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第4章 春の風薫る

男子バスケ部でいじめのようなことがされているのは、美愛は当初から何となく気が付いていた。
とある過去の一件から少し敏感になっているせいもあるのかもしれないが、せせら笑う声や棘のある言葉が耳に付いていた。
悠を含めクラスメイトが何人か男バスにはいたため殊更気になったが、部外者のましてや新入生が他の部活に口を出すのははばかられた。

そのうちに周りの女子バスケ部も勘づいてきた。しかし、3年の先輩曰く、男バス3年の中心にいるのは以前喧嘩をして停学になったこともあるという草部という男子生徒で、キレるとやばいから、と誰も注意出来ないのだという。
男バスの顧問の教師のいないところでやるため気付くこともなく、もうすぐインターハイ予選があり、真面目にやっている3年生もいるから他の教師に言ってその機会が無くなってしまうのも気の毒だし、などと色々と理由を付けて周りも何もしないまま、こうして数週間が経ってしまった。

確かに3年生はインターハイが終われば引退なる。だからそれまで我慢すればいい。そうとも言えるかもしれない。でも本当にそれでいいのだろうか、と美愛は思う。ただ思っているだけでは、周りの何もしない人達と何ら変わりはないのだけれど。

結局私は何も変われておらへんのやな。
心の中でそう呟く。


「あ、しもた。部室忘れ物した。」
「ほんと?じゃあ取りに戻ろっか。」
「あぁえぇよ、1人で行く。先に戻ってて。」


部活が終わり、雪音と寮に戻るためにしばらく歩いている時にふと部室に脱いだ制服を置いてきてしまったことを思い出した。
雪音には先に帰っててもらい、1人で部室へと戻る。

まだまだ体力戻らんなーなどと思いながら歩いていると体育館脇の手洗い場の所に秀人がいることに気が付いた。

「新谷、何しとん?」
「渡辺か。まぁこんな状態なのでちょっと洗濯しようかと思って?」

洗い場に置いてあった上履きをひょいと持ち上げて美愛に見せる。
げぇ、と美愛は眉を顰めた。
上履きの中には食べかけのパンやおにぎりと共に、どこからか捕まえてきたであろうナメクジや蟻が入っていた。控えめに言っても気持ち悪い。

「…………もしかしてそれ、先輩達がやったんか?」
「多分な。暇だよなーあの人達も。」

気持ち悪いなーと言いながら、洗い場に広げられたビニール袋の中に中身を出していく。

「あんたは、平気なん?」
「んーー平気というかなんというか、だな。『めんどくせー』とは思うけど、でも別にそれで傷付いたりとかは、ねぇかな。どうでもいい相手にならどう思われても何も思わない。」

ふーん、と美愛はボトボト落ちる気持ち悪い物を横目で見つつ相槌を打った。
変わってるやつだ。普通は傷付いたりとかするもんなのではないだろうか??頭良い奴は考えることが違うとか??

「顔に出てるぞ渡辺。俺が特殊なのは認めるよ。」
「なんで分かんねん、エスパーか。」
「まぁまぁ。とにかく、俺なんかよりずーっと気にしてる奴のことを気にかけた方がいいと思うぞ?悠なんかめちゃくちゃ落ち込んでるからな。」
「別にあんたのことも気にしてへんし。香緒里が気にしてるから私は香緒里のこと心配してるだけや。鮎川悠のことも別に関係あらへんやん。」

ははっ、と秀人は笑い、相変わらず辛辣だな、と言う。

「香緒里のこと気にかけてくれてることの方が俺は嬉しいけどな。まぁとにかく、悠にもちょっと声掛けてやれよ。」
「なんやねん。」

クラスメイトととして気にならないわけではない、が敢えて何かするような立場でもない。


秀人と別れて部室に行くと、隣の男子バスケ部の部室の扉が開かれており、中で悠が大の字で仰向けに転がっているのが見えた。
一瞬通り過ぎようかとも思ったが、先程の秀人の言葉が頭を掠め、足を止めてしまった。

「何しとん?」

声を掛けられ、ようやく美愛の存在に気が付いたのか、ビクッと動いた後で起き上がった。
よく見るとその近くには先程の秀人の物と同様の状態の上履きがあった。何度見ても気持ち悪い。

「何だよ、渡辺かよ………。」
「何だとは失礼やな。」

あまり覇気のない悠に美愛も軽く返した。
最近も言い合うことはあった。しかし如何せん張りがない、というか元気がないように感じられていた。今はそれ以上に言葉に力がない。

疲れた表情で上履きを見、また逸らす。
その悠に美愛は再度声を掛ける。

「それ、先輩にやられたんやろ?」
「………うるせー、ほっとけ…。」

暗い表情、トーン。
美愛は溜息をついた。いつもと違う悠に何故だかわからないがもどかしく、少しいらいらしてしまう。調子が狂う、というのは多分こんな感じなんだろう。

「嫌ならやり返したらいいやん。」
「それが出来たらこんなに苦労してねーよ。」
「ならプレイで見返せばええ。」
「俺らがプレイで目立つから今こうやってやられてんだろうが!なんなんだよお前さっきから!」

キッと美愛を睨む。その姿を見て美愛はニヤリと笑った。

「おーおーようやくいつもの調子やな。」
「んだよ。」
「先輩らに対して、腹立つなら悔しいなら。プレイで目立ってやられんなら、アイツらが何も言えへんくらい上手くなって見返したらええやろ?」
「そりゃ、まぁ、そうだろうけど。」
「あんた、バスケ好きなんやろ?バスケで負けたくないんやろ??なら、それ以外に方法ある?」

バスケで見返す、か。確かにそれが一番シンプルで、わかりやすく、自分にはあっている。でも、出来るだろうか?いや、そんなことを言っていたら多分何も変わらない。

「バスケでもっと自信ついたら、やってやろうって気になるんやないの。」

そうだ、俺の一番の特技は、好きな物は、バスケだ。バスケで負けたくないし、バスケは楽しくしたい。今の状況ではバスケは楽しく出来ない。なら………

「バスケ、やりまくるしかねぇな、練習あるのみだ!」

単純、だがしかしそれ故に前向きになりやすい。面白いやつやな、と美愛は心の中で呟く。

「ただ、お前に言われてそれを気付かされたのがすげー癪だ!」
「はぁ?人が親切にアドバイスしとんのに失礼なやつやな!」

いつもの調子で言い返す。立ち直ったら立ち直ったで腹立つ。

「まぁ、でもあんたがテンション低いと調子狂うからこっちのがええわ。」
「べ、別に低くねぇよ!」
「いや、奈津達が随分心配してたからな?」

肩を竦めて、美愛は女子バスケ部の部室に入り目的の忘れ物を手に取った。それを鞄に入れ、部室棟の出口の方へ向かう。

あぁそうだ、と悠を振り返り見る。

「あんたのバスケの上手さと、馬鹿みたいに真っ直ぐなところだけは、私は認めててんねん。せやから、頑張れ、負けんな。」

ニッと笑って言う。
そしてくるりとまた向きを変えて歩き出す。
励ますつもりはここに来た時点ではなかった。でもいつもと違う悠を見ているとやっぱりなんだか気になってしまい、口を出してしまった。
まぁ、言いたいことは言えた。これからどうするかは悠次第である。

「お腹空いたなー夕飯何やったかなーさっさと帰ろ。」






美愛が去った後。
悠はしゃがみこんだまま、顔を手で覆う。その頬や耳は赤い。

「あれはずるいだろ、反則だろ…………。」

初めて自分に向けられた屈託のない笑顔。そして、心にストンと落ちた言葉。
嬉しさと照れ臭さが入り交じり、緩む頬を抑えられない。

いつも言い合ってばかりの美愛から貰ったその褒め言葉とエールは確かに力になったような気がした。

バスケで見返す。単純だと亮辺りに言われそうだが、単純で分かりやすい方法だから、馬鹿な自分にはちょうどよく、向いている。

明日からまた頑張るしかねーな。
そう思い、悠は勢いを付けて立ち上がった。
その表情は先程とは比べ物にならない程、すっきりと晴れ渡っていた。
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