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こう言ってはなんだけどあきらくんはとても犬みたいな人だと思う。犬にしてはそれはそれは大きな体をしているけれど、私に向けてくる表情や仕草は昔おばあちゃんの家で飼っていた大型の犬にそっくりだった。
「ナマエさん」
あきらくんは家の中に居ても必ず私のそばを付いてくる。今だってお昼ご飯を作ろうとキッチンに立った私の背後にいつの間にか立っていて、気が付けばその長い腕で私のことをぎゅうと捕らえてしまっているのだ。頭の上に顎を乗せて私のことを呼ぶ声は飼い主に甘える犬のよう。
「もう、これじゃあご飯作れないよ」
あきらくんの腕に阻まれて身動きが取れない。ぐりぐりと頭を押し付けてくるあきらくんは、きっと本当に犬だったら尻尾が揺れているんだろうなと思う。
こら。とペチリと腕を叩くと、くぅーんと鳴き声を上げそうな様子で渋々と腕が離れていく。でも、私のそばからは離れない。「待て」と言ったつもりはないけれど、まるで私の指示を待つようにべったりと。
「お手」って言ったらあきらくんは当たり前のように右手を私の手のひらに乗せそうだ。「おすわり」とか「ふせ」とか(人間の矜恃として問題があるのでやりたくはない)いつもの様子だと私の言うことはためらいなくやってしまいそう。信頼しきってくれているのは嬉しいけど、ちょっとだけ心配になる。
そんなことを考えながら、すぐそばに居るあきらくんを見上げる。今か今かとご飯の出来上がりを待ちつつ私の顔を時折覗き込んでいたあきらくん は、私と目が合うと嬉しそうに顔をほころばせた。
*
今日はあきらくんのお友達が来る日だというのを思い出したのはエントランスのインターホンが鳴ってからだ。宅配頼んでたっけな。なんて思いながら、例に漏れず一緒に付いてきたあきらくんとインターホンを確認して、あ!と声を上げたものだ。慌ててオートロックを解除して、床に置いたままの畳んでいない洗濯物をクローゼットにこっそりと避難させる。私もだけど、誘ったあきらくんもすっかりと忘れていたのはいかがなものかと軽く咎めると「わりぃ……」と顔をしょんぼりとさせてしまい、こっちが罪悪感を抱いてしまう。これはあれだ。お手洗いにまで付いてこようとしたあきらくんを怒った時と同じ顔をしている。眉をへにょりと下げて、わずかに背中を丸めて。見えない耳が垂れているようだった。
「……次からは気をつけてね」
それで絆されてしまう私も私なのかもしれない。セットしていないと意外とサラサラの髪を撫でると、パッと顔が明るくなって、もっと撫でてほしいとでも言うように頭を擦り付けてくる。
うーん。やっぱり心配だ。このままだとあきらくん、餌に釣られてフラフラとどこかに行ってしまいそう。
もう一度鳴ったインターホンの音。あきらくんのお友達が到着したらしい。私が玄関の鍵を開けるために歩き出すと、大きい体格に見合わないゆっくりとした動きであきらくんも付いてくる。本当はあきらくんのお友達だし、あきらくんに応対してもらいたいんだけど。
「あ、ども……」
私が玄関のドアを開けるとお友達はほんの少しびっくりした顔をして、その後私の後ろにくっついているあきらくんを見上げる。
「よう。いらっしゃい越野」
「おう……」
ああ、そうだ。越野くん。あまり会ったことがないということもあるけれど、あきらくんのお友達の名前は中々覚えられない。
越野くんはなぜかしばらくあきらくんを見て何とも言えない表情をしていて、すぐに我に返ったように私に頭を下げる。
「今日はお邪魔させてもらってすいません」
「えっ、そんな。むしろこっちの方が来てくれてありがとうというか……」
直前まで忘れていたけど、なんて言えやしない。礼儀正しい越野くんにつられるように私も頭を下げて、立ち話もなんだからと家の中へと招く。お邪魔しますと律儀に頭を下げて玄関に足を踏み入れた越野くんは靴も綺麗に揃えていて、あきらくんが「おぉ」と感心したように声を上げていた。
「……何だよ」
「いや。昔から思ってたけど、越野って案外丁寧だよな」
「こんぐらい普通だろ。あと案外ってなんだ。案外って」
そんな気の置けないやり取りに思わず笑ってしまう。
いいな。同級生って感じ。私はあきらくんと学年も違えば学校も違ったから、こうして私の知らない彼の学生時代の関係が見えることは嬉しいものだ。
「あ、そうだこれ良かったら」
差し出された紙袋を受け取る。気を遣わなくて良かったのに。なんて言いながら、内心はちょっと嬉しい。
「あ、これナマエさんが食べたがってたやつじゃん」
一緒に紙袋の中身を覗き込んだあきらくんが私より先に呟く。紙袋のロゴを見た時にまさか、と思ったけどあきらくんの言う通り私がここ最近食べたくて仕方なかったお菓子だった。
「ほんとだ! やった、うれしい! ありがとう越野くん!」
私が興奮して思わずピョンピョン跳ねていると、あきらくんもまるで自分のことかのように喜んでくれる。
「よく分かってんなぁ。さすが越野」
「……喜んでもらえたみたいでよかったっす」
ニコニコしているあきらくんの言葉に越野くんはまた何とも言えない表情をする。友達とその恋人の家。しかもその恋人が居るいうのがもしかしたら少し気まずいのかもしれない。それならきっとあきらくんと二人にしてあげた方が良いだろうとリビングに案内した後、お茶を入れる為にその場を離れる。
つもりだったのだけど。
「ついてきちゃったかー」
いつものようにあきらくんが付いてきてしまった。別に駄目なわけではないけど、越野くんを一人で待たせているのが何だか申し訳ない。
「越野くんと話さないでいいの?」
私の質問にあきらくんは首を傾げて「今から話すぜ?」と何らおかしくないというように言う。
「うん。じゃあ、これ持って行ってね」
二人分のグラスをトレーに乗せて渡すとあきらくんはまた不思議そうな表情をする。
「一人分足りなくね?」
「え? あきらくんと越野くんの分でしょ?」
「ん? ナマエさんの分は?」
きょとん、と垂れ目がちな目が私に向いていた。瞬きを繰り返す度にくっきりとした二重が形作られ、長い睫毛が揺れる。
「私は良いよ。あきらくんのお友達なんだから。まだ畳んでない洗濯物もあるし、二人でゆっくりお話してて」
別に酷いことを言ったわけでもあきらくんを拒絶したわけでもない。それなのに私の言葉にみるみる元気を無くすあきらくんにえぇ!と驚いてしまう。
「ど、どうしたの……?」
「ナマエさんと一緒に話してーんだけど……」
しおしおとまた垂れた耳が見えてくる。くぅーん。と二度目の鳴き声も。う、と言葉に詰まって、意味もなくキョロキョロと視線を動かす。あぁ、どうしよう。シュンと下がった尻尾も見えてきた。
「……分かった。私の分も入れるね」
ピン!と尻尾が立ってパタパタと揺れる。さっきとは打って変わってニコニコと笑みを絶やさないあきらくんはまるでこれから散歩に出かけるワンちゃんのようだった。
「仙道、お前犬みたいだぞ……」
お菓子を持ってくる時もお茶を入れ直す時も、灯りを点ける為にカーテンを閉めに行く時だって私が立ち上がる度に一緒に立ち上がって付いてこようとするあきらくんを見ていた越野くんが、私のお手洗いにまで付いていこうとするあきらくんを見てついぞ呟いた。
あ、言っちゃった……と今まであきらくん本人に直接言わなかった私は心の中で呟いて、恐る恐るとあきらくんを見る。あきらくんは越野くんの言葉を咀嚼しているようだった。ぱちぱちと瞬きをして、しばらく佇んで。いつもみたいに私のそばにやって来た彼はしなやかに目を細め、緩く歯を見せ、そして──わん。と鳴いた。
「ナマエさん」
あきらくんは家の中に居ても必ず私のそばを付いてくる。今だってお昼ご飯を作ろうとキッチンに立った私の背後にいつの間にか立っていて、気が付けばその長い腕で私のことをぎゅうと捕らえてしまっているのだ。頭の上に顎を乗せて私のことを呼ぶ声は飼い主に甘える犬のよう。
「もう、これじゃあご飯作れないよ」
あきらくんの腕に阻まれて身動きが取れない。ぐりぐりと頭を押し付けてくるあきらくんは、きっと本当に犬だったら尻尾が揺れているんだろうなと思う。
こら。とペチリと腕を叩くと、くぅーんと鳴き声を上げそうな様子で渋々と腕が離れていく。でも、私のそばからは離れない。「待て」と言ったつもりはないけれど、まるで私の指示を待つようにべったりと。
「お手」って言ったらあきらくんは当たり前のように右手を私の手のひらに乗せそうだ。「おすわり」とか「ふせ」とか(人間の矜恃として問題があるのでやりたくはない)いつもの様子だと私の言うことはためらいなくやってしまいそう。信頼しきってくれているのは嬉しいけど、ちょっとだけ心配になる。
そんなことを考えながら、すぐそばに居るあきらくんを見上げる。今か今かとご飯の出来上がりを待ちつつ私の顔を時折覗き込んでいた
*
今日はあきらくんのお友達が来る日だというのを思い出したのはエントランスのインターホンが鳴ってからだ。宅配頼んでたっけな。なんて思いながら、例に漏れず一緒に付いてきたあきらくんとインターホンを確認して、あ!と声を上げたものだ。慌ててオートロックを解除して、床に置いたままの畳んでいない洗濯物をクローゼットにこっそりと避難させる。私もだけど、誘ったあきらくんもすっかりと忘れていたのはいかがなものかと軽く咎めると「わりぃ……」と顔をしょんぼりとさせてしまい、こっちが罪悪感を抱いてしまう。これはあれだ。お手洗いにまで付いてこようとしたあきらくんを怒った時と同じ顔をしている。眉をへにょりと下げて、わずかに背中を丸めて。見えない耳が垂れているようだった。
「……次からは気をつけてね」
それで絆されてしまう私も私なのかもしれない。セットしていないと意外とサラサラの髪を撫でると、パッと顔が明るくなって、もっと撫でてほしいとでも言うように頭を擦り付けてくる。
うーん。やっぱり心配だ。このままだとあきらくん、餌に釣られてフラフラとどこかに行ってしまいそう。
もう一度鳴ったインターホンの音。あきらくんのお友達が到着したらしい。私が玄関の鍵を開けるために歩き出すと、大きい体格に見合わないゆっくりとした動きであきらくんも付いてくる。本当はあきらくんのお友達だし、あきらくんに応対してもらいたいんだけど。
「あ、ども……」
私が玄関のドアを開けるとお友達はほんの少しびっくりした顔をして、その後私の後ろにくっついているあきらくんを見上げる。
「よう。いらっしゃい越野」
「おう……」
ああ、そうだ。越野くん。あまり会ったことがないということもあるけれど、あきらくんのお友達の名前は中々覚えられない。
越野くんはなぜかしばらくあきらくんを見て何とも言えない表情をしていて、すぐに我に返ったように私に頭を下げる。
「今日はお邪魔させてもらってすいません」
「えっ、そんな。むしろこっちの方が来てくれてありがとうというか……」
直前まで忘れていたけど、なんて言えやしない。礼儀正しい越野くんにつられるように私も頭を下げて、立ち話もなんだからと家の中へと招く。お邪魔しますと律儀に頭を下げて玄関に足を踏み入れた越野くんは靴も綺麗に揃えていて、あきらくんが「おぉ」と感心したように声を上げていた。
「……何だよ」
「いや。昔から思ってたけど、越野って案外丁寧だよな」
「こんぐらい普通だろ。あと案外ってなんだ。案外って」
そんな気の置けないやり取りに思わず笑ってしまう。
いいな。同級生って感じ。私はあきらくんと学年も違えば学校も違ったから、こうして私の知らない彼の学生時代の関係が見えることは嬉しいものだ。
「あ、そうだこれ良かったら」
差し出された紙袋を受け取る。気を遣わなくて良かったのに。なんて言いながら、内心はちょっと嬉しい。
「あ、これナマエさんが食べたがってたやつじゃん」
一緒に紙袋の中身を覗き込んだあきらくんが私より先に呟く。紙袋のロゴを見た時にまさか、と思ったけどあきらくんの言う通り私がここ最近食べたくて仕方なかったお菓子だった。
「ほんとだ! やった、うれしい! ありがとう越野くん!」
私が興奮して思わずピョンピョン跳ねていると、あきらくんもまるで自分のことかのように喜んでくれる。
「よく分かってんなぁ。さすが越野」
「……喜んでもらえたみたいでよかったっす」
ニコニコしているあきらくんの言葉に越野くんはまた何とも言えない表情をする。友達とその恋人の家。しかもその恋人が居るいうのがもしかしたら少し気まずいのかもしれない。それならきっとあきらくんと二人にしてあげた方が良いだろうとリビングに案内した後、お茶を入れる為にその場を離れる。
つもりだったのだけど。
「ついてきちゃったかー」
いつものようにあきらくんが付いてきてしまった。別に駄目なわけではないけど、越野くんを一人で待たせているのが何だか申し訳ない。
「越野くんと話さないでいいの?」
私の質問にあきらくんは首を傾げて「今から話すぜ?」と何らおかしくないというように言う。
「うん。じゃあ、これ持って行ってね」
二人分のグラスをトレーに乗せて渡すとあきらくんはまた不思議そうな表情をする。
「一人分足りなくね?」
「え? あきらくんと越野くんの分でしょ?」
「ん? ナマエさんの分は?」
きょとん、と垂れ目がちな目が私に向いていた。瞬きを繰り返す度にくっきりとした二重が形作られ、長い睫毛が揺れる。
「私は良いよ。あきらくんのお友達なんだから。まだ畳んでない洗濯物もあるし、二人でゆっくりお話してて」
別に酷いことを言ったわけでもあきらくんを拒絶したわけでもない。それなのに私の言葉にみるみる元気を無くすあきらくんにえぇ!と驚いてしまう。
「ど、どうしたの……?」
「ナマエさんと一緒に話してーんだけど……」
しおしおとまた垂れた耳が見えてくる。くぅーん。と二度目の鳴き声も。う、と言葉に詰まって、意味もなくキョロキョロと視線を動かす。あぁ、どうしよう。シュンと下がった尻尾も見えてきた。
「……分かった。私の分も入れるね」
ピン!と尻尾が立ってパタパタと揺れる。さっきとは打って変わってニコニコと笑みを絶やさないあきらくんはまるでこれから散歩に出かけるワンちゃんのようだった。
「仙道、お前犬みたいだぞ……」
お菓子を持ってくる時もお茶を入れ直す時も、灯りを点ける為にカーテンを閉めに行く時だって私が立ち上がる度に一緒に立ち上がって付いてこようとするあきらくんを見ていた越野くんが、私のお手洗いにまで付いていこうとするあきらくんを見てついぞ呟いた。
あ、言っちゃった……と今まであきらくん本人に直接言わなかった私は心の中で呟いて、恐る恐るとあきらくんを見る。あきらくんは越野くんの言葉を咀嚼しているようだった。ぱちぱちと瞬きをして、しばらく佇んで。いつもみたいに私のそばにやって来た彼はしなやかに目を細め、緩く歯を見せ、そして──わん。と鳴いた。
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