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中学校を卒業して以来、初めての同窓会だった。正確に言えば私が参加するのが、だ。成人式の日に一度開催された会は次の日に遠方に行く用事があったからやむなく欠席した。だから、私にとっては今回が初めての同窓会だった。
実際に会場に行けば顔と名前が一致する人が居れば、そうでない人も居た。目が合えば一言目に「久しぶり」。覚えていれば会話が続くけれど、そうでない人は相手が自己紹介をしてくれない限り名前も分からないまま、当たり障りの無い会話をして終わる。それは私だけなのかもしれないし、相手も実はそうなのかもしれない。でも、お酒が入っていく内にそんなことはどうでもよくなってくる。
一目会いたい人が居た。最後の一年間だけ同じクラスだった同級生。一度だけ、同じ委員会になったことがある男の子だった。
彼は多分、私のことを覚えていない。覚えているのは私だけだ。密かに抱いていた感情を消化しきれないまま卒業した私にだけ根強く残っている。
そんな彼は遅れてやって来るらしい。当人が居ないところでも彼の話題は度々上がって、そういえば居ないの?と姿を探せば、誰かが遅れて来るらしいと告げる。女の子の参加者が多いのも、どこかみんな浮ついているのも、もしかしたら彼がやって来るからなのかもしれない。それだけ、みんなが彼に会いたがっていた。
彼と今日どうにかなりたいと思っているわけではない。思っていないはずなのに、視線はいつも彼の姿を探している。何度も化粧直しに行くのは、少しでも良い格好で見られたいと心のどこかで思っているからなのかもしれない。
だから、タイミング良く化粧室から出た先で、たった今来たであろう彼の姿を見つけた時、咄嗟に声を掛けていた。
「仙道くん、だよね?」
中学生の頃から飛び抜けて身長の高かった彼だけど、更に背が伸びている気がした。確かめるように問いかけたのは、いきなり会話を切り出すほどの勇気が私には無かったからだ。
少し目を丸くした彼は私の姿を見て一拍置いた後、「もしかして、ミョウジさん?」と紛れもない私の名前を呟いた。
──覚えててくれてたんだ。
たった一年同じクラスだった私を、それも取り立てて目立つような存在ではなかった私を、あれから数年経った今も覚えてくれているんだ。
「……うん、そう。久しぶり、だね」
あの頃を彷彿とさせる感情がふつふつと湧き上がっている。数年越しに再会しただけ。それだけなのに、成熟した彼の姿にいとも容易く私の心は揺れ動く。
スーツ姿がよく似合っていた。決して服に着られているわけではなく、彼の体格に合わせて仕立てられたそれは見るもの全てを惹き付けるような魅力があった。
「卒業以来だよな? ホントにすげー久しぶり」
どこか無邪気な笑みは昔を思い起こし、それでもその表情は子供のものとは違う。大人だった。中学生では無い、大人になった彼だった。
そんな彼を直視出来なくて視線を下に下ろすと、ふと視界の端に煌めくものが映った。──え、と思わず声が出る。
ドクンドクンと心臓の音が激しく鳴る。ゆっくりと持ち上げられた彼の左手には確かな輝きが飾られていた。私は何故かそこから目を離せない。
指輪だ。左手の薬指にはめられたその指輪の意味を知らないほど馬鹿じゃない。
「……結婚、してたんだ」
呆然と呟く私に彼は私の視線の先を見て、そして気恥しげに頭を掻く。知らない表情だ。多分、私だけじゃなくて、他の誰もが知らない表情。
「はは。うん。そう。ちょっと前に」
彼は、嬉しそうに笑っている。本当に大好きなんだろうなぁと一目見て分かる表情だった。
「そっか……おめでとう」
何気ない風を装えていただろうか。離れた所から「あ! 仙道来てるじゃん!」と騒ぎ出す声が聞こえ、そちらを振り返った彼は「ありがとな」とだけ言って私から背を向けた。
あっという間に彼は色んな人に囲まれるだろう。そして、誰もが彼の左手にはめられた指輪に目をやって驚くのだ。
彼が背中を向けてくれて良かったと思った。今私はみっともない表情をしているだろうから、それを見られないで良かったと。
勝手に期待して傷付いたのは私の方だ。彼は何一つ悪くない。全部、粗末な感情を捨てきれていなかった私の自業自得だ。
きっかけを与えてくれたのだと思う。忘れるために、諦めるために。せめてもの救いだった。やっと過去に引き摺られないで済むようになったのだから。
それでもやっぱり。
彼と生涯を共にするその人が羨ましかった。
実際に会場に行けば顔と名前が一致する人が居れば、そうでない人も居た。目が合えば一言目に「久しぶり」。覚えていれば会話が続くけれど、そうでない人は相手が自己紹介をしてくれない限り名前も分からないまま、当たり障りの無い会話をして終わる。それは私だけなのかもしれないし、相手も実はそうなのかもしれない。でも、お酒が入っていく内にそんなことはどうでもよくなってくる。
一目会いたい人が居た。最後の一年間だけ同じクラスだった同級生。一度だけ、同じ委員会になったことがある男の子だった。
彼は多分、私のことを覚えていない。覚えているのは私だけだ。密かに抱いていた感情を消化しきれないまま卒業した私にだけ根強く残っている。
そんな彼は遅れてやって来るらしい。当人が居ないところでも彼の話題は度々上がって、そういえば居ないの?と姿を探せば、誰かが遅れて来るらしいと告げる。女の子の参加者が多いのも、どこかみんな浮ついているのも、もしかしたら彼がやって来るからなのかもしれない。それだけ、みんなが彼に会いたがっていた。
彼と今日どうにかなりたいと思っているわけではない。思っていないはずなのに、視線はいつも彼の姿を探している。何度も化粧直しに行くのは、少しでも良い格好で見られたいと心のどこかで思っているからなのかもしれない。
だから、タイミング良く化粧室から出た先で、たった今来たであろう彼の姿を見つけた時、咄嗟に声を掛けていた。
「仙道くん、だよね?」
中学生の頃から飛び抜けて身長の高かった彼だけど、更に背が伸びている気がした。確かめるように問いかけたのは、いきなり会話を切り出すほどの勇気が私には無かったからだ。
少し目を丸くした彼は私の姿を見て一拍置いた後、「もしかして、ミョウジさん?」と紛れもない私の名前を呟いた。
──覚えててくれてたんだ。
たった一年同じクラスだった私を、それも取り立てて目立つような存在ではなかった私を、あれから数年経った今も覚えてくれているんだ。
「……うん、そう。久しぶり、だね」
あの頃を彷彿とさせる感情がふつふつと湧き上がっている。数年越しに再会しただけ。それだけなのに、成熟した彼の姿にいとも容易く私の心は揺れ動く。
スーツ姿がよく似合っていた。決して服に着られているわけではなく、彼の体格に合わせて仕立てられたそれは見るもの全てを惹き付けるような魅力があった。
「卒業以来だよな? ホントにすげー久しぶり」
どこか無邪気な笑みは昔を思い起こし、それでもその表情は子供のものとは違う。大人だった。中学生では無い、大人になった彼だった。
そんな彼を直視出来なくて視線を下に下ろすと、ふと視界の端に煌めくものが映った。──え、と思わず声が出る。
ドクンドクンと心臓の音が激しく鳴る。ゆっくりと持ち上げられた彼の左手には確かな輝きが飾られていた。私は何故かそこから目を離せない。
指輪だ。左手の薬指にはめられたその指輪の意味を知らないほど馬鹿じゃない。
「……結婚、してたんだ」
呆然と呟く私に彼は私の視線の先を見て、そして気恥しげに頭を掻く。知らない表情だ。多分、私だけじゃなくて、他の誰もが知らない表情。
「はは。うん。そう。ちょっと前に」
彼は、嬉しそうに笑っている。本当に大好きなんだろうなぁと一目見て分かる表情だった。
「そっか……おめでとう」
何気ない風を装えていただろうか。離れた所から「あ! 仙道来てるじゃん!」と騒ぎ出す声が聞こえ、そちらを振り返った彼は「ありがとな」とだけ言って私から背を向けた。
あっという間に彼は色んな人に囲まれるだろう。そして、誰もが彼の左手にはめられた指輪に目をやって驚くのだ。
彼が背中を向けてくれて良かったと思った。今私はみっともない表情をしているだろうから、それを見られないで良かったと。
勝手に期待して傷付いたのは私の方だ。彼は何一つ悪くない。全部、粗末な感情を捨てきれていなかった私の自業自得だ。
きっかけを与えてくれたのだと思う。忘れるために、諦めるために。せめてもの救いだった。やっと過去に引き摺られないで済むようになったのだから。
それでもやっぱり。
彼と生涯を共にするその人が羨ましかった。