悪意

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……………―

「くそっ!一体どうなってる!!逃走側は素人の筈だ!!」

自分の読みが外れ苛立つサイ。ホテルはもぬけの殻。猫の子一匹いない…と知らせを受け、サイは逃走側のデータを調べはじめた。

「………皆、普通の女子高生だ。鈍臭さそうなのは居るが、頭がキレそうな奴はいない……何故だ……っ」

サイは自らの策に絶対的な自信を持っていた。サークルで培ってきた戦術スキル……必ず成功する筈だったのに……。

「俺の策を看破出来る奴は、クロくらいしか……………まさか……!」
「そのまさかかもね」

背後から聞こえた声に、ビクリと肩を震わせ、振り返ると、ライトブラウンのロングヘアーの女性が、扉にもたれるように立っていた。

「アヤ……!!」
「久しぶりね。サイ」

女性……アヤは美しく整った笑顔を見せる。

「……何しに来た。お前は……」
「あら、今年は出入り自由でしょ?何の問題もないはずよ…」
「……?」

不信をあらわにするサイに、アヤは小さく鼻で笑う。

「クロが追跡側を外れてどうしたか………知りたい?」
「!!知ってるのか?」
「ええ………教えてあげてもいいわ。条件付きだけど」
「………条件?」

ますます訝しがるサイに、思わず見惚れるような笑みで意味深に笑う。

「えぇ……心配しなくてもとても簡単な事よ…ふふふ……」


………………………―
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―逃走側、ユカ&ハナ―


「ふう……一時はどうなることかと思ったけど…」
「なんとか撒けたね」

ふーとお互い息を付き、物影に身を隠す。遥か遠くで追跡者の声が聞こえていたが、やがて聞こえなくなった。

「ゴメンなさいね。私が大通りを行こうなんて言ったから…」
「え?ううん、ユカのせいじゃないよ!気にしないで」

実はユカの提案で、大通りから路地に入ろうとしたのだが、運悪く追跡者と鉢合わせし、命からがら逃げて来たのだった。
しかし、かなりスリリングで体力消耗の激しい鬼ごっこだ、とハナは心の中で呟いた。

「キノ達は大丈夫かしら。かなり追跡者が増えた気がする……」
「大丈夫だよ。モモは策士のクロさんと一緒だし、キノだって監査のタケと一緒だもん!」
「………そうね。とにかく、今一番の問題はどうやって残り時間を過ごすか…よね」

今ユカ達のいる場所……高架下の空きテナントだが、地下街や公民館のように制限されていない。何とか撒けたものの、だからと言って絶対安全とは言いきれない。居続けるのは危険だ。

「ん~…もう少し様子を見てから考えよ」
「ええ……さすがに今回はくたびれたわ……」

ユカがんーと伸びをする。ハナもつられて欠伸をした。そんなハナを見、ユカは心配そうに声を掛ける。

「大丈夫?私が見張りするから少し寝る?」
「え?ああ、大丈夫大丈夫!!安心しちゃって気が緩んだのかな」
「辛かったら我慢しないで?」
「平気だよ。ユカこそ少し寝たら?顔色悪いし…」

実はユカは今朝から少し熱っぽかった。慣れない環境で気を張っていたからだろう。しかし、皆に迷惑は掛けられないと黙っていたのだ。

「……バレちゃったわね。じゃあお言葉に甘えて少しだけ…」
「うん。おやすみ、ユカ」

ユカはハナにもたれかかり、間もなく寝息を立てはじめた。



―逃走側…クロ&モモ―


一方、クロとモモは地下街にいた。しーんとした通路を二人が歩く音だけが響く。

「しかし、表に随分張り込んでるみたいだな…当分大人しくしておくか。モモ、大丈夫か?」
「はい。大丈夫…です…はあはあ………」
「……辛そうだぜ?どこか座るか」
「……すみません……」

地下街に来たのはいいが、周りに大勢追跡者がおり、なかなか入れず歩き回ったのだ。
普段から運動音痴なモモはすっかりくたびれていたが、クロの足を引っ張るまいと無理矢理付いて来ていた。口では大丈夫とは言っているが、その疲れは顔に出ていた。
クロはモモの手を引き、テナントの近くのベンチにモモを座らせる。

「ちょっと待ってな」
「?」

クロはモモにそう言うと、一つだけシャッターが開いている店に入って行った。

しばらくして、缶ジュースとチョコ菓子を手に、モモの元に戻ってきた。

「ほら、りんごで良かったか?」
「え?は、はい。あの……これ……」

お店の人は居たのだろうか?シーンと静まり返ったこの空間、やりとりの話し声くらいは聞こえてもいいはずだが、聞こえなかった。モモが戸惑っていると感じたクロは、安心させるように笑いながら説明する。

「大丈夫だよ。鬼ごっこの期間中に使用する施設とか、品物とかは主催者がすべて買い占めてるんだよ」
「え………そうなんですか?私てっきり……」
「盗んだと思ったか?」
「え…………と…………はい」
「ははは!そんな顔するなって。初めて参加したんだ、知らなくて当然だよ」
「……すみません…;」

謝らなくていいと笑いながらモモの頭を撫でるクロに、モモはほっとしたように笑う。

「やっと笑ってくれたな」
「え…?」
「いや……なんかさっきまで泣きそうな顔してたからさ。俺じゃなくてキノと組んだ方が良かったか………とか考えてて」

少し淋しそうに話すクロを見たモモは、そんなに心配させた事を申し訳なく感じた。

「ち、違います!あの………私、今まで男の人と二人きりになるなんて事無くて。いつも、ハナ達と一緒で……その……」

一生懸命言葉を繋ぐモモをクロは優しく見つめる。

「だから……そのクロさんが嫌いとか怖いとか……そう言う訳じゃないです」
「そっか……」
「……むしろ、安心してます。クロさんが居れば大丈夫って………」
「!……ありがとな。それだけ聞けりゃ十分だ。頑張って逃げ切ろう」
「は、はい!!」

笑い合う二人。
クロは内心驚いていた。なぜなら、モモはハナと居るとき以外、まったくと言っていいほど言葉を発さない。正直、受け入れられていないと思っていたが、今のモモの言葉でそれは杞憂だったと知る。

(こりゃあ、なんとしてでも勝たないとな…)

ニコニコしながらジュースに口をつけるモモを見、クロは改めて決意を固めた。

…その裏でどす黒い悪意が渦巻き、自分を巻き込もうとしているとは、この時のクロは気づけなかった。


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