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緋山に避けられている。花火大会の日から明らかに。原因はまぁ、あの日のオレの言動だろう。
初めて緋山の手を握った。抑えきれなかった想いを花火の音に紛れて吐露した。そして、待っているとはっきりと彼女に告げた。それでもオレは自分から告げるのではなく、緋山の口から彼女の想いを聞きたいと思っている。
だからこそ、彼女に避けられているという状況が不服だった。夏休みはさておき、始業式を迎えてもなお緋山とは一度も話していない。教室や調理室に何度も顔を出そうかと思って、だけど今はまだそのタイミングじゃないと辛抱する。
──待てないな。とほんの少し心が揺らいだのは緋山がオレの姿を見て咄嗟に逃げようとした学祭当日の朝だった。二人きりの廊下。緋山が足を引いたのを見た瞬間、思わず距離を詰めていた。
緋山は普段のセーラー服とは違うブラウスを身に纏っていた。恐らくクラスの出し物なのだろう。彼女がもし他校の生徒だったら、とそんなことが頭をよぎる。他校の生徒だったとしても、オレはきっと緋山に恋をしている。
丁寧に結ばれたネクタイに手を伸ばした。結び目から下って、引っ張り上げるようにネクタイを掴む。緋山がわずかに苦しそうに声を出した。苦しいよな、と頭の片隅で考える。
「おまえのこと、待ってるとは言ったけどさ」
丸くて飴玉のような瞳から目を逸らさなかった。オレは多分、緋山のことになるとそんなに堪え性がない。結局こうして、彼女に急かすような真似をしてしまう。
「逃げるのはナシだぜ」
彼女の瞳が揺れた。ほら、分かってるんだろ。答えを導き出すことは簡単なはずだ。これほどまでにヒントを与えているのだから、緋山だって本当は分かっているのだ。
──でも、きっと今じゃない。
ネクタイから手を離すと緋山は圧迫感から解放されたように身体の力を抜いた。
「あ、わり。ネクタイ歪んじまったな」
どこか虚ろな表情でオレを見つめていた緋山は、視線を下げて「ほんとだ」と小さな声で呟く。無防備だ、と思う。緋山が動くよりも先にネクタイにもう一度触れる。
このまま解いて、すべてをオレのものにしてしまいたい。
抱いた欲が緋山に伝わることは決して無い。必死に飲み込んで、おくびにも出さないで。
キュ、とネクタイを締め上げると緋山が顔を上げる。表情が緩んでしまうのはそこに居るのが緋山だからだ。緋山がオレのことを見ているから、どうしたってまなじりが緩く下がる。
「緋山。おまえはさ、難しいこと何も考えないで良いんだよ。何も考えないで、ただ答えを出せばいい。それだけ。簡単だろ?」
好きだから。早く、おまえに伝えたい。
ハッとしたような顔をして緋山が何かを言おうと口を開く。緋山が結局何も言わずに口を閉ざしてしまったのと、クラスメイトがオレを呼びに来たのは同時だった。
惜しいな。そう思いながらクラスメイトに返事をする。もう少し一緒に居たいという気持ちを呑み込んで「また後でな」と緋山から背を向けた。
欲を言えば早く、出来るだけ早く。緋山がその答えを出してくれることを願っている。
*
「いや〜、実は一緒に回ってた奴とはぐれてさ。探すのもめんどくせーし、緋山が空いてるならと思って」
自分でも白々しい嘘をついたなと思う。実際は特別誰かと回っていた訳では無いし、緋山の友達に根回ししたのもオレだ。案の定、緋山は少し疑うような目をオレに向け、「はぐれるとかあるの?」と声に出していた。
「まぁ、良いじゃねーか。緋山どっか行きたいとこある? オレお化け屋敷行きてーんだけど」
本当はそんなに興味がない。でも、緋山は怖いものが苦手そうだから、あわよくばオレにくっついてきてくれないだろうかと考えた結果だ。
すると、緋山はやっぱり驚いた顔をして微妙な反応をする。
「なに? もしかしてお化け屋敷苦手?」
分かっていたくせに。オレは知らなかった振りをして、緋山に問いかける。
「得意では、ないかな……」と見るからに嫌そうな顔をしている緋山にほんの少しの加虐心が芽生える。好きな子はいじめたいという小学生のような幼稚な感情だ。
そっか。と納得した素振りを見せつつ、彼女の背中に手を添える。
「よし、行こうか」
「ん!? 今の流れは行かないところじゃなかったの!?」
「はっはっは。まぁ、大丈夫だって」
怯えた緋山はきっと可愛い。どれだけ怖がってもそばにはオレが居るから、オレが居てくれるからと、そう思ってくれたらいい。
グイグイと小柄な背中を押すと「やだ! 行きたくない!」と本気で嫌そうな声を出す。我ながら強引な自覚はあるが、避けられていた仕返しのようなものでもあった。
「あの! バスケ部の仙道さんですよね……?」
突然割って入った声に後ろを振り返る。見た感じ中学生だろうか。知らない子が数人立っている。
「夏のインハイ予選見てました! 良かったら握手してもらっても良いですか……?」
「握手? オレと?」
「はい!」
元気いっぱいの返事。見てくれていたのはありがたいが、オレと握手したところで何があるのだろうか。名残惜しく緋山の背中から手を離すと、緋山は少しだけ不安そうな表情をする。あぁ、不安にはさせたくないのに。それでも目の前の子達を無下にも出来ず、当たり障りなく会話をする。
緋山を一人にしてしまっている。彼女はきっと余計なことを考えてしまっている。だから一刻も早く、この子達との会話を終わらせたかった。
「……彼女さんですか?」
緋山をチラリと見て、小さな声で問いかけてきた一人に「違うよ」と首を横に振る。
「でも、オレがべた惚れなんだ」
はっきりと言い切ったオレに驚いたのか目を丸くして固まった中学生達を置いて緋山の元に戻る。緋山はまだ気まずそうな顔をしていて、少しでもその不安を和らげたくて彼女の肩を抱き寄せる。
「仙道くん、」
良いよ。今はまだ出さなくていい。
緋山が不安になるぐらいなら、オレは緋山の隣でゆっくりと歩いていよう。
*
真っ暗な理科棟の廊下は懐中電灯だけが頼りだった。緋山が手にした懐中電灯は先を照らすことが怖いのか足元ばかりが照らされていた。
ひっ、と小さい悲鳴を上げ、何度も立ち止まる緋山にいっそ抱きついてきてくれないだろうかと思ってしまう。懐中電灯の灯りが震える度わずかに期待して、触れてこない温もりに落胆する。緋山が怖がっている姿は可愛い。けど、どうせならオレに縋りついてほしい。身勝手でわがままな感情はいつだって緋山にだけ抱いてしまう。
「もうやだ」と泣きそうな声で訴える彼女に「あとちょっとだから」と優しい振りをして、その実心の中では緋山の心を乱す幽霊役にさえ嫉妬している。心の狭い人間だ。緋山はそれにさえ気付いていない。
ひときわ近くで物音がした。ビクリと止まった緋山が咄嗟にオレの服を掴む。随分と可愛い接触だ。物足りない、とそう感じてしまう。
カタカタと震える緋山の手は必死にオレの服を掴んでいた。緋山の方からもっと触れてきてほしいと思っているのに、結局堪えきれないのはオレの方だった。
「……こっちの方が良いな」
ぎゅ、とその手を握り締めてしまう。あの花火大会の柔い熱をオレはいまだに忘れることが出来ていなかった。指を絡めた。離したくない。離してほしくない。と心の中で強く思いながら。
緋山の手を握ったまま、彼女の制止の声も聞かずに歩き出した。暗闇の中、きっとオレ達を驚かせるつもりだった幽霊役の生徒と目が合う。オレの意思が伝わったかは分からない。分かっていなくても、オレ達を見てひどく驚いた表情をした生徒はその役を果たさなかっただろう。
出口を抜けると少し眩しかった。暗がりに目が慣れていたからだろう。同じように驚いていた係の生徒には目もくれず、緋山の手から抜き取った懐中電灯だけを返してさっさと先へ進み始めた。
すれ違う生徒がみんな目を丸くした。オレがあまりにも堂々としているからか、それとも緋山が真っ赤な顔でオレに引っ張られているからか。手を繋いだままのオレ達は、傍から見たら恋人のように見えただろうか。
「仙道くん」
控え目な声がオレに呼びかけた。困惑しているとそれだけでも分かる声だった。
「あの、手……」
でも、離してほしいとは言わないんだな。
思わず笑いがこぼれた。緋山のそういうところが愛おしいとあたたかな感情が満ちていく。
「緋山は嫌?」
彼女が嫌だと言う訳がないと分かっていて、そう問いかけた。ズルいよなぁ。自分でも笑いが出てしまうぐらい卑怯な問いかけだ。
緋山は何も言わずに俯いてしまった。それならば、と握った手に力を込める。
緋山が好きだ。日を重ねるごとにその想いは増していく。緋山もそうであってほしいと繋いだ手の温もりを感じながら心の中で思う。いつか、こうして歩くことが当たり前になった時。その時はきっと、二人笑っていたら良いなと思った。
初めて緋山の手を握った。抑えきれなかった想いを花火の音に紛れて吐露した。そして、待っているとはっきりと彼女に告げた。それでもオレは自分から告げるのではなく、緋山の口から彼女の想いを聞きたいと思っている。
だからこそ、彼女に避けられているという状況が不服だった。夏休みはさておき、始業式を迎えてもなお緋山とは一度も話していない。教室や調理室に何度も顔を出そうかと思って、だけど今はまだそのタイミングじゃないと辛抱する。
──待てないな。とほんの少し心が揺らいだのは緋山がオレの姿を見て咄嗟に逃げようとした学祭当日の朝だった。二人きりの廊下。緋山が足を引いたのを見た瞬間、思わず距離を詰めていた。
緋山は普段のセーラー服とは違うブラウスを身に纏っていた。恐らくクラスの出し物なのだろう。彼女がもし他校の生徒だったら、とそんなことが頭をよぎる。他校の生徒だったとしても、オレはきっと緋山に恋をしている。
丁寧に結ばれたネクタイに手を伸ばした。結び目から下って、引っ張り上げるようにネクタイを掴む。緋山がわずかに苦しそうに声を出した。苦しいよな、と頭の片隅で考える。
「おまえのこと、待ってるとは言ったけどさ」
丸くて飴玉のような瞳から目を逸らさなかった。オレは多分、緋山のことになるとそんなに堪え性がない。結局こうして、彼女に急かすような真似をしてしまう。
「逃げるのはナシだぜ」
彼女の瞳が揺れた。ほら、分かってるんだろ。答えを導き出すことは簡単なはずだ。これほどまでにヒントを与えているのだから、緋山だって本当は分かっているのだ。
──でも、きっと今じゃない。
ネクタイから手を離すと緋山は圧迫感から解放されたように身体の力を抜いた。
「あ、わり。ネクタイ歪んじまったな」
どこか虚ろな表情でオレを見つめていた緋山は、視線を下げて「ほんとだ」と小さな声で呟く。無防備だ、と思う。緋山が動くよりも先にネクタイにもう一度触れる。
このまま解いて、すべてをオレのものにしてしまいたい。
抱いた欲が緋山に伝わることは決して無い。必死に飲み込んで、おくびにも出さないで。
キュ、とネクタイを締め上げると緋山が顔を上げる。表情が緩んでしまうのはそこに居るのが緋山だからだ。緋山がオレのことを見ているから、どうしたってまなじりが緩く下がる。
「緋山。おまえはさ、難しいこと何も考えないで良いんだよ。何も考えないで、ただ答えを出せばいい。それだけ。簡単だろ?」
好きだから。早く、おまえに伝えたい。
ハッとしたような顔をして緋山が何かを言おうと口を開く。緋山が結局何も言わずに口を閉ざしてしまったのと、クラスメイトがオレを呼びに来たのは同時だった。
惜しいな。そう思いながらクラスメイトに返事をする。もう少し一緒に居たいという気持ちを呑み込んで「また後でな」と緋山から背を向けた。
欲を言えば早く、出来るだけ早く。緋山がその答えを出してくれることを願っている。
*
「いや〜、実は一緒に回ってた奴とはぐれてさ。探すのもめんどくせーし、緋山が空いてるならと思って」
自分でも白々しい嘘をついたなと思う。実際は特別誰かと回っていた訳では無いし、緋山の友達に根回ししたのもオレだ。案の定、緋山は少し疑うような目をオレに向け、「はぐれるとかあるの?」と声に出していた。
「まぁ、良いじゃねーか。緋山どっか行きたいとこある? オレお化け屋敷行きてーんだけど」
本当はそんなに興味がない。でも、緋山は怖いものが苦手そうだから、あわよくばオレにくっついてきてくれないだろうかと考えた結果だ。
すると、緋山はやっぱり驚いた顔をして微妙な反応をする。
「なに? もしかしてお化け屋敷苦手?」
分かっていたくせに。オレは知らなかった振りをして、緋山に問いかける。
「得意では、ないかな……」と見るからに嫌そうな顔をしている緋山にほんの少しの加虐心が芽生える。好きな子はいじめたいという小学生のような幼稚な感情だ。
そっか。と納得した素振りを見せつつ、彼女の背中に手を添える。
「よし、行こうか」
「ん!? 今の流れは行かないところじゃなかったの!?」
「はっはっは。まぁ、大丈夫だって」
怯えた緋山はきっと可愛い。どれだけ怖がってもそばにはオレが居るから、オレが居てくれるからと、そう思ってくれたらいい。
グイグイと小柄な背中を押すと「やだ! 行きたくない!」と本気で嫌そうな声を出す。我ながら強引な自覚はあるが、避けられていた仕返しのようなものでもあった。
「あの! バスケ部の仙道さんですよね……?」
突然割って入った声に後ろを振り返る。見た感じ中学生だろうか。知らない子が数人立っている。
「夏のインハイ予選見てました! 良かったら握手してもらっても良いですか……?」
「握手? オレと?」
「はい!」
元気いっぱいの返事。見てくれていたのはありがたいが、オレと握手したところで何があるのだろうか。名残惜しく緋山の背中から手を離すと、緋山は少しだけ不安そうな表情をする。あぁ、不安にはさせたくないのに。それでも目の前の子達を無下にも出来ず、当たり障りなく会話をする。
緋山を一人にしてしまっている。彼女はきっと余計なことを考えてしまっている。だから一刻も早く、この子達との会話を終わらせたかった。
「……彼女さんですか?」
緋山をチラリと見て、小さな声で問いかけてきた一人に「違うよ」と首を横に振る。
「でも、オレがべた惚れなんだ」
はっきりと言い切ったオレに驚いたのか目を丸くして固まった中学生達を置いて緋山の元に戻る。緋山はまだ気まずそうな顔をしていて、少しでもその不安を和らげたくて彼女の肩を抱き寄せる。
「仙道くん、」
良いよ。今はまだ出さなくていい。
緋山が不安になるぐらいなら、オレは緋山の隣でゆっくりと歩いていよう。
*
真っ暗な理科棟の廊下は懐中電灯だけが頼りだった。緋山が手にした懐中電灯は先を照らすことが怖いのか足元ばかりが照らされていた。
ひっ、と小さい悲鳴を上げ、何度も立ち止まる緋山にいっそ抱きついてきてくれないだろうかと思ってしまう。懐中電灯の灯りが震える度わずかに期待して、触れてこない温もりに落胆する。緋山が怖がっている姿は可愛い。けど、どうせならオレに縋りついてほしい。身勝手でわがままな感情はいつだって緋山にだけ抱いてしまう。
「もうやだ」と泣きそうな声で訴える彼女に「あとちょっとだから」と優しい振りをして、その実心の中では緋山の心を乱す幽霊役にさえ嫉妬している。心の狭い人間だ。緋山はそれにさえ気付いていない。
ひときわ近くで物音がした。ビクリと止まった緋山が咄嗟にオレの服を掴む。随分と可愛い接触だ。物足りない、とそう感じてしまう。
カタカタと震える緋山の手は必死にオレの服を掴んでいた。緋山の方からもっと触れてきてほしいと思っているのに、結局堪えきれないのはオレの方だった。
「……こっちの方が良いな」
ぎゅ、とその手を握り締めてしまう。あの花火大会の柔い熱をオレはいまだに忘れることが出来ていなかった。指を絡めた。離したくない。離してほしくない。と心の中で強く思いながら。
緋山の手を握ったまま、彼女の制止の声も聞かずに歩き出した。暗闇の中、きっとオレ達を驚かせるつもりだった幽霊役の生徒と目が合う。オレの意思が伝わったかは分からない。分かっていなくても、オレ達を見てひどく驚いた表情をした生徒はその役を果たさなかっただろう。
出口を抜けると少し眩しかった。暗がりに目が慣れていたからだろう。同じように驚いていた係の生徒には目もくれず、緋山の手から抜き取った懐中電灯だけを返してさっさと先へ進み始めた。
すれ違う生徒がみんな目を丸くした。オレがあまりにも堂々としているからか、それとも緋山が真っ赤な顔でオレに引っ張られているからか。手を繋いだままのオレ達は、傍から見たら恋人のように見えただろうか。
「仙道くん」
控え目な声がオレに呼びかけた。困惑しているとそれだけでも分かる声だった。
「あの、手……」
でも、離してほしいとは言わないんだな。
思わず笑いがこぼれた。緋山のそういうところが愛おしいとあたたかな感情が満ちていく。
「緋山は嫌?」
彼女が嫌だと言う訳がないと分かっていて、そう問いかけた。ズルいよなぁ。自分でも笑いが出てしまうぐらい卑怯な問いかけだ。
緋山は何も言わずに俯いてしまった。それならば、と握った手に力を込める。
緋山が好きだ。日を重ねるごとにその想いは増していく。緋山もそうであってほしいと繋いだ手の温もりを感じながら心の中で思う。いつか、こうして歩くことが当たり前になった時。その時はきっと、二人笑っていたら良いなと思った。
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