私の自慢の旦那様(シリーズ)
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「もしもし、なんかあったか?」
防衛任務を終え、作戦室にて帰り支度をしていた諏訪のスマホが着信を告げた。ディスプレイを確認して首を傾げながら応答すれば、お疲れ様と聞きなれた女の声。
『すっごいしょうもないことなんだけどね。』
と、前置きした女は突然花火を買いたいと言いだした。スーパーで買い物をしていた所、シーズンオフ故に値下げされていたそれが目に留まり、無性にやりたくなったのだと。
『年甲斐もなく...って自分でも思うんだけど、付き合ってくれる?』
「あー...」
普段、出かけるかとデートに誘えば買い出しのついでで大丈夫と遠慮し、遊びに行くかと尋ねれば疲れてるだろうからゆっくり休んでと諏訪の体を優先する彼女の控えめなしかし随分と珍しい申し出を断るという選択肢はこの時既に彼の頭にはなかった。しかしふと、思い立ったことがあり「ちっと待ってろ」と電話口に向かって言うと、今度はスマホを耳から離し、目の前の3人に目を向けた。
「お前ら今日この後予定あるか?」
「ないでーす。」
「ないですけど。」
「俺もないです!」
「んじゃ、ちょっと付き合え。飯奢ってやっから。」
後輩3人に問いかければ、案の定予想通りの返事が返ってきて彼ら彼女らの予定を押さえる。しかし、
「えー、私帰るー。」
「んだよ、予定ねーんだろ?なまえ来るぞ。」
「やっぱいきまーす。」
小佐野が相も変わらずマイペースを貫こうとするので電話相手の名を出せば、彼女に懐いている小佐野は一瞬で掌を裏返した。それに苦笑を漏らしていれば、後輩のひとりが声を上げる。
「なまえ、って誰ですか?」
「あ?ああ、言い出しっぺ。花火したいんだと。」
「なんすかそれ。」
そんなこんなで後輩3人の参加を電話相手のなまえに伝えれば、じゃあちょっと多めに買っちゃっていい?打ち上げのやつとかも...と嬉しそうな声が返ってきたので火と水の用意をいいつけ、場所の案を出し、食事の件を伝えて電話を切った。
「お、日佐人じゃねぇか。」
作戦室を出ると、ちょうど元隊員の笹森に出会った。後ろに付いてきている後輩ふたりに挨拶されると、嬉しそうな顔を見せる笹森は随分と先輩の顔をするようになったと諏訪は思う。1年ほど前、諏訪隊を離れ自分の隊を持った笹森は最初こそ不安があったのかよく諏訪の元に訪れては相談という名の愚痴をこぼしたり弱音を吐いたりしていたが、最近はそうしたことも無くなった。寂しいと思わないといえば嘘になるが、それでも元隊員がこうして成長していくことは諏訪に取って素直に嬉しいと思えた。
「日佐人今から時間あるか?」
「ランク戦しようかと思ってたんですけど?」
「先約ねぇならお前も来るか?花火。」
「は、花火?」
「言い出しっぺはなまえさんだよー。」
小佐野の言葉に意外ですねと少し驚いて見せた笹森だったが、お邪魔でなければ、と諏訪の提案に乗った。荷物取ってきますと、作戦室に踵を返す笹森をその場で待つことにすると、後輩の1人が言った。
「笹森さんも、そのなまえさん?知ってるんですね。」
「まあな。あとは堤か、顔合わせたことあんの。」
「風間さんとかはー?」
「ああ...何回かあるな、飲みん時ちらっと。風間、木崎、寺島辺りな。」
諏訪の表情が苦い顔になるのを不思議そうに眺める後輩2人。興味のなさそうな小佐野はあ、つつみんも誘ってみるー?と既にスマホでメッセージを送り始めている様子で。
「あいつはどうせまた缶詰になってんだろ。」
「息抜きも必要って言っとくー。」
「...好きにしろ。」
笹森が諏訪隊を抜ける少し前から隊長である諏訪は堤から相談を受けていた。それは、エンジニアに転向したいというもので。結局笹森が部隊を抜けるタイミングで1度初期諏訪隊は解散し、堤は希望通りエンジニアへ転向、諏訪本人が上から打診されたこともあり、東がやっていたように後輩指導という名目で新しい隊を組んだ。小佐野はひとこと「楽」という理由で諏訪隊に戻り、自分のように粗野であってもある程度音をあげなさそうなという基準を軸に選んだ2人は何とか今もこうして後輩として、隊員として諏訪の元で成長をしている。
「お待たせしました。」
「おう、んじゃいくか。」
そこに戻ってきた笹森と合流し、5人は本部を後にした。
「先に飯の調達な。」
「焼肉じゃないの?」
「無茶言うな。」
警戒区域から少し離れた所まで歩を進めると、それまで取り留めのない話に適当に相槌を打っていた諏訪が言った。目の前には、有名なハンバーガーのチェーン店。
「つーか、あいつ待ってるはずだ。」
スマホ片手に言った諏訪の視線を追った笹森がその影を見つける。しかし声を上げたのは先程まで焼肉を所望していた小佐野のほうで。そちらに早足で駆け寄っていく小佐野と、それを追いかける笹森。
「なまえさーん!」
「あ、オサノちゃん!久しぶりだね。」
「お久しぶりです、なまえさん。」
「あれ、日佐人くん?」
小佐野と笹森に声をかけられ笑顔で答える女性がそこにいた。見たことの無い人物に首を傾げる後輩2人は諏訪に問う。
「あれがなまえさん、ですか?」
「おお。」
「もしかして諏訪さんの彼女さんだったりして。」
「いや、嫁。」
「へー、お嫁さん。...嫁!?」
ぐりん、とすごいスピードで諏訪を見た2人は少し先にいる女性を見たあと、もう一度諏訪を見る。首がとれそうな勢いなのに、動きが妙に揃っていて思わず諏訪は笑い出す。
「諏訪さん、結婚してたんですか!?」
「いつ!?誰と!?どこで!?」
「ぶはっ。お前らまじ落ち着け!」
完全に混乱した2人の問いにさらに吹き出す。そんな様子に気づいたなまえがため息を着いた。
『ちょっと、後輩いじめちゃダメだよ?』
「いじめてねーよ。」
「なまえさん、後輩いじめるこんな旦那のどこがいーの?」
「オサノ、おめーは調子乗んな!」
「でもなまえさん、今までなまえさんの話しどころか、結婚してることも言ってないなんで、酷い旦那ですよね?」
「日佐人...てめぇまで!」
なまえを盾にここぞとばかりに攻める小佐野と笹森、それに声を荒らげる諏訪をまあまあとたしなめたなまえは1歩前へ出ると、未だに目の前の事態についてこれていないでいる約2名に視線を合わせる。
『初めまして。諏訪なまえです。いつも主人がお世話になってます。』
それを聞いて慌てて名乗る2人。
「おいなまえ。お前まで俺をコケにする気か...。こいつらは俺が世話してやってんだ。」
『そういうことじゃなくて!挨拶だよ。まあ、実際今2人困らせてるのは洸太郎だし。』
「うっせぇ。」
『あ、ねぇ。私日佐人くん増えたの知らなかったから、普通に車で来たんだけど。1人乗れない。』
「あー...とりあえず中入ってから考えるか。」
『あれ、テイクアウトして花火しながら食べるんじゃなかったの?』
「もう中で食うんでいいだろ。」
『またそうやって適当に...。』
「お前が言い出しっぺなんだから、ちったあ自分で考えろ。」
あまりにも自然に会話を始めるなまえと諏訪の様子を目の当たりにしてようやく事態が飲み込めてきた2人。
「諏訪さんを洸太郎って呼んでる...。」
「ホントに奥さんなんだ...。」
「あー...また後で説明すっからよ。とりあえず中入るぞ。」
ひとまず話がまとまったらしく、諏訪がそう声をかける。痴話喧嘩終わった?などとからかい続ける小佐野を諏訪があしらいながら、一行は店の中へと足を踏み入れた。
その後小佐野が連絡していた堤から返事があり、合流することが決まったので車の件を伝えれば彼も自分の車を出してくれるとの事で。
「で、ほんとに結婚されてるんですか?」
「本当に諏訪さんの奥さんなんですか?」
食事しながら質問される諏訪となまえ。なまえがちらりと隣にジト目を送りながら言う。
『...ホントに何も話してないんだね?』
「あー...タイミングなくてよ。」
「うそだー。絶対めんどくさかっただけでしょ。」
小佐野にも言われ反論できない諏訪はガシガシと頭をかいて、バツの悪そうな顔をする。なまえに促され、新しく今の諏訪隊を立ち上げる少し前に籍を入れたこと、ボーダーの中でも旧諏訪隊と報告を入れた上層部、同級生など一部の人間にしか伝えてないことを明かす。
「俺たちまだ、諏訪さんに信用されてなかったんだ...。」
「だー!違ぇっての。小っ恥ずかしかっただけだ。聞かれてもねぇのに結婚してるとか言いづらかっただけだっての。」
「でも、」
『大丈夫だよー。私ボーダーの人間じゃないから詳しくは分からないけど、洸太郎から2人のこと色々聞いてるよ。良くやってる、成長してるって話、よく聞くよ。』
「なまえさん...」
「おいこらなまえ。恥ずかしいこと言ってんじゃねぇよ。」
『じゃあ、後輩悲しませたままでいいの?』
「...ちっ。」
諏訪のフォローをしながらニコニコ笑うなまえ。諏訪は照れたようにそっぽを向くが、そんな和やかな空気に後輩2人も初め緊張していたのが嘘のように馴染んでいた。
「なまえさん、よく出来たお嫁さんだねー。」
「諏訪さんにはもったいないですね。」
「オサノ!日佐人!てめぇらいい加減に...」
「あ、つつみん着いたってー。」
『じゃあ、堤くんの分買って出ようか。』
「なまえ、お前まで...」
だって皆と久しぶりに会えたから楽しくって、となまえは席を立ちながらくすくす笑う。それになんだかんだついて行く諏訪から、お前ら片付けとけと指示を出される4人は歩いていく2人を眺める。
「なんか、諏訪さんが結婚してるっていうのは驚きましたけど、お似合いですね。」
「なまえさん、すごくいい人ですよね。急に花火したいって言い出すなんて、どんな人かと思いましたけど。」
「諏訪さん、なまえさんにベタ惚れだからねー。」
「でも、ほんとなまえさんが急にこんなこと言い出すの、絶対珍しいですよね。俺らだってそんな何回も会ったことある訳じゃないけど。」
4人が食べ終わったトレーを片付けながらそんな話をしているとは思ってもいなかった諏訪となまえだった。
「久しぶり、なまえちゃん。また一段と綺麗になったんじゃない?」
『え、あ、そんなことないよ!久しぶり、堤くん。』
「堤、人の嫁口説くとはいい度胸じゃねぇか...!」
花火をするために予定していた諏訪の自宅近くの公園に到着した一行。なまえの乗ってきた車には小佐野と笹森が、堤の車には現諏訪隊の3人が乗り込んだため、ようやく顔を合わせた堤となまえ。そんな2人のやり取りに早速ツッコミを入れることになった諏訪に他の4人はケラケラと笑っている。
「そういえばなまえさんって幾つなんですか?」
「なまえさんはつつみんと同い年だよ。諏訪さんの一個下。」
「確か、大学の後輩だったはず。」
ポツリと落とされた疑問に答えたのは小佐野と笹森で、それを聞き付けたなまえが勝手に歳バラさないでー!と照れて声を上げる。そんななまえにまた堤が可愛いですねとニヤニヤした視線を向けながら言えば、諏訪はそれにまともに取り合うのを辞めたらしく「俺の嫁だからな」と開き直った。結局またそれを茶化される訳だが。
「あー、楽しかった!」
「ホントそれ!」
「よーし帰ろー。」
「花火なんて久々でした。なんか、子どもに戻った感じ。」
『いやいや、日佐人くんまだ十分若いよ?』
「俺もいい息抜きになりました。」
「お前ら片付けやってやっから先帰れ。堤、悪いが送ってやってくれるか?」
なまえが買ってきたそれなりの量の花火も7人も集まればあっという間になくなり、お開きの時間となる。花火の燃え殻を差したバケツの水を捨てながら言った諏訪の頼みに堤がはいはい、と返事をする。
「あ、堤さん基地に戻ります?もしそうだったら俺、基地でいいです。明日朝から防衛任務なんで泊まっちゃいます。」
「了解。じゃあ、あとの3人は...」
「ねぇねぇなまえさん。」
帰り道の段取りを決めようとする堤を他所に小佐野がなまえに話しかける。
「今度なまえさん達の愛の巣に呼んでね?」
『ぶっ!お、オサノちゃん!?あ、愛の巣って...!!』
「なまえさん照れてるー。でも、さっき見たら入ってみたくなったんだもん。あんなマンション。」
「え、なんですか?次は諏訪さんち、呼んでもらえるんですか?」
「え、あの家に?マジで?」
「お前らな...。」
どこから話を聞いていたのか分からない後輩2人も小佐野の話に混ざり始め、呆れる諏訪。しかし、なまえはといえば困惑しながりもまあ、機会があったらね?と返事をするから、それにもまたため息を着くことになる。
「でもホント、あのマンションそこそこ高そうですよね?」
「警戒区域近ぇからそうでもねーんだよ。結局賃貸だしな。市が空き部屋買い取ったは良いがあんま住み手がいないらしくて、俺ら家失ったわけじゃねえけど試しに聞きにいったら、って感じだな。」
車を停めている諏訪となまえが住む家、もといマンションに目を向けて話しかけてきた堤に諏訪が答える。つーか、段取り着いたのかよ?と話を戻すことも忘れない。結局そこへ向けて公園を後にする4人をなまえは手を振りながら、諏訪は視線だけで見送り、片付けへと戻っていく。
『でも、ホント楽しかったねー?』
水を捨てたバケツの中身を袋に詰める諏訪に、包装などのその他の残骸を渡すタイミングを待ちながらなまえが言う。
「そーかよ。そりゃよかったな。」
『ふふ。うん。ありがとね、付き合ってくれて。みんなも呼んでくれて。』
「...んで、なんかあったのか?」
なまえの言葉に返事とは言えない言葉を返しながら、彼女の方を振り返ると、パチリとあった視線が手元へと下がっていく。その手の中にあるものを諏訪が奪うように受け取ると、手持ち無沙汰になったなまえはその体勢のまま、呟くように話し始める。
『花火急にしたくなったのは、本当だよ?自分でもびっくりするくらい、ホントに突然したくなったの。』
「...。」
『まあ、あとは...。ちょっと、寂しかった、というか。洸太郎と、こう...いつもと違う時間が欲しくなった、かな。』
無言でなまえが気持ちを言葉にするのを待つ諏訪は彼女をじっと見上げる。それに対し困ったように、少し恥ずかしそうに笑いながらなまえはその心に抱えたものを打ち明けた。それを聞いた諏訪は持っていた袋を近くに置くと、おもむろにポケットの中身を探り出す。その手に握ったものはいつものタバコではなく、
「ん。」
『線香花火?』
「仕切り直しだ。こいつはわーわーやるもんでもないだろ。」
『...ありがと。』
数本の線香花火が入った袋から2本だけ取り出してひとつをなまえに持たせるともう一度ガサガサとポケットを漁る。そうして取りだしたライターを握りながらしゃがみこむと、なまえを見上げる。隣に来いとその視線に意味を込めて。
『やっぱり、いいね。線香花火。』
「そーだな。」
無言で火をつけたそれらは、パチパチと小さな音を立て、仄かな光を散らす。ただじっとそれらを見つめていた2人だったが、ポツリと零すようになまえが言った。諏訪もそれに肯定するような言葉を返しながら、それでも2人が見つめる先は儚い光を放つ花火で。
『あ。』
「俺の勝ちだな。っと。」
僅かな差でなまえの光の玉が先に地面に落ちた。それを追いかけるように諏訪の持っていた花火の光が消え、辺りは僅かな街灯に照らされるだけの闇に包まれる。
『次は、負けないよ。』
「おーおー、俺も負けてやるかよ。」
そうして、2人は袋の中身が無くなるまで火をつけては、落ちて消えていく光をゆっくりと眺めていた。その時間は、三門市に溢れる戦いの喧騒も、日々の様々な煩わしさも忘れてしまえそうなほど穏やかな時間で。
『もう終わっちゃった。』
「んだな。あー、腰いてぇ!」
『私も足痛いー。』
正真正銘最後の花火の火が消えた途端、自ら作った静けさをわざと壊すように諏訪が大声で言いながら立ち上がる。それに習って固まった体を解すように立ち上がったなまえだが、一瞬ふらりとよろけてしまい慌ててそれを受け止める諏訪。
「気ぃつけろ。」
『ごめんなさい...。』
謝るなまえの手から終わってしまった線香花火の持ち手の部分をつまみ上げると自分の持ってたものと一緒に先程近くに置いた袋に投げ入れる。それを縛り手に付いたゴミを払い落とす諏訪の姿をなまえはぼんやりと眺めていた。
「なまえ。」
不意に名前を呼ばれ、ピクリと肩を跳ねさせるなまえに諏訪が近くのベンチに腰かけながらその隣を顎で示す。そのまま帰るのだろうと思っていたなまえは突然のことに少し驚きながら促されるまま彼の隣に腰を下ろした。ポケットから取りだしたタバコに火をつけながら話し始める諏訪が陣取ったのは風上で、彼女に少しでも煙がいかないようにするのは結婚する前からのことで。
「今度、どっか行くか。」
『え?』
「9月になりゃランク戦もない。ちったぁ時間もできる。あいつらも学校始まるから訓練したいって呼び出されることも減るだろ。」
『でも、ランク戦ない時って本部での仕事があるって。』
彼女の言う本部での仕事とは、防衛任務とは別に上層部を手伝う形の仕事で。運営的なことや事務的な細々とした仕事が含まれ、なんだかんだと頼りにされている彼は忙しいということが、実際にその姿や内容を詳しく見ることは無い彼女でも想像がつく。
「んなもん、2、3日なら今からいくらでも調節出来る。お前もまだ仕事の調整効くだろ?」
『それは、まあ、大丈夫だと思うけど...』
「けど、なんだよ。」
言い淀むなまえにちらりと視線を向けながらタバコをふかす。彼女の考えが何となく分かるからこそ、その煙には少しだけため息も混じっていて。
「いらねぇことグダグダ考えてるだけなら、決定な。」
『んー...』
「俺だって仕事よりお前と出かける方がいいに決まってんだろうが。あんま遠慮しすぎんな。」
夫婦なんだから、とタバコを携帯灰皿に押し付けながら諏訪が言うと、パッと彼の方を向いた彼女の顔が少しづつ赤くなっていく。まだ新婚と言って差し支えない日数しか経っていないとはいえ、夫婦や妻、夫という立場を他人に言葉にされることに慣れていないなまえは直ぐに照れが顔に出る。その様子が諏訪にとっては可愛くて仕方がない。もちろん自分にも気恥しさはあるので本人に直接伝えることは無いが。
『行きたいとこ、あるんだけど...?』
「あぁ?」
『ちょっと遠いんだけど、いいかな?』
「...いいに決まってんだろ。帰って早速調べるか。」
花火をしたいと言ってきたことも、こうして要望を伝えてきたこともなまえにしては珍しく、彼女に対しての愛しさがさらに募る諏訪。その気持ちを乗せてなまえの頭をわしゃわしゃと撫でると彼女は嬉しそうに笑って。そんななまえを見て彼もまた口角を上げると、立ち上がり片手には袋を、もう片方の手には彼女の手を握りしめ、彼らの家へと足を向けた。
2021.9.26
防衛任務を終え、作戦室にて帰り支度をしていた諏訪のスマホが着信を告げた。ディスプレイを確認して首を傾げながら応答すれば、お疲れ様と聞きなれた女の声。
『すっごいしょうもないことなんだけどね。』
と、前置きした女は突然花火を買いたいと言いだした。スーパーで買い物をしていた所、シーズンオフ故に値下げされていたそれが目に留まり、無性にやりたくなったのだと。
『年甲斐もなく...って自分でも思うんだけど、付き合ってくれる?』
「あー...」
普段、出かけるかとデートに誘えば買い出しのついでで大丈夫と遠慮し、遊びに行くかと尋ねれば疲れてるだろうからゆっくり休んでと諏訪の体を優先する彼女の控えめなしかし随分と珍しい申し出を断るという選択肢はこの時既に彼の頭にはなかった。しかしふと、思い立ったことがあり「ちっと待ってろ」と電話口に向かって言うと、今度はスマホを耳から離し、目の前の3人に目を向けた。
「お前ら今日この後予定あるか?」
「ないでーす。」
「ないですけど。」
「俺もないです!」
「んじゃ、ちょっと付き合え。飯奢ってやっから。」
後輩3人に問いかければ、案の定予想通りの返事が返ってきて彼ら彼女らの予定を押さえる。しかし、
「えー、私帰るー。」
「んだよ、予定ねーんだろ?なまえ来るぞ。」
「やっぱいきまーす。」
小佐野が相も変わらずマイペースを貫こうとするので電話相手の名を出せば、彼女に懐いている小佐野は一瞬で掌を裏返した。それに苦笑を漏らしていれば、後輩のひとりが声を上げる。
「なまえ、って誰ですか?」
「あ?ああ、言い出しっぺ。花火したいんだと。」
「なんすかそれ。」
そんなこんなで後輩3人の参加を電話相手のなまえに伝えれば、じゃあちょっと多めに買っちゃっていい?打ち上げのやつとかも...と嬉しそうな声が返ってきたので火と水の用意をいいつけ、場所の案を出し、食事の件を伝えて電話を切った。
「お、日佐人じゃねぇか。」
作戦室を出ると、ちょうど元隊員の笹森に出会った。後ろに付いてきている後輩ふたりに挨拶されると、嬉しそうな顔を見せる笹森は随分と先輩の顔をするようになったと諏訪は思う。1年ほど前、諏訪隊を離れ自分の隊を持った笹森は最初こそ不安があったのかよく諏訪の元に訪れては相談という名の愚痴をこぼしたり弱音を吐いたりしていたが、最近はそうしたことも無くなった。寂しいと思わないといえば嘘になるが、それでも元隊員がこうして成長していくことは諏訪に取って素直に嬉しいと思えた。
「日佐人今から時間あるか?」
「ランク戦しようかと思ってたんですけど?」
「先約ねぇならお前も来るか?花火。」
「は、花火?」
「言い出しっぺはなまえさんだよー。」
小佐野の言葉に意外ですねと少し驚いて見せた笹森だったが、お邪魔でなければ、と諏訪の提案に乗った。荷物取ってきますと、作戦室に踵を返す笹森をその場で待つことにすると、後輩の1人が言った。
「笹森さんも、そのなまえさん?知ってるんですね。」
「まあな。あとは堤か、顔合わせたことあんの。」
「風間さんとかはー?」
「ああ...何回かあるな、飲みん時ちらっと。風間、木崎、寺島辺りな。」
諏訪の表情が苦い顔になるのを不思議そうに眺める後輩2人。興味のなさそうな小佐野はあ、つつみんも誘ってみるー?と既にスマホでメッセージを送り始めている様子で。
「あいつはどうせまた缶詰になってんだろ。」
「息抜きも必要って言っとくー。」
「...好きにしろ。」
笹森が諏訪隊を抜ける少し前から隊長である諏訪は堤から相談を受けていた。それは、エンジニアに転向したいというもので。結局笹森が部隊を抜けるタイミングで1度初期諏訪隊は解散し、堤は希望通りエンジニアへ転向、諏訪本人が上から打診されたこともあり、東がやっていたように後輩指導という名目で新しい隊を組んだ。小佐野はひとこと「楽」という理由で諏訪隊に戻り、自分のように粗野であってもある程度音をあげなさそうなという基準を軸に選んだ2人は何とか今もこうして後輩として、隊員として諏訪の元で成長をしている。
「お待たせしました。」
「おう、んじゃいくか。」
そこに戻ってきた笹森と合流し、5人は本部を後にした。
「先に飯の調達な。」
「焼肉じゃないの?」
「無茶言うな。」
警戒区域から少し離れた所まで歩を進めると、それまで取り留めのない話に適当に相槌を打っていた諏訪が言った。目の前には、有名なハンバーガーのチェーン店。
「つーか、あいつ待ってるはずだ。」
スマホ片手に言った諏訪の視線を追った笹森がその影を見つける。しかし声を上げたのは先程まで焼肉を所望していた小佐野のほうで。そちらに早足で駆け寄っていく小佐野と、それを追いかける笹森。
「なまえさーん!」
「あ、オサノちゃん!久しぶりだね。」
「お久しぶりです、なまえさん。」
「あれ、日佐人くん?」
小佐野と笹森に声をかけられ笑顔で答える女性がそこにいた。見たことの無い人物に首を傾げる後輩2人は諏訪に問う。
「あれがなまえさん、ですか?」
「おお。」
「もしかして諏訪さんの彼女さんだったりして。」
「いや、嫁。」
「へー、お嫁さん。...嫁!?」
ぐりん、とすごいスピードで諏訪を見た2人は少し先にいる女性を見たあと、もう一度諏訪を見る。首がとれそうな勢いなのに、動きが妙に揃っていて思わず諏訪は笑い出す。
「諏訪さん、結婚してたんですか!?」
「いつ!?誰と!?どこで!?」
「ぶはっ。お前らまじ落ち着け!」
完全に混乱した2人の問いにさらに吹き出す。そんな様子に気づいたなまえがため息を着いた。
『ちょっと、後輩いじめちゃダメだよ?』
「いじめてねーよ。」
「なまえさん、後輩いじめるこんな旦那のどこがいーの?」
「オサノ、おめーは調子乗んな!」
「でもなまえさん、今までなまえさんの話しどころか、結婚してることも言ってないなんで、酷い旦那ですよね?」
「日佐人...てめぇまで!」
なまえを盾にここぞとばかりに攻める小佐野と笹森、それに声を荒らげる諏訪をまあまあとたしなめたなまえは1歩前へ出ると、未だに目の前の事態についてこれていないでいる約2名に視線を合わせる。
『初めまして。諏訪なまえです。いつも主人がお世話になってます。』
それを聞いて慌てて名乗る2人。
「おいなまえ。お前まで俺をコケにする気か...。こいつらは俺が世話してやってんだ。」
『そういうことじゃなくて!挨拶だよ。まあ、実際今2人困らせてるのは洸太郎だし。』
「うっせぇ。」
『あ、ねぇ。私日佐人くん増えたの知らなかったから、普通に車で来たんだけど。1人乗れない。』
「あー...とりあえず中入ってから考えるか。」
『あれ、テイクアウトして花火しながら食べるんじゃなかったの?』
「もう中で食うんでいいだろ。」
『またそうやって適当に...。』
「お前が言い出しっぺなんだから、ちったあ自分で考えろ。」
あまりにも自然に会話を始めるなまえと諏訪の様子を目の当たりにしてようやく事態が飲み込めてきた2人。
「諏訪さんを洸太郎って呼んでる...。」
「ホントに奥さんなんだ...。」
「あー...また後で説明すっからよ。とりあえず中入るぞ。」
ひとまず話がまとまったらしく、諏訪がそう声をかける。痴話喧嘩終わった?などとからかい続ける小佐野を諏訪があしらいながら、一行は店の中へと足を踏み入れた。
その後小佐野が連絡していた堤から返事があり、合流することが決まったので車の件を伝えれば彼も自分の車を出してくれるとの事で。
「で、ほんとに結婚されてるんですか?」
「本当に諏訪さんの奥さんなんですか?」
食事しながら質問される諏訪となまえ。なまえがちらりと隣にジト目を送りながら言う。
『...ホントに何も話してないんだね?』
「あー...タイミングなくてよ。」
「うそだー。絶対めんどくさかっただけでしょ。」
小佐野にも言われ反論できない諏訪はガシガシと頭をかいて、バツの悪そうな顔をする。なまえに促され、新しく今の諏訪隊を立ち上げる少し前に籍を入れたこと、ボーダーの中でも旧諏訪隊と報告を入れた上層部、同級生など一部の人間にしか伝えてないことを明かす。
「俺たちまだ、諏訪さんに信用されてなかったんだ...。」
「だー!違ぇっての。小っ恥ずかしかっただけだ。聞かれてもねぇのに結婚してるとか言いづらかっただけだっての。」
「でも、」
『大丈夫だよー。私ボーダーの人間じゃないから詳しくは分からないけど、洸太郎から2人のこと色々聞いてるよ。良くやってる、成長してるって話、よく聞くよ。』
「なまえさん...」
「おいこらなまえ。恥ずかしいこと言ってんじゃねぇよ。」
『じゃあ、後輩悲しませたままでいいの?』
「...ちっ。」
諏訪のフォローをしながらニコニコ笑うなまえ。諏訪は照れたようにそっぽを向くが、そんな和やかな空気に後輩2人も初め緊張していたのが嘘のように馴染んでいた。
「なまえさん、よく出来たお嫁さんだねー。」
「諏訪さんにはもったいないですね。」
「オサノ!日佐人!てめぇらいい加減に...」
「あ、つつみん着いたってー。」
『じゃあ、堤くんの分買って出ようか。』
「なまえ、お前まで...」
だって皆と久しぶりに会えたから楽しくって、となまえは席を立ちながらくすくす笑う。それになんだかんだついて行く諏訪から、お前ら片付けとけと指示を出される4人は歩いていく2人を眺める。
「なんか、諏訪さんが結婚してるっていうのは驚きましたけど、お似合いですね。」
「なまえさん、すごくいい人ですよね。急に花火したいって言い出すなんて、どんな人かと思いましたけど。」
「諏訪さん、なまえさんにベタ惚れだからねー。」
「でも、ほんとなまえさんが急にこんなこと言い出すの、絶対珍しいですよね。俺らだってそんな何回も会ったことある訳じゃないけど。」
4人が食べ終わったトレーを片付けながらそんな話をしているとは思ってもいなかった諏訪となまえだった。
「久しぶり、なまえちゃん。また一段と綺麗になったんじゃない?」
『え、あ、そんなことないよ!久しぶり、堤くん。』
「堤、人の嫁口説くとはいい度胸じゃねぇか...!」
花火をするために予定していた諏訪の自宅近くの公園に到着した一行。なまえの乗ってきた車には小佐野と笹森が、堤の車には現諏訪隊の3人が乗り込んだため、ようやく顔を合わせた堤となまえ。そんな2人のやり取りに早速ツッコミを入れることになった諏訪に他の4人はケラケラと笑っている。
「そういえばなまえさんって幾つなんですか?」
「なまえさんはつつみんと同い年だよ。諏訪さんの一個下。」
「確か、大学の後輩だったはず。」
ポツリと落とされた疑問に答えたのは小佐野と笹森で、それを聞き付けたなまえが勝手に歳バラさないでー!と照れて声を上げる。そんななまえにまた堤が可愛いですねとニヤニヤした視線を向けながら言えば、諏訪はそれにまともに取り合うのを辞めたらしく「俺の嫁だからな」と開き直った。結局またそれを茶化される訳だが。
「あー、楽しかった!」
「ホントそれ!」
「よーし帰ろー。」
「花火なんて久々でした。なんか、子どもに戻った感じ。」
『いやいや、日佐人くんまだ十分若いよ?』
「俺もいい息抜きになりました。」
「お前ら片付けやってやっから先帰れ。堤、悪いが送ってやってくれるか?」
なまえが買ってきたそれなりの量の花火も7人も集まればあっという間になくなり、お開きの時間となる。花火の燃え殻を差したバケツの水を捨てながら言った諏訪の頼みに堤がはいはい、と返事をする。
「あ、堤さん基地に戻ります?もしそうだったら俺、基地でいいです。明日朝から防衛任務なんで泊まっちゃいます。」
「了解。じゃあ、あとの3人は...」
「ねぇねぇなまえさん。」
帰り道の段取りを決めようとする堤を他所に小佐野がなまえに話しかける。
「今度なまえさん達の愛の巣に呼んでね?」
『ぶっ!お、オサノちゃん!?あ、愛の巣って...!!』
「なまえさん照れてるー。でも、さっき見たら入ってみたくなったんだもん。あんなマンション。」
「え、なんですか?次は諏訪さんち、呼んでもらえるんですか?」
「え、あの家に?マジで?」
「お前らな...。」
どこから話を聞いていたのか分からない後輩2人も小佐野の話に混ざり始め、呆れる諏訪。しかし、なまえはといえば困惑しながりもまあ、機会があったらね?と返事をするから、それにもまたため息を着くことになる。
「でもホント、あのマンションそこそこ高そうですよね?」
「警戒区域近ぇからそうでもねーんだよ。結局賃貸だしな。市が空き部屋買い取ったは良いがあんま住み手がいないらしくて、俺ら家失ったわけじゃねえけど試しに聞きにいったら、って感じだな。」
車を停めている諏訪となまえが住む家、もといマンションに目を向けて話しかけてきた堤に諏訪が答える。つーか、段取り着いたのかよ?と話を戻すことも忘れない。結局そこへ向けて公園を後にする4人をなまえは手を振りながら、諏訪は視線だけで見送り、片付けへと戻っていく。
『でも、ホント楽しかったねー?』
水を捨てたバケツの中身を袋に詰める諏訪に、包装などのその他の残骸を渡すタイミングを待ちながらなまえが言う。
「そーかよ。そりゃよかったな。」
『ふふ。うん。ありがとね、付き合ってくれて。みんなも呼んでくれて。』
「...んで、なんかあったのか?」
なまえの言葉に返事とは言えない言葉を返しながら、彼女の方を振り返ると、パチリとあった視線が手元へと下がっていく。その手の中にあるものを諏訪が奪うように受け取ると、手持ち無沙汰になったなまえはその体勢のまま、呟くように話し始める。
『花火急にしたくなったのは、本当だよ?自分でもびっくりするくらい、ホントに突然したくなったの。』
「...。」
『まあ、あとは...。ちょっと、寂しかった、というか。洸太郎と、こう...いつもと違う時間が欲しくなった、かな。』
無言でなまえが気持ちを言葉にするのを待つ諏訪は彼女をじっと見上げる。それに対し困ったように、少し恥ずかしそうに笑いながらなまえはその心に抱えたものを打ち明けた。それを聞いた諏訪は持っていた袋を近くに置くと、おもむろにポケットの中身を探り出す。その手に握ったものはいつものタバコではなく、
「ん。」
『線香花火?』
「仕切り直しだ。こいつはわーわーやるもんでもないだろ。」
『...ありがと。』
数本の線香花火が入った袋から2本だけ取り出してひとつをなまえに持たせるともう一度ガサガサとポケットを漁る。そうして取りだしたライターを握りながらしゃがみこむと、なまえを見上げる。隣に来いとその視線に意味を込めて。
『やっぱり、いいね。線香花火。』
「そーだな。」
無言で火をつけたそれらは、パチパチと小さな音を立て、仄かな光を散らす。ただじっとそれらを見つめていた2人だったが、ポツリと零すようになまえが言った。諏訪もそれに肯定するような言葉を返しながら、それでも2人が見つめる先は儚い光を放つ花火で。
『あ。』
「俺の勝ちだな。っと。」
僅かな差でなまえの光の玉が先に地面に落ちた。それを追いかけるように諏訪の持っていた花火の光が消え、辺りは僅かな街灯に照らされるだけの闇に包まれる。
『次は、負けないよ。』
「おーおー、俺も負けてやるかよ。」
そうして、2人は袋の中身が無くなるまで火をつけては、落ちて消えていく光をゆっくりと眺めていた。その時間は、三門市に溢れる戦いの喧騒も、日々の様々な煩わしさも忘れてしまえそうなほど穏やかな時間で。
『もう終わっちゃった。』
「んだな。あー、腰いてぇ!」
『私も足痛いー。』
正真正銘最後の花火の火が消えた途端、自ら作った静けさをわざと壊すように諏訪が大声で言いながら立ち上がる。それに習って固まった体を解すように立ち上がったなまえだが、一瞬ふらりとよろけてしまい慌ててそれを受け止める諏訪。
「気ぃつけろ。」
『ごめんなさい...。』
謝るなまえの手から終わってしまった線香花火の持ち手の部分をつまみ上げると自分の持ってたものと一緒に先程近くに置いた袋に投げ入れる。それを縛り手に付いたゴミを払い落とす諏訪の姿をなまえはぼんやりと眺めていた。
「なまえ。」
不意に名前を呼ばれ、ピクリと肩を跳ねさせるなまえに諏訪が近くのベンチに腰かけながらその隣を顎で示す。そのまま帰るのだろうと思っていたなまえは突然のことに少し驚きながら促されるまま彼の隣に腰を下ろした。ポケットから取りだしたタバコに火をつけながら話し始める諏訪が陣取ったのは風上で、彼女に少しでも煙がいかないようにするのは結婚する前からのことで。
「今度、どっか行くか。」
『え?』
「9月になりゃランク戦もない。ちったぁ時間もできる。あいつらも学校始まるから訓練したいって呼び出されることも減るだろ。」
『でも、ランク戦ない時って本部での仕事があるって。』
彼女の言う本部での仕事とは、防衛任務とは別に上層部を手伝う形の仕事で。運営的なことや事務的な細々とした仕事が含まれ、なんだかんだと頼りにされている彼は忙しいということが、実際にその姿や内容を詳しく見ることは無い彼女でも想像がつく。
「んなもん、2、3日なら今からいくらでも調節出来る。お前もまだ仕事の調整効くだろ?」
『それは、まあ、大丈夫だと思うけど...』
「けど、なんだよ。」
言い淀むなまえにちらりと視線を向けながらタバコをふかす。彼女の考えが何となく分かるからこそ、その煙には少しだけため息も混じっていて。
「いらねぇことグダグダ考えてるだけなら、決定な。」
『んー...』
「俺だって仕事よりお前と出かける方がいいに決まってんだろうが。あんま遠慮しすぎんな。」
夫婦なんだから、とタバコを携帯灰皿に押し付けながら諏訪が言うと、パッと彼の方を向いた彼女の顔が少しづつ赤くなっていく。まだ新婚と言って差し支えない日数しか経っていないとはいえ、夫婦や妻、夫という立場を他人に言葉にされることに慣れていないなまえは直ぐに照れが顔に出る。その様子が諏訪にとっては可愛くて仕方がない。もちろん自分にも気恥しさはあるので本人に直接伝えることは無いが。
『行きたいとこ、あるんだけど...?』
「あぁ?」
『ちょっと遠いんだけど、いいかな?』
「...いいに決まってんだろ。帰って早速調べるか。」
花火をしたいと言ってきたことも、こうして要望を伝えてきたこともなまえにしては珍しく、彼女に対しての愛しさがさらに募る諏訪。その気持ちを乗せてなまえの頭をわしゃわしゃと撫でると彼女は嬉しそうに笑って。そんななまえを見て彼もまた口角を上げると、立ち上がり片手には袋を、もう片方の手には彼女の手を握りしめ、彼らの家へと足を向けた。
2021.9.26
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