Kaleidoscope(pkmn トウヤ夢)
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一息ついたところで私はとんでもない事に気が付いた。
ワシボンの件ですっかり宿泊予約が頭から抜けていたのである。
あわや町に着いたのに野宿になるという新人トレーナーの時に何度かしでかした珍事の再来か…?
戦々恐々としながら受付へ向かえば、運良くまだ今日は空室がいくつかあった。日頃の行いのお陰だな、うんと空き室の1つを借りて、部屋へ直行した。
「ハァ…疲れた」
「がぅ?」
「ぶぃぶぃ!」
「イーブイ、背中で暴れない」
思いの外疲労が溜まっていたらしい。ベッドに寝そべった瞬間疲れたなんて言葉が口から飛び出た。思い切り無意識だった。
うつ伏せにベッドに倒れ込んでいると何を思ったのかイーブイがドスドス飛び跳ねて背中で暴れる暴れる。地味に痛かった。
ウィンディはそれを害がないと見たのか何をするでもな眺めるだけ。ちょっとは助ける素振りを見せてほしい。
とりあえず今日目一杯バトルをしたイーブイは、本人が気付いていないだけで相当疲れが溜まっているはずだ。早めに寝かしつけようと首根っこを掴んで枕の横へ移動させて、いつものように背をポンポンと撫でて寝かせる体制に入る。
5分もしなうちにイーブイから寝息が聞こえ、それに釣られるように私も、うつらうつら瞼が下がる。
明日は朝からワシボンに会いに行って、それから…。頭の片隅で思うのはワシボンのその後をどうするべきか。
あの子はこれからどうするのだろうか。一度人の手に渡ったポケモンが野生に戻るには相当な苦労があると言う。
人の世界でもあるように、野生の世界にもルールや慣習、暗黙の了解なんてものがあるらしい。
野生のポケモンは一度人の元で育ったポケモンを嫌う傾向がある。人の染み付いた匂いもそうだろうが、野生からするとモンスターボールに入ったポケモンは食べ物も住む所も苦労しない温室育ちということなのだろうけれど。
「……」
旅立って早々問題だらけか…と思いながら私は限界になった目を閉じた。
※※
ワシボンに充てられた病室へ向かう前に一応イーブイを回復していこうと思い、ヤドランとイーブイのボールを腰につけて、部屋を出てロビーへ向かった。
しかし、ロビーへ近づくにつれて聞こえてくる焦燥を孕んだざわめきに眉根を寄せる。
また何かトラブルだろうか。トラブルはレッドの専売特許だったはずなのに、と思いつつロビーと宿泊棟を繋ぐ扉近くにいる男性トレーナーへ尋ねた。
「…何かトラブルですか?」
「ワシボンがロビーで暴れてるんだよ、全く…」
「…」
このタイミングでワシボンと聞いて無関係だと思うほど馬鹿ではない。頭が痛くなった。
確かに目が覚めたら見知らぬ部屋で器具に繋がれていたのだ。ただでさえ人間不信が浮上しているのだ。見知らぬ研究所に売られたのかもしれないとパニックになっても可笑しくはない。大分配慮が足りなかった。
やっぱり先にワシボンの病室へ向かうべきだった、そもそも同じ部屋に泊まるべきだったという反省は後にして。
「ハァ…イッシュに来てから本当についてないわ…」
「は?…ってオイ、アンタ危ないぞ!!」
警告を無視して暴れるワシボンに近付く。
ロビーの中央でワシボンはど暴れていた。包帯は外れ、傷口からは血が滴って床を汚す。見ている方が痛くなる暴れ方だ。
ワシボンは近付く私にいち早く気付くと襲い掛かってくる。
それにいち早く気付いたのはウィンディとイーブイだけれど、今回は駄目だ。怯えさせてはいけない。
「ウィンディ、イーブイ待機」
「ツヅリさん!!」
「…っ」
正面から噛み付いてこようとするワシボンに咄嗟に右腕を差し出す。どこか遠くでジョーイさんの悲鳴が聞こえた。
小型とはいえ流石はポケモンで、強烈な痛みが走り、顔をしかめる。
火傷をしたかのような鋭い痛みに声を上げたくなるが、ここで叫んだり振り払ったり怒鳴ったりはいてはいけない。
ワシボンは今何がどうなっているかわからず、興奮状態に陥っているだけだ。
お気に入りのパーカーが破れて出血した血で汚れても……ショックでも平静で語りかける。内心は血涙だけれども。
「大丈夫。もう君を傷付ける人はいない」
「…!」
「大丈夫」
言い聞かせるように再度言えば、ワシボンはそろりと噛み付いていた私の右腕から口を離す。
「うん。いい子」
右手は怪我で動かせないので左手で、ポフポフと撫でてあげるとワシボンは目を細めてから私の血を舐める。
心配していた程人間不信の気はないようで安心はしたが、舐めるのはお互いの衛生的に宜しくない。再度傷口を舐めてこようとするワシボンの頬をモニュッと掴んでやめさせる。
それにしても仕方無いとはいえ、ポケモンセンターで流血沙汰とか悪いことをした。他人事のように思っていると騒動の元になったワシボンが大人しくなってすぐにジョーイさんが飛んで来る。
「ツヅリさん!大丈夫!?
…大変。出血してるわ。すぐに処置を」
「死にはしないので大丈夫ですよ」
騒動が解決したことによって止まっていた人の波が動き出して、ポケモンセンターに入ったり、外へ出たりようやくいつもの光景へ様変わりした。
そんな光景を横目に私はジョーイさんからお説教をされながら包帯を巻かれている。怪我はしたけれども他に怪我人はいないし普通に右手も動く。だが、問題無しと思っているのは私だけらしい。
ジョーイさんは目を釣り上げて怒っていた。たいそうご立腹のご様子である。
「興奮しているポケモンの前に飛び出すなんて何を考えてるの!!」
「結果オーライですよ」
「それは結果論です!!
ワシボンもあんなに暴れたら傷口が開くでしょう!?」
「わし…」
「ワシボン、ここは謝っとけば良いんだよ」
「ツヅリさん!純粋な子に何を吹き込んでいるんですか!!?」
「…ヒステリックは婚期逃しますよ」
「余計なお世話です!!!」
「〜っ!!」
当てつけというか八つ当たりというか、ギューっと傷口を押されて声なき悲鳴を上げ悶絶する。怪我人になんて酷い。プンスカ怒りながらジョーイさんはそのまま業務へと戻り、待合スペースのソファには私とワシボンだけが残った。
お利口に隣のソファにいるワシボンは首を傾げている。可愛い。……ではなくて。
「ワシボン、これからどうする?」
「わし…?」
「誤魔化しても君が辛いだけだからハッキリ言っとくと…今ワシボンは野生の状態なんだよ」
「…」
流石に捨てられたとストレートに言うのは憚られて遠回しの表現になったがワシボンは自分でも分かっていたのだろう。抗議することなく目を伏せた。
……なんだか私がワシボンを虐めているみたいでとても気分が悪い。
「で、提案なんだけど…君私と来ない?」
勿論、ワシボンが野生に戻りたいのであればその意思を尊重する。
でも、出来れば一緒に来てほしいと思う。
だって、悔しい。
こんなにも愛嬌もあって、自分の怪我よりも私を心配してくれる優しい子を捨てるさえ許せないが暴行する?
自分の実力不足をポケモンを押し付ける救いようのないトレーナーが?
「強制はしない。
でも、もし一緒に来てくれるなら…君の元トレーナーが腰抜かすくらい、後悔する位強くする。必ず」
「…!」
私が言い切ればワシボンは顔を上げて、目を瞬かせた。
「これは私個人の考えだけど…バトルの勝敗ってね、勘違いしてるトレーナーは多いけどトレーナーにも責任はある」
ポケモンはトレーナーに尽くすことが仕事。
でもトレーナーは、ポケモンを勝たせることが仕事だ。
向き不向きはポケモンに限らず生き物であれば当然ある。
バトルが好きなポケモン
痛い事が苦手なポケモン
辛い味が好きな子
甘い味が好きな子
それでも人などよりもずっと可能性を秘めているポケモンが弱いなんてことは決してない。
何故なら強みを最大限に伸ばし、弱みを克服、工夫・カバーしてやるのがトレーナーの役目なのだ。
そうやって古来から人とポケモンは支えあって生きてきた。
「君がトレーナーに何を言われたかは知らない。
けど、ワシボンは弱くなんかないよ」
言わないけれど、弱いのはワシボンの強さを引き出しきれなかったトレーナーなのだから。
言いたいことを言い切った。
ワシボンはその間ずっと私を見つめ続けて、まるで見極めているようだった。
ここまで語ってフラれるならば仕方ない。嫌がる子を無理矢理仲間にする趣味は持ち合わせてはいないので諦める所存だ。
悔しいけれど、それは私についていきたいと思える魅力が無いということだ。
まるで、応募作品の結果発表の時の緊張だった。バトルの高揚とはまた違う独特な、緊張感。
人が行き交う、ポケモンセンターの中なのに。
上ずりそうになる声を必死に抑えて私は尋ねた。
「それで…どう?来る?」
「わし!」
「…!」
緊張していた私が馬鹿みたいにアッサリとワシボンは旅の同行を承諾した。
思っていたよりもずっとワシボンは身体だけでなく精神も逞しいポケモンだったらしい。人間を怖がる素振りも見せないし、私が過敏に反応し過ぎていたようだ。
大きく羽を広げたワシボンに私はモンスターボールを投げた。
赤い光と共に吸い込まれていくワシボン。2、3回横に揺れていたボールが完全に停止し、私はイッシュ地方初のポケモンをゲットしたのである。
「これから末永くよろしくね、ワシボン」