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「ミョウジさんワリィ、待たせた」
駆け足で私の元へとやって来た仙道くんに、「ううん、こっちこそごめんね」と小さく首を振る。乱れた制服の胸元に付いた桜の花飾りは、私達の旅立ちを表している。
「卒業おめでとう、仙道くん」
「はは、ありがとう。ミョウジさんも、おめでとう」
ほんの少しの寂しさを抱きながらそう告げると、彼は微かに笑って、同じように返してくれる。ぎゅ、と鞄の持ち手を握り締めて、うん、ありがとう、と必死に笑顔を浮かべた。
私と仙道くんが話すようになったのは、三年生に上がってからの話だ。はじめはただのクラスメイト。席替えで偶然席が近くなってから、初めてちゃんと話をするようになった。人気者で、大人びたイメージのある彼に、どこか近寄りがたさを感じていたけれど、意外と話すとノリが良くて、よく笑って、案外普通の高校生だということを知った。自分でも単純で、チョロいなとは思ったけど、私はそんな仙道くんの笑顔に恋をした。おかしそうにクツクツと笑う表情も、困ったように笑う表情も、本当に楽しそうに大口を開けて笑う表情も、全部大好きだった。
だから、最後の日。私は精一杯の勇気を振り絞ろうと思ったのだ。沢山の人に愛される彼が卒業式の後、取り囲まれるのは目に見えていたから、ずっと前から「卒業式が終わったら、ちょっとで良いから話をしよう」と約束を取り付けて。仙道くんは「絶対行くから、待ってて」と、それだけで嬉しくなるようなことを言ってくれて、そして本当に、来てくれた。
「制服、凄いことになってるね」
「いやぁ、想像以上だった。マジで剥ぎ取られるかと思った」
学ランのボタンは全部無くなっているし、色々としわくちゃだし、物凄いことになっていたのは容易に想像がつく。流石の仙道くんにも疲労の色が見えて、何だか来てもらったことが急に申し訳なくなった。
「ごめんね、ほんとに。無理言って……」
「別に、無理なんかじゃねーよ。ミョウジさん、前から言ってくれてたし、オレもミョウジさんと話したかったから」
仙道くんの言葉はいつも優しいから、勘違いしそうになる。いつも、淡い期待を抱いてしまう。そんな期待を振り払って、覚悟を決めて。
「仙道くんにね、伝えたいことがあって」
鞄の持ち手を握り変えて、彼の目を見つめて、怖いぐらいに音をたてる心臓にそっと深呼吸をする。仙道くんは何も言わないで、私の言葉を待ってくれていた。
「私ね、三年生になってから、ほんとに楽しかったんだ。受験とか、色々と大変なこともあったけど、でも、今までで一番ってくらい、この一年間が凄く楽しかった」
三月とは言え、まだ冷たさの残る風に吹かれ、咄嗟に髪を抑える。バサバサと視界を遮る髪に鬱陶しくなりながら、頭の中に浮かぶ言葉を必死に伝える。
「それは、仙道くんのおかげだったよ。仙道くんが居たから、この一年間本当に楽しかった。幸せだった。仙道くんと話す時間がいつも、夢みたいだった」
不思議と、落ち着いていた。心臓は痛いくらいに脈打っていたけれど、口を出る言葉は、いつも通りのトーンで紡がれていく。
「私、ね、仙道くんの笑顔が好きなんだ。こんなこと、急に言っても困ると思うんだけどね、楽しそうに声上げて笑ってる時とか、ちょっとだけ口角上げて笑ってる時とか、意外とコロコロ変わる表情にいつも目が行っちゃって……」
仙道くんが笑ってるの見るだけで、幸せになれるぐらい仙道くんの笑顔が大好きです。別に、罰ゲームとか、冗談とか、そんなんじゃなくて、ほんとに。笑顔だけじゃなくて、聞き上手で話し上手な所とか、優しい所とか、黒板が見にくいぐらいの大きい背中だって、大好き。今日だって、私なんかの為にわざわざ来てくれて、本当に嬉しかった。
「話し出すと、キリが無いんだけど、それくらい仙道くんのことが好きで、大好きで、本当は卒業なんてしてほしくないし、したくないくらい」
この時間がずっと続けば良いのに。このまま二人だけになって、誰にも邪魔されないままで居れたら良いのに。
そんなことを考えて、どうしたって避けられない迫り来る別れに、胸が苦しくなる。
「ごめんね、急にこんなこと言って、付き合いたいとか、そういうんじゃなくて、ただ、知ってほしかっただけなの。伝えたかっただけ、だから」
そこまで吐き出して、唇を噛んで、下を向く。言ってしまった、と少しの達成感と後悔が襲ってくる。気まずくなるような沈黙が続いて、そんな沈黙を破ったのは仙道くんだった。
「……ミョウジさんはそれでいいの?」
仙道くんの静かな声が響く。私に問い掛ける彼の顔を見れなくて、じっと地面を見つめる。そうしないと、泣いてしまいそうだった。
「オレのこと好きなまま、卒業して、離れて、下手したらこのまま一生会えないで、ずっと抱えたまま。それで、ミョウジさんは良いの?」
何でそんなことを聞くのだろうと思った。だって、仙道くんには関係のないことだ。私が、私だけが抱えていればいい気持ちなのだから。
やっぱり、言わない方が良かったのかな。仙道くんのこと、困らせちゃったよね、こんなの急に言われても、迷惑だよね、本当にごめん。頭の中で早口で呟いて、口に出した「ごめん、やっぱり忘れて」という言葉に、被せるように彼は言った。
「オレはやだよ」
え、と顔を上げた。喜びとか、悲しみとか、色んな感情を一緒くたにしたような顔で、仙道くんは私のことを見ていた。
なんで、と思わず言おうとした言葉を遮るように、仙道くんは続ける。目を見開いて、そんな仙道くんを見つめることしか出来なくて、カバンを持つ手が震えた。
「オレだって、楽しかった、幸せだった。ミョウジさんと話す時間が、オレにとってどれだけ大切だったか」
一歩、二歩、と仙道くんが近付いてくる。彼のいつもと違う雰囲気に思わず下がった足を引き止めるように、彼の手が私の腕を掴んだ。
「今だって、他の奴らを振り切ってミョウジさんのとこまで来たんだ。それで、言いたかっただけ、知ってほしかっただけ、忘れてほしい、は無いだろ」
彼の瞳に宿る熱が、私をまっすぐに射抜いている。その瞳から視線を逸らせなくて、視界が揺れた。
「無かったことにしないで。オレのことを好きなら、オレをもっと、望んでくれ」
はく、と呼吸が震える。何それ、と言いそうになって、整理出来ない思考の中で、彼の言葉を必死に理解しようとする。
──良いの?
そんなこと言われたら、私、ほんとに望んじゃうよ。今日でサヨナラなんて出来ないって、縋りついちゃうよ。本当に、良いの?
掴まれた腕の力は、決して強くはない。でも、私の心を揺らすには充分で。伝わってくる熱に耐えられなくなって、涙がぽろりとこぼれた。
「こ、れで最後なんていやだ……もっと一緒にいたい……せんどうくんと、恋人に、なりたいっ……!」
叫ぶように告げた言葉に、思いっ切り腕を引かれた。
ドサ、と鞄が地面に落ちて、でもそんなことを気にする余裕もなくて。ふわり、と彼の香りが鼻を埋め尽くす。
「──うん。恋人になろう。オレもずっと、好きだった」
飛び込んだ胸の中は、広くて、大きくて、想像していたよりもずっと、ずっと、熱かった。
*
「これ、あげる」
目尻に残る涙を拭う私に、仙道くんが何かを差し出す。よく分からないまま、それを受け取ると手の中に固い感触が転がった。
「これ……」
「オレの第二ボタン。取られねーように頑張ったんだぜ?」
得意気に笑う彼に胸が苦しくなる。思わず、ぎゅ、と握り締めると彼が近付いてきて、ポン、と頭を撫でられた。
「大学、離れちまうからさ。それで、オレのこと思い出して」
ちょっとキザな台詞も、彼が言うと何でも様になってしまう。うん、と小さく頷いた私を、彼は再度胸の中に閉じ込めて、幸せそうに頭に頬擦りする。それが擽ったくて、恥ずかしくて、仕返しするように彼の背中に腕を回して、その厚い胸板に顔を埋める。鼻腔を埋め尽くす彼の香りに胸焼けがしそうだった。
「どうしよう、離れらんない……」
思わず呟いた私に、仙道くんの身体が揺れる。クスクスと笑っている仙道くんを、彼の胸に頬を付けたまま見上げると、途端に目元を赤く染めて、顔を逸らしてしまった。
あんまり可愛いことしないで、と震えた声で呟く仙道くんに、私の心臓は意味が分からないくらいに跳ね上がったのだった。
駆け足で私の元へとやって来た仙道くんに、「ううん、こっちこそごめんね」と小さく首を振る。乱れた制服の胸元に付いた桜の花飾りは、私達の旅立ちを表している。
「卒業おめでとう、仙道くん」
「はは、ありがとう。ミョウジさんも、おめでとう」
ほんの少しの寂しさを抱きながらそう告げると、彼は微かに笑って、同じように返してくれる。ぎゅ、と鞄の持ち手を握り締めて、うん、ありがとう、と必死に笑顔を浮かべた。
私と仙道くんが話すようになったのは、三年生に上がってからの話だ。はじめはただのクラスメイト。席替えで偶然席が近くなってから、初めてちゃんと話をするようになった。人気者で、大人びたイメージのある彼に、どこか近寄りがたさを感じていたけれど、意外と話すとノリが良くて、よく笑って、案外普通の高校生だということを知った。自分でも単純で、チョロいなとは思ったけど、私はそんな仙道くんの笑顔に恋をした。おかしそうにクツクツと笑う表情も、困ったように笑う表情も、本当に楽しそうに大口を開けて笑う表情も、全部大好きだった。
だから、最後の日。私は精一杯の勇気を振り絞ろうと思ったのだ。沢山の人に愛される彼が卒業式の後、取り囲まれるのは目に見えていたから、ずっと前から「卒業式が終わったら、ちょっとで良いから話をしよう」と約束を取り付けて。仙道くんは「絶対行くから、待ってて」と、それだけで嬉しくなるようなことを言ってくれて、そして本当に、来てくれた。
「制服、凄いことになってるね」
「いやぁ、想像以上だった。マジで剥ぎ取られるかと思った」
学ランのボタンは全部無くなっているし、色々としわくちゃだし、物凄いことになっていたのは容易に想像がつく。流石の仙道くんにも疲労の色が見えて、何だか来てもらったことが急に申し訳なくなった。
「ごめんね、ほんとに。無理言って……」
「別に、無理なんかじゃねーよ。ミョウジさん、前から言ってくれてたし、オレもミョウジさんと話したかったから」
仙道くんの言葉はいつも優しいから、勘違いしそうになる。いつも、淡い期待を抱いてしまう。そんな期待を振り払って、覚悟を決めて。
「仙道くんにね、伝えたいことがあって」
鞄の持ち手を握り変えて、彼の目を見つめて、怖いぐらいに音をたてる心臓にそっと深呼吸をする。仙道くんは何も言わないで、私の言葉を待ってくれていた。
「私ね、三年生になってから、ほんとに楽しかったんだ。受験とか、色々と大変なこともあったけど、でも、今までで一番ってくらい、この一年間が凄く楽しかった」
三月とは言え、まだ冷たさの残る風に吹かれ、咄嗟に髪を抑える。バサバサと視界を遮る髪に鬱陶しくなりながら、頭の中に浮かぶ言葉を必死に伝える。
「それは、仙道くんのおかげだったよ。仙道くんが居たから、この一年間本当に楽しかった。幸せだった。仙道くんと話す時間がいつも、夢みたいだった」
不思議と、落ち着いていた。心臓は痛いくらいに脈打っていたけれど、口を出る言葉は、いつも通りのトーンで紡がれていく。
「私、ね、仙道くんの笑顔が好きなんだ。こんなこと、急に言っても困ると思うんだけどね、楽しそうに声上げて笑ってる時とか、ちょっとだけ口角上げて笑ってる時とか、意外とコロコロ変わる表情にいつも目が行っちゃって……」
仙道くんが笑ってるの見るだけで、幸せになれるぐらい仙道くんの笑顔が大好きです。別に、罰ゲームとか、冗談とか、そんなんじゃなくて、ほんとに。笑顔だけじゃなくて、聞き上手で話し上手な所とか、優しい所とか、黒板が見にくいぐらいの大きい背中だって、大好き。今日だって、私なんかの為にわざわざ来てくれて、本当に嬉しかった。
「話し出すと、キリが無いんだけど、それくらい仙道くんのことが好きで、大好きで、本当は卒業なんてしてほしくないし、したくないくらい」
この時間がずっと続けば良いのに。このまま二人だけになって、誰にも邪魔されないままで居れたら良いのに。
そんなことを考えて、どうしたって避けられない迫り来る別れに、胸が苦しくなる。
「ごめんね、急にこんなこと言って、付き合いたいとか、そういうんじゃなくて、ただ、知ってほしかっただけなの。伝えたかっただけ、だから」
そこまで吐き出して、唇を噛んで、下を向く。言ってしまった、と少しの達成感と後悔が襲ってくる。気まずくなるような沈黙が続いて、そんな沈黙を破ったのは仙道くんだった。
「……ミョウジさんはそれでいいの?」
仙道くんの静かな声が響く。私に問い掛ける彼の顔を見れなくて、じっと地面を見つめる。そうしないと、泣いてしまいそうだった。
「オレのこと好きなまま、卒業して、離れて、下手したらこのまま一生会えないで、ずっと抱えたまま。それで、ミョウジさんは良いの?」
何でそんなことを聞くのだろうと思った。だって、仙道くんには関係のないことだ。私が、私だけが抱えていればいい気持ちなのだから。
やっぱり、言わない方が良かったのかな。仙道くんのこと、困らせちゃったよね、こんなの急に言われても、迷惑だよね、本当にごめん。頭の中で早口で呟いて、口に出した「ごめん、やっぱり忘れて」という言葉に、被せるように彼は言った。
「オレはやだよ」
え、と顔を上げた。喜びとか、悲しみとか、色んな感情を一緒くたにしたような顔で、仙道くんは私のことを見ていた。
なんで、と思わず言おうとした言葉を遮るように、仙道くんは続ける。目を見開いて、そんな仙道くんを見つめることしか出来なくて、カバンを持つ手が震えた。
「オレだって、楽しかった、幸せだった。ミョウジさんと話す時間が、オレにとってどれだけ大切だったか」
一歩、二歩、と仙道くんが近付いてくる。彼のいつもと違う雰囲気に思わず下がった足を引き止めるように、彼の手が私の腕を掴んだ。
「今だって、他の奴らを振り切ってミョウジさんのとこまで来たんだ。それで、言いたかっただけ、知ってほしかっただけ、忘れてほしい、は無いだろ」
彼の瞳に宿る熱が、私をまっすぐに射抜いている。その瞳から視線を逸らせなくて、視界が揺れた。
「無かったことにしないで。オレのことを好きなら、オレをもっと、望んでくれ」
はく、と呼吸が震える。何それ、と言いそうになって、整理出来ない思考の中で、彼の言葉を必死に理解しようとする。
──良いの?
そんなこと言われたら、私、ほんとに望んじゃうよ。今日でサヨナラなんて出来ないって、縋りついちゃうよ。本当に、良いの?
掴まれた腕の力は、決して強くはない。でも、私の心を揺らすには充分で。伝わってくる熱に耐えられなくなって、涙がぽろりとこぼれた。
「こ、れで最後なんていやだ……もっと一緒にいたい……せんどうくんと、恋人に、なりたいっ……!」
叫ぶように告げた言葉に、思いっ切り腕を引かれた。
ドサ、と鞄が地面に落ちて、でもそんなことを気にする余裕もなくて。ふわり、と彼の香りが鼻を埋め尽くす。
「──うん。恋人になろう。オレもずっと、好きだった」
飛び込んだ胸の中は、広くて、大きくて、想像していたよりもずっと、ずっと、熱かった。
*
「これ、あげる」
目尻に残る涙を拭う私に、仙道くんが何かを差し出す。よく分からないまま、それを受け取ると手の中に固い感触が転がった。
「これ……」
「オレの第二ボタン。取られねーように頑張ったんだぜ?」
得意気に笑う彼に胸が苦しくなる。思わず、ぎゅ、と握り締めると彼が近付いてきて、ポン、と頭を撫でられた。
「大学、離れちまうからさ。それで、オレのこと思い出して」
ちょっとキザな台詞も、彼が言うと何でも様になってしまう。うん、と小さく頷いた私を、彼は再度胸の中に閉じ込めて、幸せそうに頭に頬擦りする。それが擽ったくて、恥ずかしくて、仕返しするように彼の背中に腕を回して、その厚い胸板に顔を埋める。鼻腔を埋め尽くす彼の香りに胸焼けがしそうだった。
「どうしよう、離れらんない……」
思わず呟いた私に、仙道くんの身体が揺れる。クスクスと笑っている仙道くんを、彼の胸に頬を付けたまま見上げると、途端に目元を赤く染めて、顔を逸らしてしまった。
あんまり可愛いことしないで、と震えた声で呟く仙道くんに、私の心臓は意味が分からないくらいに跳ね上がったのだった。