倉庫(説明必読)
設定は木崎レイジ 中編 設定参照
のつもりだけどまだ設定固まりきる前に書いたので若干のキャラブレしてるかも。
オチと情景描写にいまいち納得いってない。
時系列は大規模侵攻編数日前の出来事。
『迅。』
「...何?」
『自分に、できること、ある?』
「それは...次の大規模侵攻で、ってこと?」
『ん。』
廊下で迅を呼び止めた柚槻は、服の裾をグッと握りしめ意を決したように迅にそう尋ねた。こうなることを予知していた迅は口調こそ疑問形だったが、その声はどこか物悲しそうで。
「...柚槻さんは、どうしたい?」
『え。』
「みんなのために役に立ちたい?」
『...うん。自分も、レイジたちみたいに、できることしたい。最前線、は無理かもだけど、カメレオンの自主練もちゃんとしてるから、サポートくらいなら、自分にも、』
「残念だけど、今回柚槻さんが活躍するとしたら、エンジニアとして、だよ。」
迅の言葉に1度は押し黙る柚槻。予想していた、自分の願う形では役に立てない。その事実を突きつけられてなお、彼女の気持ちは変わらない。
『それでも、いい。どうしたらいい?』
「本当に、いい?」
『さっきからなんなの。なんか、言いたいことあるなら、言って。』
グッと眉間にシワを寄せ、迅に言い放つ彼女の態度はいつもより機嫌が悪そうで。でもそれは迅に対する苛立ちも多少はあるものの、緊張や自分の身の振り方が自分自身で分からない己への苛立ちにも見えた。
「柚槻さんが力を発揮するには、しばらく本部に居てもらう必要がある。それだけでも柚槻さんには負担だろうけど、さらに同時に、柚槻さんの身を危険にさらすことにも繋がる。」
『それ、どういうこと。』
「柚槻さんは大規模侵攻の間、玉狛にいれば身の安全が保証できる。けど、本部に行った時の柚槻さんの未来はあまり良くない。何事もなく済む未来も見えなくはないけど、正直怪我で済めばいい、そんな未来も見える。」
『玉狛にいたら、自分にできること、ある?』
「...。」
迅の無言に柚槻はさらに眉間のシワを深くする。その答えが、自分の欲しいものでないと悟ったから。少しの間の後1度目を閉じ、深く息を吐くとその目を開き再び迅を見据えながら柚槻が問う。
『...本部にいれば、自分は誰かのために、みんなのために、なれる?』
「うん。それは間違いない。でも、柚槻さん、」
声のトーンをさらに落とした迅を柚槻はじっと見つめ返し、言葉を続ける。
「それは俺たちを、何よりレイジさんを、不安にさせる、悲しませる未来かもしれないんだよ?」
『っ。』
ゆらり。柚槻の瞳が揺れた。それを見て迅はその表情をわずかだがさらに暗くする。迅が柚槻と同じことが出来るなら、できることがあると分かっているなら、そこに危険があると知っていても迷わず向かうだろう。それは未来の見える己の責任であり、良い未来に仲間と共に向かいたいという自分自身の願いでもある。けれど柚槻が今頑張ろうとしているのは、変わろうと努力している理由は、彼女自身のためではない。今までずっと支えてくれたゆりを初めとする仲間、そしてとりわけどんな自分であっても隣に居続けてくれたレイジのために、自分を変えようとしている。それらの人間の気持ちよりも自分の変化、そしてボーダーの隊員や同じ三門市の市民とはいえ、言ってしまえば他人を優先させることは、果たして柚槻のためになるのか、迅には判断がつかなかった。
『...1度くらい、助ける側になりたい。』
「柚槻さん、それは、」
『わかってる。自分には力不足だって。コミュ障で、戦闘力も高くない。』
「そうじゃなくて!」
『迅も、自分はもう精一杯やってるって言いたいんでしょ!もう慰めは要らない!』
「柚槻さんっ!」
『自分はちゃんと、レイジの隣に立っても恥ずかしくないようになりたい!胸を張って、レイジの隣にっ』
「落ち着け、柚槻。」
『っ!?』
その時、廊下の影から声がして、柚槻がびくりと肩を揺らす。突然の横槍だったことに加え、声の主がたった今柚槻が口にしていた人物であったことは彼女にとってあまりに予想外で。けれどもそんな柚槻に対してやれやれといった様子で溜息をつき、声の主を振り返る迅。
「...レイジさん、ちょっと遅いんじゃない?」
「あとは変わるからいいだろう。しばらく柚槻の部屋にいる。何かあったらお前が呼びに来い。」
「りょーかい。」
迅といくらかやり取りし、現れたレイジは柚槻の腕を取ろうとする。
『...やだっ!』
「なっ!?」
しかし、柚槻はその手を振り払い逃げようとする。予想外の反応にレイジは一瞬驚いて固まり、その場を去ろうとしていた迅でさえ、目を見開いてその様子を凝視していた。その隙に柚槻は2人の脇をすり抜け、玄関へ向かって走り出す。
〈離して!もう私に生きてる意味なんてない!〉
〈こんな世界に生まれてなんか来なければよかった...。〉
不意にレイジは彼女が絶望の縁に立たされていた時に放った言葉を思い出した。あの時と状況は全く違う。それでも、今柚槻の手を離せば、彼女がどこかへ行ってしまう、帰ってこなくなってしまう、そんな考えがレイジの頭をよぎった。
「柚槻!」
『やだ!離せ!』
「柚槻っ!」
『っ!!』
弾かれたように動き出し柚槻を追いかけたレイジは彼女が外へ向かう扉を開いたその時ようやく追いつき、彼女の腕を再び掴む。それを彼女も負けじと先程と同じように振り払おうとしたのだが。
(あとは、大丈夫そうかな。)
2人の姿を見て、ダイニングへと歩を進める迅がその場からいなくなるのと、レイジが柚槻を引き寄せ抱きしめたことによって、支えを失った扉がパタリと閉じたのはどちらが早かっただろうか。
『レイジ、その。』
「離さないからな。」
『でも、...うわっ!?』
驚きと羞恥と戸惑いによって硬直していた柚槻の頭がようやく自体を理解し始め、ここが玄関であり未だレイジが己を抱きしめていることに黙っていられなくなった柚槻が、控えめに彼を呼ぶ。その声は恥ずかしさゆえに今にも消えそうなものだったが、突然地面から自分の足が離れて体が宙に浮く感覚に叫び声をあげる。
『ちょ、レイジ!』
「暴れるな。落とすぞ。」
『!?』
まさかレイジにお姫様抱っこされるとは思ってもいなかった柚槻が抗議するように声を荒立てる。しかし、脅しのような言葉をかけられては黙るしかなく。恐らく柚槻の部屋に向かっているのであろうことを感じつつ大人しくしていることを決めた彼の腕の中で、落ちるぞ、では無く、落とすぞという言葉がレイジらしいと、彼女はどこか的はずれなことを思い巡らしていた。
いつも通り足の踏み場がごく限られている彼女の部屋で、レイジは柚槻を椅子に降ろし、自分は近くの床に座った。あえて彼女の顔が見えないように、机を背もたれにしながら。
『...さっきの話、どこから聞いてた?』
それなりの長さの沈黙が部屋に流れていたが、それを破ったのは柚槻の方だった。その事にほんのわずか安堵のため息を着いたレイジだっだが、柚槻はそれに気づかない。
「お前が本部に行けば、誰かの役に立てるっていう話をしてるあたりだ。」
『ほぼ全部じゃん。』
ふぅ、と大きく息をついた柚槻のそれはレイジに聞かせるようなため息で。それは消えればまた部屋には沈黙が走る。しかしレイジの無言の圧力に耐えられなくなるのは、やはり柚槻のほうで。
『自分だって役に立ちたい。』
「いつも言ってるがお前はもう十分、」
『レイジにとっては十分かもしれない。でも自分ではどうしてもそう思うことができない!』
「お前がいなければ、俺のフルアームズも、京介のガイストも、小南の双月でさえ、今実践に使えていたかわからない。だから、」
『それでも!自分はいっつも支えられてる。助けられる側にいる。レイジやゆり姉がそばに居てくれるんじゃない!自分が離れられないだけでっ。』
「!ふざけるな!!」
柚槻の言葉に思わず床を殴りレイジが叫んだ。あまりにいきなりの大声に、涙こそ流していなかったものの泣きそうな顔をしていた柚槻は目を見開いてレイジを見下ろす。
「お前が俺たちに対してどう思おうと、お前の勝手だ。だが、俺の、俺やゆりさんの気持ちを勝手に決める権利はない。」
『けど!ゆり姉はいつも自分に死なない理由をくれる。レイジは生きる理由をくれるっ。だけど自分は!自分は2人に、何にもできない!』
レイジの剣幕に最初こそ身を固くしていた柚槻だったが、負けじと彼女も思いをぶつける。お互いがお互いに、そして少しだけ自分自身に、苛立ちはじめていた。
「何をそんなに焦ってるんだ。」
はぁ、と息を吐き呟くようにレイジが尋ねる。
『昨日ゆり姉に、電話で言われた。「玉狛のみんなをよろしく」って。たぶん、次の大規模侵攻のこと、聞いたんだと思う。』
「その結論が、本部に行くことか?」
『っ。レイジも、迅と一緒だ。言いたいことあるなら言って。』
「…。」
『なんで、こんなわがまま、止めないの。お前には無理だって、なんで言わない?なんで…』
ゆりの期待に応えたいのは本当で、止めてほしいわけではない。それでも止めて欲しいそぶりを見せるのは、ただ怖いからだ。大切な人を守るために、大切な人を傷つけることが。今まで自分の殻にこもり、物理的にもしばらく玉狛からほとんど出ることのなかったにもかかわらず、そこから一歩踏み出さなければならないことも。ボーダーの世話になることを決めた時、覚悟したつもりでいた。それでも。感情がぐちゃぐちゃになって、溢れ出す。柚槻は止めることのできない涙をみせまいと抱えた膝に顔を埋める。くぐもった声にその様子を悟ったレイジがようやく彼女を振り返っても互いの視線が交わることはなくて。
「俺は、確かにお前がいなくても、生きていくことに不足はなかったのかもしれない。」
『…。』
再び床に視線を落としレイジが呟いた言葉に柚槻がピクリと肩を揺らす。そんなことに彼は気づきもせず、続けて己の思いを吐露し始めた。
「だが、お前が隣にいる今の生き方以外を、考えることはもうできない。お前と出会う前には、戻れない。」
『出会ったこと、…自分を助けたこと、後悔してる?』
淡々と語るレイジに顔を上げた柚槻が震える声で尋ねる。自分が捨てられるのではないか、そんな不安が彼女の声には滲み出ていた。それはある種の期待であり、当然の不安であり。それほどに、彼の言葉は、その声は、真意を読み取りづらいものだった。
「後悔なんて、少しもしていない。いなかったことにはできない。だからこそ、失いたくない。そう言う話だ。」
『…何もできなくても?』
「何度でも言うがお前が何もできない、とは思っていない。ただ俺はお前を、少しでも危険な目に合わせたくない。側において、守りたい。だたそれはお前を縛ることになる。そうしたいわけでもない。」
『自分は…、自分も、レイジを縛りたくないよ。でも、自分の存在自体がレイジを縛ってるんじゃないかって、思うことがある。だから、いつでも捨ててくれていいのにって、思う。』
「っ!だから俺は、」
『でも正直、捨てられるのが怖い。』
レイジが己の気持ちをしっかりと伝えようとしていることを悟った柚槻は、自分もその気持ちを、レイジへの想いを吐き出すことを決めた。自分を捨ててくれていい、彼女のその言葉に振り返ったレイジの視線はゆらゆらと揺れる、それでもその奥に覚悟を宿した柚槻の瞳を捉えて。
『死ぬのは怖くない。けど、レイジが死ぬのは絶対やだ。だから自分も、できることなら側にいて、レイジを守りたい。』
「柚槻…」
『ホントに何もできないなら、ただ、レイジの側にいるだけでもいい。レイジがそうして欲しいなら、そうする。けど、自分が頑張れば、もっといい結果になるなら。レイジも、他の人も守れるなら、できること、したい。』
重い、重い沈黙。けれどそれは、相手を思うからこそだと、2人ともが理解していて。素直な想いをぶつけ合ったからこそ、簡単に答えの出ない問題にぶつかる。それは互いを深くしれば知ろうとするほど、互いを思いやるほど、避けては通れない道で。
「来い。」
今回ばかりは、静寂を自ら破ったレイジ。彼の短い言葉とともに差し出された手に、己のそれを重ねた柚槻は次の瞬間、彼の腕の中にすっぽりと押されめられてしまった。柚槻自身も決して小さいわけではないが、平均よりも体格の良いレイジにしてみれば、彼女は細く、柔く、力を込めれば壊れてしまいそうだと思えるほどで。突然のことに驚いた柚槻だったが、その腕の中が思いのほか居心地が良くて、安心している自分に気がつく。
「迅が言っていたな、怪我で済めばいい、と。」
『うん。』
「俺の手から離れていくことは、絶対に許さない。死ぬことも、手の届かないところに行くことも。」
『…うん。』
「帰ってくると約束できるなら、行ってこい。」
『うん、約束する。絶対。』
のつもりだけどまだ設定固まりきる前に書いたので若干のキャラブレしてるかも。
オチと情景描写にいまいち納得いってない。
時系列は大規模侵攻編数日前の出来事。
『迅。』
「...何?」
『自分に、できること、ある?』
「それは...次の大規模侵攻で、ってこと?」
『ん。』
廊下で迅を呼び止めた柚槻は、服の裾をグッと握りしめ意を決したように迅にそう尋ねた。こうなることを予知していた迅は口調こそ疑問形だったが、その声はどこか物悲しそうで。
「...柚槻さんは、どうしたい?」
『え。』
「みんなのために役に立ちたい?」
『...うん。自分も、レイジたちみたいに、できることしたい。最前線、は無理かもだけど、カメレオンの自主練もちゃんとしてるから、サポートくらいなら、自分にも、』
「残念だけど、今回柚槻さんが活躍するとしたら、エンジニアとして、だよ。」
迅の言葉に1度は押し黙る柚槻。予想していた、自分の願う形では役に立てない。その事実を突きつけられてなお、彼女の気持ちは変わらない。
『それでも、いい。どうしたらいい?』
「本当に、いい?」
『さっきからなんなの。なんか、言いたいことあるなら、言って。』
グッと眉間にシワを寄せ、迅に言い放つ彼女の態度はいつもより機嫌が悪そうで。でもそれは迅に対する苛立ちも多少はあるものの、緊張や自分の身の振り方が自分自身で分からない己への苛立ちにも見えた。
「柚槻さんが力を発揮するには、しばらく本部に居てもらう必要がある。それだけでも柚槻さんには負担だろうけど、さらに同時に、柚槻さんの身を危険にさらすことにも繋がる。」
『それ、どういうこと。』
「柚槻さんは大規模侵攻の間、玉狛にいれば身の安全が保証できる。けど、本部に行った時の柚槻さんの未来はあまり良くない。何事もなく済む未来も見えなくはないけど、正直怪我で済めばいい、そんな未来も見える。」
『玉狛にいたら、自分にできること、ある?』
「...。」
迅の無言に柚槻はさらに眉間のシワを深くする。その答えが、自分の欲しいものでないと悟ったから。少しの間の後1度目を閉じ、深く息を吐くとその目を開き再び迅を見据えながら柚槻が問う。
『...本部にいれば、自分は誰かのために、みんなのために、なれる?』
「うん。それは間違いない。でも、柚槻さん、」
声のトーンをさらに落とした迅を柚槻はじっと見つめ返し、言葉を続ける。
「それは俺たちを、何よりレイジさんを、不安にさせる、悲しませる未来かもしれないんだよ?」
『っ。』
ゆらり。柚槻の瞳が揺れた。それを見て迅はその表情をわずかだがさらに暗くする。迅が柚槻と同じことが出来るなら、できることがあると分かっているなら、そこに危険があると知っていても迷わず向かうだろう。それは未来の見える己の責任であり、良い未来に仲間と共に向かいたいという自分自身の願いでもある。けれど柚槻が今頑張ろうとしているのは、変わろうと努力している理由は、彼女自身のためではない。今までずっと支えてくれたゆりを初めとする仲間、そしてとりわけどんな自分であっても隣に居続けてくれたレイジのために、自分を変えようとしている。それらの人間の気持ちよりも自分の変化、そしてボーダーの隊員や同じ三門市の市民とはいえ、言ってしまえば他人を優先させることは、果たして柚槻のためになるのか、迅には判断がつかなかった。
『...1度くらい、助ける側になりたい。』
「柚槻さん、それは、」
『わかってる。自分には力不足だって。コミュ障で、戦闘力も高くない。』
「そうじゃなくて!」
『迅も、自分はもう精一杯やってるって言いたいんでしょ!もう慰めは要らない!』
「柚槻さんっ!」
『自分はちゃんと、レイジの隣に立っても恥ずかしくないようになりたい!胸を張って、レイジの隣にっ』
「落ち着け、柚槻。」
『っ!?』
その時、廊下の影から声がして、柚槻がびくりと肩を揺らす。突然の横槍だったことに加え、声の主がたった今柚槻が口にしていた人物であったことは彼女にとってあまりに予想外で。けれどもそんな柚槻に対してやれやれといった様子で溜息をつき、声の主を振り返る迅。
「...レイジさん、ちょっと遅いんじゃない?」
「あとは変わるからいいだろう。しばらく柚槻の部屋にいる。何かあったらお前が呼びに来い。」
「りょーかい。」
迅といくらかやり取りし、現れたレイジは柚槻の腕を取ろうとする。
『...やだっ!』
「なっ!?」
しかし、柚槻はその手を振り払い逃げようとする。予想外の反応にレイジは一瞬驚いて固まり、その場を去ろうとしていた迅でさえ、目を見開いてその様子を凝視していた。その隙に柚槻は2人の脇をすり抜け、玄関へ向かって走り出す。
〈離して!もう私に生きてる意味なんてない!〉
〈こんな世界に生まれてなんか来なければよかった...。〉
不意にレイジは彼女が絶望の縁に立たされていた時に放った言葉を思い出した。あの時と状況は全く違う。それでも、今柚槻の手を離せば、彼女がどこかへ行ってしまう、帰ってこなくなってしまう、そんな考えがレイジの頭をよぎった。
「柚槻!」
『やだ!離せ!』
「柚槻っ!」
『っ!!』
弾かれたように動き出し柚槻を追いかけたレイジは彼女が外へ向かう扉を開いたその時ようやく追いつき、彼女の腕を再び掴む。それを彼女も負けじと先程と同じように振り払おうとしたのだが。
(あとは、大丈夫そうかな。)
2人の姿を見て、ダイニングへと歩を進める迅がその場からいなくなるのと、レイジが柚槻を引き寄せ抱きしめたことによって、支えを失った扉がパタリと閉じたのはどちらが早かっただろうか。
『レイジ、その。』
「離さないからな。」
『でも、...うわっ!?』
驚きと羞恥と戸惑いによって硬直していた柚槻の頭がようやく自体を理解し始め、ここが玄関であり未だレイジが己を抱きしめていることに黙っていられなくなった柚槻が、控えめに彼を呼ぶ。その声は恥ずかしさゆえに今にも消えそうなものだったが、突然地面から自分の足が離れて体が宙に浮く感覚に叫び声をあげる。
『ちょ、レイジ!』
「暴れるな。落とすぞ。」
『!?』
まさかレイジにお姫様抱っこされるとは思ってもいなかった柚槻が抗議するように声を荒立てる。しかし、脅しのような言葉をかけられては黙るしかなく。恐らく柚槻の部屋に向かっているのであろうことを感じつつ大人しくしていることを決めた彼の腕の中で、落ちるぞ、では無く、落とすぞという言葉がレイジらしいと、彼女はどこか的はずれなことを思い巡らしていた。
いつも通り足の踏み場がごく限られている彼女の部屋で、レイジは柚槻を椅子に降ろし、自分は近くの床に座った。あえて彼女の顔が見えないように、机を背もたれにしながら。
『...さっきの話、どこから聞いてた?』
それなりの長さの沈黙が部屋に流れていたが、それを破ったのは柚槻の方だった。その事にほんのわずか安堵のため息を着いたレイジだっだが、柚槻はそれに気づかない。
「お前が本部に行けば、誰かの役に立てるっていう話をしてるあたりだ。」
『ほぼ全部じゃん。』
ふぅ、と大きく息をついた柚槻のそれはレイジに聞かせるようなため息で。それは消えればまた部屋には沈黙が走る。しかしレイジの無言の圧力に耐えられなくなるのは、やはり柚槻のほうで。
『自分だって役に立ちたい。』
「いつも言ってるがお前はもう十分、」
『レイジにとっては十分かもしれない。でも自分ではどうしてもそう思うことができない!』
「お前がいなければ、俺のフルアームズも、京介のガイストも、小南の双月でさえ、今実践に使えていたかわからない。だから、」
『それでも!自分はいっつも支えられてる。助けられる側にいる。レイジやゆり姉がそばに居てくれるんじゃない!自分が離れられないだけでっ。』
「!ふざけるな!!」
柚槻の言葉に思わず床を殴りレイジが叫んだ。あまりにいきなりの大声に、涙こそ流していなかったものの泣きそうな顔をしていた柚槻は目を見開いてレイジを見下ろす。
「お前が俺たちに対してどう思おうと、お前の勝手だ。だが、俺の、俺やゆりさんの気持ちを勝手に決める権利はない。」
『けど!ゆり姉はいつも自分に死なない理由をくれる。レイジは生きる理由をくれるっ。だけど自分は!自分は2人に、何にもできない!』
レイジの剣幕に最初こそ身を固くしていた柚槻だったが、負けじと彼女も思いをぶつける。お互いがお互いに、そして少しだけ自分自身に、苛立ちはじめていた。
「何をそんなに焦ってるんだ。」
はぁ、と息を吐き呟くようにレイジが尋ねる。
『昨日ゆり姉に、電話で言われた。「玉狛のみんなをよろしく」って。たぶん、次の大規模侵攻のこと、聞いたんだと思う。』
「その結論が、本部に行くことか?」
『っ。レイジも、迅と一緒だ。言いたいことあるなら言って。』
「…。」
『なんで、こんなわがまま、止めないの。お前には無理だって、なんで言わない?なんで…』
ゆりの期待に応えたいのは本当で、止めてほしいわけではない。それでも止めて欲しいそぶりを見せるのは、ただ怖いからだ。大切な人を守るために、大切な人を傷つけることが。今まで自分の殻にこもり、物理的にもしばらく玉狛からほとんど出ることのなかったにもかかわらず、そこから一歩踏み出さなければならないことも。ボーダーの世話になることを決めた時、覚悟したつもりでいた。それでも。感情がぐちゃぐちゃになって、溢れ出す。柚槻は止めることのできない涙をみせまいと抱えた膝に顔を埋める。くぐもった声にその様子を悟ったレイジがようやく彼女を振り返っても互いの視線が交わることはなくて。
「俺は、確かにお前がいなくても、生きていくことに不足はなかったのかもしれない。」
『…。』
再び床に視線を落としレイジが呟いた言葉に柚槻がピクリと肩を揺らす。そんなことに彼は気づきもせず、続けて己の思いを吐露し始めた。
「だが、お前が隣にいる今の生き方以外を、考えることはもうできない。お前と出会う前には、戻れない。」
『出会ったこと、…自分を助けたこと、後悔してる?』
淡々と語るレイジに顔を上げた柚槻が震える声で尋ねる。自分が捨てられるのではないか、そんな不安が彼女の声には滲み出ていた。それはある種の期待であり、当然の不安であり。それほどに、彼の言葉は、その声は、真意を読み取りづらいものだった。
「後悔なんて、少しもしていない。いなかったことにはできない。だからこそ、失いたくない。そう言う話だ。」
『…何もできなくても?』
「何度でも言うがお前が何もできない、とは思っていない。ただ俺はお前を、少しでも危険な目に合わせたくない。側において、守りたい。だたそれはお前を縛ることになる。そうしたいわけでもない。」
『自分は…、自分も、レイジを縛りたくないよ。でも、自分の存在自体がレイジを縛ってるんじゃないかって、思うことがある。だから、いつでも捨ててくれていいのにって、思う。』
「っ!だから俺は、」
『でも正直、捨てられるのが怖い。』
レイジが己の気持ちをしっかりと伝えようとしていることを悟った柚槻は、自分もその気持ちを、レイジへの想いを吐き出すことを決めた。自分を捨ててくれていい、彼女のその言葉に振り返ったレイジの視線はゆらゆらと揺れる、それでもその奥に覚悟を宿した柚槻の瞳を捉えて。
『死ぬのは怖くない。けど、レイジが死ぬのは絶対やだ。だから自分も、できることなら側にいて、レイジを守りたい。』
「柚槻…」
『ホントに何もできないなら、ただ、レイジの側にいるだけでもいい。レイジがそうして欲しいなら、そうする。けど、自分が頑張れば、もっといい結果になるなら。レイジも、他の人も守れるなら、できること、したい。』
重い、重い沈黙。けれどそれは、相手を思うからこそだと、2人ともが理解していて。素直な想いをぶつけ合ったからこそ、簡単に答えの出ない問題にぶつかる。それは互いを深くしれば知ろうとするほど、互いを思いやるほど、避けては通れない道で。
「来い。」
今回ばかりは、静寂を自ら破ったレイジ。彼の短い言葉とともに差し出された手に、己のそれを重ねた柚槻は次の瞬間、彼の腕の中にすっぽりと押されめられてしまった。柚槻自身も決して小さいわけではないが、平均よりも体格の良いレイジにしてみれば、彼女は細く、柔く、力を込めれば壊れてしまいそうだと思えるほどで。突然のことに驚いた柚槻だったが、その腕の中が思いのほか居心地が良くて、安心している自分に気がつく。
「迅が言っていたな、怪我で済めばいい、と。」
『うん。』
「俺の手から離れていくことは、絶対に許さない。死ぬことも、手の届かないところに行くことも。」
『…うん。』
「帰ってくると約束できるなら、行ってこい。」
『うん、約束する。絶対。』