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第5章 青嵐吹く夏

久しぶりにコートでバスケが出来る、と思うと春の時と同様に気持ちがはやる。

「秀人!!!バスケしようぜ!!!」

帰りのホームルームが終わり、部活に向かおうとしていると悠がA組に駆け込んできた。悠と同様の心持ちなのだが、冷静を装い「中島くんかよ。」とツッコミ、連れ立って部室に向かう。



部室でいそいそと練習着に着替え、始まりの集合まで他の部員も交えて3対3のミニゲームをしていると、珍しく顧問の西原がやって来た。
あの事件があった後の初めての練習日だから当たり前といえば当たり前だが。

新主将になった小倉の招集の掛け声に皆西原の周りに集まった。事件の事、なかなか部活に顔を出さないためいじめの実態に気付けなかったことの謝罪、そして今後はこまめに見に来るようにするとの話をした後、話は変わるが……と西原は体育館の入り口を見る。

「いいぞ、入って来なさい。」
「はーい!」

呼ばれて西原の隣に並んだ女子生徒を見て、部員はざわついた。

「え、かわいくね……!?」
「やべータイプ!!」
「もしかしてマネ志望……?」
「てかこの子って女バスにいた子じゃ…?」

ぱっちり大きな目で整った顔立ち、今時の女子高生らしく髪も少し巻いており、色付きのリップを塗っているように見える。にっこり笑った顔立ちは確かに一般的に言えば可愛らしい。

雪音の方が美人度で言えば上な気もするけど……と秀人は冷めた目でその状況を見る。まぁ、香緒里が一番かわいいけどな。とついでに心の中で惚気ける。

隣にいる悠はまだわくわくした顔をしているが多分これは部活をするのを楽しみにしているだけだろう。その証拠に目線がその女生徒より上のバスケゴールにある。

「察しの通り、今日からうちのマネージャーになる1年の山瀬だ。」
「1年B組の山瀬舞です。よろしくお願いしまーす!」

再度にっこり微笑む山瀬に頬を緩ます部員は多い。
まぁこれで皆の士気が上がるならそれでもいいか?

練習が始まると部員たちはいつもよりそわそわした表情をしながら、いつも以上に声を出し、張り切っているように見える。
そういう意図が西原にあったとは思えないが、これが続くのであればいい効果と言えるかもしれない。

ペアを組み、変わらず黙々とパス練習を悠としている秀人の元に、西原や小倉と話し終えた山瀬が寄って来た。

「A組の新谷君とC組の鮎川君だよね?私、こないだまで女バスにいたから男バスの練習たまに見かけてたんだけどぉ、二人とも上手いねぇ。」
「おー女バスにいたのか!じゃあバスケ詳しいな!」

悠はパッと顔を輝かせて山瀬を見た。バスケ仲間が出来た!!という顔をしている。
悠が答えてるからいいか、と秀人は山瀬を一瞥した後ボールを悠に返す。

「でもなんで女バス辞めたんだ?」

ひとしきり、ポジションだの出身校だのの話をした後に悠は聞く。

「あー……んー、高校ではサポートの方がいいかなぁって思ってぇ。見てる方が好きだし!それにぃ………」

チラッと秀人に意味深な視線を送る。
悠はもちろんその意味に気付かず、あー見るのも楽しいもんなーと相槌を打っているが、勘のいい、というかその手の視線を向けられることの多い秀人は気付いており、それを理解した上で知らんぷりを決め込んだ。
めんどくせーなー、と心の中で呟きながら。





「男バス、新しい女子マネが入ったんだってー?」
「へぇ、そうなんだー。」

数日後の一学期締めくくりのクラス対抗球技大会の日。
自分の出番が終わった香緒里はグラウンドと体育館の間にある双方がちょうど見やすい位置にあるベンチに座っていた。
両隣には同じく出番が終わった雪音と奈津がいる。

「あれ?秀人から聞いてないの?」
「全然ー。そういうの言わないからねぇ。」

雪音の問いに香緒里は首を振る。興味がないのだろう、ということはこの数年の付き合いでよくわかる。

「へー女子マネかー悠もなんも言ってなかったなぁ。」
「悠もその辺興味無さそうだもんね。」
「ところで、どんな子なの?」
「元女バスの子だよ。B組の山瀬舞って子。多分、というか十中八九秀人目当てだと思う……前からキャーキャー言ってたし。」

苦笑い気味に雪音は言う。香緒里と付き合っていることが周知されていても未だに秀人の人気はある。表立ってアタックするものは少ないが、山瀬はどうやらその珍しいタイプとのこと。

「香緒里も大変だねー。」
「うーん、あんまり実感ない、というか秀人自身がのらりくらり躱してるからなーそんなに心配もしてないし………それ言ったらモテる雪音も大変じゃない?」
「翔太と付き合ってることは公言してるから別に高校来てからは何もないけど……。」

と、言っているが話している間にも通りすがりや遠目に雪音をチラチラ見ている男子は多い。香緒里や奈津も一般的に言えば目立つ部類の見た目のため、それも相まっているのかもしれないが。

「まぁ何かあれば翔太が守ってくれるから♪」
「突然の惚気、ご馳走様でーす。」

奈津は雪音に向かって手を合わせ、香緒里も笑いながらそれに倣った。

そんな話をしていると噂の翔太が亮と一緒に香緒里達の方にやって来た。

「おつかれーどうだったー?」
「あはは、負けちゃったよーまぁ先輩達との試合だから、しょうがないかな。」

球技大会は男女共にバスケ、バレー、サッカーに別れ、1人1種目ないしは2種目に出る。もちろん、自分の部活の競技には出られず、審判をしなければならない。
香緒里はサッカーのみ、雪音と奈津はバレー、翔太と亮もバレーを選んでいる。
クラス毎に1チームで学年問わず試合をし、各部門の優勝チームには何か商品が出るという。
そして総合優勝クラスには『昼の学食無料券!(10枚綴り)』がクラス全員に配られるとのこと。そのため気合いを入れて試合に望んでいる者も多い。
そのうちの1人である悠は体育館で今、渾身のスパイクを決めていた。自慢のジャンプ力がバレーでも生きている。
その隣のコートでは、女テニの王子と言われる根室璃子がドリブルをしており、歓声を浴びている。のを、圭が悔しそうな表情で見ており、同じクラスの男子に苦笑いをしながら声を掛けられている。

「それにしても、璃子ちゃん人気あるねー。」
「まぁでもその辺の男子よりかっこいいから周りの子達の気持ちもわかる。」

ファンクラブまで出来た、という噂を最近耳にした、とまで奈津は言っていた。

「まぁでもあの秀人の人気が一番だよなぁ。」

翔太の視線の先には、試合を終え真と共に歩いている秀人。『新谷くーん!』『かっこよかったよー!』等学年問わず女子に声を掛けられている。中には真に声を掛ける子もいる。沙世が見ていたら般若顔になっていただろう。
秀人自身は我関せず、誰にも返さず真と何やら話している。

「いやーあれはすごいよね。」
「いつ見てもすごいモテっぷり。」

例の山瀬舞も秀人に向かって声を掛け、手を振っている。だが秀人はそちらをちらりと見ただけでリアクションはない。

「相変わらずクールだねぇ、亮程ではないけど。」
「ほっとけ。」
「香緒里、声掛けてみたら?秀人喜ぶわよ?」
「えぇぇ………」

ほらほらーと雪音と奈津に言われ、50メートル先の秀人に聞こえるかどうかの声の大きさで呼び、手を振ってみる。
するとパッとこちらを見、笑顔になり手を振り返す。そして真と共に少し小走りに寄ってくる。

「あーあー嬉しそうな顔してるー秀人は香緒里のこと大好きだもんねぇ。」
「いいなー愛されてるぅ!」
「山瀬をはじめ、こっち向いてる女子の視線がめちゃくちゃ怖いんだけど………え?俺の気のせい?」
「気のせいではないだろうな、俺にもそう見える。」

なぜ人気者の秀人が自分のことを好きなのか未だによくわからない、と香緒里は思う。もっとかわいい子や女の子らしい子、素敵な子はたくさんいるのに。
周りからの視線に若干居た堪れなさを感じながら、翔太達と共に苦笑いをする。

「おつかれー。みんな出番終わりか?」
「うん、私たちはみんな負けちゃって見学中。沙世もバスケ負けたって言ってたからぼちぼちこっち来るかも。」
「悠とか渡辺さんは勝ってるみたいだよ。2人は?」
「俺らはさっき勝って、次準決勝。秀人はバレーの方にも行くんだろ?」

運動神経抜群の秀人はもちろん2種目出ている。悠や美愛も秀人同様、サッカーとバレーに出ている。
そーそー、と相槌を打ちながらそういえば、と秀人は香緒里を見た。

「香緒里、試合でボール空振ってただろ?」
「え!!!あれ見てたの!?」

サッカーの試合中、美愛からパスを貰った香緒里は受け止め、ボールを蹴ろうとした。が、その蹴ろうとした足は悲しくもボールの横をすり抜けてしまい、その隙に相手チームの運動神経のいい女子にボールを奪われてしまったのだ。

「あー秀人達も見てたんだね、あれ。私となっちゃんも見ててさー、かわいかったよねぇ。」
「空手強いから運動出来るのかと思ってたんだけど……」

ふふふっと思い出して雪音は笑い、意外だったと奈津は言う。

「あれは………忘れて……私球技すごい苦手……あと運動神経がいいわけじゃないの、空手は昔からやってたから出来るだけ………。」

照れたように困ったように香緒里は眉を下げる。確かに空手や長距離走などは得意な部類ではあるが、運動は基本的に平均レベルで、勉強の方が断然得意である。

「まーまー、かわいかったんだからいいじゃん?」
「からかってるでしょ秀人?」
「いやいや、本気だぞ?」

ニヤリと笑いながら本気なのかどうなのか分からない口ぶりで言う。

ピーッと体育館の方で試合終了の笛が鳴る音がした。

「お、悠達勝ったか。」
「それじゃ、次は俺らのクラスとだな。」

少し嬉しそうな表情を秀人はする。バスケ以外のスポーツでも、悠と勝負をするのは好きらしい。
バレーで活躍して、また秀人は黄色い声援を浴びるのだろうか。

『十中八九秀人目当てだと思う』
と山瀬のことを話す雪音の言葉を思い出す。
秀人自身が他の女子にほとんど興味ないであろう事が薄々分かっているからか、それとも元々そういうモテる姿を見ていたからなのか、香緒里はそれについて不安に感じたことはなかった。
そういうことに頓着がないとも言うだろうし、少し変わっているのだろうとも自身で思ってはいる。
ヤキモチを妬かない彼女を秀人はつまらないと思うだろうか?
らしくもなく考えながら、香緒里は雪音達と共にA組対C組のバレーの試合を見るべく、体育館へと向かった。
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