いろは唄
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色は匂へど 散りむるを
我が世たれど 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず
ひらひら。ひらひら。
眠気を誘う陽光と共に桜の花が仲睦まじい男女を包むように降り注ぐ。
そこは禍を怖れる村人は絶対に立ち入らない秘境。
人の手が入らない現世の桃源郷。
たった二人だけの世界だった。
男は少々変わった家の生まれの人間だった。力は可もなく不可もなくあったが、生まれつき体が弱く父や兄、親族から日々罵倒され無い存在として扱われていた。
男はきっと自分は誰にも知られず風のように死んでいくのだと幼いながらに自らを嘲笑していた。
男の頭を膝に乗せ、それを撫でる女は千年を生きる狐ーー俗に言う妖狐だった。
本来であれば種族も何もかもが違う。払い、払われる関係で妖狐ーー呪霊は人間の天敵だ。
しかし、なんの運命のイタズラか。男は女によって救われた。
男は女に感謝し、その心はいつしか恋へと変わった。女も男に恋をしていた。
幸せだった。命を救ってもらった上に諦めていた人並みの幸せを男は女から貰った。
男の人生は女から貰ってばかりだった。
だから命の終わりを予感した男は今日この場所を選んだ。
このひとが望むものなら何でもあげようと。命も未来も魂もその先も。あげられるものであれば全て。
彼女の為に、恩ばかり売られておいてろくに返せもしない自分ができるのであれば何でもしようと思った。
ーーこれがさいご。
可愛い可愛いぼくの神様。あなたを置いて逝くぼくがあなたにしてあげられることはなんだろう?
そう問えば神様はいつものようにたおやかに微笑んだ。
『一つだけ。死んだ後もその先の先のずっと先までーーと一緒におってください』
『…それだけ?』
『はい。それだけで十分やさかい』
そんな簡単なこと。男は笑って頷いた。
『うん、いいよ。ぼくの可愛い神様、ぼくの可愛い自慢の奥さん。
死んだぼくも輪廻の先の先のぼくも全部、ーーにあげる』
『約束やで?』
『約束』
小指を繋いで交した約束は、契に、契約となって二人の魂を縛り合った。
『これでずぅーっと一緒や、旦那様』
それから女はずっと男の魂の隣で在り続けている。