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第5章 青嵐吹く夏

今日は積極的な人が多いなぁと思いながら、圭は何度目かの女性からの呼び止めに振り返る。

秀人のお見舞いにたまには行こうと思い、街へ出た圭だがその道のりで何度も女性に声を掛けられる。
インタビュー、スカウト、そして逆ナン。
ジャ〇ーズばりのルックスのために街中にいると目立つし愛想もいいため話し掛けやすいのだろう。

そうしているうちにどんどん時間は過ぎ、当初の予定時刻を大きく過ぎたにも関わらず、まだまだ目的地に辿り着かない。

今話し掛けて来た大学生らしきちょっと派手目の女性二人組と愛想良く話しながら、いつになったら辿り着けるんだろうとぼんやり思う。
女性と話すのは好きだしモテるのももちろん嬉しい。でもこうも進まないのも困ったものだな、モテるのってツラい!
と亮が聞いていたら「アホか」と辛辣な言葉を掛けそうなことを頭の中で言う。

「えー?本当に高校生!?見えなーい!」
「超大人っぽいじゃーん。高校生てことは夏休みでしょ?これから一緒にお茶でもしないー?」

いやぁでもーと曖昧な受け答えをしていると、視界の端に見知った顔が映る。その表情を見て圭は、

「お姉さんたちごめん、ちょっと急用出来ちゃった!また会ったら今度はぜひデートしようね!」

そう女性二人組に手を合わせ謝ると、来た道を走って引き返した。
あれは間違いない---

「香緒里ちゃん!」
「え、圭……?」

後ろから声を掛け、振り返ったのはやはり香緒里だった。今は驚いた顔をしているが、先程すれ違った時には泣き出しそうな表情をしていたように見えた。
その証拠に、今も瞳がやや潤んでいる。
気になって追い掛けてきたが、やっぱり見間違えじゃなかったようだ。

「なんでここに………?」
「秀人のお見舞いに行こうと思ってね。」
「そう………。」

秀人の名前を出すと香緒里の表情が曇る。
女子達の間の噂は、女子とよくいる事が多い圭の耳にも当然入ってきている。
もちろん、香緒里の人となりをある程度知っているため信じてはいなかったが。

「でも、香緒里ちゃん見つけたから引き返して来ちゃった♪」
「気にしなくていいのに………」
「いいのいいの、なんか訳ありでしょ?とりあえずお茶しに行こう!」
「え、でもお見舞いに行くんじゃ……」
「秀人より香緒里ちゃんの方が優先優先!」

ニッコリ笑ってそう言うと圭は香緒里の手を引いて歩きだす。
ただでさえ真との噂が立っているのに、真以上に人気のある圭といる所を見られてはまた何か言われるかわからない。
そう思い、香緒里は焦ったように圭の顔を見るが、本人は全く気にした様子がない。

「大丈夫ー目立たないところに行くから、ね?」

バッチリウィンクも決める始末。
わかっているんだかいないんだか………。

圭に手を引かれ、大通りから脇道に入りしばらく歩くと閑静な住宅街に出た。
人通りも多くないその一角に目的地はあるようだった。
家と家の間にあるこじんまりとした建物。そこの1階にあるカフェの前に着くと圭はその扉を押した。
外観はレトロで洋風な雰囲気。中に入ると思ったより広く、やや照明が薄暗いがどんよりとした印象はく、オシャレな雰囲気。
ガラス張りの窓際には緑の植物がいくつもあり、その間には可愛らしいうさぎの置き物が置かれていた。

圭が中に入ると、正面のカウンターの中にいた男性が少し驚いたような表情でこちらを見た。

「おじさん、久しぶり。」
「圭!久しぶりだねぇ、元気だった?」

圭がおじさん、と呼んだその人はどことなく圭に似た雰囲気なダンディな男性だった。
気さくに話し掛けて来たその男性は香緒里の方を見、彼女?と聞いた。

「ううん、友達。ちょっと奥の席借りてもいいかな?」
「どうぞどうぞ、いつものでいいかな?」
「うん、よろしく。香緒里ちゃんは紅茶は飲める?」
「え?うん、好きだよ。」
「じゃあ同じものいいかな?」
「了解、ゆっくりしていってね。」

短く会話を済ませると圭はじゃあこっちーと香緒里を店の奥の席に誘導する。

「えっと、ここは………?」

席に着いた香緒里は戸惑ったように聞く。

「ここは俺のおじさん、父さんの弟がやっているカフェ兼バーだよ。」

昼はカフェ、夜はバーとのこと。どうりでカウンターの上にワイングラスが下がっていたり奥の棚にワインボトルやウイスキーの瓶が並んでいるはずだ。

「ここなら地元の人しか来ないから安心でしょ?急に連れてきちゃってごめんね。」
「ううん、でも本当にいいの?圭の時間取っちゃって………」
「泣き出しそうな女の子を放っていくなんて俺に出来ると思う?」

圭なりに気を使ってくれたようだった。
なんだか読まれている気もするけれど、香緒里は素直に「ありがとう」と伝えた。
話そうかどうしたものかと迷っていると、紅茶が運ばれてきた。

ポットからほんのり香るいい匂いに少しだけ心が落ち着いた。
圭は香緒里の方に置かれたカップにゆっくりポットの紅茶を注ぐ。

「これはダージリン。おじさんの入れる紅茶はシンプルだけど茶葉にこだわってるから結構美味しいんだよ。」
「へぇ、そうなの……とってもいい香り。」

普段ティーパックの紅茶しか飲まない香緒里にとって茶葉から入れる紅茶は初めてで、火傷しないように口を付けるとダージリン独特の香りが鼻をくすぐった。

「圭はデートとかでよくここに来るの?」
「いや、ここには来ないかな。奈津達とは来るけどね。所謂秘密の場所?」

なんてね、と圭は軽やかに笑った。
最近はあまり来ていないとのことだが、奈津と亮はたまに来ているのではないかと圭は話す。
紅茶のいい香りに包まれながらしばらく世間話をする。

ふと会話が途切れると圭はじっと香緒里の目を見た。

「大丈夫?なんかあったんだよね?」
「え……うん、まぁ……」
「話したくなかったら全然いいよ。でも、無理に笑っているように見えたからさ、ちょっと心配で。」

優しくそう言う圭を見て、女の子の扱い良くわかってるなぁと苦笑する。

「ん、とね。ちょっとうちの家の事情の事で秀人と喧嘩………というか、揉めちゃって。」
「そっか。」
「圭は、聞いた?私と真の話………」
「うん、ごめん、女の子達が話してるのが聞こえちゃった。」
「そう………その噂のせいもあるのか……定かではないんだけど、さっき秀人のところ行った時に、『帰って』って門前払いされちゃった。」

自業自得なのかな、と目線を下に落とし香緒里はボソリと呟いた。

「でも、それは噂であって事実ではないよね?」
「圭は……嘘だって思うの?」
「そりゃあね。香緒里ちゃんのことよく知ってるもん。まだ会って数ヶ月だけど、香緒里ちゃんがそういう不誠実な事をする子じゃないっていうのは分かるよ。」
「………ありがとう。私の周りの友達は優しいなぁ………。」

無条件に香緒里の事を信じてくれる。もちろん、真の事も。それが嬉しくて、温かい。

「もし秀人に冷たくされたんなら、それは嫉妬からだと俺は思うけどな。」
「そう………かな?」
「だって、俺ですら香緒里ちゃんがそういうことしないっていうのは分かるんだよ?一番香緒里ちゃんの事を見ている秀人が分からないはずないよ。」
「そう………だと、いいんだけど………。」
「きっと時間が解決してくれるよ。」

だから大丈夫、と圭は笑顔で励ますように言う。
不安だった気持ちがモヤモヤしていた気持ちが少し晴れたような気がした。
雪音達にしろ、圭にしろ。みんなによって支えて貰えてるんだなと香緒里は思う。

「それにしても、付き合うってなかなか難しいもんだよね。」
「そういう圭は、彼女はいないの?」

頬杖をつきながらカップを手にする圭に香緒里は話題を変えて聞く。
普段から女の子にモテて囲まれて。たまたま通りがかった香緒里にもこうして優しく声を掛けて話を聞いてくれる。そんな圭に彼女がいてもおかしくはないと思う。

「んーーいないよ?」
「そうなの?」
「だって、俺は『みんなの圭くん』だからね!特定の彼女はいない、むしろ俺の事を好きになってくれる子はみんな彼女、と言った方が正しいかな!」

いつもの調子でいつものようにキメ顔をして言う。
ただのナルシストじゃないんだな、と見直していたがその思いを撤回した方がいいのではないかと香緒里は心の中で呟く。

「圭って………昔からそうなの?」
「んーー?」
「こう、女の子好きというか、なんというか……」
「………そうだなぁ、香緒里ちゃんの悩みも聞いちゃったわけだし、俺の話もしようかな。」

等価交換な訳じゃないからいいのに……と香緒里は言うが圭は「気にしないで」と笑って言う。話したい気分になっただけだから、と。

「昔っから女の子にはよくモテたんだ。でも今みたいに自分から積極的に行けたわけでは全然なくってね。告白をされても好きじゃなければ断っていたんだ。」

少し懐かしむ様な表情をして圭はゆっくりと話し始めた。


そんな圭にも中学2年生の頃、好きな子が出来た。中林くるみ、という、派手ではないけどかわいくて目を惹くような子。
同じクラスになり仲良くなっていった。話してみるとすごくいい子なんだと思い、好きになり。
生まれて初めて告白をした。OKを貰えた時は飛び上がるくらい嬉しかった。圭にとって多分初めての本気の恋。

イケメンとかわいい子ということもあるが、周囲からも羨ましがられる位には仲が良かった。
しかし、付き合って半年くらい経った頃、休みの日にくるみが別の知らない男子と一緒に出掛けているのを見掛けた。
まぁ男友達と遊ぶことくらいあるかと圭は思い、その時は何も言わなかった。もちろん嫉妬はしていた。
だが、その後も度々そういうシーンを見掛けた。しかも全部違う男。さすがに疑問を持った圭の耳にくるみが浮気をしている、という話が入ってきた。
しかも、5股。女子の間では割りと有名な話だったらしく、クラスの女子が圭にそう報告してきたのだ。
さすがに問い詰めてみると
『あーバレちゃった?』
と悪気なさそうに言われた。
『圭くん高スペックだから自慢出来てよかったのにな、残念。』
そう言われて、目が覚めた。
彼女は圭の事じゃなくて、圭のイケメンでお金持ちで、なんでもそつなくこなす、そのステータスが好きだったんだと。
そうして別れることになった後も、それからしばらく女子が信じられなかった。誰とも付き合わなかったし、出来れば関わりたくなかった。
しかし困ったことにモテるため、女の子は寄ってくる。それを無碍にすることも出来なかった。
どうしよう、と考えた時、気付いた。特定の彼女を作らず、みんなと仲良くすれば誰も傷つかずに済むと。


「そんなわけでそれから香緒里ちゃんも知っている、今の俺になったわけ。」
「そう………だったの。」

笑って圭は話しているが、当時はひどく傷付いたのだろうという想像は容易に出来る。
優しいからこそ、今のスタイルになったのだろう。

「そんな悲しそうな顔しないで。俺はこれでも今の自分の性格を気に入っているんだ。とっても楽しいよ。」
「それなら、いいんだけれど。ありがとう、話してくれて。」
「色々あると思うけどさ、きっと大丈夫だよ。だから辛い時は楽しいことをしよ。香緒里ちゃんとのデートならいつでも付き合うからさ!」
「……相変わらずね。」

ふふっと香緒里は笑みを浮かべる。
ようやく笑ってくれた、と圭もにっこり笑った。

「今は、好きな人いないの?」
「今?うーん、そうだなぁ。気になる子はいるかな。でも、内緒!」
「そうなの?」
「香緒里ちゃんならもしかしたらそのうち分かるかもしれないよ?」

だから頑張って考えてみてね、なんていたずらっぽい笑顔で圭は言った。
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