付けへ向かう足を早めた。
……‐―
キノ達は受付けを済ませ、簡単な検診を受けてから、係員から細かい説明を受けた。大体が、ユカから聞いた通りだったが、一つだけ初耳な事があった。
「リーダーを決めろ?以前はなかったですよね?」
ユカが不思議そうに係員に尋ねる。係員は頷き、続けた。
「リーダーシップを取れる人はやはり必要かと思いまして。ちなみにリーダーはチームすべての運命を背負っている事になりますから、慎重に決めてくださいね。祭が始まってからは、変更は出来ませんので、悪しからず。では、開始10分前までに決めてください」
係員はそれだけ言うと、受付のテントに戻って行った。一方キノ達は、予想外の事に呆然としていた。ハナとモモはそっとキノとユカの様子を伺う。
キノは、何を考えているのか、いないのか係員が消えたテントを眺めていた。そしてユカは…顎に手を添えて思い耽っていたようだが、しばらくしてチラリとキノを見る。そして、真っ直ぐキノを見据え言った。
「キノ、あなたがリーダーをやって」
「はあ?なんで私が…」
「たまには積極的に参加しなさいよ。あなたが考えているほど、簡単じゃないの。無気力無関心でどうにかなるような甘いゲームじゃないんだから」
「………」
ユカに耳が痛くなる台詞を言われ、キノは顔をしかめ黙り込む。キノ自身、出来るなら参加したくなかった訳なのだから、責任重大なリーダーなど絶対にやりたくないのだ。しかも団体行動は苦手、ましてや先頭に立って皆を引っ張るなんて……どう考えても無理だ。その事はユカも理解しているはずだ。なのに何故…。重い空気に耐え切れなくなったハナがユカに話し掛ける。
「ユ、ユカ。キノには無理なんじゃない?ユカだってキノがどんな性格か分かってるはずじゃない。ユカがやったほうが……」
「ダメよ。私は出来ない。キノじゃなければ意味がないの……。もう、今までみたいに逃がさないわよ。いい加減、その性格直したら?まるで拗ねた子供みたいね、キノ」
いつもに増してキツイユカに、キノは珍しく動揺する。
「……ユカ……?」
「それともまた逃げる気?あの時みたいに……」
「!!!………分かった。やればいいんでしょ……」
キノはユカにそう言うと、受付のテントに歩いて行く。…ハナとモモは二人のやり取りに疑問を持った。まず、なぜキノじゃなければダメなのか……。そしてユカが言った『あの時』とはなんなのか。確かに険悪になった状況は結構あった。(正に今がそうであるが…)そして、それを聞いたキノの反応。…一体、二人の間に何があったのだろう。
…この時のハナとモモには知る善しもなかった…。