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『もしも違う世界に行けたら』
そんな夢想をしたことはあるだろうか。
私はある。
次の日がテスト(一夜漬け)の日とか、夏休み最終日とか、締切とか、自分にとって都合が悪い日とか。別の世界に行ったら永遠に来ないじゃ〜〜ん!って思ったことが何度もある。
結局私の願いが叶うことなんてなく、明日は太陽と一緒にやって来たのだけれども。
だけれども!!
本当にそれが起きればいいのか?と問われたらまた別で。
だから、私は絶賛混乱中なのである。
「…………え?」
学校帰り。今日は最近ハマっている小説の新刊発売だ!フゥ〜!!と顔にはおくびにも出さず(オタクの鍛えぬかれた表情筋をナメてもらっては困る)横断歩道を渡っていると、目の前に信号無視トラックが!!
テメェ公道で何キロで走ってんだ!!と言いたくなるようなスピードで突っ込まれたらさ……言わなくてもわかるじゃん?
普通にはねられた。
騒然となる交差点。
けど、私にそんなことを気にする余裕なんてなくて。
とにかくめっちゃ痛かった。
漫画とか小説のよくあるフレーズでさ、自分の身体のことは自分がよく分かる。ってよく言うけど本当にその通り。
あコレ絶対死んだわと思ったのよ。痛いの通り越したらさ、ダメなんだよね、人間って。
短い人生だったなぁ、親不孝な娘でゴメンね、あとは愚妹が両親の目を盗んで私の戦利品という名の黒歴史を処分してくれることを切に願う。同じ腐った沼の住人の愚妹はともかく、遺品整理してたら実は娘が過度な二次元大好き人間でした☆とか昇天するよ。
いやマイシスター頼むぜ、マジで。じゃねぇとテメェの枕元に出るからな、私は。
そんなことを思いながら目を瞑った。
が、さわさわと髪が風にさらわれる感覚に目を開いた。そう、開いた。
それだけでも意味不明なのに。
「……いや、ここ…どこよ……」
コンクリート地帯から緑豊かなクソ田舎に瞬間移動していたのである。
おまけに、お世辞にも豊満とは言えなかったJKの身体が更にちんまく…推定10歳のぷにぷにぼでーに変身…もとい、縮んでいたのである。
「……???」
いや、ホント何が起こった。
私はとても混乱しているので、速やかな説明を所望する所存である。
雷解
結論から言えば私は大正時代にタイムスリップしていた。
しかも聞いて驚け。ただのタイムスリップではなくなんとこの世界には人食い鬼が出る。
非科学的なことを全否定する質ではないが、ファンタジー的なことが目の前で起こると現実逃避するじゃない?
私もその光景を最初見たときは映画とかドラマの撮影かと思った。
あの日はクソ田舎に放り出されて数日経ったある夜のこと。
私は運の良いことにある老夫婦に拾われていた。そりゃ家の軒先で子供が倒れてたら驚くわ。
私がこの時代が大正だと知ったのは、放り出されてすぐ。ふと足元を見れば新聞が落ち…置いてあってそれで知った。
最初は質の悪いイタズラかと思ったのだけれども、人間があの一瞬でこんな場所に飛ばすことができるわけが無い。原理はわからないが私は大正時代へタイムスリップしたらしいと仮定した。
それからこの時代のお金を持たない私が飲み食いできるはずもなく、フラフラと彷徨いパタン、と力尽きたところまでは覚えている。
目を開けると見覚えのない木製の天井。そして、私は気のいい、というか良すぎて何かと心配になるお人好しな老夫婦に出会った。
服はラッキーなことに着物に変わっていたのでそれとなく話を合わせるだけでアラ不思議。記憶喪失な娘っ子の爆誕である。
とても心苦しいが、未来から来たんです!なんて言おうものならたとえお人好しな老夫婦と言えども何されるか分からない。
子宝に恵まれなかったらしい彼らは私に帰る場所がないことを分かると家においでといって家族として迎え入れてくれたのである。
人が良すぎて本当に心配なので、私がしっかりせねば。決意した。
老夫婦の家は山中、町から少し外れた場所にある。なので入用の時は山を下って行く必要があった。
この時代に来て常々思うのは私はとても恵まれた時代に生きていたことである。洗濯物は洗濯機なんて便利な物はないので手洗いだし、お風呂を沸かすのもボタン一つじゃなくて自力で火を起こしてから始まる。食べることに困ったことはないし、私は何もかもが恵まれていた。
その日はお使いを頼まれて町で買い物をした帰り。八百屋のおかみさんと話が盛り上がり過ぎてあたりが暗くなってきていた。
私が子供ということもあるのだろうが、老夫婦はいつも『暗くなる前に帰って来なさい。でないと鬼が出る』と怖い顔をして言っていた。見た目はともかく10代後半な私である。そんな話全くもって信じていなかった。
しかし、私は見てしまった。
山の麓まであと少し。思ったよりも暗くなってしまってこれは怒られる〜と小走りに駆けていた。普段は優しい老夫婦だが、怒るとめちゃくちゃ怖いのである。
なんて思っていると路地裏で何かピチャピチャという奇妙な音を聞いて足をなんとなく止めてしまった。
水滴が滴るにしてははっきりと聞こえすぎるし、力強い。それにここ数日雨なんて降っていないのに水音?と思ってしまったのが全ての間違い。
好奇心に抗えず、忍び足でそぉ〜っと私は謎の音の方へ向かった。
するとそこには地面に広がる夥しい赤、漂う血臭が脳を揺さぶり、地面に倒れ込んだ元人間だったものを貪る異形がいた。
『…?……!?』
最初はドラマの撮影か?と思ったが、ここは現代ではない。大正時代だ。
何より漂う血の臭いがアレは現実だと訴えている。
本物の惨劇だと気付いてしまえば一気に恐怖が押し寄せる。思わず叫びそうになったが、間一髪働いた理性が口と暴れだす心臓を抑えつけて事なきを得た。
恐怖でバクバクと心臓はうるさいし、手は震え、足もガクガクで動けそうになかった。
そうやってどのくらい息を潜ませていただろう。気が付けばその異形ーーきっとあれが老夫婦の言う鬼だろうーーは姿を消していてヘナヘナ、と私は地面に座り込んだ。
ただのタイムスリップと思っていた。でも、そうじゃない。
私がいた世界で空想の存在だった鬼がここでは存在している。
このことから私は信じたくないが一つの結論に達した。
つまりここは過去の世界ではなく、過去に似た別の世界なのである、と。
その後、家に変えるとおじいさんからはしこたま怒られ拳骨を食らうし、おばあさんからは泣かれるしで大変だったが生きていることに感謝した。
そうして、老夫婦に三年お世話になったある日。
今度は見たのではなく、私は鬼に遭遇した。
「稀血ぃ…食わせろ…」
「…は?マレチ?」
夕暮れ前のお使い帰り。山を登っていると目をギラつかせる鬼が私の前に現れた。
血走っている視線の先には、朝食を作るとき、包丁で指を切ってしまいおばあさんの丁寧な処置がされている人差し指。
稀血がなんなのかは知らないが、どうやら狙われているらしい。
三年前、鬼を初めて見た後おじいさんに何も習ってないよりマシだとのことから剣術を仕込まれ私は多少のことでは動じないふてぶてしい女の子になった。
おじいさんからは、筋は悪くもないが良くもないと褒められているのか貶されているのかわからない評価を頂いている。
「馳走食わせろ!!」
「はァ!?何でテメェのご飯にならなきゃいけないんだよ!!」
一撃で仕留めようと跳びかかってきた鬼の聞き捨てならない台詞に反撃と同時に、避けて前のめりになった鬼の顔面の横っ面を蹴り飛ばした。着物がめくり上がるが命には変えられない。
……実戦向けの剣術&体術習っててよかったと本当に思った。
いや、それよりも逃げる事が先決である。
幸い道は獣道で鬼は見た目普通な町娘から反撃されると思っていなかったようでゴロゴロと坂道を下っていく。変な音がしたので骨が折れたらしい。普通の人間ならばこれで安心だが……。
「食わせろ!!」
「ですよね!!!」
変な方向に首が曲がった鬼は痛くもなんともないらしくそのまま追い掛けてきた。
町の方向に逃げるか家の方向に逃げるか一瞬迷ったが、家の方角を目指した。
町に逃げ込んで人なんて食われたらたまったもんじゃないし、それが顔見知りが食われるなんてなった日には夢見が悪いなんてどころじゃない。
それに、ここから町は隠れる場所がないほぼ一本道。それでは身体能力が人間の倍以上優れている鬼から逃げるなんて望み薄、今この瞬間に隕石が落ちて来るくらいの確率である。
更に言えば、この三年私は剣の指南を山の中で受けていた。今の私にとってこの山は庭なようなものだ。山の中に逃げて適当に撒けば無問題(ノープログレム)
見失えばさっさと帰るだろう。多分。
追い掛けてくる鬼を背に、二又に別れた道をいつもなら右に行くところを左へわざと外れて鬼が追いかけてくるのを確認して道ではない道を私は駆けた。
※※
「ああぁぁぁ!!!しつこい!!!」
「稀血ぃぃ!!!」
「さっきから稀血稀血うるせぇわ!!!それしか言えねぇのか!!テメェは!!!」
「食わせろ!!!」
「それも聞き飽きたわ!!!」
逃げて逃げてどれくらい時間が経っただろう。
具体的には時計も何もない私にはわからないが、茜色だった空が群青色に、夕日が地平へ沈み、月が顔を出す位には時間が経っていた。
それだけ時間が経っていても未だに私は鬼を撒けていなかった。鬼という生物を軽く認識していたこと、甘く見過ぎていると言われても仕方ない。事実まだ窮地にあるのだから。
私の足は早くもないが、遅くもない。鬼から一定の距離を保ったままだった。山に仕掛けてある害獣を仕留めるためのトラップを吹っ掛けているにも関わらず、コレである。
ヤバイ。詰んでいるかもしれない。なんて思った時だ。
「あっ」
ヤバイ死んだ。
木の根で足を引っ掛けて転んだとき、痛いより先にそう思った。
私が鬼から一定の距離を取れていたのはトラップ発動をさせる手間はあれども走れていたからだ。それが崩れたとなると辛うじて保たれていた均衡は一気に崩れる。
鬼も馬鹿じゃない。振り返ると鬼は一気に間合いを詰め、好機と跳びかかってきた。
襲い掛かってくる鬼にトラックと同じ感覚を覚えた。
しかし、私は宝くじ一等賞の確率を引き当てた。
「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」
「は…え?」
雷が落ちるかのような轟音が轟いたかと思えば目の前まで迫っていた鬼の首と身体は真っ二つに両断。悲鳴を上げながら鬼は塵となって消える。
鬼は不死だと聞いていたので私からすると未知の現象である。
加えてそれをやったのがおじいさんよりも体躯の小さいご老人によって、であるから混乱度は更に上がる。
「鬼から丸腰で数時間逃げ回るとは、流石兼吉(かねよし)の弟子だな」
「はぁ…ありがとうございます…」
兼吉とはおじいさんの名である。彼の名を知っているとなるとあの人の友人だという鬼狩りを育てている教育者とはこの人のことだろうか。いやそんなことよりも。
私は土で汚れた着物を払いながら小柄な恩人へと尋ねた。
「あの…鬼はおじいさんから不死だと聞いていたんですけどあなたは何を…?」
「鬼は不死。それは間違いない…が、日輪刀…特殊な刀で首を斬った時か太陽の光でのみ殺すことができる」
「なるほど…あと一つ、私さっき鬼から稀血?って呼ばれたんですけどご存知です?」
「鬼は人間を食う。その人間の中に鬼に数十人分の栄養を与える血を持つ人間がたまに存在する。それが稀血だ」
「あぁ…それで」
鬼がやけに執拗に追って来ていた理由をおじいさんの答えで納得した。
一人で数十人の栄養になるならそりゃ見つけたら追いかけるわ。私でも追いかけるもの。
でも、それはつまり。
「私、一生鬼に追いかけられるってこと?食糧として?」
「雑に言えばそうなる」
「………は?意味分かんないんだけど」
「…」
『慈悟朗、アレは死ぬほど負けず嫌いだ。言葉を間違えれば鬼殺隊に入ると言い出すとも限らん。……頼むぞ』
真顔の少女から沸々湧き上がる怒りを感じ取った元雷柱 桑島慈悟朗は古い友人に心の中ですまん、間違えたと謝った。
まさかこんな気が短い娘だと誰が思うのか。
桑島は久方ぶりに古くからの友人である兼吉を訪ねていた。
文通をする仲の二人だが、兼吉の手紙にはそれまでは妻の話が大半だった。
しかし、三年ほど前から義理の娘が九割を占めるようになり、更にあの気難しい頑固爺が剣術を教えているという。珍しいこともあるものだと思い、所用で兼吉宅の近くまで寄ったので立ち寄ったのだ。
すると、兼吉の義理の娘が日暮れになっても帰ってこないという。
『なら儂が見てこよう。何、一線を退いた身といえ儂は育手だ』
『……すまん、慈悟朗』
日暮れは鬼の時間だ。鬼に抗う手段を持たない兼吉では鬼に食われ兼ねない
。兼吉が弱くないことはよく桑島も知っているがそれは人相手である場合だ。
ここは育手とはいえ桑島が行くべきだろう。
兼吉から義娘の特徴を聞いた桑島は山を降りていった。
そして、その特徴と一致する少女が鬼に食われる寸の所で助けたのである。
少女は真顔からニコリと人好きのする笑顔を浮かべると膝を折った。
「おじいさん、私鹿嶋明衣と言います。お願いがあるのですが」
「……なんだ」
聞きたくない。聞きたくない。
少女ーー鹿嶋明衣が何を言うか分かりきっている桑島は、耳をふさぎたい衝動にかられたが老い先短い身である。そんな無様な真似冗談でも出来無かった。
「私に鬼の殺し方教えて下さい。このまま大人しく鬼に怯えて生きていくなんて私真っ平御免です。
何より、」
「何より?」
「鬼の事情でご馳走扱いされるのが一番頭に来る。
テメェの懐事情なんざ私が知るか!!」
「(口の聞き方まで兼吉に似て…)」
「だったら逆に誘蛾灯の如く鬼を狩ってやろうと思いまして」
「……気概はあるってのは分かった」
逆毛立てる猫の如く吠えた少女に桑島は何とも言えない顔をした。
気難しいことで有名な兼吉がたとえ身を守る為であるとはいえ剣を教える位だ。途中で投げ出すとかその辺りの心配はない。
寧ろ万年人不足の鬼殺隊士になりたいというのだから歓迎はする。するのだが。
「まずは兼吉に許可貰って来なさい」
話は全てそれからだ。
「はい!」
血の繋がりはないと知ってはいるが自分から茨の道を進むところは父娘そっくりだと笑顔で家へと帰って行く少女の後ろ姿を見て桑島は思った。
そんな夢想をしたことはあるだろうか。
私はある。
次の日がテスト(一夜漬け)の日とか、夏休み最終日とか、締切とか、自分にとって都合が悪い日とか。別の世界に行ったら永遠に来ないじゃ〜〜ん!って思ったことが何度もある。
結局私の願いが叶うことなんてなく、明日は太陽と一緒にやって来たのだけれども。
だけれども!!
本当にそれが起きればいいのか?と問われたらまた別で。
だから、私は絶賛混乱中なのである。
「…………え?」
学校帰り。今日は最近ハマっている小説の新刊発売だ!フゥ〜!!と顔にはおくびにも出さず(オタクの鍛えぬかれた表情筋をナメてもらっては困る)横断歩道を渡っていると、目の前に信号無視トラックが!!
テメェ公道で何キロで走ってんだ!!と言いたくなるようなスピードで突っ込まれたらさ……言わなくてもわかるじゃん?
普通にはねられた。
騒然となる交差点。
けど、私にそんなことを気にする余裕なんてなくて。
とにかくめっちゃ痛かった。
漫画とか小説のよくあるフレーズでさ、自分の身体のことは自分がよく分かる。ってよく言うけど本当にその通り。
あコレ絶対死んだわと思ったのよ。痛いの通り越したらさ、ダメなんだよね、人間って。
短い人生だったなぁ、親不孝な娘でゴメンね、あとは愚妹が両親の目を盗んで私の戦利品という名の黒歴史を処分してくれることを切に願う。同じ腐った沼の住人の愚妹はともかく、遺品整理してたら実は娘が過度な二次元大好き人間でした☆とか昇天するよ。
いやマイシスター頼むぜ、マジで。じゃねぇとテメェの枕元に出るからな、私は。
そんなことを思いながら目を瞑った。
が、さわさわと髪が風にさらわれる感覚に目を開いた。そう、開いた。
それだけでも意味不明なのに。
「……いや、ここ…どこよ……」
コンクリート地帯から緑豊かなクソ田舎に瞬間移動していたのである。
おまけに、お世辞にも豊満とは言えなかったJKの身体が更にちんまく…推定10歳のぷにぷにぼでーに変身…もとい、縮んでいたのである。
「……???」
いや、ホント何が起こった。
私はとても混乱しているので、速やかな説明を所望する所存である。
雷解
結論から言えば私は大正時代にタイムスリップしていた。
しかも聞いて驚け。ただのタイムスリップではなくなんとこの世界には人食い鬼が出る。
非科学的なことを全否定する質ではないが、ファンタジー的なことが目の前で起こると現実逃避するじゃない?
私もその光景を最初見たときは映画とかドラマの撮影かと思った。
あの日はクソ田舎に放り出されて数日経ったある夜のこと。
私は運の良いことにある老夫婦に拾われていた。そりゃ家の軒先で子供が倒れてたら驚くわ。
私がこの時代が大正だと知ったのは、放り出されてすぐ。ふと足元を見れば新聞が落ち…置いてあってそれで知った。
最初は質の悪いイタズラかと思ったのだけれども、人間があの一瞬でこんな場所に飛ばすことができるわけが無い。原理はわからないが私は大正時代へタイムスリップしたらしいと仮定した。
それからこの時代のお金を持たない私が飲み食いできるはずもなく、フラフラと彷徨いパタン、と力尽きたところまでは覚えている。
目を開けると見覚えのない木製の天井。そして、私は気のいい、というか良すぎて何かと心配になるお人好しな老夫婦に出会った。
服はラッキーなことに着物に変わっていたのでそれとなく話を合わせるだけでアラ不思議。記憶喪失な娘っ子の爆誕である。
とても心苦しいが、未来から来たんです!なんて言おうものならたとえお人好しな老夫婦と言えども何されるか分からない。
子宝に恵まれなかったらしい彼らは私に帰る場所がないことを分かると家においでといって家族として迎え入れてくれたのである。
人が良すぎて本当に心配なので、私がしっかりせねば。決意した。
老夫婦の家は山中、町から少し外れた場所にある。なので入用の時は山を下って行く必要があった。
この時代に来て常々思うのは私はとても恵まれた時代に生きていたことである。洗濯物は洗濯機なんて便利な物はないので手洗いだし、お風呂を沸かすのもボタン一つじゃなくて自力で火を起こしてから始まる。食べることに困ったことはないし、私は何もかもが恵まれていた。
その日はお使いを頼まれて町で買い物をした帰り。八百屋のおかみさんと話が盛り上がり過ぎてあたりが暗くなってきていた。
私が子供ということもあるのだろうが、老夫婦はいつも『暗くなる前に帰って来なさい。でないと鬼が出る』と怖い顔をして言っていた。見た目はともかく10代後半な私である。そんな話全くもって信じていなかった。
しかし、私は見てしまった。
山の麓まであと少し。思ったよりも暗くなってしまってこれは怒られる〜と小走りに駆けていた。普段は優しい老夫婦だが、怒るとめちゃくちゃ怖いのである。
なんて思っていると路地裏で何かピチャピチャという奇妙な音を聞いて足をなんとなく止めてしまった。
水滴が滴るにしてははっきりと聞こえすぎるし、力強い。それにここ数日雨なんて降っていないのに水音?と思ってしまったのが全ての間違い。
好奇心に抗えず、忍び足でそぉ〜っと私は謎の音の方へ向かった。
するとそこには地面に広がる夥しい赤、漂う血臭が脳を揺さぶり、地面に倒れ込んだ元人間だったものを貪る異形がいた。
『…?……!?』
最初はドラマの撮影か?と思ったが、ここは現代ではない。大正時代だ。
何より漂う血の臭いがアレは現実だと訴えている。
本物の惨劇だと気付いてしまえば一気に恐怖が押し寄せる。思わず叫びそうになったが、間一髪働いた理性が口と暴れだす心臓を抑えつけて事なきを得た。
恐怖でバクバクと心臓はうるさいし、手は震え、足もガクガクで動けそうになかった。
そうやってどのくらい息を潜ませていただろう。気が付けばその異形ーーきっとあれが老夫婦の言う鬼だろうーーは姿を消していてヘナヘナ、と私は地面に座り込んだ。
ただのタイムスリップと思っていた。でも、そうじゃない。
私がいた世界で空想の存在だった鬼がここでは存在している。
このことから私は信じたくないが一つの結論に達した。
つまりここは過去の世界ではなく、過去に似た別の世界なのである、と。
その後、家に変えるとおじいさんからはしこたま怒られ拳骨を食らうし、おばあさんからは泣かれるしで大変だったが生きていることに感謝した。
そうして、老夫婦に三年お世話になったある日。
今度は見たのではなく、私は鬼に遭遇した。
「稀血ぃ…食わせろ…」
「…は?マレチ?」
夕暮れ前のお使い帰り。山を登っていると目をギラつかせる鬼が私の前に現れた。
血走っている視線の先には、朝食を作るとき、包丁で指を切ってしまいおばあさんの丁寧な処置がされている人差し指。
稀血がなんなのかは知らないが、どうやら狙われているらしい。
三年前、鬼を初めて見た後おじいさんに何も習ってないよりマシだとのことから剣術を仕込まれ私は多少のことでは動じないふてぶてしい女の子になった。
おじいさんからは、筋は悪くもないが良くもないと褒められているのか貶されているのかわからない評価を頂いている。
「馳走食わせろ!!」
「はァ!?何でテメェのご飯にならなきゃいけないんだよ!!」
一撃で仕留めようと跳びかかってきた鬼の聞き捨てならない台詞に反撃と同時に、避けて前のめりになった鬼の顔面の横っ面を蹴り飛ばした。着物がめくり上がるが命には変えられない。
……実戦向けの剣術&体術習っててよかったと本当に思った。
いや、それよりも逃げる事が先決である。
幸い道は獣道で鬼は見た目普通な町娘から反撃されると思っていなかったようでゴロゴロと坂道を下っていく。変な音がしたので骨が折れたらしい。普通の人間ならばこれで安心だが……。
「食わせろ!!」
「ですよね!!!」
変な方向に首が曲がった鬼は痛くもなんともないらしくそのまま追い掛けてきた。
町の方向に逃げるか家の方向に逃げるか一瞬迷ったが、家の方角を目指した。
町に逃げ込んで人なんて食われたらたまったもんじゃないし、それが顔見知りが食われるなんてなった日には夢見が悪いなんてどころじゃない。
それに、ここから町は隠れる場所がないほぼ一本道。それでは身体能力が人間の倍以上優れている鬼から逃げるなんて望み薄、今この瞬間に隕石が落ちて来るくらいの確率である。
更に言えば、この三年私は剣の指南を山の中で受けていた。今の私にとってこの山は庭なようなものだ。山の中に逃げて適当に撒けば無問題(ノープログレム)
見失えばさっさと帰るだろう。多分。
追い掛けてくる鬼を背に、二又に別れた道をいつもなら右に行くところを左へわざと外れて鬼が追いかけてくるのを確認して道ではない道を私は駆けた。
※※
「ああぁぁぁ!!!しつこい!!!」
「稀血ぃぃ!!!」
「さっきから稀血稀血うるせぇわ!!!それしか言えねぇのか!!テメェは!!!」
「食わせろ!!!」
「それも聞き飽きたわ!!!」
逃げて逃げてどれくらい時間が経っただろう。
具体的には時計も何もない私にはわからないが、茜色だった空が群青色に、夕日が地平へ沈み、月が顔を出す位には時間が経っていた。
それだけ時間が経っていても未だに私は鬼を撒けていなかった。鬼という生物を軽く認識していたこと、甘く見過ぎていると言われても仕方ない。事実まだ窮地にあるのだから。
私の足は早くもないが、遅くもない。鬼から一定の距離を保ったままだった。山に仕掛けてある害獣を仕留めるためのトラップを吹っ掛けているにも関わらず、コレである。
ヤバイ。詰んでいるかもしれない。なんて思った時だ。
「あっ」
ヤバイ死んだ。
木の根で足を引っ掛けて転んだとき、痛いより先にそう思った。
私が鬼から一定の距離を取れていたのはトラップ発動をさせる手間はあれども走れていたからだ。それが崩れたとなると辛うじて保たれていた均衡は一気に崩れる。
鬼も馬鹿じゃない。振り返ると鬼は一気に間合いを詰め、好機と跳びかかってきた。
襲い掛かってくる鬼にトラックと同じ感覚を覚えた。
しかし、私は宝くじ一等賞の確率を引き当てた。
「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」
「は…え?」
雷が落ちるかのような轟音が轟いたかと思えば目の前まで迫っていた鬼の首と身体は真っ二つに両断。悲鳴を上げながら鬼は塵となって消える。
鬼は不死だと聞いていたので私からすると未知の現象である。
加えてそれをやったのがおじいさんよりも体躯の小さいご老人によって、であるから混乱度は更に上がる。
「鬼から丸腰で数時間逃げ回るとは、流石兼吉(かねよし)の弟子だな」
「はぁ…ありがとうございます…」
兼吉とはおじいさんの名である。彼の名を知っているとなるとあの人の友人だという鬼狩りを育てている教育者とはこの人のことだろうか。いやそんなことよりも。
私は土で汚れた着物を払いながら小柄な恩人へと尋ねた。
「あの…鬼はおじいさんから不死だと聞いていたんですけどあなたは何を…?」
「鬼は不死。それは間違いない…が、日輪刀…特殊な刀で首を斬った時か太陽の光でのみ殺すことができる」
「なるほど…あと一つ、私さっき鬼から稀血?って呼ばれたんですけどご存知です?」
「鬼は人間を食う。その人間の中に鬼に数十人分の栄養を与える血を持つ人間がたまに存在する。それが稀血だ」
「あぁ…それで」
鬼がやけに執拗に追って来ていた理由をおじいさんの答えで納得した。
一人で数十人の栄養になるならそりゃ見つけたら追いかけるわ。私でも追いかけるもの。
でも、それはつまり。
「私、一生鬼に追いかけられるってこと?食糧として?」
「雑に言えばそうなる」
「………は?意味分かんないんだけど」
「…」
『慈悟朗、アレは死ぬほど負けず嫌いだ。言葉を間違えれば鬼殺隊に入ると言い出すとも限らん。……頼むぞ』
真顔の少女から沸々湧き上がる怒りを感じ取った元雷柱 桑島慈悟朗は古い友人に心の中ですまん、間違えたと謝った。
まさかこんな気が短い娘だと誰が思うのか。
桑島は久方ぶりに古くからの友人である兼吉を訪ねていた。
文通をする仲の二人だが、兼吉の手紙にはそれまでは妻の話が大半だった。
しかし、三年ほど前から義理の娘が九割を占めるようになり、更にあの気難しい頑固爺が剣術を教えているという。珍しいこともあるものだと思い、所用で兼吉宅の近くまで寄ったので立ち寄ったのだ。
すると、兼吉の義理の娘が日暮れになっても帰ってこないという。
『なら儂が見てこよう。何、一線を退いた身といえ儂は育手だ』
『……すまん、慈悟朗』
日暮れは鬼の時間だ。鬼に抗う手段を持たない兼吉では鬼に食われ兼ねない
。兼吉が弱くないことはよく桑島も知っているがそれは人相手である場合だ。
ここは育手とはいえ桑島が行くべきだろう。
兼吉から義娘の特徴を聞いた桑島は山を降りていった。
そして、その特徴と一致する少女が鬼に食われる寸の所で助けたのである。
少女は真顔からニコリと人好きのする笑顔を浮かべると膝を折った。
「おじいさん、私鹿嶋明衣と言います。お願いがあるのですが」
「……なんだ」
聞きたくない。聞きたくない。
少女ーー鹿嶋明衣が何を言うか分かりきっている桑島は、耳をふさぎたい衝動にかられたが老い先短い身である。そんな無様な真似冗談でも出来無かった。
「私に鬼の殺し方教えて下さい。このまま大人しく鬼に怯えて生きていくなんて私真っ平御免です。
何より、」
「何より?」
「鬼の事情でご馳走扱いされるのが一番頭に来る。
テメェの懐事情なんざ私が知るか!!」
「(口の聞き方まで兼吉に似て…)」
「だったら逆に誘蛾灯の如く鬼を狩ってやろうと思いまして」
「……気概はあるってのは分かった」
逆毛立てる猫の如く吠えた少女に桑島は何とも言えない顔をした。
気難しいことで有名な兼吉がたとえ身を守る為であるとはいえ剣を教える位だ。途中で投げ出すとかその辺りの心配はない。
寧ろ万年人不足の鬼殺隊士になりたいというのだから歓迎はする。するのだが。
「まずは兼吉に許可貰って来なさい」
話は全てそれからだ。
「はい!」
血の繋がりはないと知ってはいるが自分から茨の道を進むところは父娘そっくりだと笑顔で家へと帰って行く少女の後ろ姿を見て桑島は思った。
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