Pure rain
…聞きたい…
…けど聞けない…
Pure rain
家に着くと、柚希はバスタオルと部屋着、下着を彼女に渡しシャワーを浴びてくるように言う。
「脱いだ物はカゴの中に入れておいて。石鹸とかシャンプーとかは自由に使っていいよ」
「……うん……。ありがとう……」
素直に頷きタオルと着替えを抱え、バスルームに向かう彼女を柚希は見送る。そして自分も着替える為、自室に入っていった。
自分の洗濯物を持ち、バスルーム近くの洗濯機に来ると、カゴに丁寧に畳まれたブラウスやブレザー、スカート………すべて泥まみれだった。
「どうしよう……ブレザーとスカートは洗ったら型崩れしちゃうし……あ、部屋に干しておいて渇いたら、泥を払えば大丈夫かな?」
とりあえず、ブレザーとスカートはハンガーに掛け、ヒーターを付けてある居間の隅に掛け、ブラウス等は自分の洗濯物と一緒に洗う事にした。一応乾燥機もあるので、乾かなければそれを使えばいい。(電気代が高いので今まで使ったことがない)
洗濯機を回すと、柚希はキッチンに入り、冷蔵庫を開ける。
「ベーコンが入ってた!…トマトに玉ねぎと人参もあるし、ミネストローネ作ろうかな……」
献立が決まり、柚希は冷蔵庫の中のベーコンを取った。
仕込みが終わり、後は煮立つだけとなった鍋に蓋をしたとき、彼女がバスルームから出てきた。
さっきに比べると幾分か顔色が良くなったようだ。
「あの……シャワーありがとう…」
「ううん、あ、座って」
柚希は彼女にソファに掛けるように促し、マグカップに入れた紅茶を運ぶ。
「はい、紅茶。砂糖とミルクにレモン。イチゴジャムも美味しいよ」
「う、うん。じゃ……ジャム入れてみようかな」
彼女は小さく笑い、小瓶に入ったジャムを、ひとさじとり紅茶に入れた。それを見、柚希もジャムを入れ掻き混ぜる。
「あ、おいしい……」
彼女がふわりと笑う。初めて見る笑顔に、柚希は安心する。
「よかった。あ、そうだ!!自己紹介まだだったよね。私は柚希。貴女は?」
「雪菜…です。」
「雪菜ちゃんだね!よろしく。私の事好きに呼んでくれていいから」
「そ、れじゃ……柚希って呼んでいい?」
「うん!」
会ってからまだお互いの名前すら知らない事に気づき、少しおかしかった。ようやく名前で呼び合う事ができ話も弾む。飼っているウサギの事や好きな歌手、好きな食べ物など暫く取り留めのない話をしていたが、学校の話になった途端、雪菜の表情が曇った。地雷を踏んでしまったかもしれない。
「あ、言いたくないならいいよ?ゴメンね」
「ううん……今はその話はしたくないの。私こそごめんなさい。」
「気にしないで!」
「…………」
「…………」
「あ、出来たかな?ちょっと待ってて!」
重い沈黙に耐え切れず、柚希がキッチンに向かう。少しして、二つのスープ皿をお盆に乗せ戻って来る。
「どうぞ!ミネストローネ。あ、トマトとかダメだった?」
「え…ううん、大好き!ありがとう」
「凄く熱いから気をつけてね!」
「うん!いただきます」
トマトベースのコンソメスープの中に、細かいさいの目に切られたカラフルな野菜とベーコン。雪菜はスプーンをとり、一口含む。途端に口に広がる優しい味に思わず顔が綻ぶ。
「美味しい」
「良かった!……うん!上出来!!やっぱりおばあちゃんのレシピは最高!」
「おばあちゃん?」
「うん、私、おばあちゃんに育てられたの」
「あ……と」
「私の両親ね、小さい頃に亡くなったの。飛行機事故で」
柚希はそう言うと、棚に飾ってある写真と、その近く置いてある歪んだ腕時計を見る。その顔はとても寂しそうで。雪菜はいたたまれなくなった。
「!!ごめんなさいっ」
「え?ううん。気にしてないよ!だって私にはおばあちゃんがいるし、友達もいる。それに」
柚希は雪菜を見つめる。
「雪菜ちゃんもいるし!寂しくないよ?だからそんな顔しないで」
「…っ、うん。ありがとう」
「さ、冷めない内に食べちゃお!」
「うん!!」
涙ぐむ雪菜を慰め、柚希はもう一度写真と時計を見る。
(お父さん、お母さん。私はもう大丈夫。絶対に泣かないよ……もう)
柚希は心の中で呟くと、再び雪菜と話しはじめた。
日もすっかり落ち、雨はいつのまにか上がっていた。
「私、そろそろ帰るね。なんか長居しちゃって…」
「ううん、私も引き止めちゃって。バス停まで送ろうか?」
「ううん、平気」
すっかり渇いたブラウスと泥が落ちたブレザーを受取り、雪菜は着替えるため、柚希の部屋に入っていった。柚希は後片付けをしながら、雪菜の事を考える。
なんとかしたい。でも確証が掴めない今、どうしたらいいのか…。雪菜はきっと話したがらないだろう。それにもし、自分が彼女の立場だったら同じく誰にも話せない。
(待ってるしかないよね。いつか話してくれる事を)
柚希は雪菜が幸せを取り戻す事を願った。
Pure rain
―本当に辛い時は誰にも話せないものだから、
無理には聞かないよ。
君が話してくれるまで…
だって―
~誰にだって詮索してほしくない事がある~