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Caligula-カリギュラ-

それはそれは、嫌味なくらいよく晴れた日のことだ。眩しすぎる夕日が目に刺さる、いつもの帰り道。今日は部活がない。なぜなら肝心の『部長』がいないからだ。
僕があの異様な光景を見た日以来、先輩は学校にも来ていないという。本当は、あの日に彼の家に向かうべきだったのではないか、と後悔する。逃げるべきじゃなかった。
1人で家に帰るのにも慣れてしまったが、ここのところは妙に寂しいのだ。僕から離れたクセに何を今更。どうしてこう思うようになったんだろうか。
…時がたち過ぎたのだ。僕と先輩が目を合わせることもなくなったのも、話さなくなったのも、顔を合わせなくなったのも、これで1ヶ月は経つ。
そんな状況にどこか罪悪感を感じていた。そして心の端にある、『僕のせいで先輩は苦しんでいる』なんて言う、自惚れ。そこからくる先輩との思い出がこうやって後悔となって現れているんだろう。
僕の思考回路も十分おかしいだろう。でも今は、それだけで満足だった。

『彼の心を支配しているのはこの僕』

浅ましい。わかっている。なのにこの考えはなくならない。これが揺るぎない真実だと、僕の頭は全肯定するのだ。
そんなことを思っているといつの間にかあのマンションの前に来ていた。…いっそ、ここで会いに行ってみようか?
もうこんな関係は嫌で、仕方がなかった。早く答えを聞きたかったのだ。

 彼の住むマンションの6階、ここは異様だ。ここに来たのは初めてで、せいぜい住んでる部屋くらいしか知らなかった。しかし、この階から見える風景はなぜか鈍色の雲で覆われ、雨が降り続けていた。本来であれば、マンションの外は、皮肉なくらいに眩しい夕日がそこにあるはずだ。

ここの特異な現状を生み出しているのは、NPCであろう、ヒトの影だ。
その存在は例え靄で見えなくとも、変わり果てた姿でうろついているのはわかった。
あらぬ方向に曲がった手足、ぐしゃぐしゃにも思える頭部……。
そして赤銅色の手すりに、コンクリートに散らばっている赤、これら全てが『先輩の執着』が作り出した悲惨な現実なのか。例のイケPの件があるのだから、これが先輩の執着であり、現実の一部なのだと、容易に想像がついた。

それから、僕はマンションを歩き回った。引き返す訳にはいかないのだ。
しばらく歩くと、ドアが少し開いている部屋の前にたどり着いた。
……誰か、いるらしい。
少し嫌な気もするが、そっと扉を開けた。
途切れ途切れな浅い呼吸が聞こえる。
────僕は、その光景に戦慄した。
「──先輩!!!!」
何かが、先輩の首を締めている。
先輩に覆いかぶさった黒い影はノイズの混じる奇妙な声で叫んでいる。
『□□□□□□!!!!』
「────」
先輩は抵抗する訳でもなく、ただ静かにその影を見つめていた。
それは僕も見たことの無い、えも言われぬ表情だった。
───なんで、どうして。
次の瞬間には僕の身体は勝手に動いて、影を突き飛ばしていた。

「────!!」

そんな僕の行動を見て、先輩は目を丸くしていた。
先輩は軽く咳をすると、どうしたの、と言う。

「どうしたも何も!!あなた今殺されそうだったんですよ!?そんな光景を見て僕が何もしないとでも思ったんですか!?」
「いや…そうじゃないよ。君の行動は確かに嬉しかったよ。でも、俺のことなんて憎いだろう?もういっそ殺してしまえばよかったのに。鍵介は馬鹿だなぁ。」

そうやって弱々しく微笑む。つい先日見たような攻撃衝動の塊のような彼は、どこにも見当たらなかった。実はあんなことをしていたのは別人なんじゃないか、と思うほどに。

「先輩は……どうして、そうやって……」

笑って、平気そうに振る舞うんですか、その言葉は喉につっかえて出てこなかった。
なんだよ、これ。あんまりじゃないか。彼はなんて哀しい存在なのだろうか。

「……。お前は、出ていけ。」

先輩の冷たい声に肩がビクリと震えた。しかし、それが僕に向けて言ったのではないと、すぐにわかった。
先輩はノイズだらけの影を引きずるようにそいつの腕を掴み、マンションの外へ放り投げた。ただ部屋から追い出したのではなく、本当にマンションの外に投げたのだ。それは、毎朝ゴミ捨て場にゴミを捨てるのと同じくらいに自然で、不思議と先輩を非難する気にはならなかった。

「ごめんね、鍵介。こんなに散らかってて。」

他人から言わせてみれば非人道的な行いをしたとは思えないくらい、穏やかな微笑みだった。
そのまま先輩はマンションの扉を閉めて鍵をかけた。

「先輩…あの、さっきのは?」
「あぁ…アレのことか。…聞きたいの?」
「差し支えなければ、聞きたいです。」
「……いいよ。教えるから。きっとこれで俺が鍵介を拒んだ理由もわかるさ。」
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