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第5章 青嵐吹く夏

香緒里を始めその場にいる誰もが無事を祈ってどれ程経っただろうか。


集中治療室のランプが消え、中から医師が出てくる。
皆一斉にそちらに目を向けた。

「手術は無事、終わりました。命に別状はありません。」

その言葉に皆張り詰めていた空気を緩め、安堵の溜息をついた。
雪音と沙世はよかったと涙を流し、香緒里は緊張の糸が切れ、その場に座り込んだ。

「この後病室に移ります。目を覚ますまでしばらくかかると思いますが御家族の方はよかったら一緒にいてあげてください。」
「分かりました。」
「では、看護師の方から入院の手続きの説明をさせて頂くので一度1階まで起こしください。」

そう医師は言い、その場を去っていく。
それに釣られて、安心したしじゃあ帰るか、という雰囲気にバスケ部員達がなる中、香緒里達はいつの間にか戻っていたバスケ部顧問の西原に近寄った。

「あの、西原先生。私達も秀人が目覚めるまで、一緒にいてはダメでしょうか……?」
「お願いします!」

5人揃って頭を下げる。
手術が成功したとはいえ、秀人の目が覚めるまではやっぱり心配で安心出来ない。
出来ることなら近くで過ごしたかった。

「いや、しかし……うーん……」

どうしたものかと西原は悩む。
ダメと言ってしまえば簡単だが、香緒里たち5人が中学からの友人ということも知っているが故にその気持ちも理解出来てしまう。

「私達からも、お願いします。彼女達は息子との付き合いも深いので、余計に心配なのだと思います。息子が目覚めた後に責任を持って、学校までお送りしますので。」
「うぅん、まぁ、新谷さんがそう仰るなら……。」

忍がそう西原に声を掛けると、渋々と言った表情で了承してくれた。
御迷惑をかけるんじゃないぞ、深夜を過ぎたら帰らず朝になってから帰るんだぞ、等忠告をし、秀人の両親にも挨拶をするとバスケ部の面々と共に帰ろうとする。
その中で一人、山瀬は立ち止まっていた。

「山瀬?そろそろ帰らないと寮の門限に間に合わなくなるぞ。」
「………私も、心配だから残りたいです。」

小倉が声をかけると山瀬はそう言った。
他の部員達もだが、自分たちを庇って刺されてしまったのだから心配で罪悪感があるのだろう。ましてや山瀬は恐らく、いや十中八九秀人の事が好きだろう。
それは分かる、だが。

「そんなにいっぱいいたら迷惑だろー」
「俺達はとっとと帰って連絡待つぞー」

分かった上で悠ともう一人のバスケ部員の田村は山瀬の腕を掴み、引っ張っていく。

「吉崎さん達だけなんて、ずるいっ!」
「あいつらは昔からの親友、俺たちは部活仲間、ちょっと意味合いが違うだろ。」
「とりあえず大丈夫なのがわかったんだ、これ以上みんなでいてもしょうがない。」

ほら行くぞーと無理やり連れて行く。
途中で諦めたのか山瀬は香緒里達を、というか香緒里を睨み、踵を返して歩き出した。
悠は、それじゃ連絡よろしくーと最後に言って帰って行った。

「山瀬こえーな、見たか今の?」
「思いっきりこっち、てか香緒里のこと睨んでたな。」
「彼女いる男狙うとか信じらんないわー。帰るのなんて当然じゃない。」

苦笑いをする真と翔太。
沙世は山瀬が去った方を見て目を細めて冷たく言った。嫌いな人に対しては容赦なく毒を吐く。



その夜。特別に、と秀人の病室の近くの部屋を宛てがわれた香緒里達は借りた椅子を並べて横になり休んでいた。

雪音達が寝息を立てる中、上手く寝付けず目を閉じていた香緒里はガチャ、と扉が開く音で身体を起こした。

「あ……ごめん、起こしちゃった?」
「大丈夫、寝てはいなかったから。」

秋人が小声でそう言いながら部屋に入ってきた。
幸い、他の4人は目を覚まさずよく寝ている。
香緒里は椅子を一脚秋人の近くに寄せると、自分も椅子を持ってきて座った。
ありがと、と言い秋人も椅子に腰を掛けた。

「忍さんと美鈴さんは?」
「兄貴の病室で話しながら起きてるよ。」
「中々、起きないもんね。」
「部活で疲れてそのまま寝てるのかもよ?」

そう言って秋人はちょっと笑った。
手術が終わったのは20時頃。今は日付が変わり1時のため、随分寝ていることになる。

「今日さービビったよ。兄貴が救急車で運ばれた事を先生に聞いた時ももちろんびっくりしたけど、その後覆面パトカーがサイレン鳴らしながら学校来たのもめっちゃびっくりした。いや、うちの父さんと母さんだったんだけどさ。」
「えぇ、やっぱり忍さん達でもそこまで取り乱すのね。」
「いやそれにしても動揺しすぎでしょ。逆にそれを見て俺が冷静になったよ。」

肩を竦めて言ったその姿が少し秀人とダブって見えた。
顔立ちは似ているけれど性格は割りと違う二人だが、こうした何気ない仕草はよく似ていると思う。

他愛ない話をしていると、ふと秋人は真面目な顔をして香緒里を見た。

「そうだ、俺、香緒里ちゃんにお礼を言わないといけないなって思ってたんだ。」
「お礼?私何かしたっけ?」
「ううん、俺には何もなんだけど。兄貴のことでさ。」
「秀人?」
「うん。兄貴、昔に比べて随分、いやかなり明るくなったんだ。いや、正しく言えば家ではそれなりに明るかったんだけど………。」


小学校の時、3歳差の二人は3年間だけ同じ学校に通っていた。
秋人は秀人のように天才というわけではないが何でもそつ無く熟すタイプで、交友関係ももちろん昔から上手くやっていた。
自分より数倍なんでも出来る兄、秀人のことは尊敬していて自慢だった。だけれど…

「兄貴、学校で見掛けるといつも一人なんだ。無表情で、何も楽しくなさそうで。俺が見つけて手を振ると困ったようにちょっと笑うんだ。」
「そう、だったの……。」
「そんな兄貴がさ、中学二年になってしばらくした頃からちょっと表情が変わったんだ。学校に向かうのも前に比べて楽しそうでね。なんでだろうなーって思ってた。で、初めて香緒里ちゃんに会った時に『あぁこの人のお陰だったんだ』って分かったんだ。」

香緒里と会って、家族意外の誰かとまともに付き合えるようになった。いつしか友人も増え、学校も楽しくなったのではないかと秋人は言う。

「だからさ、香緒里ちゃんには感謝してるんだ。」
「感謝なんて……大したことはしてないよ。」
「香緒里ちゃんにしたら大した事ではないにしても、兄貴がそれを切っ掛けに変われた事には違いないよ。」
「そうかな??どちらかと言うと私達が助けてもらっていることの方が多い気がするけど……。」
「あ、そういえば、兄貴が香緒里ちゃんとかと一緒になっていじめを解決したとか、不審者?をとっ捕まえたとか友達に聞いたことある!」
「そうそう、なかなかすごかったのよ。」

その後はしばらく、中学時代の秀人についての話とか高校に入ってからの話とか、色々な事を二人で話した。

秀人には助けてもらってばかりだと思っていた。でも知らず知らずのうちにでも香緒里が秀人に対して何か助ける事が出来ていたなら、嬉しかった。
もっと色々返していきたい。
返さずに終わってしまわなくて本当によかったと強く感じた。



それからまた幾らか時間が過ぎた頃、美鈴が部屋に入ってきた。

「秀人、起きたわよ。」

香緒里と秋人は顔を見合わせ、直ぐに雪音達を起こして秀人の病室へと向かった。
深夜のため、静かにノックをして入ると、秀人はベッドから身体を起こしこちらを見た。

「よぉ、心配掛けたみたいだな。ごめん。寝過ぎた。」

そう、ちょっと笑いながら言う秀人を見て、香緒里は急に涙が出てきた。秀人が怪我をしたと聞いた時も、手術が終わった時も涙は出なかったのに、その無事な姿を見たら涙が止まらなくなった。

「心配……したわよ、ばか……絶対いなくなったりしないで……」
「ごめん。」

泣きながら傍に寄った香緒里の頭を微笑みながら秀人は撫でる。ごめんな、と繰り返しながら。
なかなか涙が出るのを止められず、しばらく泣きじゃくる様子を雪音や沙世も涙ぐみながらも微笑ましげに見守った。




「おい!亮!!秀人目が覚めたってよ!!」

翌朝早く悠は亮の部屋に、ドアを勢いよく開けて飛び込んだ。同室の翔太がいないため今は一人。
その亮は入って来た悠の顔面に枕を思い切り投げ付けた。

「うるせぇ!何時だと思ってるんだ!」

そう言いながらもその表情はそこまで怒っているようには見えず、むしろホッとしているように悠には見えた。何だかんだ亮も秀人を心配してたんだと分かり、ちょっとニヤニヤしているともう一度その顔面に枕がぶつかってきた。先程よりかなり強めに。

痛がる悠を後目にスマホを見ると、奈津からも喜びの連絡が入っていた。
それを見る表情もやはりいつもより穏やかであったが、誰もそれを見ることは出来なかった。

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