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普段とは少し様子の違う低音が聞こえてきた。
ゆさゆさと揺さぶられる感覚と名前を呼ぶ声。おもむろにまぶたを開くと、ぼんやりとした視界に眉尻を下げた整った顔立ちが映る。
「大丈夫か? 具合悪ぃ?」
その言葉の意味を理解するのに数十秒。彰の顔をハッキリと捉えた時、ようやくまだらな思考が現実に引き戻された。真っ先に時計を確認して、帰宅した時間から二回は回っている秒針に一気に血の気が引いていく。
「ごめん……! すぐ晩ご飯作るから……!!」
いつの間に寝てしまっていたのだろう。帰ってからの記憶があまり無い。慌てて立ち上がると、部屋の現状を見て泣きそうになる。取り込まれていない洗濯物。中身が入ったままのレジ袋。何もかもが帰った時そのままだった。急いでやらないと、と思ってテーブルの上のレジ袋に手を伸ばす。──パシ、と手を取られたかと思えば、強い力に抱き寄せられる。気が付けば、彰の腕の中に閉じ込められていた。
「晩飯なんてどうでも良い」
ぎゅう、と痛いぐらいの力に抱き締められる。彼も帰ってきたばかりなのだろう。汗の匂いが微かに香ってくる。決して嫌とは思わない匂いだった。
「……明かり、点いてないし、バッグとか放ってあるから、倒れてんのかと思った」
ドクドクと聞こえてくる音が彰の鼓動の音だということに気付く。切羽詰まったような声で起こされたことも、あまり加減されていない力で抱き締められていることも、全部、彼が私のことを心配してくれている証拠だった。
「ごめんね……ちょっと眠ってただけだから……」
「謝ることじゃねーから。疲れてるんだったら、無理しないで良い」
疲れてる、のかな。そんなつもりは無いけど、何もせずに眠ってしまうくらいなのだから、そうなのかもしれない。でも、それは私だけじゃない。彰だって疲れて帰って来てるのに、私だけが疲れてるなんて言えはしない。
「大丈夫だから……ご飯、ちょっと時間掛かるから先お風呂入る? あ、でもどうしよう、生もの駄目になってるかな……」
彰の腕の中から出ようとするけど、彼の身体はビクともしなくて、むしろ拘束を強める素振りさえ見せる。私の名前を呼ぶ、どこか圧のこもった声に、肩が震える。
「飯なんてどうでも良いって言ったよな」
グイ、と上に向けられた顔は彰の手によって包まれた。苛立ちの含んだ表情に、思わず口をついて出る「ごめん」。彼の眉間の皺が深くなった、と思ったら、顔を引き上げられるような感覚がした。少し乱暴に重なった唇に驚いて目を見開く。
キスしたのなんていつぶりだろう。ずっと一緒に居るのに、こんなに近くで触れ合っているのは随分と久しぶりのように感じた。
そんな風に考えていたのを見透かされたのか、まるで余計なことは考えるなと言うように激しさの増す口付け。目を開けては居られなかった。立っていることもままならなくなって、よろめいてしまう。逞しい腕に支えられたことだけは分かった。まるで、彰が私の何もかもを塗り替えていくようだった。
ようやく離れた時には息をするのがやっとで、彰は異様なくらいにキスが上手いんだっていうことを再認識する。彰は息一つ乱していない。何も考えられない頭では、彼の身体に寄り掛かることしか出来なかった。
「……オレ、おまえに家事やってほしくて一緒に住んでる訳じゃねーよ」
静かな声。彰がもう一度、今度はさっきよりも優しく私を抱き締める。
「おまえが好きだから、少しでも長く一緒に居たいから、一緒に暮らしてる」
うん、と頷く。無意識に伸ばした腕を彰の背中に回す。ぎゅ、と彼の服を握り締めた。
お互いに一人暮らしで中々会えなかった日々を思い出す。別れる時は何度も振り返って、何度も手を振って。その度に感じる寂しさに私も彼も耐えられなかったのだ。「一緒に住まねぇ?」と少しだけ恥ずかしそうに言った彰に、断るなんて選択肢は無かった。彼と同じように、私も彰とずっと一緒に居たかった。
「おまえの何でもこなしちまうところ、すげー好きだし、尊敬してる。仕事終わった後に飯作って、いつも笑顔で迎えてくれて。そういうところに本当に支えられてる」
でもさ、と告げた彼の重みが増した。項垂れるように私の肩に頭を乗せて喋るから、首元を掠める息がくすぐったかった。
「……頑張りすぎるところは、心配になる」
ストン、と彼の言葉が胸に落ちる。そっか、と心の中で呟いた。私、頑張りすぎてたのかぁ。理解した途端、緊張の糸が解れたように肩の力が抜ける。
「……あきら」
「うん」
「本当は、綺麗な部屋でちゃんと出迎えて、あったかいご飯、出したかったんだけど」
彰の手が私の頭を撫でる。もうそれなりにいい歳した大人だけど、その心地良さに安心感を抱いてしまう。
「今日は、お休みするね」
口に出してしまえば随分と気が楽になった。義務にしているつもりは無かったけど、心の中ではどこかそう思っている節があったのかもしれない。
「ん、全部やっとくから、気にしないでいい」
彰の言葉につい、ごめんねと言おうとすると、それを見越したように触れるだけのキスをされる。
「ごめんは無し。いつも任せっきりなのはオレなんだから。ありがとな。本当に助かってる」
ポカポカと胸が温かくなる。彰の為ならそんなのお易い御用だよ、と彼の身体に擦り寄った。ポンポンとあやすみたいに背中を撫でられて、小さな笑い声が漏れ出る。彼の顔を見上げると愛おしそうに微笑んでいる様子が目に入る。それが少しくすぐったくて、嬉しくて。好きだよ。言葉にして伝えれば、彰の表情が更に緩まって、オレも、と柔らかな声が届く。二人で笑い合って、今度は私からキスをした。一瞬だけ目を丸くして照れ臭そうに目を細めた彰に、胸がぎゅっとなる。何でか分からないけど泣きそうになって、誤魔化すように彼の胸元に顔を埋めた。
あぁ、そうだった。彰はこんなにあったかくて、優しくて、いつも私を愛してくれる。
何気なく、当たり前のように過ぎていく日常の中に埋もれてしまうところだった。だからせめて、そんな彼の温もりを忘れないようにと、その身体を強く抱き締める。お互いの鼓動の音に耳を澄ませれば、心地良い感覚の中で幸せに満たされていった。
ゆさゆさと揺さぶられる感覚と名前を呼ぶ声。おもむろにまぶたを開くと、ぼんやりとした視界に眉尻を下げた整った顔立ちが映る。
「大丈夫か? 具合悪ぃ?」
その言葉の意味を理解するのに数十秒。彰の顔をハッキリと捉えた時、ようやくまだらな思考が現実に引き戻された。真っ先に時計を確認して、帰宅した時間から二回は回っている秒針に一気に血の気が引いていく。
「ごめん……! すぐ晩ご飯作るから……!!」
いつの間に寝てしまっていたのだろう。帰ってからの記憶があまり無い。慌てて立ち上がると、部屋の現状を見て泣きそうになる。取り込まれていない洗濯物。中身が入ったままのレジ袋。何もかもが帰った時そのままだった。急いでやらないと、と思ってテーブルの上のレジ袋に手を伸ばす。──パシ、と手を取られたかと思えば、強い力に抱き寄せられる。気が付けば、彰の腕の中に閉じ込められていた。
「晩飯なんてどうでも良い」
ぎゅう、と痛いぐらいの力に抱き締められる。彼も帰ってきたばかりなのだろう。汗の匂いが微かに香ってくる。決して嫌とは思わない匂いだった。
「……明かり、点いてないし、バッグとか放ってあるから、倒れてんのかと思った」
ドクドクと聞こえてくる音が彰の鼓動の音だということに気付く。切羽詰まったような声で起こされたことも、あまり加減されていない力で抱き締められていることも、全部、彼が私のことを心配してくれている証拠だった。
「ごめんね……ちょっと眠ってただけだから……」
「謝ることじゃねーから。疲れてるんだったら、無理しないで良い」
疲れてる、のかな。そんなつもりは無いけど、何もせずに眠ってしまうくらいなのだから、そうなのかもしれない。でも、それは私だけじゃない。彰だって疲れて帰って来てるのに、私だけが疲れてるなんて言えはしない。
「大丈夫だから……ご飯、ちょっと時間掛かるから先お風呂入る? あ、でもどうしよう、生もの駄目になってるかな……」
彰の腕の中から出ようとするけど、彼の身体はビクともしなくて、むしろ拘束を強める素振りさえ見せる。私の名前を呼ぶ、どこか圧のこもった声に、肩が震える。
「飯なんてどうでも良いって言ったよな」
グイ、と上に向けられた顔は彰の手によって包まれた。苛立ちの含んだ表情に、思わず口をついて出る「ごめん」。彼の眉間の皺が深くなった、と思ったら、顔を引き上げられるような感覚がした。少し乱暴に重なった唇に驚いて目を見開く。
キスしたのなんていつぶりだろう。ずっと一緒に居るのに、こんなに近くで触れ合っているのは随分と久しぶりのように感じた。
そんな風に考えていたのを見透かされたのか、まるで余計なことは考えるなと言うように激しさの増す口付け。目を開けては居られなかった。立っていることもままならなくなって、よろめいてしまう。逞しい腕に支えられたことだけは分かった。まるで、彰が私の何もかもを塗り替えていくようだった。
ようやく離れた時には息をするのがやっとで、彰は異様なくらいにキスが上手いんだっていうことを再認識する。彰は息一つ乱していない。何も考えられない頭では、彼の身体に寄り掛かることしか出来なかった。
「……オレ、おまえに家事やってほしくて一緒に住んでる訳じゃねーよ」
静かな声。彰がもう一度、今度はさっきよりも優しく私を抱き締める。
「おまえが好きだから、少しでも長く一緒に居たいから、一緒に暮らしてる」
うん、と頷く。無意識に伸ばした腕を彰の背中に回す。ぎゅ、と彼の服を握り締めた。
お互いに一人暮らしで中々会えなかった日々を思い出す。別れる時は何度も振り返って、何度も手を振って。その度に感じる寂しさに私も彼も耐えられなかったのだ。「一緒に住まねぇ?」と少しだけ恥ずかしそうに言った彰に、断るなんて選択肢は無かった。彼と同じように、私も彰とずっと一緒に居たかった。
「おまえの何でもこなしちまうところ、すげー好きだし、尊敬してる。仕事終わった後に飯作って、いつも笑顔で迎えてくれて。そういうところに本当に支えられてる」
でもさ、と告げた彼の重みが増した。項垂れるように私の肩に頭を乗せて喋るから、首元を掠める息がくすぐったかった。
「……頑張りすぎるところは、心配になる」
ストン、と彼の言葉が胸に落ちる。そっか、と心の中で呟いた。私、頑張りすぎてたのかぁ。理解した途端、緊張の糸が解れたように肩の力が抜ける。
「……あきら」
「うん」
「本当は、綺麗な部屋でちゃんと出迎えて、あったかいご飯、出したかったんだけど」
彰の手が私の頭を撫でる。もうそれなりにいい歳した大人だけど、その心地良さに安心感を抱いてしまう。
「今日は、お休みするね」
口に出してしまえば随分と気が楽になった。義務にしているつもりは無かったけど、心の中ではどこかそう思っている節があったのかもしれない。
「ん、全部やっとくから、気にしないでいい」
彰の言葉につい、ごめんねと言おうとすると、それを見越したように触れるだけのキスをされる。
「ごめんは無し。いつも任せっきりなのはオレなんだから。ありがとな。本当に助かってる」
ポカポカと胸が温かくなる。彰の為ならそんなのお易い御用だよ、と彼の身体に擦り寄った。ポンポンとあやすみたいに背中を撫でられて、小さな笑い声が漏れ出る。彼の顔を見上げると愛おしそうに微笑んでいる様子が目に入る。それが少しくすぐったくて、嬉しくて。好きだよ。言葉にして伝えれば、彰の表情が更に緩まって、オレも、と柔らかな声が届く。二人で笑い合って、今度は私からキスをした。一瞬だけ目を丸くして照れ臭そうに目を細めた彰に、胸がぎゅっとなる。何でか分からないけど泣きそうになって、誤魔化すように彼の胸元に顔を埋めた。
あぁ、そうだった。彰はこんなにあったかくて、優しくて、いつも私を愛してくれる。
何気なく、当たり前のように過ぎていく日常の中に埋もれてしまうところだった。だからせめて、そんな彼の温もりを忘れないようにと、その身体を強く抱き締める。お互いの鼓動の音に耳を澄ませれば、心地良い感覚の中で幸せに満たされていった。