悪意

…―その頃のキノ達は…


「キノ姉ちゃん、クロ兄ちゃんの事どう思ってる?」
「ふぐっ!?ゲホッゲホッ!!」
「わわっ!!大丈夫!?」

突然のタケの質問に、咀嚼し飲み込もうとしたあんパンを喉詰まらせたキノは、慌てて背中をさする彼を、軽く睨む。

「……ちょっと。危うく死ぬ所だったじゃない。変な質問しないで」
「ゴメンゴメン!だってキノ姉ちゃん、クロ兄ちゃんといる時は凄く穏やかな顔してるから」
「!?…き、気のせいじゃない?」
「そうかなあ…ハナとモモもそう言ってたけど」
「!!?………あいつら……っ」

常にキノの側にいる二人は、些細な変化を感じ取っていたようで…。おそらくタケにあの時の話をしたのだろう。しかも、余計なオプションも付いている模様。
しかしキノは、否定はするものの顔に集まる熱はごまかし切れず、顔を隠すように俯く。
正直、クロは嫌いではない。寧ろ好きな部類だ。だがそれが恋愛感情なのか?と聞かれると、胸を張ってそうだとは言えない。
なぜなら、出会って間もなくお互いを知らない。クロがどんな人生を送り、どんな学生生活を送っているのか。どんな事が好きか嫌いか。付き合った事のある人はいるのか…だとしたら、相手はどんな女性なのか…………考えれば考える程、自分は彼の事を何一つ知らない事を思い知らされてしまう。

「………クロとは出会ったばかりよ。私はクロを知らないし、きっとクロだって私の事なんてしらない」

だからそんな事は有り得ないと言うキノに、タケはふーんと呟いた。

「人を好きになるって大変だよね。……でも、相手の事を全て知らないと安心出来ないの?」
「え…?」

思いがけず大人びたタケの言葉に、キノは思わず顔を上げた。

「俺さ、思うんだ。人を好きになるのって勢いなんじゃないかなあって」
「い……勢い……」
「うん。だって一目惚れってあるじゃない?それって一目見た勢いで好きになる事だよね」
「………な、何が言いたいの?」

語り始めたタケをジト目で見て話しを促すキノに、タケはん~と唸り、キノに向き直る。

「俺も難しい事は分からないけどさ、クロ兄ちゃんはキノ姉ちゃんに一目惚れしたんじゃないかな」
「…………はあ?なんで!?」
「クロ兄ちゃんを見てれば分かるよ。俺、小さい頃からずっと遊んでもらってたから、よく知ってるんだ。クロ兄ちゃん、今まで『女友達』は一杯いたけど、『彼女』はいなかったんだ。いや、つくらなかった。なんでだと思う?」
「?さあ…」
「本気で好きになれる人がいなかったから」
「…………それと私になんの関係が……」
「もう……ここまで言ったら察しようよ!!つまり、クロ兄ちゃんはキノ姉ちゃんに本気なんだよ!!」
「え………えぇ!?」

得意げなタケを前に、キノは湯気が立つほど赤面しあんぐりと口を開ける。
まさか、クロが自分を……?
出会った時の事を思いだす。
抱きすくめられた時の温かさやがっしりした体、程よく低く心地好い声。健康的に焼けた肌に整った容姿に、優しげな眼差し……そして、自分の手を包み込む、大きな手。
思い出し、想いを巡らせながら穏やかな微笑みを浮かべるキノは、正に恋する乙女だった。そんな彼女をタケはニコニコしながら見ていた。

とその時、タケがぴくりと反応した。

「………キノ姉ちゃん、隠れよう」
「え?」
「……来た」
「!!」

思わず息を止め、耳を澄ませると、コツコツと足音が聞こえ、しかもこちらに向かっている。

「どうしよう……!!」
「キノ姉ちゃん、そこの冷蔵庫の隣の色の違う板、押してみて」
「う、うん」

キノはタケの言う通り、冷蔵庫の横の色が濃い大きな一枚板を押した。


…………ギギギィ…………

「!こ、これ?」
「うん!思った通りだ!これはダクトだよ」
「ダ、ダクト?」
「要は外に繋がる通路…かな?さ、行こう!」
「え、えぇ」

二人は素早くダクトの中に入って行った。
その直後、間一髪で扉が開き一人の青年が入ってきた。

「……ここにもいない………か。どこにいるんだか…。合流までに時間がかかりそうだな」

青年…スズは眼鏡を持ち上げ、逃走側との擦れ違いにため息を吐きつつ部屋から出て行った。

(だが、たった今まで居た形跡はあるな。と、言うことは………まだ近くにいるかもな)

そう考えたスズは、一旦建物から出るため、出口に向かい足早に去って行った。

………キィ………

「行ったかしら?」
「いや、まだその辺にいるかもしれない。もう少しここで時間を潰そう。多分ここには戻って来ないよ」
「そ、そう……」
「でも、いつまでもいられないかもね。別のグループがここに来る可能性もある。
「そうね……じゃあ、30分したら脱出しましょう」


30分後………

二人は部屋を後にした。


……キノとタケが足音の主がスズだったと気付くのは、もう少し後だったりする。
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