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放課後の掃除時間、別クラスの同級生に「次の休み、試合、見に来ねぇ?」と声を掛けられた時、思わず「人違いじゃ……?」とこぼしてしまったことは、特に不思議なことでは無いだろう。
「え? 人違い、ではねーけど……」
あれ、もしかしてオレってあんまり認識されてない?と顔を覗き込まれる。その距離感の近さに少し身体を引いて、困惑を顔に浮かべる。
「い、や……同じ学年の、仙道くん。バスケ部の」
「うん。……それだけ?」
「え? そ、掃除場所一緒……とか?」
戸惑いながら答えると、何故か仙道くんはショックを受けたような顔をして、あー、とか、うーん、とか一人唸っていた。おかしいなぁ、とぼやく仙道くんにこちらも疑問を抱くことしか出来ない。
「オレ的には、結構、仲良いつもりだったんだけど」
そんな仙道くんの言葉にえっ、と心底驚いた声を出す。ホウキを動かす手を止めて、その顔を見上げると、どこか気まずそうな表情で仙道くんは視線を逸らしていた。
「私と、仙道くんが?」
「うん……掃除ん時、いつも話すしさ、普通に挨拶とか、するじゃん」
「それは、まぁ……皆そういうもんじゃないの……?」
それが当たり前だと思っていた。確かに掃除場所が一緒になった男子、しかも別クラスの人と話すことはあまり無かったが、仙道くんは誰とでも話すタイプの人だと勝手に思っていた為、それが別に特別なことだとかそういう風に考えたことは無かった。
「えー……マジかぁ、オレ、友達ですら無かったかぁ……」
「あ、いや、仙道くんがそう思ってるなら、友達で良いと思う。うん、お友達」
何だか申し訳なくなって、咄嗟にフォローを入れる。実際、掃除時間以外でほとんど会話をしたことなんて無かったし、遊びに行ったことも無かった為、友達と呼べるかは怪しかったが。
「……オレ、普段あんまり女の子と会話しねーの」
「えっ、そうなの?」
何となく女の子達に囲まれているイメージがあった為、仙道くんの発言に驚くと同時に本当に? と不信感を抱く。
「バスケん時はみんなさ、オレのこと応援してくれんだけど。まぁー、普段のオレって色々適当だからさ、意外と話す奴って居ねぇんだよ」
「へぇ……そうなんだ」
再度ホウキを動かして落ち葉を集めながら、仙道くんの話に相槌を打つ。クラスが離れている為、それが本当なのかは分からないが、わざわざ話すということはきっと、そうなのだろう。
「ちなみに言うと、放課後の掃除も普段はあんまり出ない」
「えー? 今までちゃんと出てたじゃん」
流石にそれは嘘、と笑ったら、嘘じゃねーんだけどな、と肩を竦める。
「何でだと思う?」
「ん?」
「オレが、真面目に掃除しに来るの」
ふと、顔を上げると思っていたよりも真剣な表情でこちらを見据えてくる仙道くんにドキッとして、意味もなくホウキを持つ手を変える。そよ風が吹いて、集めた落ち葉が散らばってしまったが、何故かその場から動くことが出来なかった。
「……部活、サボりたいから?」
「違ぇな。掃除があっても無くても、サボる時はサボる」
なるほど、こういう所が彼の言う適当な所か、と納得する。堂々とサボる宣言をされて、本当にこの人がバスケ部のエースなのかと疑ってしまった。
「さっき、あんたを試合に誘ったのにも繋がってくるんだけど」
「んー……? あ、分かった! 話し相手が居ないから!」
ガクッと仙道くんの体勢が崩れる。苦笑いを浮かべ、それ、めちゃくちゃ失礼、とこぼした。あれ? じゃあ、何で? と直球に聞くと、仙道くんは何故か言い淀んだ。
「……試合、見に来てくれたら教える」
「えー! 自分が聞いておきながら!」
いやー、今ちょっと、色々自信が……と肩を落とす仙道くんに変なの、と思いながらようやく散らばった落ち葉をもう一度集め出す。仙道くんも無言で掃除を始めて、結局チャイムが鳴るまで黙々とホウキを動かしていた。別れ際には試合の時間を告げられて、「行けたら行くね」と曖昧な返事を返したら、露骨に不満そうな顔をされたので「……予定、空けときます」と答えざるを得なかった。
*
試合当日、目覚まし時計の時間を見て、目まぐるしく頭が回転する。時計の針が指す時間は教えられた時間よりも十分程後で、試合の時間と学校までの時間を逆算して、一瞬このまま行くのをやめようかとも思ったが、仙道くんの不満そうな表情を思い出して、そこからは猛スピードで準備をした。髪のセットなんてする暇が無いから、適当にひとつに結んで、制服ではなく、ラフな私服へと着替える。朝ごはんも食べずに、普段は使わない自転車に乗って、休日の学校へと全力で向かった。
着いた頃には汗だくで息も乱れていて、歓声の聞こえる体育館内へとフラフラと向かう。体育館近くに備え付けられた給水器に今日程感謝したことは無い。
体育館内を覗いて、その熱気に一瞬慄いて、勇気を出して一歩踏み出した。試合を見ながら二階のギャラリーへと上がる。どうやら前半はもう終わっているようで、丁度後半戦が始まった辺りらしい。
仙道くんが本当にバスケしてる……全然いつもと違うんだ。
割と表情をコロコロと変える普段と違って、真剣な、時折落ち着いた笑みをたたえる仙道くん。やる気の無さそうな感じは全くなく、それどころかエースと言われるだけの動きをする彼に、気付けば魅入っていた。それは、途中から試合に参戦した対戦校の赤い髪の十番に全部持っていかれてしまったのだけど。
お腹を抱えて、手すりをバンバン叩いて笑う私に、隣に居た恐らく対戦校の生徒二人組は完全に引いた表情でこちらを見ていた。だって、あんなに素人丸出しの動きで、その癖意味の分からないスーパープレイ(?)を連発する十番は正直才能の塊でしか無かった。笑いすぎて腹筋が痛くなってきた頃、陵南は逆転されてしまっていたが、私は正直それどころでは無かった。あー、面白い、お腹痛い。見に来て良かった、としみじみ思って、コート内へと視線を向けて、息を呑んだ。
仙道くんの様子が全然違う。
先程よりももっと集中した、どこか近寄り難い印象を抱かせる彼の雰囲気に、試合の流れが変わることを直感する。
そこから先は圧巻で、どんどん点を取っていく彼に、もう一度魅入っていた。必死に食らいつく十番が、もう目に入らないぐらい。
十番と十一番の二人に動きを封じられても、楽しそうにプレイしている仙道くんから目が離せない。汗を浮かべて、シュートが決まったら声を上げて。
最後に、皆を追い抜いて、掻い潜ってリングにボールを放った彼を見て、私はその場から動くことが出来なくなった。
試合が終わってギャラリーから徐々に人が去っていく。呆然と立ち尽くす私を隣に居た二人組が今度は心配そうな視線を向けていたが、程なくして下から掛けられた声に我に返って視線を向ける。
「ミョウジさん、来てくれたんだな」
「あ……仙道、くん」
ユニフォーム姿のまま、首にタオルを掛けた仙道くんが手を振っている。何だか急にラフな格好で来てしまった自分が恥ずかしくなって、顔を俯かせる。
「どうだった、試合?」
「面白かった……です」
何で敬語? といつもの様子で笑う仙道くん。それが落ち着くような、むず痒いような気持ちになって、いつものように言葉を返すことが出来ない。
「まぁ、こっからミョウジさんが腹抱えて笑ってんの見えてたから、楽しんでるな〜とは思ってたけど」
「えっ……うわ〜……恥ずかしい……」
思わず両手で顔を覆ってしまう。あの時は本当に面白くて一人でゲラゲラ笑ってたけど、それを仙道くんに見られてたって考えると無性に恥ずかしくなった。
「なぁ、この後用事ある?」
「いや……ない、けど」
「一緒に帰んねぇ? この前の話もあるしさ」
歩き? ううん、自転車。じゃあ、駐輪場で待ってて。
そんな会話を交わして、仙道くんが着替えの為に更衣室に姿を消す。私は暫くぼーっと後片付けされていく体育館を眺め、彼の言う通り駐輪場へと向かった。
スタンドを下ろした自分の自転車に乗って、仙道くんが来るのを待つ。暇潰しの為に意味も無くペダルを漕いで、何も無い所をじーっと見つめていた。
「わりィ、お待たせ」
「あ、お疲れー」
暫くして現れた仙道くんに自転車から降りて、スタンドを上げる。いつもの制服姿の仙道くんにホッとして、先程の恥ずかしさもどこかへ消えていった。
「今日はありがとう。来てくれて」
「いーえ。まぁ、実は寝坊して途中から来たんだけど」
「はははっ、実はオレも今日寝坊したんだ」
自転車を押しながら、他愛もない試合の話をする。掃除時間の時もこんな感じで、いつも記憶に残る程でも無い話を二人でしていた。
「あの、赤い髪の十番、凄かったね。意味分かんないことばっかしてたけど、面白かったし、何だかんだ凄いプレーしてたし」
「桜木か? アイツはオレも気に入った。多分、アイツが居たらどんな試合もすげぇ面白くなるだろうな」
仙道くん、すごい楽しそうだったもんね。と声を掛ければ、気付かれたか、とどこか照れくさそうに笑った。流石に気付くよ、と思いながらもそれを言葉にはしなかった。
「……バスケしてるオレ、さ、ミョウジさんから見てどうだった?」
「えっ……えー? ヨカッタと、思いますよ?」
とてもじゃないが、カッコよかったなんて言葉を言えはしなかった。見惚れてました、とかそんなことも。
「良かった?」
「うん……流石エースだな、と」
ぎゅ、と自転車のハンドルを握る手に力がこもる。試合の時の仙道くんを思い出して、心臓が音をたてだした。
「あの……さ、この前の話。オレが、真面目に掃除に出る理由」
声のトーンが変わった仙道くんにうん、と小さく頷く。隣から小さく息を吸う音がして視線を向ければ、どこか緊張した様子の横顔が目に入って、思わず立ち止まってしまった。
「あんたが居るから……って言ったら、信じてもらえる?」
へ? とそれはそれは情けない声を出した。こちらに向き合い、見下ろす瞳が熱を帯びて、揺らいでいる。えっ、えっ、と意味もなくキョロキョロして、途端にじわりと滲む汗が、ハンドルを湿らせる。
「あんたと話したいから、毎日ちゃんと掃除に出てる。ホントはクラスに話しに行きてーくらいだったけど、まぁ、あんたにとってオレは、掃除場所が一緒なただの同級生だったみてぇだし、ある意味良かったかもな」
はは、と自嘲気味に笑う仙道くんに脳内は大混乱で、口の中が酷く乾いた。段々とハンドルを持つ手も覚束なくなって、いつか自転車を倒れさせてしまいそうだった。
「友達でも無かったのは流石にショックだったけど、すっ飛ばしちまえば、あんまり関係ねーよな」
仙道くんの気配が近付いてくる。微かに香る制汗剤の清涼感のある香りに、ついにハンドルから手を離した。ガシャンッ、とタイヤを回しながら倒れた自転車を仙道くんは気にも留めず、私を包み込んだ。
「ミョウジさんが好きだ。オレと、付き合ってほしい」
ドクドクと高鳴る鼓動がどちらのものか分からなかった。抱き締められた熱が、匂いが、頭の中を掻き乱して、私はただ、頷くことしか出来なかった。
──この日、私と仙道くんは同級生でも、友達でも無くなって、ただ唯一の、恋人同士になった。
***
倒れてしまった自転車を仙道くんが起き上がらせる。傷が付いていないことを確認して、わりィ、と申し訳無さそうに彼は言った。
「いや、倒したの私だし……」
「でも、倒させたのはオレだよ。恋人でも無かったのに、いきなり抱き締めちまって……ごめん、ちょっと抑えらんなかったからさ」
依然として熱の引かない顔を彼に向けることが出来ない。身体には未だに、彼に抱き締められた感触が残っていて、頭が爆発してしまいそうだった。
「……ミョウジさん、やっぱり嫌だった?」
静かに問い掛けてくる仙道くんに慌てて首を横に振る。ちがっ、違うの、と無駄なジェスチャーを加えながら、必死に彼の言葉を否定する。
「その……初めて、だから、誰かと付き合うの……」
顔から火が出そうだ。ポソポソと呟いた私の声はほとんど消えかけていた。恥ずかしい、と思わず顔を伏せる。
はじめて、と仙道くんが小さな声で呟いた。わざわざ復唱しないで……! なんて思いながらも、それを伝える余裕は無い。
「そっか……はは、そっかぁ」
何だかやけに嬉しそうな声だった。少し上擦った声を出して、仙道くんはその場にしゃがみこんでしまう。思わず視線をそちらへ向ければ、バチ、と上目遣いの彼と視線が合ってしまう。──ビシ、と固まってしまった私に、彼はとても高校生とは思えない程の艶やかな笑みを浮かべ、そして。
──オレも、ミョウジさんが初めて。
何だか違う意味に聞こえてしまった、というのは内緒にしておこう。
「え? 人違い、ではねーけど……」
あれ、もしかしてオレってあんまり認識されてない?と顔を覗き込まれる。その距離感の近さに少し身体を引いて、困惑を顔に浮かべる。
「い、や……同じ学年の、仙道くん。バスケ部の」
「うん。……それだけ?」
「え? そ、掃除場所一緒……とか?」
戸惑いながら答えると、何故か仙道くんはショックを受けたような顔をして、あー、とか、うーん、とか一人唸っていた。おかしいなぁ、とぼやく仙道くんにこちらも疑問を抱くことしか出来ない。
「オレ的には、結構、仲良いつもりだったんだけど」
そんな仙道くんの言葉にえっ、と心底驚いた声を出す。ホウキを動かす手を止めて、その顔を見上げると、どこか気まずそうな表情で仙道くんは視線を逸らしていた。
「私と、仙道くんが?」
「うん……掃除ん時、いつも話すしさ、普通に挨拶とか、するじゃん」
「それは、まぁ……皆そういうもんじゃないの……?」
それが当たり前だと思っていた。確かに掃除場所が一緒になった男子、しかも別クラスの人と話すことはあまり無かったが、仙道くんは誰とでも話すタイプの人だと勝手に思っていた為、それが別に特別なことだとかそういう風に考えたことは無かった。
「えー……マジかぁ、オレ、友達ですら無かったかぁ……」
「あ、いや、仙道くんがそう思ってるなら、友達で良いと思う。うん、お友達」
何だか申し訳なくなって、咄嗟にフォローを入れる。実際、掃除時間以外でほとんど会話をしたことなんて無かったし、遊びに行ったことも無かった為、友達と呼べるかは怪しかったが。
「……オレ、普段あんまり女の子と会話しねーの」
「えっ、そうなの?」
何となく女の子達に囲まれているイメージがあった為、仙道くんの発言に驚くと同時に本当に? と不信感を抱く。
「バスケん時はみんなさ、オレのこと応援してくれんだけど。まぁー、普段のオレって色々適当だからさ、意外と話す奴って居ねぇんだよ」
「へぇ……そうなんだ」
再度ホウキを動かして落ち葉を集めながら、仙道くんの話に相槌を打つ。クラスが離れている為、それが本当なのかは分からないが、わざわざ話すということはきっと、そうなのだろう。
「ちなみに言うと、放課後の掃除も普段はあんまり出ない」
「えー? 今までちゃんと出てたじゃん」
流石にそれは嘘、と笑ったら、嘘じゃねーんだけどな、と肩を竦める。
「何でだと思う?」
「ん?」
「オレが、真面目に掃除しに来るの」
ふと、顔を上げると思っていたよりも真剣な表情でこちらを見据えてくる仙道くんにドキッとして、意味もなくホウキを持つ手を変える。そよ風が吹いて、集めた落ち葉が散らばってしまったが、何故かその場から動くことが出来なかった。
「……部活、サボりたいから?」
「違ぇな。掃除があっても無くても、サボる時はサボる」
なるほど、こういう所が彼の言う適当な所か、と納得する。堂々とサボる宣言をされて、本当にこの人がバスケ部のエースなのかと疑ってしまった。
「さっき、あんたを試合に誘ったのにも繋がってくるんだけど」
「んー……? あ、分かった! 話し相手が居ないから!」
ガクッと仙道くんの体勢が崩れる。苦笑いを浮かべ、それ、めちゃくちゃ失礼、とこぼした。あれ? じゃあ、何で? と直球に聞くと、仙道くんは何故か言い淀んだ。
「……試合、見に来てくれたら教える」
「えー! 自分が聞いておきながら!」
いやー、今ちょっと、色々自信が……と肩を落とす仙道くんに変なの、と思いながらようやく散らばった落ち葉をもう一度集め出す。仙道くんも無言で掃除を始めて、結局チャイムが鳴るまで黙々とホウキを動かしていた。別れ際には試合の時間を告げられて、「行けたら行くね」と曖昧な返事を返したら、露骨に不満そうな顔をされたので「……予定、空けときます」と答えざるを得なかった。
*
試合当日、目覚まし時計の時間を見て、目まぐるしく頭が回転する。時計の針が指す時間は教えられた時間よりも十分程後で、試合の時間と学校までの時間を逆算して、一瞬このまま行くのをやめようかとも思ったが、仙道くんの不満そうな表情を思い出して、そこからは猛スピードで準備をした。髪のセットなんてする暇が無いから、適当にひとつに結んで、制服ではなく、ラフな私服へと着替える。朝ごはんも食べずに、普段は使わない自転車に乗って、休日の学校へと全力で向かった。
着いた頃には汗だくで息も乱れていて、歓声の聞こえる体育館内へとフラフラと向かう。体育館近くに備え付けられた給水器に今日程感謝したことは無い。
体育館内を覗いて、その熱気に一瞬慄いて、勇気を出して一歩踏み出した。試合を見ながら二階のギャラリーへと上がる。どうやら前半はもう終わっているようで、丁度後半戦が始まった辺りらしい。
仙道くんが本当にバスケしてる……全然いつもと違うんだ。
割と表情をコロコロと変える普段と違って、真剣な、時折落ち着いた笑みをたたえる仙道くん。やる気の無さそうな感じは全くなく、それどころかエースと言われるだけの動きをする彼に、気付けば魅入っていた。それは、途中から試合に参戦した対戦校の赤い髪の十番に全部持っていかれてしまったのだけど。
お腹を抱えて、手すりをバンバン叩いて笑う私に、隣に居た恐らく対戦校の生徒二人組は完全に引いた表情でこちらを見ていた。だって、あんなに素人丸出しの動きで、その癖意味の分からないスーパープレイ(?)を連発する十番は正直才能の塊でしか無かった。笑いすぎて腹筋が痛くなってきた頃、陵南は逆転されてしまっていたが、私は正直それどころでは無かった。あー、面白い、お腹痛い。見に来て良かった、としみじみ思って、コート内へと視線を向けて、息を呑んだ。
仙道くんの様子が全然違う。
先程よりももっと集中した、どこか近寄り難い印象を抱かせる彼の雰囲気に、試合の流れが変わることを直感する。
そこから先は圧巻で、どんどん点を取っていく彼に、もう一度魅入っていた。必死に食らいつく十番が、もう目に入らないぐらい。
十番と十一番の二人に動きを封じられても、楽しそうにプレイしている仙道くんから目が離せない。汗を浮かべて、シュートが決まったら声を上げて。
最後に、皆を追い抜いて、掻い潜ってリングにボールを放った彼を見て、私はその場から動くことが出来なくなった。
試合が終わってギャラリーから徐々に人が去っていく。呆然と立ち尽くす私を隣に居た二人組が今度は心配そうな視線を向けていたが、程なくして下から掛けられた声に我に返って視線を向ける。
「ミョウジさん、来てくれたんだな」
「あ……仙道、くん」
ユニフォーム姿のまま、首にタオルを掛けた仙道くんが手を振っている。何だか急にラフな格好で来てしまった自分が恥ずかしくなって、顔を俯かせる。
「どうだった、試合?」
「面白かった……です」
何で敬語? といつもの様子で笑う仙道くん。それが落ち着くような、むず痒いような気持ちになって、いつものように言葉を返すことが出来ない。
「まぁ、こっからミョウジさんが腹抱えて笑ってんの見えてたから、楽しんでるな〜とは思ってたけど」
「えっ……うわ〜……恥ずかしい……」
思わず両手で顔を覆ってしまう。あの時は本当に面白くて一人でゲラゲラ笑ってたけど、それを仙道くんに見られてたって考えると無性に恥ずかしくなった。
「なぁ、この後用事ある?」
「いや……ない、けど」
「一緒に帰んねぇ? この前の話もあるしさ」
歩き? ううん、自転車。じゃあ、駐輪場で待ってて。
そんな会話を交わして、仙道くんが着替えの為に更衣室に姿を消す。私は暫くぼーっと後片付けされていく体育館を眺め、彼の言う通り駐輪場へと向かった。
スタンドを下ろした自分の自転車に乗って、仙道くんが来るのを待つ。暇潰しの為に意味も無くペダルを漕いで、何も無い所をじーっと見つめていた。
「わりィ、お待たせ」
「あ、お疲れー」
暫くして現れた仙道くんに自転車から降りて、スタンドを上げる。いつもの制服姿の仙道くんにホッとして、先程の恥ずかしさもどこかへ消えていった。
「今日はありがとう。来てくれて」
「いーえ。まぁ、実は寝坊して途中から来たんだけど」
「はははっ、実はオレも今日寝坊したんだ」
自転車を押しながら、他愛もない試合の話をする。掃除時間の時もこんな感じで、いつも記憶に残る程でも無い話を二人でしていた。
「あの、赤い髪の十番、凄かったね。意味分かんないことばっかしてたけど、面白かったし、何だかんだ凄いプレーしてたし」
「桜木か? アイツはオレも気に入った。多分、アイツが居たらどんな試合もすげぇ面白くなるだろうな」
仙道くん、すごい楽しそうだったもんね。と声を掛ければ、気付かれたか、とどこか照れくさそうに笑った。流石に気付くよ、と思いながらもそれを言葉にはしなかった。
「……バスケしてるオレ、さ、ミョウジさんから見てどうだった?」
「えっ……えー? ヨカッタと、思いますよ?」
とてもじゃないが、カッコよかったなんて言葉を言えはしなかった。見惚れてました、とかそんなことも。
「良かった?」
「うん……流石エースだな、と」
ぎゅ、と自転車のハンドルを握る手に力がこもる。試合の時の仙道くんを思い出して、心臓が音をたてだした。
「あの……さ、この前の話。オレが、真面目に掃除に出る理由」
声のトーンが変わった仙道くんにうん、と小さく頷く。隣から小さく息を吸う音がして視線を向ければ、どこか緊張した様子の横顔が目に入って、思わず立ち止まってしまった。
「あんたが居るから……って言ったら、信じてもらえる?」
へ? とそれはそれは情けない声を出した。こちらに向き合い、見下ろす瞳が熱を帯びて、揺らいでいる。えっ、えっ、と意味もなくキョロキョロして、途端にじわりと滲む汗が、ハンドルを湿らせる。
「あんたと話したいから、毎日ちゃんと掃除に出てる。ホントはクラスに話しに行きてーくらいだったけど、まぁ、あんたにとってオレは、掃除場所が一緒なただの同級生だったみてぇだし、ある意味良かったかもな」
はは、と自嘲気味に笑う仙道くんに脳内は大混乱で、口の中が酷く乾いた。段々とハンドルを持つ手も覚束なくなって、いつか自転車を倒れさせてしまいそうだった。
「友達でも無かったのは流石にショックだったけど、すっ飛ばしちまえば、あんまり関係ねーよな」
仙道くんの気配が近付いてくる。微かに香る制汗剤の清涼感のある香りに、ついにハンドルから手を離した。ガシャンッ、とタイヤを回しながら倒れた自転車を仙道くんは気にも留めず、私を包み込んだ。
「ミョウジさんが好きだ。オレと、付き合ってほしい」
ドクドクと高鳴る鼓動がどちらのものか分からなかった。抱き締められた熱が、匂いが、頭の中を掻き乱して、私はただ、頷くことしか出来なかった。
──この日、私と仙道くんは同級生でも、友達でも無くなって、ただ唯一の、恋人同士になった。
***
倒れてしまった自転車を仙道くんが起き上がらせる。傷が付いていないことを確認して、わりィ、と申し訳無さそうに彼は言った。
「いや、倒したの私だし……」
「でも、倒させたのはオレだよ。恋人でも無かったのに、いきなり抱き締めちまって……ごめん、ちょっと抑えらんなかったからさ」
依然として熱の引かない顔を彼に向けることが出来ない。身体には未だに、彼に抱き締められた感触が残っていて、頭が爆発してしまいそうだった。
「……ミョウジさん、やっぱり嫌だった?」
静かに問い掛けてくる仙道くんに慌てて首を横に振る。ちがっ、違うの、と無駄なジェスチャーを加えながら、必死に彼の言葉を否定する。
「その……初めて、だから、誰かと付き合うの……」
顔から火が出そうだ。ポソポソと呟いた私の声はほとんど消えかけていた。恥ずかしい、と思わず顔を伏せる。
はじめて、と仙道くんが小さな声で呟いた。わざわざ復唱しないで……! なんて思いながらも、それを伝える余裕は無い。
「そっか……はは、そっかぁ」
何だかやけに嬉しそうな声だった。少し上擦った声を出して、仙道くんはその場にしゃがみこんでしまう。思わず視線をそちらへ向ければ、バチ、と上目遣いの彼と視線が合ってしまう。──ビシ、と固まってしまった私に、彼はとても高校生とは思えない程の艶やかな笑みを浮かべ、そして。
──オレも、ミョウジさんが初めて。
何だか違う意味に聞こえてしまった、というのは内緒にしておこう。
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