幾億光年をこえて

「世が世なら、テメーは星座になってたな」
 そう言って、ドットは寮室の窓から身を乗り出し「ほら、あそこらへんのやつとか繋げたらそれっぽくね」と星が瞬く夜空を指差した。その指差す先を目で追い、もう一度ドットに視線を戻したところでランスは口を開く。
「……何の話だ?」
「昔の偉人は星座になったりしてただろ。お前もそれぐらいすごい奴ってこと」
 スペックすげーし。あ、神覚者は神に近しい存在なんだったな、益々偉人じゃねーか。
 ドットの声が空々しく響く。声音は明るいが、何かを誤魔化したくて必死に口を動かしているといったように見える。あまり芳しくない反応であることは、明々白々だった。
「ドット」
 まだまだ回りそうな舌を止めるため、ランスは男の男の名を呼ぶ。すると、ドットの口は錆びついたかのようにぴたりと動かなくなった。窓の外へ向けられた表情は見えないが、後ろ姿は萎れた植物のようにみるみるうちに勢いがなくなっていく。
「オレが何の話をしていたか、覚えてるか?」
「……覚えてる。数分前の話だぞ。んな鳥頭じゃねーよ」
「そうだな。数分前の話だ。なら、わけのわからないことを言ってないで会話をしろ」
 窓際にいるドットのもとへ、一歩足を踏み出す。そうすると、窓枠を掴む指に力が籠もった。怯えたような挙動が、ランスの胸を軋ませる。
「オレは、お前のことを好きだと言ったんだ。……振るなら振るで、さっさとしろ」
 言ってから、自ら吊るした縄に首をかけたような気持ちになる。告白などしなければよかった。いや、する気は更々なかった。生涯秘め続け、死ぬ間際に「そんなこともあったな」と振り返ることができたらそれでよかったのだ。ただ、あまりにもドットの表情が気を許したものだったから、今なら手がかかるんじゃないかと錯覚してしまった。
 さあ、殺るなら殺れ。ランスが腹を括って返答を待っていると、ドットが怪訝な表情でこちらを振り返った。
「なんだ」
「……オメー、振られたいの?」
「は?」
「だって、振られたがってるみたいなこと言っただろ」
「……違う。お前が先にはぐらかすような言動をしたからだろう。まだるっこしいことをしてないで、さっさと振れとオレは言ったんだ」
 告白なんて生まれて初めてしたが、もっとスムーズに終わるものじゃないのか? 付き合う、もしくは振られる以外に帰結しようもないのに、何故こうも話が遅々として進まないんだ? ランスは苛つき始めている自分に気づき、ますます告白なんてするんじゃなかったとため息をついた。すると、ランスの滲み始めた怒気に呼応するようにドットの眉根にも皺が刻まれる。
「別に、オレは振るつもりで言ったんじゃねぇ」
「だったらどういうつもりで言ったんだ」
「それは……」
「黙るな。ここまで来たら、もうさっさと終わらせたい。思ってることを洗いざらい吐け」
「……」
 黙るな、と言ったランスに反発するようにドットは黙り込む。どこまでも上手くいかない。耐えきれなくなって、部屋を出ていこうと踵を返したところでドットの声が部屋の空気を震わせた。
「お前がすげー奴だから、」
 ――今、彼はどんな顔をしているんだろうか。呼気が震えて、まるで泣いてるみたいに言うものだから、ランスの足はニ歩目を踏み出せなくなってしまった。緩慢な動作で振り返る。男は、泣いていなかった。けれど、泣いてるように肩を震わせるのでランスは目が離せなくなった。
「すげー奴だから……そんな奴がオレのこと好きなんて、信じらんねーだろ」
 ランスは、ドットのことを好きだと言った。なら、ドットは? ――その思いは、流れていく涙に込められていた。ドットの目尻から堪えきれなかったものが一粒だけ滑り落ちる。流れ星だ、と柄にもなく情緒的なことを考えた。きっと、ドットが星座だなんだとくだらない話をしたから、それに引っ張られたのだ。
「ドット、オレは星か?」
「……は?」
「何億光年も先にあるガスの塊か? と聞いてるんだ」
「な、なに。急に話がムズいんだけど」
 乱暴に目尻を拭い、鼻を啜るドットに歩み寄る。あいも変わらず、窓枠に置かれた手には力が籠もっていた。けれど、今度は胸が軋まなかった。
「オレは星じゃない。星座になるような神話の人間でもない。ちゃんとここにいて、手が届く」
 言ってから、自分の手を差し出す。天井に向けられた掌をまじまじと見つめた後、意図を察したドットが恐る恐るといった様子でそれに自分のものを重ねた。
「勝手に遠ざかって、神格化して、突き放すな」
 自分の台詞が耳を伝って脳に辿り着き、そこでようやく寂しさを覚えていた心に気づく。勝手な感傷で離れていこうとする男を逃がすまいと、指に力を籠めた。
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