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ぺたぺたと何かが頬に触れる。夢とも現実ともつかない意識ではそれが何なのかを理解しようともしなくて、それでもぺたぺた、ぺたぺたと何度も触れる感触に気が付けば目を開けていた。
真っ暗な視界。ぼんやりと何度か瞬きを繰り返す内に徐々に意識が覚醒していく。
きっとまだ日が昇っていない時間だった。カーテンは閉め切って、明かりもつけていないから余計に光が入らない。
「あきら……?」
いまだに確かめるように触れる感触。ようやく思い当たった彼の名前を声に出した瞬間ぴたりと止まる。微かに息を吸う音がした。恐る恐ると離れていくそれはやっぱり彰の手だったようで、どうしたの?と続けて問いかける。
「いや……わり、なんでもない」
どこかバツが悪そうな彰の声。なんでもないわけが無い、彰にしては珍しい声だった。
「ごめん。起こしちまったな」
次に彼が発した声はいつも通りで、頭を撫でるように触れる手はさっきとは違って造作もない。暗くて顔はよく見えない。けど、その表情がいつも通りとは到底思えなかった。
彰が言わなかった、ということは私に知られたくなかったということだ。私に打ち明けたくない何かを彼は抱えていて、それがきっと今の行動に繋がっている。
教えてほしい。本当は、彰の何もかもをさらけ出してほしい。でも、そんな重い感情を彼にぶつけたくなくて、私は静かに口を噤む。それでも彼に少しでも近付きたいから目の前の体にぎゅっと抱きつく。あたたかい体は彼が生きている証で、私が彼のそばに居る証拠だ。トクトクと聞こえてくる鼓動がいつもより早いような気がして、それが私のものなのかそれとも彼のものなのかは分からなかった。なにも言わずに抱き締め返してくれた彼にあやすように背中を撫でられる。
寂しいなと思った。こんなに近くに居るのに私は彰の全てを理解することはできない。ちっぽけな私では彰の支えになることすらできないのだ。
さみしい。と彼の胸板に頭を押し付ける。ぐりぐりと擦り付けても彰は何も言わなくて、それどころか彼は慰めるような手つきで私の背中を撫でている。
「……あきら」
「ん?」
どれだけ小さな呼びかけでも彼は応えてくれる。どこまでも優しい声だ。きっといつまでも変わらない声。あたたかくて幸せな気持ちになるのに、同時にどうしようもなく泣きそうになる。それは彼の優しさを受け止めきれないからだろうし、自分のことには平気で素知らぬ顔が出来てしまう彰に悲しくなるからだった。
すきだよ。
眠りの合間に起きたからか、彰の温もりに包まれているからか、急激な睡魔に襲われてうわ言のように呟く。
うん、おれも。
うれしそうな、泣きそうな、そんな声。もしかしたら彰も私と同じなのかもしれないと落ちていく意識の中でぼんやりとそんなことを思った。
*
一人、冷たいベッドの上で眠っている。隣に彼女は居なくて、ただ一人、だだっ広いベッドの上で横になっている。そこに彼女が居たはずだった。どうして居ないのだろうと考えて、冷えたシーツの上に手を滑らせる。すると、瞬く間に思い出すのだ。彼女はもうどこにも居ないことを。
目を開くと広がる視界は真っ暗で、暫くの間何も考えられなかった。バクバクと震える心臓の音が自分のものだと気付いたのは、ようやく思い出して呼吸をしてからだ。
ゆめ。ゆめだ。
怖くなって手を伸ばす。触れた温もりに安堵して、それでもまだ不安で、何度も何度も彼女の存在を確かめるように触れる。
生きてる。隣に居る。それだけでどうしようないほどに安心した。あまりにも酷な夢を、見てしまったから。
「あきら……?」
少し、取り乱していたのだと思う。彼女が起きていたことに、起こしてしまったことに気付かず、必要以上に触れてしまっていた。彼女の声に我に返って、続けて問いかけられた「どうしたの?」と心配する言葉に途端に申し訳なさが込み上げてくる。
「いや……わり、なんでもない」
言えるわけがない。ナマエが居なくなる夢を見た、なんて言いたくもない。それを怖がっている自分が居ることも、彼女には伝えたくなかった。
「ごめん。起こしちまったな」
いつも通りの自分で。なんでもない風を装って。頭に残る恐ろしい夢から必死に目を逸らす。
大丈夫。ナマエは居る。ここに居る。
何度も何度も言い聞かす。彼女の頭を撫でれば、それだけで心が落ち着くような気がした。
じっと黙ってしまったナマエがまた眠ったのかと思っていると、前触れなくナマエが抱きついてくる。飛び込むように胸の中に入り込んだ体は細くて、小さくて、温かかった。ぐ、っと込み上げてくるものを必死に堪えて、彼女の体を抱き締め返す。背中を撫でて、でもそれは自分を安心させるものでもあって、彼女に悟られないように呼吸を繰り返す。
怯えるように冷えている心がぐりぐりと頭を押し付けてくる彼女に溶かされていくようだった。
「……あきら」
彼女に名前を呼ばれるだけでこんなにも嬉しい。彼女の為なら何だってしてやりたいと心から思う。
「すきだよ」
今にも眠ってしまいそうな声に小さく息を飲んだ。じわじわと染みて、溶け込んで、今にも溢れ出す直前だった。
「おれも、すきだよ」
震える声で吐き出した。彼女に聞こえたかは分からない。抱き寄せて、抱き締めて、何度も何度もその温もりを確かめる。
あぁ、苦しい。幸せなのに、どうしてこんなにも苦しいのだろう。どうしてこんなにも泣きそうなんだろう。
このままではいつか窒息してしまいそうだった。でも、それでもよかった。苦しくて苦しくて仕方なくても、例え呼吸が出来なくなったとしても。
──彼女と一緒に居られるのなら、オレは全てを捨てたっていい。
真っ暗な視界。ぼんやりと何度か瞬きを繰り返す内に徐々に意識が覚醒していく。
きっとまだ日が昇っていない時間だった。カーテンは閉め切って、明かりもつけていないから余計に光が入らない。
「あきら……?」
いまだに確かめるように触れる感触。ようやく思い当たった彼の名前を声に出した瞬間ぴたりと止まる。微かに息を吸う音がした。恐る恐ると離れていくそれはやっぱり彰の手だったようで、どうしたの?と続けて問いかける。
「いや……わり、なんでもない」
どこかバツが悪そうな彰の声。なんでもないわけが無い、彰にしては珍しい声だった。
「ごめん。起こしちまったな」
次に彼が発した声はいつも通りで、頭を撫でるように触れる手はさっきとは違って造作もない。暗くて顔はよく見えない。けど、その表情がいつも通りとは到底思えなかった。
彰が言わなかった、ということは私に知られたくなかったということだ。私に打ち明けたくない何かを彼は抱えていて、それがきっと今の行動に繋がっている。
教えてほしい。本当は、彰の何もかもをさらけ出してほしい。でも、そんな重い感情を彼にぶつけたくなくて、私は静かに口を噤む。それでも彼に少しでも近付きたいから目の前の体にぎゅっと抱きつく。あたたかい体は彼が生きている証で、私が彼のそばに居る証拠だ。トクトクと聞こえてくる鼓動がいつもより早いような気がして、それが私のものなのかそれとも彼のものなのかは分からなかった。なにも言わずに抱き締め返してくれた彼にあやすように背中を撫でられる。
寂しいなと思った。こんなに近くに居るのに私は彰の全てを理解することはできない。ちっぽけな私では彰の支えになることすらできないのだ。
さみしい。と彼の胸板に頭を押し付ける。ぐりぐりと擦り付けても彰は何も言わなくて、それどころか彼は慰めるような手つきで私の背中を撫でている。
「……あきら」
「ん?」
どれだけ小さな呼びかけでも彼は応えてくれる。どこまでも優しい声だ。きっといつまでも変わらない声。あたたかくて幸せな気持ちになるのに、同時にどうしようもなく泣きそうになる。それは彼の優しさを受け止めきれないからだろうし、自分のことには平気で素知らぬ顔が出来てしまう彰に悲しくなるからだった。
すきだよ。
眠りの合間に起きたからか、彰の温もりに包まれているからか、急激な睡魔に襲われてうわ言のように呟く。
うん、おれも。
うれしそうな、泣きそうな、そんな声。もしかしたら彰も私と同じなのかもしれないと落ちていく意識の中でぼんやりとそんなことを思った。
*
一人、冷たいベッドの上で眠っている。隣に彼女は居なくて、ただ一人、だだっ広いベッドの上で横になっている。そこに彼女が居たはずだった。どうして居ないのだろうと考えて、冷えたシーツの上に手を滑らせる。すると、瞬く間に思い出すのだ。彼女はもうどこにも居ないことを。
目を開くと広がる視界は真っ暗で、暫くの間何も考えられなかった。バクバクと震える心臓の音が自分のものだと気付いたのは、ようやく思い出して呼吸をしてからだ。
ゆめ。ゆめだ。
怖くなって手を伸ばす。触れた温もりに安堵して、それでもまだ不安で、何度も何度も彼女の存在を確かめるように触れる。
生きてる。隣に居る。それだけでどうしようないほどに安心した。あまりにも酷な夢を、見てしまったから。
「あきら……?」
少し、取り乱していたのだと思う。彼女が起きていたことに、起こしてしまったことに気付かず、必要以上に触れてしまっていた。彼女の声に我に返って、続けて問いかけられた「どうしたの?」と心配する言葉に途端に申し訳なさが込み上げてくる。
「いや……わり、なんでもない」
言えるわけがない。ナマエが居なくなる夢を見た、なんて言いたくもない。それを怖がっている自分が居ることも、彼女には伝えたくなかった。
「ごめん。起こしちまったな」
いつも通りの自分で。なんでもない風を装って。頭に残る恐ろしい夢から必死に目を逸らす。
大丈夫。ナマエは居る。ここに居る。
何度も何度も言い聞かす。彼女の頭を撫でれば、それだけで心が落ち着くような気がした。
じっと黙ってしまったナマエがまた眠ったのかと思っていると、前触れなくナマエが抱きついてくる。飛び込むように胸の中に入り込んだ体は細くて、小さくて、温かかった。ぐ、っと込み上げてくるものを必死に堪えて、彼女の体を抱き締め返す。背中を撫でて、でもそれは自分を安心させるものでもあって、彼女に悟られないように呼吸を繰り返す。
怯えるように冷えている心がぐりぐりと頭を押し付けてくる彼女に溶かされていくようだった。
「……あきら」
彼女に名前を呼ばれるだけでこんなにも嬉しい。彼女の為なら何だってしてやりたいと心から思う。
「すきだよ」
今にも眠ってしまいそうな声に小さく息を飲んだ。じわじわと染みて、溶け込んで、今にも溢れ出す直前だった。
「おれも、すきだよ」
震える声で吐き出した。彼女に聞こえたかは分からない。抱き寄せて、抱き締めて、何度も何度もその温もりを確かめる。
あぁ、苦しい。幸せなのに、どうしてこんなにも苦しいのだろう。どうしてこんなにも泣きそうなんだろう。
このままではいつか窒息してしまいそうだった。でも、それでもよかった。苦しくて苦しくて仕方なくても、例え呼吸が出来なくなったとしても。
──彼女と一緒に居られるのなら、オレは全てを捨てたっていい。