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Caligula-カリギュラ-

「つまらないな。退屈だ。」

 誰に言うわけでもない言葉は、無人の屋上に消える。放課後にしては珍しいことで、今日は誰もいない。いつもなら『青春を謳歌(笑)』な生徒が一人や二人、いるのだけれど奇妙なぐらいに静かだった。
 ここに人が居ようと居まいと、俺には関係ないのだけど。
欠伸をかみ殺して、偽物の夕日を眺める。こんなことをするのは何年振りだろうか。そもそも外に出られたことだって随分と久しぶりな気がする。何もすることがないと、こんなどうだっていいようなことに気付くものだ。

「――…ルシード。」
「…何。俺は今桐生瀬那だけど?」

 振り向かなくたって声でわかる。実質”オスティナートの楽士”のリーダーである例の『彼女』だろう。俺は屋上の欄干に肘をついたまま答えた。

「あんたにしては珍しいんじゃない?こんなところに来るなんてさ。ここはあんたの大好きなスポットじゃないけど?」
「……。」

 ちょっと冷かして言ってみると、思った通りというべきか背中越しに鋭い視線を感じる。眼力で人を殺すことができるなら、きっと俺は今頃この世とオサラバしているだろう。

「…あなたには呆れるわ。本当に。」
「そりゃどーも。それで?俺に何の用。」

 ふいにソーンが傍に来て、クスリと微笑んだ。まあそういうときは何かと良くないことを考えている。

「ねえ、もし私が一緒に死んでほしいと願ったらどうする?」
「え?何、心中?…美人のお願いだもんね、一緒に死んであげてもいいよ?」
「…。つまらない男ね。」
「どうして?一緒に死んであげるって言ってるのにさぁ」
「そう。じゃあ飛び降りてしまいましょうか。さあ、一緒に死にましょう?」

 そういってソーンは何のためらいもなく、屋上の柵を越える。俺もそれに倣って、柵を越える。

「…本気なのかしら。」

 普通なら怖気づくような、屋上の端に立っていたとしても、彼女は怪訝な顔をしてみせる。何だか気に入らないが、彼女にとっては「そんなもの」だろう。こうやって何度も何度も飛び降りては笙悟に悪夢を見せ続けていたらしいし。

「本気かどうかはやってみればわかるんじゃない?」
「…そうかしら。」

 ソーンが視線を外したすきに、その背をトン、と押す。

「――!」

 ソーンが下に落ちていく様を眺めた。どうせここで彼女は死なないのは分かってる。死なないふうにできているのだ。
 その落ちていく様は何だか花弁の様に見えて、少し笑ってしまった。広がる艶やかな黒髪に、赤い口紅だとか、ネイルだとかで何かの芸術に様変わりする。
 その内消えてしまう血液も、より「彼女」を際立たせるための演出にも思えてしまう。それにしても、突き落とされた割には随分と満足そうな顔だったなぁ。これこそが彼女の幸せで、この世界を維持する意味、なんだろうか。それは虚構の幸せで、決して本物ではないが、「幸福」であることに変わりはないらしい。彼女の曲に、呪詛の様に蔓延るその「幸福」は明らかに、誰よりもメビウスの存在、あるいはあり方を全肯定している。

「…幸せそうでなにより。」

 はあ、と一つため息を吐いて、屋上の方へ戻る。俺は死んでやれないからね。俺はソーンとは違って、ここでとび降りたらそれが終わりだから。

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