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二人で撮った写真。お揃いで買ったマグカップ。彼と一緒のペアリング。彼がくれた物は全部残っている。彼が使っていた物も全部。
そこに彼は居ない。ずっと、居ない。二年前、突然居なくなってから、ずっと。
おかえりって言ってくれる人が居なくなった。行ってらっしゃいって言う人が居なくなった。同棲していたわけではないけれど、ほとんどこの家に入り浸っていた彼は、置き土産ばかりを残して、その行方を眩ませてしまった。
彼の両親は何かを知っている。彼のバスケ仲間も私には知らない何かを知っている。私だけが、彼の行方も、居なくなった理由も知らないままだった。
どうして私には何も言ってくれなかったのだろう。どうして、周りに口止めしてまで私に知られることを避けているのだろう。そこまでするなら、別れようってたった一言、そう言ってくれたら良かったのに。
あなたが言ってくれなかったから私は思い出を捨てられない。忘れなよって言われても、忘れられない。あなたが付けていた香水の香りを覚えているし、あなたと作ったペアリングの片割れを今日も外すことが出来ない。
酷い人だと思う。あんなにも私を愛してくれて、幸せにしてくれて。それなのに、呆気なく私の元から去っていって。沢山の幸せをくれたのがあなたなら、沢山の幸せを奪い取っていったのもあなただった。
ただ、一緒に居られたらそれで良かった。別に、恋人じゃなくたっていい。一番じゃなくたっていい。ただ、あなたのそばに居られたらそれだけで幸せだったのに。
──ねぇ、彰。私、あなたのことを待ってる。ずっと、ずっと、待ってる。独りぼっちの部屋で、なんにもない部屋で、ただ、あなたの帰りを待ってるの。
彰に会いたい。ただ、それだけを思って。
*
彰が居なくなった時、私が酷く取り乱さなかったのは、彼が生きているということだけはハッキリと分かったからだ。手紙も痕跡も何も残さなかった彼だけど、下手な心配だけは私に掛けさせなかった。彼の両親伝いにそれを聞いて、安堵して。じゃあ、私は捨てられたの?なんて考えて。そうでもないと、今度は友人伝いに聞いた。彼はその場に居ないのに、それでも私を安堵させたのは彰だった。でも、肝心なことは誰も何も教えてくれなかった。結局、彰が居なくなったことは何も変わらなかった。誰も教えてくれないから私は必死に探す。待ち続ける。でも、彰は居ない。どこにも居ない。帰っても来ない。彼の住んでいたマンションの一室は当然引き払われていて、何も残っていなかった。
何度か、全部捨てようとしたことがある。彼との思い出を全部、無かったことにしようとして。
捨てられなかった。手に持った途端に彰の姿が甦ってきて、どうしようもなくなって。何度も泣いて、泣いて、面影に縋りついた。
それでも毎日は過ぎていく。彰が居なくてもお腹は空くし、眠くなるし、案外今までと変わらない。ただそこに彰が居ないだけ。唯一変わったことと言えば、上手く笑えなくなったことぐらいだ。本当にそれだけ。薄情なのは意外と私の方だったのかもしれない。
彰と作ったペアリングの片割れを着ける。もう片方は多分、彰が持っていった。どうせならそれも、置いていってほしかった。そうしたら私も、覚悟を決めることが出来たかもしれないのに。
三日分の洋服が詰まったキャリーケースを引いて家を出た。たまには気晴らしに旅行行かない?そんな友人の言葉に一度は断って、粘った友人に根負けした結果だ。嫌な訳じゃない。ただ、純粋に楽しめる自信が無いだけで。
新幹線に乗って、海を越えた。目的はあんまり無い。景色の良いところに行こう。美味しいものを食べよう。そんなざっくりとした計画しかなくて、ほとんど行き当たりばったりだった。
友人は気を遣ってくれたんだと思う。仕事ばかりに精を出している私を、少しでも息抜きさせようとしてくれているのだろう。でも、外に出たって私は彰のことしか考えられない。どれだけ景色の良いところに行ったって、美味しいご飯を食べたって、そこに彰が居ない事実は変わらない。こんなところに居るわけが無いと分かっていても、視線は彰を探している。あなたの姿を、匂いを、追いかけている。二年経っても、何年経ってもそれは変わらない。
ライトアップされた道は観光地ということもあり、人が多かった。うん。そっか。そうなんだ。そんな相槌しか返さない私と居てもつまらないだろうに、友人は尽きずに色んな話をしてくれる。ごめんね。こんな私でごめん。楽しくないよね。せっかく誘ってくれたのに、違うことばっかり考えてる。
足元ばかり見ているとつまづいてしまいそうで、顔を上げた。鮮やかな光が私達を包み込んでいる。
──微かに香る。
突然立ち止まった私に、友人が声を掛ける。私は振り返った。人が多い。ドンッと後ろから歩いて来る人にぶつかって、よろめく。あきら、と震えた声が出た。震える足を動かして、流れに逆らうように歩き出す。後ろから友人が名前を呼ぶ声が聞こえる。そんなこと、気にしていられなかった。
「あきら……っ」
人混みを掻き分ける。何度も何度も彼の名前を呼ぶ。追い掛ける。
見間違えるはずがなかった。忘れるはずがなかった。紛れもなく、彼の匂いだった。
息が切れる。胸が苦しくなる。大好きなあなたがそこに居る。追い付きそうになって、離れていって。
「──彰!!」
私の声に色んな人が振り返る。彰も、その一人だった。視線が合う。大きく見開かれた目が、何かを諦めたように細まった。追い付いた私は咄嗟に彰の腕を掴んだ。人が行き交う中、立ち止まっている私達を皆邪魔そうに避けていく。手が震えていた。声を出そうとして吸い込んだ息は、声になることなく吐き出される。
私を追いかけてきた友人が、私と彰を見てひどく驚いた表情をする。彰はずっと、黙っていた。
なんで居なくなったの。どうして、私に何も言ってくれなかったの。今まで、何をしてたの。言いたいことは、聞きたいことは沢山あるのに、言葉が出てこない。
彰が目を閉じる。少しして開いた瞳はまっすぐに私を見ていた。
「……見つかっちまったか」
悲しそうに、笑う。心臓が軋んだような音をたてて、苦しさに息を吐く。私の手をそっと外した彰はぎこちなく、その手を包み込んだ。指輪の感触に、視界が揺れる。
「ナマエ、借りても良いか?」
唖然としている友人に穏やかな声で問いかける。変わっていない。優しくて穏やかな心地の良い声。私の大好きだった声。友人はなんて答えたのだろう。気が付いたら彰は私の手を引いてどこかへと歩き出していた。
人気が無くなって、二人っきりになった途端、堰を切ったように涙が溢れ出す。泣きながら彰の名前を呼ぶことしか出来ない私に、彰はまた、悲しそうな表情をする。
先程まで居た場所とはうってかわった、暗がりの公園のベンチに彰は私を座らせた。離れそうになる手を、引き止める。嫌だ。行かないで。縋るように手を握る私と視線を合わせるように彰はしゃがみ込んだ。
「何から話せば良いか分かんねーな……」
彰が両手で私の手を優しく撫でる。大切なものに触れるような手つきは、あの頃と何も変わっていない。
「ちょっと、痩せたな」
私の手首を掴んで、頬に触れて。オレのせいだよな、ごめん。伏せた瞳が私から表情を隠した。そうだよ、と小さく呟く。彰のせいだよ、と。
「突然、居なくなって、連絡もとれなくなって、みんな知ってるのに、私だけ、しらなくて」
ボロボロとこぼれだす。堪えていたものが全部、溢れ出す。
「だれも、なにも、教えてくれなかった。毎日、まいにち、彰のこと探して、どこにも居なくって。心配で、不安で、こわくって。あきらが全部ぜんぶ置いてくから、あなたのことを忘れることも出来なかった」
捨てようとしたんだよ。忘れようとして、全部。でも、出来なかった。彰のこと、忘れるなんて出来なかった。好きなんだもん。ずっとずっと大好きで、愛してるから。何してても彰のことしか考えられないくらい、彰でいっぱいだから。
「ねぇ、なんで……なんで、居なくなったの、なんで、私に何も言ってくれなかったの……」
力無く、彰の肩に項垂れる。どこにも行かないで。置いていかないで。心の中でずっと、叫んでいる。
頭を撫でる手のひらが私の心をほぐしていく。止まるっていうことを知らない涙が絶えず溢れ出している。
「……おまえに、知られたくなかった」
腕、やっちまったんだよ。
彰の言葉に顔を上げる。腕、うで。理解して、彰から身体を離した。どっち。震えた声で問いかける。
「こっち。……全然力入ってねぇの、分かる?」
どこかぎこちなかった右手が私の手を握る。指先が震えている。すぐに力が抜けた。
「初めは腕は上がんねーわ、手も動かねーわ、散々だったんだぜ。手術して、リハビリ重ねて、ようやくここまで動かせるようになった」
バスケはもう、出来ねぇけど。
どこか吐き捨てるように言った彰に、私は全部、理解してしまった。彰が何も言わずに居なくなって、みんなに口止めして、頑なに私に知られようとしなかった理由を。
「オレさ、バスケが無くなったら信じらんねぇぐらい何にも無かったんだ」
何にも出来ねーの。全部、どうでもよくなっちまって。どうにか見栄張って、誰にも悟られねーようにしたけど。でも、おまえには、ナマエには無理だって。
「親にも友達にもすげー怒られたよ。何でナマエに言わないんだって。ナマエが可哀想だって。知ってる、分かってる。でも、アイツにだけは絶対言うなって口止めした。だって、おまえと会ったら全部、崩れそうで」
そこまで話して、彰は一度口を閉じた。大きく息を吐いて、覚悟を決めるように話し出す。
「怖いって、あの時一度でも口に出してたらオレはもう、駄目だったと思う。落ちてくばかりで、立ち直るなんて到底出来なかった」
──だから、オレがオレで居る為に、ナマエから離れた。ナマエが傷付くって分かってて、自分の為だけに、おまえから離れた。
ひでぇ奴だろ?
自嘲するように笑う。
「……でも、実際に会うとやっぱり揺らいじまうな。おまえのこと帰したくねぇって思ってる」
握った手に僅かに力がこもる。かえりたくない。私も震えた声で呟いた。
「駄目だよ。ちゃんと、帰らねーと」
「……そうやってまた、居なくなるの?」
彰の服を掴む。いやだ。もう、離れたくないのに。
「連絡先教える。……それじゃ駄目か?」
ズルい。駄目な訳が無いのに。眉を下げて問い掛けてくる彰に私は小さく首を横に振る。
「明日になったらまた通じないとか、やめてよ」
「もうしねーよ。もう、ナマエから離れる理由が無い」
指輪が触れる。同じデザインの指輪。私と彰のペアリング。やっぱり、彰が持ってったんだね。胸の奥から込み上げてくる感情に、私はもう耐えられない。
あきら。震えた私の声に今度は穏やかに笑った。両頬に触れる。彰も痩せていた。彼の痛みが、苦しみがどれだけのものだったのか。想像するだけで、心が痛くなる。
あきら。もう一度呼んだ。
「──おかえり」
ずっと、ずっと言いたくて言えなかった言葉。
彰が驚いたように目を見開いた。瞳が揺れる。唇を噛んで、震えた身体が私を包み込んだ。
「ただいま……っ」
泣きそうな声で紡がれたその言葉に、私はようやく、笑えたような気がした。
そこに彼は居ない。ずっと、居ない。二年前、突然居なくなってから、ずっと。
おかえりって言ってくれる人が居なくなった。行ってらっしゃいって言う人が居なくなった。同棲していたわけではないけれど、ほとんどこの家に入り浸っていた彼は、置き土産ばかりを残して、その行方を眩ませてしまった。
彼の両親は何かを知っている。彼のバスケ仲間も私には知らない何かを知っている。私だけが、彼の行方も、居なくなった理由も知らないままだった。
どうして私には何も言ってくれなかったのだろう。どうして、周りに口止めしてまで私に知られることを避けているのだろう。そこまでするなら、別れようってたった一言、そう言ってくれたら良かったのに。
あなたが言ってくれなかったから私は思い出を捨てられない。忘れなよって言われても、忘れられない。あなたが付けていた香水の香りを覚えているし、あなたと作ったペアリングの片割れを今日も外すことが出来ない。
酷い人だと思う。あんなにも私を愛してくれて、幸せにしてくれて。それなのに、呆気なく私の元から去っていって。沢山の幸せをくれたのがあなたなら、沢山の幸せを奪い取っていったのもあなただった。
ただ、一緒に居られたらそれで良かった。別に、恋人じゃなくたっていい。一番じゃなくたっていい。ただ、あなたのそばに居られたらそれだけで幸せだったのに。
──ねぇ、彰。私、あなたのことを待ってる。ずっと、ずっと、待ってる。独りぼっちの部屋で、なんにもない部屋で、ただ、あなたの帰りを待ってるの。
彰に会いたい。ただ、それだけを思って。
*
彰が居なくなった時、私が酷く取り乱さなかったのは、彼が生きているということだけはハッキリと分かったからだ。手紙も痕跡も何も残さなかった彼だけど、下手な心配だけは私に掛けさせなかった。彼の両親伝いにそれを聞いて、安堵して。じゃあ、私は捨てられたの?なんて考えて。そうでもないと、今度は友人伝いに聞いた。彼はその場に居ないのに、それでも私を安堵させたのは彰だった。でも、肝心なことは誰も何も教えてくれなかった。結局、彰が居なくなったことは何も変わらなかった。誰も教えてくれないから私は必死に探す。待ち続ける。でも、彰は居ない。どこにも居ない。帰っても来ない。彼の住んでいたマンションの一室は当然引き払われていて、何も残っていなかった。
何度か、全部捨てようとしたことがある。彼との思い出を全部、無かったことにしようとして。
捨てられなかった。手に持った途端に彰の姿が甦ってきて、どうしようもなくなって。何度も泣いて、泣いて、面影に縋りついた。
それでも毎日は過ぎていく。彰が居なくてもお腹は空くし、眠くなるし、案外今までと変わらない。ただそこに彰が居ないだけ。唯一変わったことと言えば、上手く笑えなくなったことぐらいだ。本当にそれだけ。薄情なのは意外と私の方だったのかもしれない。
彰と作ったペアリングの片割れを着ける。もう片方は多分、彰が持っていった。どうせならそれも、置いていってほしかった。そうしたら私も、覚悟を決めることが出来たかもしれないのに。
三日分の洋服が詰まったキャリーケースを引いて家を出た。たまには気晴らしに旅行行かない?そんな友人の言葉に一度は断って、粘った友人に根負けした結果だ。嫌な訳じゃない。ただ、純粋に楽しめる自信が無いだけで。
新幹線に乗って、海を越えた。目的はあんまり無い。景色の良いところに行こう。美味しいものを食べよう。そんなざっくりとした計画しかなくて、ほとんど行き当たりばったりだった。
友人は気を遣ってくれたんだと思う。仕事ばかりに精を出している私を、少しでも息抜きさせようとしてくれているのだろう。でも、外に出たって私は彰のことしか考えられない。どれだけ景色の良いところに行ったって、美味しいご飯を食べたって、そこに彰が居ない事実は変わらない。こんなところに居るわけが無いと分かっていても、視線は彰を探している。あなたの姿を、匂いを、追いかけている。二年経っても、何年経ってもそれは変わらない。
ライトアップされた道は観光地ということもあり、人が多かった。うん。そっか。そうなんだ。そんな相槌しか返さない私と居てもつまらないだろうに、友人は尽きずに色んな話をしてくれる。ごめんね。こんな私でごめん。楽しくないよね。せっかく誘ってくれたのに、違うことばっかり考えてる。
足元ばかり見ているとつまづいてしまいそうで、顔を上げた。鮮やかな光が私達を包み込んでいる。
──微かに香る。
突然立ち止まった私に、友人が声を掛ける。私は振り返った。人が多い。ドンッと後ろから歩いて来る人にぶつかって、よろめく。あきら、と震えた声が出た。震える足を動かして、流れに逆らうように歩き出す。後ろから友人が名前を呼ぶ声が聞こえる。そんなこと、気にしていられなかった。
「あきら……っ」
人混みを掻き分ける。何度も何度も彼の名前を呼ぶ。追い掛ける。
見間違えるはずがなかった。忘れるはずがなかった。紛れもなく、彼の匂いだった。
息が切れる。胸が苦しくなる。大好きなあなたがそこに居る。追い付きそうになって、離れていって。
「──彰!!」
私の声に色んな人が振り返る。彰も、その一人だった。視線が合う。大きく見開かれた目が、何かを諦めたように細まった。追い付いた私は咄嗟に彰の腕を掴んだ。人が行き交う中、立ち止まっている私達を皆邪魔そうに避けていく。手が震えていた。声を出そうとして吸い込んだ息は、声になることなく吐き出される。
私を追いかけてきた友人が、私と彰を見てひどく驚いた表情をする。彰はずっと、黙っていた。
なんで居なくなったの。どうして、私に何も言ってくれなかったの。今まで、何をしてたの。言いたいことは、聞きたいことは沢山あるのに、言葉が出てこない。
彰が目を閉じる。少しして開いた瞳はまっすぐに私を見ていた。
「……見つかっちまったか」
悲しそうに、笑う。心臓が軋んだような音をたてて、苦しさに息を吐く。私の手をそっと外した彰はぎこちなく、その手を包み込んだ。指輪の感触に、視界が揺れる。
「ナマエ、借りても良いか?」
唖然としている友人に穏やかな声で問いかける。変わっていない。優しくて穏やかな心地の良い声。私の大好きだった声。友人はなんて答えたのだろう。気が付いたら彰は私の手を引いてどこかへと歩き出していた。
人気が無くなって、二人っきりになった途端、堰を切ったように涙が溢れ出す。泣きながら彰の名前を呼ぶことしか出来ない私に、彰はまた、悲しそうな表情をする。
先程まで居た場所とはうってかわった、暗がりの公園のベンチに彰は私を座らせた。離れそうになる手を、引き止める。嫌だ。行かないで。縋るように手を握る私と視線を合わせるように彰はしゃがみ込んだ。
「何から話せば良いか分かんねーな……」
彰が両手で私の手を優しく撫でる。大切なものに触れるような手つきは、あの頃と何も変わっていない。
「ちょっと、痩せたな」
私の手首を掴んで、頬に触れて。オレのせいだよな、ごめん。伏せた瞳が私から表情を隠した。そうだよ、と小さく呟く。彰のせいだよ、と。
「突然、居なくなって、連絡もとれなくなって、みんな知ってるのに、私だけ、しらなくて」
ボロボロとこぼれだす。堪えていたものが全部、溢れ出す。
「だれも、なにも、教えてくれなかった。毎日、まいにち、彰のこと探して、どこにも居なくって。心配で、不安で、こわくって。あきらが全部ぜんぶ置いてくから、あなたのことを忘れることも出来なかった」
捨てようとしたんだよ。忘れようとして、全部。でも、出来なかった。彰のこと、忘れるなんて出来なかった。好きなんだもん。ずっとずっと大好きで、愛してるから。何してても彰のことしか考えられないくらい、彰でいっぱいだから。
「ねぇ、なんで……なんで、居なくなったの、なんで、私に何も言ってくれなかったの……」
力無く、彰の肩に項垂れる。どこにも行かないで。置いていかないで。心の中でずっと、叫んでいる。
頭を撫でる手のひらが私の心をほぐしていく。止まるっていうことを知らない涙が絶えず溢れ出している。
「……おまえに、知られたくなかった」
腕、やっちまったんだよ。
彰の言葉に顔を上げる。腕、うで。理解して、彰から身体を離した。どっち。震えた声で問いかける。
「こっち。……全然力入ってねぇの、分かる?」
どこかぎこちなかった右手が私の手を握る。指先が震えている。すぐに力が抜けた。
「初めは腕は上がんねーわ、手も動かねーわ、散々だったんだぜ。手術して、リハビリ重ねて、ようやくここまで動かせるようになった」
バスケはもう、出来ねぇけど。
どこか吐き捨てるように言った彰に、私は全部、理解してしまった。彰が何も言わずに居なくなって、みんなに口止めして、頑なに私に知られようとしなかった理由を。
「オレさ、バスケが無くなったら信じらんねぇぐらい何にも無かったんだ」
何にも出来ねーの。全部、どうでもよくなっちまって。どうにか見栄張って、誰にも悟られねーようにしたけど。でも、おまえには、ナマエには無理だって。
「親にも友達にもすげー怒られたよ。何でナマエに言わないんだって。ナマエが可哀想だって。知ってる、分かってる。でも、アイツにだけは絶対言うなって口止めした。だって、おまえと会ったら全部、崩れそうで」
そこまで話して、彰は一度口を閉じた。大きく息を吐いて、覚悟を決めるように話し出す。
「怖いって、あの時一度でも口に出してたらオレはもう、駄目だったと思う。落ちてくばかりで、立ち直るなんて到底出来なかった」
──だから、オレがオレで居る為に、ナマエから離れた。ナマエが傷付くって分かってて、自分の為だけに、おまえから離れた。
ひでぇ奴だろ?
自嘲するように笑う。
「……でも、実際に会うとやっぱり揺らいじまうな。おまえのこと帰したくねぇって思ってる」
握った手に僅かに力がこもる。かえりたくない。私も震えた声で呟いた。
「駄目だよ。ちゃんと、帰らねーと」
「……そうやってまた、居なくなるの?」
彰の服を掴む。いやだ。もう、離れたくないのに。
「連絡先教える。……それじゃ駄目か?」
ズルい。駄目な訳が無いのに。眉を下げて問い掛けてくる彰に私は小さく首を横に振る。
「明日になったらまた通じないとか、やめてよ」
「もうしねーよ。もう、ナマエから離れる理由が無い」
指輪が触れる。同じデザインの指輪。私と彰のペアリング。やっぱり、彰が持ってったんだね。胸の奥から込み上げてくる感情に、私はもう耐えられない。
あきら。震えた私の声に今度は穏やかに笑った。両頬に触れる。彰も痩せていた。彼の痛みが、苦しみがどれだけのものだったのか。想像するだけで、心が痛くなる。
あきら。もう一度呼んだ。
「──おかえり」
ずっと、ずっと言いたくて言えなかった言葉。
彰が驚いたように目を見開いた。瞳が揺れる。唇を噛んで、震えた身体が私を包み込んだ。
「ただいま……っ」
泣きそうな声で紡がれたその言葉に、私はようやく、笑えたような気がした。