水の街

この船はどこに向かっているのだろう…







 乗り込んでからしばらくして、船は出港した。

「ねえ、黒呼。鏡のカケラってどうやって探せばいいの?」
「うん。鏡のカケラって、夢の住人が持ってる事が多い。だから、その人を探して譲って貰わないといけない」
「…………」
「…かぐや、私がついてる。闇爾だって」
「カアアアアア!!」
「クス……ありがとう。二人とも、私頑張るから…」

 黒呼は安心したようにほほ笑む。一方のかぐやは黒呼にああは言ったものの、不安で一杯だった。
 と、その時だった。


ドゴーン!!


 突然大きく揺れた。かぐやは黒呼に支えられ何とか持ち直した。おそらく何か大きな物とぶつかったのだろう。二人と一羽は甲板に出てみる事にした。


…………―
………―
……―


「あ、れは何?」

 甲板に出た途端、目に飛び込んできた光景に、かぐやは呆然と呟いた。
 真っ暗闇の空と海。しかし、爛々と光る無数の目が、こちらを見ている。かぐやは思わず後ずさり、黒呼は鎌を構えかぐやの前に出る。
 途端にうねる海、波は高くなり、船を飲み込まん勢いで荒れ狂う。かぐやは何とか踏ん張り、黒呼にしがみつく。すると、

「カアアアアア!!」


 闇爾が一鳴きし、黒呼は意味が分かったのか、かぐやの手を引き、闇爾の側に寄る。すると、闇爾の体がみるみる大きくなり、やがて小型飛行機ほどの大きさになった。

「さ、かぐや」
「あ、うん」

 かぐやは黒呼に手を引かれ、闇爾の背に乗った。と同時に、


バキバキバキ……

バシャアアン!



 船は真っ二つになり、跡形もなく消え去った。もし、まだ甲板にいたら…船内にいたら、自分達はあの船と運命を共にしていたのだ。震えが…止まらない。
いくら自分の夢から生まれた世界とはいえ、この世界に絶対安全なんて言葉は存在しない。この世界はかぐやがしようとしている事を知っていて、全力でかぐやを殺そうとしている。それを身に染みて痛感した。


 しばらく闇爾は停空していたが、船の進行方向へ向かい羽ばたきだした。あの化け物はもういなかった。しかし安心は出来ない。
また、どんな状況で出現し、かぐやを襲おうとするか分からない。
 かぐやはここに来る前、ティナに言われた事を思い出した。


「あ、そうだ。カケラを手に入れたら、夢幻獣に奪われる前に月夢鏡にはめるのよ。カケラは貴女の魂と同じ。揃わなければ貴女はツキノセカイから永久に出られないから」


 おそらく、先ほどのあれが夢幻獣なのだろう。これから先、あんな恐ろしいものと対峙しなくてはならないのか…。

(黒呼に頼りっぱなしじゃダメよね。自分で戦う手段を見つけないと。何か方法があるはずだわ……)

 かぐやは胸に下がった月夢鏡をぎゅっと握りしめた。

…………―
………―
……―

 しばらく飛んでいると、水平線からポツポツと光りが見えだした。一際明るく光る高い光りに、二人は表情が明るくなる。

「…港だわ……!」
「良かった。行ってみよう」
「うん!」
「闇爾、お願い」
「カアアアアア!!」

 黒呼の言葉に闇爾が一鳴きすると、次第に高度を低くする。
そして……
二人と一匹は港に降り立った。



 かぐや達が港に降り立ち街へと足を向けると、

「あ…れ?明かり付いてない」
「どうなってるの?さっき海から見たときは見えたのに…」

 街と思しき場所は、人が暮らしている気配を感じられず、シーンと静まり返っていた。黒呼は立ち尽くすかぐやに振り向き、

「少し待ってて」

と言うと、近くの家の扉を叩いた。

コンコン……コンコン…

「すみません。誰かいますか?」

 黒呼は次々家の扉を叩く。すると、

…キー…

 ゆっくり開いていく扉から、老婆が顔を覗かせた。落ち窪んだ目で、黒呼の顔を舐めるように見る。

「あ、あの」
「……なんだい。随分妙ちきりんな格好だね…」
「はあ……あの、宿を探してるんです。この近くにありませんか?」
「宿?フン……ないよそんなもん。もう旅人も来ないこんな漁村に誰も来ない。宿なんて必要ないだろ」

 どうやら昔は、かなり賑やかな宿場村だったようだ。もしかして、この街に住んでいた人達は、廃れたこの村を見限り、どこかへ行ってしまったのだろうか。

「あの、他の村人が見当たらないんですけど…」
「……喰われたよ」
「え…?」
「喰われたって言ってるんだ!!海から来た化け物に!!一人残らず!」
「!!それってもしかして、無数に頭がある…」
「!!あんたら……会ったのかい……」
「ええ……。乗っていた船が襲われて……。でもなんとか逃げてきたんです」

 黒呼がそういうと、老婆は俯き何かを考えた後、

「…入んな。そこのお嬢ちゃんと鳥も」
「あ、ありがとうございます!」

 かぐや!と黒呼に呼ばれ、かぐやと闇爾は黒呼の元に駆け寄った。


…………―
……―
…―


「これしかないんだ。済まないね」
「いいえ。泊めてもらうだけでもありがたいのに、食事までいただいて…」
「……あんた達、よく無事だったね。あいつに出会ったら人生を諦めろとよく言われたもんだったのに」
「え……?はい。この子のおかげです」
「そうかい……」

 あの後、老婆の家に泊まらせてもらう事になり、二人と一匹は食事をご馳走になっていた。固いパンに具のないスープ。しかし、老婆の精一杯のもてなしに、かぐや達は味わって戴いた。
 老婆の話を要約すると、ある日あの化け物が村を襲い、村人をすべて喰ってしまったらしい。その時、ちょうど老婆は隣村に行商に行っており、自分だけ生き残ってしまったという事だった。

「喰われた村人の中には、私の娘夫婦と孫がいた。こんな老いぼれが一人生き残るなんて…申し訳なくてね……でも、いつまでたっても私は死なない……」

 老婆はカップを持って俯く。二人は何も言えず顔を見合わせる。

「あの化け物さえいなければ……娘夫婦も孫も……」

 声を押し殺し泣く老婆を見たかぐやは、思いがけない事を口走った。

「あの怪物を……倒せばいいのね……」
「!!かぐや?」
「倒してくれるのかい?なら、」

 そう言うと、老婆は食器棚の中から、何かを持って来た。

「これね、昨日散歩してた時に拾ったんだ。キラキラして綺麗だったから持って帰ったんだけど…」
「!!それは、月夢鏡のカケラ…」

 老婆の手にあるのは、探していた月夢鏡のカケラ………かぐやの魂のカケラだった。

「もし、怪物を倒してくれたら……これをあげるよ。私に鏡なんて必要ないしね」
「かぐや、やろう!!怪物倒そう!」
「うん!お婆さん、必ず娘さんたちの仇はとります」
「ありがとう……さ、今日はもう遅い、2階に支度をしてあるからおやすみ」
「はい。何から何までありがとうございます」
「おやすみなさい」

 二人は2階に上がって行った。二人の背中を見送り、棚に飾ってある写真を手にとる。

「何も知らない子達を巻き込んでしまった。お前もあの子達を見守ってやっておくれ……」

 祈るようにつぶやく老婆の声は、わずかに震えていた。




[中編]




望むのは…
生きる希望を
持ち続けてほしい…
それだけ……




→つづく
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