SS
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「なぁ、ミョウジさんミョウジさん」
どこか楽しげな声が後ろの席から聞こえてくる。何かと思って振り返ると、やっぱり楽しそうな表情の仙道くんがちょいちょいと手招きする動作をした。
「? 何かあった?」
椅子を下げて仙道くんの机に近付ける。話をするには充分な距離だと思うけど、仙道くんは更に距離を詰めるように身を乗り出して、内緒話をするみたいに口元に手を当てる。耳元でひそひそと囁かれる言葉。彼の高校生にしては渋い低音に耳をくすぐられ、ふふ、と思わず笑ってしまった。
「くすぐったい」
「ミョウジさん耳駄目な人?」
「だって仙道くんの声が良すぎるんだもん」
耳を押さえて仙道くんから距離を取ったのに、仙道くんは追い掛けるように近付いてくるから「来ないでください!」と両手を突っぱる。
「え〜? やだ」
ぎゅ、とその両手を握られた。突然のことにびっくりして、でも、いつものことだから大して気には留めない。そう、仙道くんはいつもスキンシップが多いのだ。こうやって手を握ってきたり、気が付いたら背後に立ってピッタリとくっ付いてきたり。はじめは凄くびっくりしたけど、そういう人なんだって次第にそれを当たり前に受け入れるようなった。
私よりもずっと大きな手の指を絡ませる仙道くんはニコニコと笑ってこっちを見ている。つられてしまいそうになるぐらい綻んだ笑顔だ。不思議な人だなぁって、そんな顔を眺めながら思う。こんなに伸びやかな人が、本当にあのバスケ部のエースなんだろうか。
*
体育から戻ってきたら仙道くんが私の席に座っていた。後ろに自分の席があるのにどうして私の席に座っているんだろう。そんな仙道くんは私に気付くと、パッと明るい顔をして上機嫌に腕を広げた。えーと? 意図が汲み取れないでいる私に、仙道くんはしごく当然かのように「お疲れのハグ」なんて言って笑っている。よく分からないけど、仙道くんはお疲れなんだろうか。首を傾げながら近付くと、長い腕に引き寄せられてそのままぎゅーと抱き締められる。着替えた時に制汗スプレーとかをしてるとは言ったって、こんなに近い距離じゃ意味がない。恥ずかしくなって腕の中から抜け出そうとしても、仙道くんの身体はビクともしなくて、ただもがくだけで終わってしまった。男の子ってズルい。だって力じゃ絶対敵わないもん。仙道くんに関しては身体も凄く大きいから、私はすっぽり収まっていることしか出来なかった。
うーん。やっぱり仙道くんって不思議な人。元々パーソナルスペースが狭いんだろうけど、それにしたって最近は前にも増して距離が近い。これって普通? なのかな? あんまり男の子と話すことって無かったからよく分からない。でも、まぁ、仙道くんにとってはこれが普通なんだろう。
*
ちょんちょん、と背中をつつかれる感触。後ろを振り返りたい、けど、先生がこっちを向いているから気付かない振りをする。ちょん、とまたつつかれる。なにか聞きたいことでもあるんだろうか。でも、せめて先生が黒板を向くまで待ってほしい。今度はつーっと指が背中を滑る。何か文字を書いている気がする。んん? る? ま? るまってなに? 意味が分かんないから絶対違う。じゃあなんだろう。あ、もう一回書いてくれるのかな。横にひとつ、線。上から、縦に下がる。途中で曲が……ん? ん? なになに、今どうなったの。わかんなくなっちゃった。
我慢出来なくなってこっそり後ろを振り返る。仙道くんは私と目が合うと嬉しそうに笑って口を動かす。ふたこと。たぶん、さっきまで私の背中に書いていた文字。私が読み取れなくて怪訝な顔をしていたのが仙道くんには分かったのだろう。ちょん、と今度は眉間の辺りをつつかれて、やめてよ、と手で押さえる。小さく笑った仙道くんは、ほら、と前を向くように促してくる。先生のじっとりとした視線と目が合って、ビクリと肩を震わせた。元はと言えば仙道くんが悪いのに……。先生の小言をくらいながら、背中に残る感触を思い出す。んー、やっぱり分かんないや。授業が終わったらちゃんと教えてもらおう。
「オレとしては、分かんねー方が不思議なんだよな」
授業が終わったらさっそく振り返って答えを聞いたのに、仙道くんは答えを教えてはくれなかった。
「え〜、そんなこと言われても分かんないもんは分かんないもん。分かった状態で書くのと、分かんない状態で読み取るのは全然違うんだからね!」
「んー……じゃあ、ミョウジさんも書いてみてよ、オレに」
そう言って背中を向ける仙道くん。今まで気にしたことなかったけど、仙道くんってこんなに背中が大きいんだ。
「仙道くんの背中、文字の書きがいがあるね」
「ははっ。ミョウジさんならいつでも書き放題だぜ」
いつでもって言われても、今日以外で書くことあるのかな。あったとしても、仙道くんの気まぐれに付き合った時ぐらいだろう。
なんて書こうかなってちょっとだけ悩んで、さっきの仙道くんみたいに指を滑らせる。かたい。これって筋肉なのかな。ちょっとドキドキしてしまう。
「ナマエ」
書き終わったと同時にハッキリと自分の名前を呼ぶ声にドキリとする。
「な、なんで分かるの……?」
「そりゃ分かるさ」
うそ、私は全然分からなかったのに。体勢を戻した仙道くんは少しだけ、雰囲気が変わった気がする。
「あんたのことならなんだってな」
まぁ、そっちは中々分かってくれねーけど。
小さく呟かれた言葉に、困惑することしか出来ない。そんなこと言われても、仙道くんの考えていることはよく分からないんだもん。私にとっては不思議なことばかりするから。
「分かってねーのミョウジさんぐらいだよ」
仙道くんの指先が私の髪に伸びる。掬い上げるように髪に触れて、そのまま耳に掛けられる。露になった耳ごと頬を包まれた。引き寄せられる。仙道くんが身を乗り出す。時間が、止まったような気がした。
唇になにかが触れた。やわらかくて、あたたかいなにかが。それはすぐに離れて、私は呆然とすることしか出来ない。
シン、と静まり返った教室。みんなが、私達を見ている。──さみしそうだと思った。なんでか分からないけど、仙道くんはとても、寂しそうな顔をしていると。
「好きだよ、ミョウジさん。これが答え」
──だから、オレのこと好きになって。
望むような、願うような声だった。
「……そっかぁ」
自分でも分かるぐらいフニャフニャした声が出る。謎が解けたみたいに心がすっきりとしていた。そっかぁってもう一度呟いて、仙道くんの手に私の手を添える。
「ずっとね、不思議な人だなぁって思ってたの」
仙道くんの瞳をじっと見つめる。ちょっとだけ丸くなった瞳が珍しくて口元が緩む。
「なんでこんなに距離が近いんだろう。いつも笑顔なんだろうって。でも、仙道くんはそういう人なんだって、受け入れてた」
話している内に段々面白くなってきて、クスクスと笑いながら身体を揺らす。仙道くんは困ったように眉を下げている。今日は、色んな表情の仙道くんが見れる。
「今思えばおかしいよね。手握ったりとか、ハグしたりとか。友達同士でもそんなにしないのに」
すごいねー私。全然、気付かなかった。
あはは、と声を上げて笑った。なんだか楽しくて楽しくてしょうがない。
「そっか。うん。そっか。仙道くん、私のことすきだったんだね」
ぽろ、とこぼれ落ちた。仙道くんは慌てたように手を離そうとするからぎゅ、と押さえつける。ぽろぽろとこぼれていって、私達の手を濡らす。
「うれしい。今ね、すごくうれしい。これって、私もおんなじ気持ちってことだよね」
また丸くなった瞳が、こらえるように細められる。あぁ、泣きそうだって、彼の表情が物語っている。そっと手の力を抜いた瞬間に、強い力に抱き締められた。机がガタッて音をたてて、椅子の足が少し浮く。すきだ、ってさっきよりも掠れた声が届く。うんって頷いて、私もすきだよって今度はちゃんと答えた。
まばらな拍手が聞こえてくる。
おめでとう! 仙道良かったな! ようやく報われたね〜! なんていう声が聞こえてきて、本当に私だけが分かってなかったんだって恥ずかしくなる。それと同時に、今までの仙道くんに申し訳ないことしたなって気持ちになって、今までごめんねって謝ると、仙道くんは泣きそうな、でも、嬉しそうな表情を私に向けた。
「いいよ。無駄じゃなかったんなら、それでいい」
私の涙を拭って、もう一度近付いて。──やわらかく触れる。なにも不思議じゃない。だって、仙道くんは私のことが好きで、私は仙道くんのことが好きだから。それは多分、ううん、本当は。──きっと、ずっと前からそうだった。
どこか楽しげな声が後ろの席から聞こえてくる。何かと思って振り返ると、やっぱり楽しそうな表情の仙道くんがちょいちょいと手招きする動作をした。
「? 何かあった?」
椅子を下げて仙道くんの机に近付ける。話をするには充分な距離だと思うけど、仙道くんは更に距離を詰めるように身を乗り出して、内緒話をするみたいに口元に手を当てる。耳元でひそひそと囁かれる言葉。彼の高校生にしては渋い低音に耳をくすぐられ、ふふ、と思わず笑ってしまった。
「くすぐったい」
「ミョウジさん耳駄目な人?」
「だって仙道くんの声が良すぎるんだもん」
耳を押さえて仙道くんから距離を取ったのに、仙道くんは追い掛けるように近付いてくるから「来ないでください!」と両手を突っぱる。
「え〜? やだ」
ぎゅ、とその両手を握られた。突然のことにびっくりして、でも、いつものことだから大して気には留めない。そう、仙道くんはいつもスキンシップが多いのだ。こうやって手を握ってきたり、気が付いたら背後に立ってピッタリとくっ付いてきたり。はじめは凄くびっくりしたけど、そういう人なんだって次第にそれを当たり前に受け入れるようなった。
私よりもずっと大きな手の指を絡ませる仙道くんはニコニコと笑ってこっちを見ている。つられてしまいそうになるぐらい綻んだ笑顔だ。不思議な人だなぁって、そんな顔を眺めながら思う。こんなに伸びやかな人が、本当にあのバスケ部のエースなんだろうか。
*
体育から戻ってきたら仙道くんが私の席に座っていた。後ろに自分の席があるのにどうして私の席に座っているんだろう。そんな仙道くんは私に気付くと、パッと明るい顔をして上機嫌に腕を広げた。えーと? 意図が汲み取れないでいる私に、仙道くんはしごく当然かのように「お疲れのハグ」なんて言って笑っている。よく分からないけど、仙道くんはお疲れなんだろうか。首を傾げながら近付くと、長い腕に引き寄せられてそのままぎゅーと抱き締められる。着替えた時に制汗スプレーとかをしてるとは言ったって、こんなに近い距離じゃ意味がない。恥ずかしくなって腕の中から抜け出そうとしても、仙道くんの身体はビクともしなくて、ただもがくだけで終わってしまった。男の子ってズルい。だって力じゃ絶対敵わないもん。仙道くんに関しては身体も凄く大きいから、私はすっぽり収まっていることしか出来なかった。
うーん。やっぱり仙道くんって不思議な人。元々パーソナルスペースが狭いんだろうけど、それにしたって最近は前にも増して距離が近い。これって普通? なのかな? あんまり男の子と話すことって無かったからよく分からない。でも、まぁ、仙道くんにとってはこれが普通なんだろう。
*
ちょんちょん、と背中をつつかれる感触。後ろを振り返りたい、けど、先生がこっちを向いているから気付かない振りをする。ちょん、とまたつつかれる。なにか聞きたいことでもあるんだろうか。でも、せめて先生が黒板を向くまで待ってほしい。今度はつーっと指が背中を滑る。何か文字を書いている気がする。んん? る? ま? るまってなに? 意味が分かんないから絶対違う。じゃあなんだろう。あ、もう一回書いてくれるのかな。横にひとつ、線。上から、縦に下がる。途中で曲が……ん? ん? なになに、今どうなったの。わかんなくなっちゃった。
我慢出来なくなってこっそり後ろを振り返る。仙道くんは私と目が合うと嬉しそうに笑って口を動かす。ふたこと。たぶん、さっきまで私の背中に書いていた文字。私が読み取れなくて怪訝な顔をしていたのが仙道くんには分かったのだろう。ちょん、と今度は眉間の辺りをつつかれて、やめてよ、と手で押さえる。小さく笑った仙道くんは、ほら、と前を向くように促してくる。先生のじっとりとした視線と目が合って、ビクリと肩を震わせた。元はと言えば仙道くんが悪いのに……。先生の小言をくらいながら、背中に残る感触を思い出す。んー、やっぱり分かんないや。授業が終わったらちゃんと教えてもらおう。
「オレとしては、分かんねー方が不思議なんだよな」
授業が終わったらさっそく振り返って答えを聞いたのに、仙道くんは答えを教えてはくれなかった。
「え〜、そんなこと言われても分かんないもんは分かんないもん。分かった状態で書くのと、分かんない状態で読み取るのは全然違うんだからね!」
「んー……じゃあ、ミョウジさんも書いてみてよ、オレに」
そう言って背中を向ける仙道くん。今まで気にしたことなかったけど、仙道くんってこんなに背中が大きいんだ。
「仙道くんの背中、文字の書きがいがあるね」
「ははっ。ミョウジさんならいつでも書き放題だぜ」
いつでもって言われても、今日以外で書くことあるのかな。あったとしても、仙道くんの気まぐれに付き合った時ぐらいだろう。
なんて書こうかなってちょっとだけ悩んで、さっきの仙道くんみたいに指を滑らせる。かたい。これって筋肉なのかな。ちょっとドキドキしてしまう。
「ナマエ」
書き終わったと同時にハッキリと自分の名前を呼ぶ声にドキリとする。
「な、なんで分かるの……?」
「そりゃ分かるさ」
うそ、私は全然分からなかったのに。体勢を戻した仙道くんは少しだけ、雰囲気が変わった気がする。
「あんたのことならなんだってな」
まぁ、そっちは中々分かってくれねーけど。
小さく呟かれた言葉に、困惑することしか出来ない。そんなこと言われても、仙道くんの考えていることはよく分からないんだもん。私にとっては不思議なことばかりするから。
「分かってねーのミョウジさんぐらいだよ」
仙道くんの指先が私の髪に伸びる。掬い上げるように髪に触れて、そのまま耳に掛けられる。露になった耳ごと頬を包まれた。引き寄せられる。仙道くんが身を乗り出す。時間が、止まったような気がした。
唇になにかが触れた。やわらかくて、あたたかいなにかが。それはすぐに離れて、私は呆然とすることしか出来ない。
シン、と静まり返った教室。みんなが、私達を見ている。──さみしそうだと思った。なんでか分からないけど、仙道くんはとても、寂しそうな顔をしていると。
「好きだよ、ミョウジさん。これが答え」
──だから、オレのこと好きになって。
望むような、願うような声だった。
「……そっかぁ」
自分でも分かるぐらいフニャフニャした声が出る。謎が解けたみたいに心がすっきりとしていた。そっかぁってもう一度呟いて、仙道くんの手に私の手を添える。
「ずっとね、不思議な人だなぁって思ってたの」
仙道くんの瞳をじっと見つめる。ちょっとだけ丸くなった瞳が珍しくて口元が緩む。
「なんでこんなに距離が近いんだろう。いつも笑顔なんだろうって。でも、仙道くんはそういう人なんだって、受け入れてた」
話している内に段々面白くなってきて、クスクスと笑いながら身体を揺らす。仙道くんは困ったように眉を下げている。今日は、色んな表情の仙道くんが見れる。
「今思えばおかしいよね。手握ったりとか、ハグしたりとか。友達同士でもそんなにしないのに」
すごいねー私。全然、気付かなかった。
あはは、と声を上げて笑った。なんだか楽しくて楽しくてしょうがない。
「そっか。うん。そっか。仙道くん、私のことすきだったんだね」
ぽろ、とこぼれ落ちた。仙道くんは慌てたように手を離そうとするからぎゅ、と押さえつける。ぽろぽろとこぼれていって、私達の手を濡らす。
「うれしい。今ね、すごくうれしい。これって、私もおんなじ気持ちってことだよね」
また丸くなった瞳が、こらえるように細められる。あぁ、泣きそうだって、彼の表情が物語っている。そっと手の力を抜いた瞬間に、強い力に抱き締められた。机がガタッて音をたてて、椅子の足が少し浮く。すきだ、ってさっきよりも掠れた声が届く。うんって頷いて、私もすきだよって今度はちゃんと答えた。
まばらな拍手が聞こえてくる。
おめでとう! 仙道良かったな! ようやく報われたね〜! なんていう声が聞こえてきて、本当に私だけが分かってなかったんだって恥ずかしくなる。それと同時に、今までの仙道くんに申し訳ないことしたなって気持ちになって、今までごめんねって謝ると、仙道くんは泣きそうな、でも、嬉しそうな表情を私に向けた。
「いいよ。無駄じゃなかったんなら、それでいい」
私の涙を拭って、もう一度近付いて。──やわらかく触れる。なにも不思議じゃない。だって、仙道くんは私のことが好きで、私は仙道くんのことが好きだから。それは多分、ううん、本当は。──きっと、ずっと前からそうだった。