双子岬と約束
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麦わらの一味が船長のルフィと謎の二人組を引き上げてからしばらく経った頃、クジラが大人しくなり穏やかな波が戻った。
そして、一味の関心は甲板にいる二人組に移る。しかしながら、二人組はというと取り囲むのが海賊ということもあり、座ったまま身動きを取ることもなければ、身分を明かすことも無かった。
「私の目が黒い内はラブーンに指一本触れさせんぞ!」
「戻ってきた」
そうこうしているうちに、ルフィ達が飛び出してきた扉から出て来たクロッカスは麦わらの一味…ではなく、メリーに座っている男女二人組に叫ぶ。言っている意味も分からなければ名前らしき名称に心当たりもない一味は首を傾げるばかり。
すると、今の今まで動きもしなかった彼らが手にバズーカ砲を持ち、フラリと立ち上がった。
「フフフ…」
「だが我々はもうクジラの胃の中!胃袋に風穴を開けることが出来るのだ!!」
「っ、アイツら…!」
そう言ってバズーカを発射した二人組にユイリは油断した、と舌打つ。外からの攻撃に強いラブーンだが、内側からの攻撃にも強い訳ではない。寧ろ激弱だ。多少であればなんとかなるだろうが、バズーカのような殺傷能力の高い兵器など当たればただでは済まない。タダでさえ、このクジラはもうボロボロなのにそうなっては…。
ユイリは孤島から飛び出そうとしたところで、クロッカスが弾をその身に受けるところを目撃し、足を止める。
「先生!」
「オホホホホ!無駄な抵抗はおよしなさい!」
「このクジラは我々の町の食糧になるのだ!!」
高笑いし、余裕綽々する二人組。流石のユイリももう我慢ならないと奥の手を使おうとした。
しかし。
ーーガンッ!
「何となく殴っといた!」
背後にいたルフィから後頭部を強打され、二人揃って意識を手放した。
間抜けとはこの二人のことを言うのだ。
しかし、ユイリとしてはそんなことより私の弟最高の一言である。
「ルフィくんさっすが〜!」
「ん?」
「え!?」
ピョン。そんな音がしたかと思えば一味が気付いたときには遠い孤島にいたはずのユイリがメリーに乗り込んでいた。しかもルフィを抱きしめた上での名前呼び。約一名言葉にならない表情になっているが、それはさておき。
一体どうやって!?ナミが叫んでいるが本人はにっこにこ笑うだけ。
「ユイリ!」
「はぁい、ユイリさんですよ〜!あ、図々しいのを承知でお願いしたいんだけど…クロッカス先生引き上げてくださらない?え〜と…サンジくん?」
「このサンジ、喜んで!!」
「あら、ありがと〜」
いつ名前を聞かれたのかユイリに名指しされたサンジは目をハートにしてドボンと酸の海へ。
その姿を見たユイリは一言。
「はー……ちょろ〜い」
「ナミとは別方向の腹黒さを感じるぞ、この女」
ウソップが半目になって指摘した。
「で?貴女とルフィどういう関係?」
サンジがクロッカスを回収し、序にあの傍迷惑な二人組も回収。意識のないクロッカスは傷の手当をして、二人組に関しては縄で縛り終わるとナミがそう切り出た。
お互い名前呼び、しかも心無しか気安いような気がする関係に一味全員興味津々である。
それに答えたのは意外にもルフィだった。
「ユイリはおれの姉ちゃんだ」
「姉ちゃん…」
「あぁ、ルフィの姉ちゃんか」
「へぇ、ルフィの」
「お姉さん」
「「「「ん!?」」」」
なるほど〜と頷いていた一同だが、恐ろしい言葉が聞こえた気がして顔を見合わせた。
「ル、ルフィ?ルフィ君?もう一回…」
「おれの姉ちゃんだ」
「お姉さんです」
満面の笑みを浮かべる姉弟をよそに、揃って聞こえた台詞が難聴でも何でもなく正常だったことに一味は絶叫した。
「「「「ルフィの姉ちゃん〜!!!??」」」」
恐ろしい事実が発覚してしまった瞬間だった。
「皆さん、いつも可愛い弟がお世話になってます」
「「「「あーいや、全く」」」」
若干の本性を垣間見たとはいえ、ルフィの血縁とは思えない丁寧な挨拶に思わず揃いも揃って頭を下げる。
ユイリから開放されたルフィはそう言えば、と根本的な疑問をぶつけた。
「そういやユイリは何で偉大なる航路にいるんだ?」
「? 医学の勉強するから偉大なる航路に暫くいるってお爺様に伝言頼んだんだけど…聞いてない?」
「聞いてねェ」
「えぇ?そっかぁ…でもお爺様だから仕方ないね〜」
「じぃちゃんなら仕方ねェな!!」
「うんうん、仕方ない仕方ない」
「(あ、ルフィの血縁を感じるぞこの会話)」
ウソップ以外の面々も同じことを思ったのだろう。にこにこする姉弟を横に微妙な顔をしていた。
ユイリの謎が解けたところでちょうど、気を失っていたクロッカスの意識が戻り、話はクジラへと戻る。
一行は詳しい話をするため、リゾートハウスのある孤島へメリー号をつけさせてもらうことになった。
「このクジラは"西の海"にのみ棲息するアイランドクジラという世界一大きな種のクジラで、名をラブーンという」
「ラブーン…そう言えばユイリが言ってたわね」
顎に手を当てたナミが思い起こすのはほんの少し前。
クロッカス達が姿を現してすぐの会話。
『正解正解!大正かーい!!ここはラブーンちゃんのお腹の中でーす!』
「確かに」
「私嘘は言わないよ〜……質の悪い冗談は言うけど」
「オイ」
酷く真面目な顔でとんでもない事を言うユイリに思わずゾロが突っ込んだ。
「冗談はさて置いて…ラブーンちゃん位大きなクジラだったらそこに縛ってある二人組が住んでる島民の2、3年分の食糧になるから狙われてるの。
私としてはこのまま胃酸の海に叩き落としても良いと思うんだけど」
「ラブーンが腹を壊すと何度言えば分かる」
「こうやって先生が聞いてくれないのよ〜」
ヘラヘラ〜と笑っているユイリであるが、サラリとかなりえげつないことを言っていることに一味は揃って顔を青くした。
「ま、それとラブーンちゃんが赤い土の大陸に頭をぶつけるのは別の問題だけどね〜」
「別?」
「そうだ。
コイツが赤い土の大陸に頭をぶつけ続けるのにも、リヴァース・マウンテンに吠え続けることにもはワケがある」
クロッカスは当時を思い出しながら麦わらの一味に、かつてユイリにも語ったその話を語り始めた。
ある日、クロッカスがいつものように灯台守をしていると麦わらの一味と同じ様に偉大なる航路へやって来た海賊がいた。
その船に引っ付いて西の海からやって来たのがラブーンだ。
その海賊達は船の修理のために双子岬で船が直るまで碇泊していたのだという。
クロッカスは陽気で明るい彼らと期限付きではあったが交友を深め、そして、別れの日が訪れる。
船長から「世界を一周して帰ってくる。だから二、三年ラブーンを預かって欲しい」と頼まれそれからクロッカスとラブーンは彼らの帰りを待っている。
だが。
「ーーもう、五十年も前になる」
「え?」
「仲間の生還を信じて待っているんだ」
驚き、目を見開いたまま固まる麦わらの一味をよそに、凪いだ海で一吠えしたラブーンの声が空気を震わせた。
クロッカスとユイリに先導され、一味はラブーンの体内から無事脱出した。
その折、ラブーンの体内に通路等を作ったのは外からの治療ではラブーンの傷は治せないゆえの苦渋の判断によるものということを聞き、安堵の息をもらしたのは一体誰だったか。
そんな会話を聞きながら、通路を出れば久方ぶりの本物の海と太陽にユイリは出迎えられ、目を細めた。お肌の大敵とは言えやはり、潮風と太陽は本物に限る。
「あ、ゾロくん。このお邪魔虫2匹捨てていい?」
「あぁ、その辺に捨てとけ」
「りょ〜かぁい」
お邪魔虫とは、ラブーンを捕鯨などと宣い体内から殺害宣言した上に、クロッカスに怪我を負わせ捕まえた男女二人組のことである。
本来なら船長のルフィに聞くべきであったが、そのルフィは何やら取り込み中のようだったので暇そうにしていたゾロに訊ねれば捨てろとのお言葉。
ユイリは、日頃の恨みも込めて容赦なく海に投げ捨てた。
捨てられた二人は何やら喚き散らしていたが、全て右から左へ聞き流して無視しているといつの間にかいなくなっておりまさか自力で海を渡る気なのだろうかと少し二人の頭を心配した。コンマ1秒程の話である。
そして、陸に上がると先程打った麻酔が弱まりだしたのかまたラブーンが吠え出し始め彼らのことはすっぽり頭から抜け落ちる。
ウソップがラブーンを見上げながら複雑そうな面持ちで口を開くのをユイリは眺めていた。
「しかし、50年も岬でね…まだその仲間の帰りを信じて待ってんのか」
「随分待たせるんだなー。その海賊も」
「バーーカ。ここは偉大なる航路だぞ。50年も帰らねェんだ………答えは出てる」
呑気なルフィにサンジが呆れながら皆までは言わないが、真実を口にする。
2、3年と言った彼らが50年帰ってこない理由など数える程しかない。
志半ば倒れたか、もしくはーーー。
「そうだ。彼らはこの偉大なる航路から逃げ出したのだ。確かな筋からの情報だ、間違いない」
「偉大なる航路じゃ珍しい話じゃ無いけど…ラブーンちゃんが浮かばれなくてねぇ、ホント」
それば本当に真実なら、ずっとずっと。半世紀もの間待ち続けているラブーンの気持ちはどこに行けば、浮かばれるのだろう。
確かな筋と言えども彼らの先までは知れていないのがせめてもの救いなのだろうか。
この偉大なる航路を出るには凪の帯(カームベルト)という大型の海王類の巣を通らなければならない。通れない訳ではないが一部例外を除いてそれは現実的ではなく、ほぼ不可能近い。
故に、その海賊団の生死も不明なのだ。
ラブーンはとても賢い。人の言葉を理解できる知能がある。だから、クロッカスは彼らのことを知った時にラブーンにすべてを告げた。
しかし、ラブーンはそれを受け入れようとはしなかった。
何事においても意味を無くすのはとても怖くて恐ろしい。それは人間でないクジラのラブーンにも当てはまることだった。
母や群れから幼い時に逸れたラブーンにとって海賊団は仲間であり、育ての親でもあり、家族で世界だ。
彼らがいないことを受け入れるというのは待つ理由も、意味も何もかもを無くすことを意味する。
そんなラブーンの気持ちをユイリはほんの少しだけ理解できる。
どれだけ自分が傷付いても、裏切られていたとしてもいい……ほんの少しでもいい。たとえ砂の一粒程度の小さな望みだったとしても望みがあるのなら、一縷の望みに賭けたい。
そんなことをかつてユイリにも願ったことがある。
それでもユイリとラブーンが決定的に違うのは、ラブーンは50年この岬でずっとずっと仲間の帰りを待ち続けていることだ。
どんな気持ちでいるのだろう?なんて聞くまでもない。
辛くて、悲しくて、でも諦めきれなくて。
なんで、どうして、と自問自答を繰り返す明けのない日々。そうして、答えは出ず時間だけがただただ過ぎていく。
それでもラブーンはーー帰れない理由はあってもーー待つことを選んだ。
対してユイリは逃げる事を選んだ。
ラブーンの心中がほんの少し分かってしまったからこそユイリは心優しいこのクジラを見捨てることが出来ず、クロッカスに弟子入りしてまで医学を学び双子岬に留まり続けている。
どんな打算的な、他人から見れば意味のないものだとしても、待つことを"選んだ"クジラを強いと思ってしまったユイリの一方的な献身だった。
ユイリはリヴァース・マウンテンに吠え続けるラブーンをそっと見上げる。これからも、それこそ寿命が尽きるまで待ち続けるのだろうか。
そう思った時である。
その背をどう見てももぎ取ったとしか思えないメインマストを手にする弟が目に入り、ユイリはあんぐりと口を開けて固まった。
いや、昔から破天荒気質な弟ではあったけれども。いや、まさか。いくらなんでも。
もしかしたら気のせいかもしれないと思って、ユイリは視線を先程紹介されたゴーイング・メリー号に視線を移す。
「わぁ…すご〜い…」
そこには見るも無残な姿になっているキャラヴェルがぷかぷか波に浮いていた。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
「は!?」
もう何を言ったら分からないとユイリが思考停止で固まっていると、ラブーンを駆け上がっていくルフィが雄叫びをあげ、漸く事態に気付いた面々がギョッと声を上げる。
が、気付いたところでもう取り返しはつかない。
ルフィはメインマストを大きく振りかぶり、それはもう派手に突き立てた。
「ゴムゴムのォオオオオ"生け花"!!!!」
でも、やっぱり何をやっても可愛く見えてしまうのがブラコンという生き物である。
「わ〜ルフィくんってば生花知ってたのねぇ、お姉ちゃん嬉しい〜!」
「アンタ何に感心してんの!?」
「…いや、そんなことよりもだ……」
ユイリの言い分が分からんでもないが…と雄弁に目が語るゾロはそれよりもずっとマズイことに気が付いた。
「…………ありゃメインマストじゃねェか?」
「おれたちの船の…」
「そう、メインマストだ」
フゥ。
大き過ぎるインパクトに誰もが一度閉口した。
「「何やっとんじゃお前〜〜〜!!!」」
「船壊すなァ!!!」
「大丈夫よ〜創造は破壊から生まれるもの〜!
あ、今わたし良い事言ったくない?きゃ〜名言〜!ね、ね、そう思わない?ウソップくん。
あ、サイン書かなくて大丈夫?」
「お前はちょっと黙ってろ!!」
一人はしゃぐユイリにコイツやっぱりルフィの姉貴だ!とウソップが叫んだ。
普通に考えてマストが突き刺されば痛い。加えてそれが元から怪我を負っている場所に刺されば尚更である。
双子岬に数年滞在するユイリでさえ聞いたことのないようなラブーンの悶絶する鳴き声が上がると、何故かルフィとラブーンの喧嘩が始まる。
体格差があるせいでラブーンに弾き飛ばされたルフィは灯台に突っ込み、クロッカスが焦った声を上げた。普通の人間なら重症どころの話ではないだろう。
「小僧!」
「先生、あの子はゴムだから大丈夫ですよぉ。下がって下がって〜」
無意識のうちに1歩踏み出したクロッカスの前に出たユイリは彼をその場に押し留める。
ルフィは幼少期にかの赤髪のシャンクスから意図せずくすねたらしい悪魔の実の力をその身に宿している。
普通の人間がプチっと死ぬ重さや衝撃でも全身ゴム人間な弟は死ぬことはないのだ。
「引き分けだ!!おれは強いだろうが!!」
「……?」
再びルフィに牙を剥こうとしたラブーンはその言葉にピタリと動きを止め、真ん丸な目をぱちくり瞬かせた。ユイリもその言動を注視する。
「おれとお前の勝負はまだついてないから、おれ達はまた戦わなくちゃいけないんだ!
"お前の仲間は死んだけど"、おれはお前のライバルだ」
やがて、ユイリはそっと息を吐いて目を閉じた。その口元にはたおやかな笑みが浮かんでいる。
ーーーやっぱりこの弟にはいつまで経っても敵いそうにない。
「おれ達が偉大なる航路を一周したらまたお前に会いに来るから、」
この子は昔から不思議な力があった。特に根拠はない、でも何故か信じたくなるような不思議な魅力を持っているのだ。
……ここに来たのが、弟で、ルフィで本当に良かったと心底そう思う。
「そしたらまたケンカしよう!!!」
ルフィの笑顔が映ったラブーンの目にはジワリと涙が浮かび、ラブーンは大きく吠えた。
その声にはもう、今までにあった焦燥も悲哀の色もなくーーー大きな身体に見合った力強い遠吠えがこだましていた。
そして、一味の関心は甲板にいる二人組に移る。しかしながら、二人組はというと取り囲むのが海賊ということもあり、座ったまま身動きを取ることもなければ、身分を明かすことも無かった。
「私の目が黒い内はラブーンに指一本触れさせんぞ!」
「戻ってきた」
そうこうしているうちに、ルフィ達が飛び出してきた扉から出て来たクロッカスは麦わらの一味…ではなく、メリーに座っている男女二人組に叫ぶ。言っている意味も分からなければ名前らしき名称に心当たりもない一味は首を傾げるばかり。
すると、今の今まで動きもしなかった彼らが手にバズーカ砲を持ち、フラリと立ち上がった。
「フフフ…」
「だが我々はもうクジラの胃の中!胃袋に風穴を開けることが出来るのだ!!」
「っ、アイツら…!」
そう言ってバズーカを発射した二人組にユイリは油断した、と舌打つ。外からの攻撃に強いラブーンだが、内側からの攻撃にも強い訳ではない。寧ろ激弱だ。多少であればなんとかなるだろうが、バズーカのような殺傷能力の高い兵器など当たればただでは済まない。タダでさえ、このクジラはもうボロボロなのにそうなっては…。
ユイリは孤島から飛び出そうとしたところで、クロッカスが弾をその身に受けるところを目撃し、足を止める。
「先生!」
「オホホホホ!無駄な抵抗はおよしなさい!」
「このクジラは我々の町の食糧になるのだ!!」
高笑いし、余裕綽々する二人組。流石のユイリももう我慢ならないと奥の手を使おうとした。
しかし。
ーーガンッ!
「何となく殴っといた!」
背後にいたルフィから後頭部を強打され、二人揃って意識を手放した。
間抜けとはこの二人のことを言うのだ。
しかし、ユイリとしてはそんなことより私の弟最高の一言である。
「ルフィくんさっすが〜!」
「ん?」
「え!?」
ピョン。そんな音がしたかと思えば一味が気付いたときには遠い孤島にいたはずのユイリがメリーに乗り込んでいた。しかもルフィを抱きしめた上での名前呼び。約一名言葉にならない表情になっているが、それはさておき。
一体どうやって!?ナミが叫んでいるが本人はにっこにこ笑うだけ。
「ユイリ!」
「はぁい、ユイリさんですよ〜!あ、図々しいのを承知でお願いしたいんだけど…クロッカス先生引き上げてくださらない?え〜と…サンジくん?」
「このサンジ、喜んで!!」
「あら、ありがと〜」
いつ名前を聞かれたのかユイリに名指しされたサンジは目をハートにしてドボンと酸の海へ。
その姿を見たユイリは一言。
「はー……ちょろ〜い」
「ナミとは別方向の腹黒さを感じるぞ、この女」
ウソップが半目になって指摘した。
「で?貴女とルフィどういう関係?」
サンジがクロッカスを回収し、序にあの傍迷惑な二人組も回収。意識のないクロッカスは傷の手当をして、二人組に関しては縄で縛り終わるとナミがそう切り出た。
お互い名前呼び、しかも心無しか気安いような気がする関係に一味全員興味津々である。
それに答えたのは意外にもルフィだった。
「ユイリはおれの姉ちゃんだ」
「姉ちゃん…」
「あぁ、ルフィの姉ちゃんか」
「へぇ、ルフィの」
「お姉さん」
「「「「ん!?」」」」
なるほど〜と頷いていた一同だが、恐ろしい言葉が聞こえた気がして顔を見合わせた。
「ル、ルフィ?ルフィ君?もう一回…」
「おれの姉ちゃんだ」
「お姉さんです」
満面の笑みを浮かべる姉弟をよそに、揃って聞こえた台詞が難聴でも何でもなく正常だったことに一味は絶叫した。
「「「「ルフィの姉ちゃん〜!!!??」」」」
恐ろしい事実が発覚してしまった瞬間だった。
「皆さん、いつも可愛い弟がお世話になってます」
「「「「あーいや、全く」」」」
若干の本性を垣間見たとはいえ、ルフィの血縁とは思えない丁寧な挨拶に思わず揃いも揃って頭を下げる。
ユイリから開放されたルフィはそう言えば、と根本的な疑問をぶつけた。
「そういやユイリは何で偉大なる航路にいるんだ?」
「? 医学の勉強するから偉大なる航路に暫くいるってお爺様に伝言頼んだんだけど…聞いてない?」
「聞いてねェ」
「えぇ?そっかぁ…でもお爺様だから仕方ないね〜」
「じぃちゃんなら仕方ねェな!!」
「うんうん、仕方ない仕方ない」
「(あ、ルフィの血縁を感じるぞこの会話)」
ウソップ以外の面々も同じことを思ったのだろう。にこにこする姉弟を横に微妙な顔をしていた。
ユイリの謎が解けたところでちょうど、気を失っていたクロッカスの意識が戻り、話はクジラへと戻る。
一行は詳しい話をするため、リゾートハウスのある孤島へメリー号をつけさせてもらうことになった。
「このクジラは"西の海"にのみ棲息するアイランドクジラという世界一大きな種のクジラで、名をラブーンという」
「ラブーン…そう言えばユイリが言ってたわね」
顎に手を当てたナミが思い起こすのはほんの少し前。
クロッカス達が姿を現してすぐの会話。
『正解正解!大正かーい!!ここはラブーンちゃんのお腹の中でーす!』
「確かに」
「私嘘は言わないよ〜……質の悪い冗談は言うけど」
「オイ」
酷く真面目な顔でとんでもない事を言うユイリに思わずゾロが突っ込んだ。
「冗談はさて置いて…ラブーンちゃん位大きなクジラだったらそこに縛ってある二人組が住んでる島民の2、3年分の食糧になるから狙われてるの。
私としてはこのまま胃酸の海に叩き落としても良いと思うんだけど」
「ラブーンが腹を壊すと何度言えば分かる」
「こうやって先生が聞いてくれないのよ〜」
ヘラヘラ〜と笑っているユイリであるが、サラリとかなりえげつないことを言っていることに一味は揃って顔を青くした。
「ま、それとラブーンちゃんが赤い土の大陸に頭をぶつけるのは別の問題だけどね〜」
「別?」
「そうだ。
コイツが赤い土の大陸に頭をぶつけ続けるのにも、リヴァース・マウンテンに吠え続けることにもはワケがある」
クロッカスは当時を思い出しながら麦わらの一味に、かつてユイリにも語ったその話を語り始めた。
ある日、クロッカスがいつものように灯台守をしていると麦わらの一味と同じ様に偉大なる航路へやって来た海賊がいた。
その船に引っ付いて西の海からやって来たのがラブーンだ。
その海賊達は船の修理のために双子岬で船が直るまで碇泊していたのだという。
クロッカスは陽気で明るい彼らと期限付きではあったが交友を深め、そして、別れの日が訪れる。
船長から「世界を一周して帰ってくる。だから二、三年ラブーンを預かって欲しい」と頼まれそれからクロッカスとラブーンは彼らの帰りを待っている。
だが。
「ーーもう、五十年も前になる」
「え?」
「仲間の生還を信じて待っているんだ」
驚き、目を見開いたまま固まる麦わらの一味をよそに、凪いだ海で一吠えしたラブーンの声が空気を震わせた。
クロッカスとユイリに先導され、一味はラブーンの体内から無事脱出した。
その折、ラブーンの体内に通路等を作ったのは外からの治療ではラブーンの傷は治せないゆえの苦渋の判断によるものということを聞き、安堵の息をもらしたのは一体誰だったか。
そんな会話を聞きながら、通路を出れば久方ぶりの本物の海と太陽にユイリは出迎えられ、目を細めた。お肌の大敵とは言えやはり、潮風と太陽は本物に限る。
「あ、ゾロくん。このお邪魔虫2匹捨てていい?」
「あぁ、その辺に捨てとけ」
「りょ〜かぁい」
お邪魔虫とは、ラブーンを捕鯨などと宣い体内から殺害宣言した上に、クロッカスに怪我を負わせ捕まえた男女二人組のことである。
本来なら船長のルフィに聞くべきであったが、そのルフィは何やら取り込み中のようだったので暇そうにしていたゾロに訊ねれば捨てろとのお言葉。
ユイリは、日頃の恨みも込めて容赦なく海に投げ捨てた。
捨てられた二人は何やら喚き散らしていたが、全て右から左へ聞き流して無視しているといつの間にかいなくなっておりまさか自力で海を渡る気なのだろうかと少し二人の頭を心配した。コンマ1秒程の話である。
そして、陸に上がると先程打った麻酔が弱まりだしたのかまたラブーンが吠え出し始め彼らのことはすっぽり頭から抜け落ちる。
ウソップがラブーンを見上げながら複雑そうな面持ちで口を開くのをユイリは眺めていた。
「しかし、50年も岬でね…まだその仲間の帰りを信じて待ってんのか」
「随分待たせるんだなー。その海賊も」
「バーーカ。ここは偉大なる航路だぞ。50年も帰らねェんだ………答えは出てる」
呑気なルフィにサンジが呆れながら皆までは言わないが、真実を口にする。
2、3年と言った彼らが50年帰ってこない理由など数える程しかない。
志半ば倒れたか、もしくはーーー。
「そうだ。彼らはこの偉大なる航路から逃げ出したのだ。確かな筋からの情報だ、間違いない」
「偉大なる航路じゃ珍しい話じゃ無いけど…ラブーンちゃんが浮かばれなくてねぇ、ホント」
それば本当に真実なら、ずっとずっと。半世紀もの間待ち続けているラブーンの気持ちはどこに行けば、浮かばれるのだろう。
確かな筋と言えども彼らの先までは知れていないのがせめてもの救いなのだろうか。
この偉大なる航路を出るには凪の帯(カームベルト)という大型の海王類の巣を通らなければならない。通れない訳ではないが一部例外を除いてそれは現実的ではなく、ほぼ不可能近い。
故に、その海賊団の生死も不明なのだ。
ラブーンはとても賢い。人の言葉を理解できる知能がある。だから、クロッカスは彼らのことを知った時にラブーンにすべてを告げた。
しかし、ラブーンはそれを受け入れようとはしなかった。
何事においても意味を無くすのはとても怖くて恐ろしい。それは人間でないクジラのラブーンにも当てはまることだった。
母や群れから幼い時に逸れたラブーンにとって海賊団は仲間であり、育ての親でもあり、家族で世界だ。
彼らがいないことを受け入れるというのは待つ理由も、意味も何もかもを無くすことを意味する。
そんなラブーンの気持ちをユイリはほんの少しだけ理解できる。
どれだけ自分が傷付いても、裏切られていたとしてもいい……ほんの少しでもいい。たとえ砂の一粒程度の小さな望みだったとしても望みがあるのなら、一縷の望みに賭けたい。
そんなことをかつてユイリにも願ったことがある。
それでもユイリとラブーンが決定的に違うのは、ラブーンは50年この岬でずっとずっと仲間の帰りを待ち続けていることだ。
どんな気持ちでいるのだろう?なんて聞くまでもない。
辛くて、悲しくて、でも諦めきれなくて。
なんで、どうして、と自問自答を繰り返す明けのない日々。そうして、答えは出ず時間だけがただただ過ぎていく。
それでもラブーンはーー帰れない理由はあってもーー待つことを選んだ。
対してユイリは逃げる事を選んだ。
ラブーンの心中がほんの少し分かってしまったからこそユイリは心優しいこのクジラを見捨てることが出来ず、クロッカスに弟子入りしてまで医学を学び双子岬に留まり続けている。
どんな打算的な、他人から見れば意味のないものだとしても、待つことを"選んだ"クジラを強いと思ってしまったユイリの一方的な献身だった。
ユイリはリヴァース・マウンテンに吠え続けるラブーンをそっと見上げる。これからも、それこそ寿命が尽きるまで待ち続けるのだろうか。
そう思った時である。
その背をどう見てももぎ取ったとしか思えないメインマストを手にする弟が目に入り、ユイリはあんぐりと口を開けて固まった。
いや、昔から破天荒気質な弟ではあったけれども。いや、まさか。いくらなんでも。
もしかしたら気のせいかもしれないと思って、ユイリは視線を先程紹介されたゴーイング・メリー号に視線を移す。
「わぁ…すご〜い…」
そこには見るも無残な姿になっているキャラヴェルがぷかぷか波に浮いていた。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
「は!?」
もう何を言ったら分からないとユイリが思考停止で固まっていると、ラブーンを駆け上がっていくルフィが雄叫びをあげ、漸く事態に気付いた面々がギョッと声を上げる。
が、気付いたところでもう取り返しはつかない。
ルフィはメインマストを大きく振りかぶり、それはもう派手に突き立てた。
「ゴムゴムのォオオオオ"生け花"!!!!」
でも、やっぱり何をやっても可愛く見えてしまうのがブラコンという生き物である。
「わ〜ルフィくんってば生花知ってたのねぇ、お姉ちゃん嬉しい〜!」
「アンタ何に感心してんの!?」
「…いや、そんなことよりもだ……」
ユイリの言い分が分からんでもないが…と雄弁に目が語るゾロはそれよりもずっとマズイことに気が付いた。
「…………ありゃメインマストじゃねェか?」
「おれたちの船の…」
「そう、メインマストだ」
フゥ。
大き過ぎるインパクトに誰もが一度閉口した。
「「何やっとんじゃお前〜〜〜!!!」」
「船壊すなァ!!!」
「大丈夫よ〜創造は破壊から生まれるもの〜!
あ、今わたし良い事言ったくない?きゃ〜名言〜!ね、ね、そう思わない?ウソップくん。
あ、サイン書かなくて大丈夫?」
「お前はちょっと黙ってろ!!」
一人はしゃぐユイリにコイツやっぱりルフィの姉貴だ!とウソップが叫んだ。
普通に考えてマストが突き刺されば痛い。加えてそれが元から怪我を負っている場所に刺されば尚更である。
双子岬に数年滞在するユイリでさえ聞いたことのないようなラブーンの悶絶する鳴き声が上がると、何故かルフィとラブーンの喧嘩が始まる。
体格差があるせいでラブーンに弾き飛ばされたルフィは灯台に突っ込み、クロッカスが焦った声を上げた。普通の人間なら重症どころの話ではないだろう。
「小僧!」
「先生、あの子はゴムだから大丈夫ですよぉ。下がって下がって〜」
無意識のうちに1歩踏み出したクロッカスの前に出たユイリは彼をその場に押し留める。
ルフィは幼少期にかの赤髪のシャンクスから意図せずくすねたらしい悪魔の実の力をその身に宿している。
普通の人間がプチっと死ぬ重さや衝撃でも全身ゴム人間な弟は死ぬことはないのだ。
「引き分けだ!!おれは強いだろうが!!」
「……?」
再びルフィに牙を剥こうとしたラブーンはその言葉にピタリと動きを止め、真ん丸な目をぱちくり瞬かせた。ユイリもその言動を注視する。
「おれとお前の勝負はまだついてないから、おれ達はまた戦わなくちゃいけないんだ!
"お前の仲間は死んだけど"、おれはお前のライバルだ」
やがて、ユイリはそっと息を吐いて目を閉じた。その口元にはたおやかな笑みが浮かんでいる。
ーーーやっぱりこの弟にはいつまで経っても敵いそうにない。
「おれ達が偉大なる航路を一周したらまたお前に会いに来るから、」
この子は昔から不思議な力があった。特に根拠はない、でも何故か信じたくなるような不思議な魅力を持っているのだ。
……ここに来たのが、弟で、ルフィで本当に良かったと心底そう思う。
「そしたらまたケンカしよう!!!」
ルフィの笑顔が映ったラブーンの目にはジワリと涙が浮かび、ラブーンは大きく吠えた。
その声にはもう、今までにあった焦燥も悲哀の色もなくーーー大きな身体に見合った力強い遠吠えがこだましていた。
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