始まった日常
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時は、詩音が風間隊の作戦室前にたどり着くほんの少し前のこと。
[はあ。はやく帰りたい。週末だからって、夜の任務なんか引き受けるんじゃなかった。]
[受けたからには真面目にやれ。]
風間隊はその日、夜間帯の防衛任務に着いていた。菊地原は普段から仕事中に文句を言わないことは無いが、彼らの年齢を考慮してあまり入ることの無い夜のシフトにその口の悪さは2割増くらいになっている。ただ、一応それを窘める風間も菊地原がなんだかんだ仕事はきちんとするのを知っているので、あまり強くとがめることはない。
[それにしても、今日は比較的平和ですね。]
「そうだね。近くにゲートもトリオン兵の反応もないし。...あれ?」
歌川の言葉に通信越しに言葉を返していた三上の発した声。それにいち早く反応したのは風間で。
[どうした、何か異常があったか。]
「い、いえ。そうじゃないんですが、」
[じゃあ何だ。]
「えっと、作戦室の前に、詩音ちゃんがいるみたいで。」
[如月が?]
宇佐美の置いていった3面モニターの一部に映る、インターホンのような役割を果たす画面。そこには確かに風間隊の作戦室の前で佇む詩音の姿が映っていて。
[何しに来たの。]
伝わるはずのない詩音に投げかけるように菊地原が言う。それを拾い上げた三上が、「声をかけてきてもいいですか?」と離席の許可を求めた。
[ああ、出来れば連れて入れ。]
風間の答えに少し意外そうな顔をしながらも、了解しましたと三上が席を離れる。そうして小走りに扉に向かいそれを開けると、今まさに扉に背を向けようとしている詩音と三上の目が合った。
「どうしたの、詩音ちゃん?」
『み、三上さん!』
まさか突然目の前の扉が開くとは思っていなかった詩音が驚いて声を上げる。だが三上がインカムをつけて、仕事中だということに気づき咄嗟に持っていた飲み物を押し付けるように三上に渡そうとする。
「詩音ちゃん待って!」
そんな彼女を三上は慌てて引き止め、風間に言われた通り、作戦室の中へと招き入れる。ソファの前のテーブルを示して飲み物を置くように言ったあと、三上は詩音をさらにデスクがある部屋へと案内した。風間が連れて入れ、と言ったということはただ部屋に入れるというより何か話したいことでもあるのだろうと思っての事だった。詩音の緊張と焦りを何となく感じながら元の椅子に座ると、向こうの音声をヘッドセットからスピーカーに切りかえながら話し始める。
「すみません、三上戻りました。モニター上、特に変化は見られませんが、そちらは?」
[こちらも特に問題は無い。...如月はそこにいるか。]
『!?は、はい!』
まさか自分が呼ばれるとは思ってなかったであろう詩音のひっくり返った声に思わず三上は笑いを漏らす。スピーカー越しにクスリと聞こえた声は歌川のものだろう。
[何しに来たの。]
『あ、あの。夜の防衛任務だって聞いて、飲み物でも持っていったらって言われて、それで...。』
[言われたからきたんだ?]
『それは、その。』
先程呟くように言った問いを、今度は詩音本人に投げかけた菊地原。彼女がたどたどしく答えると、畳み掛けるように不満そうな声を漏らすから、詩音も言葉に詰まってしまう。でもそれが、詩音の行動に彼がどこか期待を持っていることが現れていると、風間隊の面々にはわかって。
[言われたって太刀川さん?]
『あ、えっと。太刀川さんにも、です。飲み物持っていったらって言ったのは国近さんで。太刀川さんは、風間隊がこの時間防衛任務だって教えてくれて。』
「国近先輩と何してたの?」
『私の仕事が終わったあと、声かけてくれて、ご飯に誘ってくれたんです。それで色々聞いてもらって。そしたら途中で、こんな時間に珍しいなって太刀川さんが来て。国近さん『てつげーの腹ごしらえだ』って言ってましたけど。てつげーが、私には何か、分からなかったんですが...』
[ったく、こっちは仕事してるってのに。]
[それで、太刀川はなんと言っていた。]
『風間隊の皆さんは私が聞いたら答えてくれるって。あと、たまには自分から顔を出せ、とも言ってました。』
悪態をつく菊地原に少し反応した詩音はその言葉に、声に、怯えているのかそれとも徹ゲーの説明がないことに戸惑っているのか。それを誰も指摘せず、密かにため息を吐いた風間が問いかけると、尋ねられたことに素直に答える詩音。
[全く、いらんことを。]
さらに密かに呟いた風間の言葉は、サイドエフェクトをもつ菊地原以外には伝わらず、その場に沈黙が流れた。
『あの、私ほんとにそろそろ帰ります。約束もしてないし、呼ばれてもないのに、お邪魔してしまってすみません。』
沈黙に耐えられなくなった詩音がそう言って退室しようとする。それを止める言葉を吐く者は、誰もいなかった。しかし、
「ゲート発生!トリオン兵の反応を確認しました。現在地から南西に約300メートルの位置です。」
『っ!?』
[目標確認。]
[本部。こちら風間隊。敵影を確認。現場に向かいます。]
[とりあえず3体かな。]
突如として風間隊の空気が変わり、ピリリとしたその雰囲気とトリオン兵という言葉に詩音が身を竦める。中央オペレーターで仕事をしているときでもゲートの出現やトリオン兵の映像に出くわすことはあったが、その時は機械の操作に必死で意識は業務をこなすことだけに向いていた。だから恐怖や驚きといった自分の感情を意識することはなくて。そんな詩音に対して風間隊の4人は仕事モードへと切りかえ、淡々と、現れたバムスターとモールモッド2体の排除にかかる。
『あ...。』
レーダーやその他の情報とともに映し出される画面の中で、風間が敵に切り掛る姿が詩音の目に留まった。遠征の時には意外にも見ることのなかった彼らの戦う姿。鮮やかなともすれば美しいとも言えるその剣さばきに詩音は先に感じた恐れを忘れて、ただ目を奪われる。
[はい、撃破。三上先輩、]
「トリオン反応消失を確認。今のところ、新たな敵兵の反応はありません。」
[じゃあ、早いとこ回収班呼びましょう。]
[そうだな。本部、こちら風間。]
あっという間に敵を倒した風間たちを詩音は画面越しにじっと見つめていた。息をするのも忘れたかのように微動だにせず、ただじっと。そうしてふと思い出した、あの日差し伸べられた手。けれど、何故それを思い出すのか、その理由はわからない。
[如月。]
『...。』
「詩音ちゃん?」
『え、あ!はい!』
[なに、ネイバーにビビって声も出なかった?]
「あ、いや、そういう訳では...。」
画面に目を奪われていた詩音は自分が呼ばれたことに直ぐに気づけず、隣で三上にそっとつつかれてようやく返事を返す。菊地原の言葉で自分がなぜそうなったかを思案するものの答えは出ない。
[帰りたいなら帰れ。]
『え...。』
しかし、風間が投げた言葉によってその思考も完全に止まる。代わりに、自分が何かしてしまったのか、怒らせてしまっただろうかと焦り、言葉の真意を測るのに必死になる。
[もう夜も遅い。俺たちは仕事だが、お前がこんな時間まで俺たちに付き合う必要は無い。]
[いいね、暇なやつは。ゆっくり休めて。]
[如月だって仕事終わりだろ。差し入れありがとな。]
『え、いや...私は、』
帰りたい、確かに先程までそう思っていたはずなのに、帰れと言われ驚いてしまい、しかしその言葉が自分を案じて発されていると知り、戸惑う詩音。5年の過酷な日々に追いやられ、忘れかけていた他人の温かさに、詩音は未だ慣れずにいる。
「詩音ちゃん、またいつでも遊びに来てね?太刀川さんもそう言ってたんでしょう?オペレーターのことで、分からないこととか聞きに来てもいいよ。」
「三上さん...。」
[あの人はともかく、如月が来て迷惑ならそう言うだけだから。]
[おい、菊地原。]
[迷惑な時は、ね。別にそうじゃない時に追い返したりしないよ。そんなめんどくさいこと。]
[以前、何かあれば頼れといったが、別に何かがなければ話しかけるな、ということでは無い。それは覚えておけ。]
『...ありがとうございます。』
他人の温かさにはまだ、慣れない。それでも彼らが向ける優しさには頼ってもいい、そう改めて思える気がした。
『じゃあ、もう少しだけここにいさせてください。皆さんのお仕事見て勉強したいです。三上さん、皆さんも、いいですか?』
[好きにすれば。]
[あんまり無理はするなよ。]
[俺たちは構わない。三上、色々教えてやってやれ。]
「もちろんです!」
そうして彼らの夜は更けていく。しかしその表情には夜の闇のように暗いものを感じさせるものは何も無いかのようで。今しがた目の前で起きたネイバーの襲撃、現在さえも侵食する壮絶な過去、そうしたものをそれぞれほんの少しだけ脇において、今を生きる若者たちがそこにはいた。
[はあ。はやく帰りたい。週末だからって、夜の任務なんか引き受けるんじゃなかった。]
[受けたからには真面目にやれ。]
風間隊はその日、夜間帯の防衛任務に着いていた。菊地原は普段から仕事中に文句を言わないことは無いが、彼らの年齢を考慮してあまり入ることの無い夜のシフトにその口の悪さは2割増くらいになっている。ただ、一応それを窘める風間も菊地原がなんだかんだ仕事はきちんとするのを知っているので、あまり強くとがめることはない。
[それにしても、今日は比較的平和ですね。]
「そうだね。近くにゲートもトリオン兵の反応もないし。...あれ?」
歌川の言葉に通信越しに言葉を返していた三上の発した声。それにいち早く反応したのは風間で。
[どうした、何か異常があったか。]
「い、いえ。そうじゃないんですが、」
[じゃあ何だ。]
「えっと、作戦室の前に、詩音ちゃんがいるみたいで。」
[如月が?]
宇佐美の置いていった3面モニターの一部に映る、インターホンのような役割を果たす画面。そこには確かに風間隊の作戦室の前で佇む詩音の姿が映っていて。
[何しに来たの。]
伝わるはずのない詩音に投げかけるように菊地原が言う。それを拾い上げた三上が、「声をかけてきてもいいですか?」と離席の許可を求めた。
[ああ、出来れば連れて入れ。]
風間の答えに少し意外そうな顔をしながらも、了解しましたと三上が席を離れる。そうして小走りに扉に向かいそれを開けると、今まさに扉に背を向けようとしている詩音と三上の目が合った。
「どうしたの、詩音ちゃん?」
『み、三上さん!』
まさか突然目の前の扉が開くとは思っていなかった詩音が驚いて声を上げる。だが三上がインカムをつけて、仕事中だということに気づき咄嗟に持っていた飲み物を押し付けるように三上に渡そうとする。
「詩音ちゃん待って!」
そんな彼女を三上は慌てて引き止め、風間に言われた通り、作戦室の中へと招き入れる。ソファの前のテーブルを示して飲み物を置くように言ったあと、三上は詩音をさらにデスクがある部屋へと案内した。風間が連れて入れ、と言ったということはただ部屋に入れるというより何か話したいことでもあるのだろうと思っての事だった。詩音の緊張と焦りを何となく感じながら元の椅子に座ると、向こうの音声をヘッドセットからスピーカーに切りかえながら話し始める。
「すみません、三上戻りました。モニター上、特に変化は見られませんが、そちらは?」
[こちらも特に問題は無い。...如月はそこにいるか。]
『!?は、はい!』
まさか自分が呼ばれるとは思ってなかったであろう詩音のひっくり返った声に思わず三上は笑いを漏らす。スピーカー越しにクスリと聞こえた声は歌川のものだろう。
[何しに来たの。]
『あ、あの。夜の防衛任務だって聞いて、飲み物でも持っていったらって言われて、それで...。』
[言われたからきたんだ?]
『それは、その。』
先程呟くように言った問いを、今度は詩音本人に投げかけた菊地原。彼女がたどたどしく答えると、畳み掛けるように不満そうな声を漏らすから、詩音も言葉に詰まってしまう。でもそれが、詩音の行動に彼がどこか期待を持っていることが現れていると、風間隊の面々にはわかって。
[言われたって太刀川さん?]
『あ、えっと。太刀川さんにも、です。飲み物持っていったらって言ったのは国近さんで。太刀川さんは、風間隊がこの時間防衛任務だって教えてくれて。』
「国近先輩と何してたの?」
『私の仕事が終わったあと、声かけてくれて、ご飯に誘ってくれたんです。それで色々聞いてもらって。そしたら途中で、こんな時間に珍しいなって太刀川さんが来て。国近さん『てつげーの腹ごしらえだ』って言ってましたけど。てつげーが、私には何か、分からなかったんですが...』
[ったく、こっちは仕事してるってのに。]
[それで、太刀川はなんと言っていた。]
『風間隊の皆さんは私が聞いたら答えてくれるって。あと、たまには自分から顔を出せ、とも言ってました。』
悪態をつく菊地原に少し反応した詩音はその言葉に、声に、怯えているのかそれとも徹ゲーの説明がないことに戸惑っているのか。それを誰も指摘せず、密かにため息を吐いた風間が問いかけると、尋ねられたことに素直に答える詩音。
[全く、いらんことを。]
さらに密かに呟いた風間の言葉は、サイドエフェクトをもつ菊地原以外には伝わらず、その場に沈黙が流れた。
『あの、私ほんとにそろそろ帰ります。約束もしてないし、呼ばれてもないのに、お邪魔してしまってすみません。』
沈黙に耐えられなくなった詩音がそう言って退室しようとする。それを止める言葉を吐く者は、誰もいなかった。しかし、
「ゲート発生!トリオン兵の反応を確認しました。現在地から南西に約300メートルの位置です。」
『っ!?』
[目標確認。]
[本部。こちら風間隊。敵影を確認。現場に向かいます。]
[とりあえず3体かな。]
突如として風間隊の空気が変わり、ピリリとしたその雰囲気とトリオン兵という言葉に詩音が身を竦める。中央オペレーターで仕事をしているときでもゲートの出現やトリオン兵の映像に出くわすことはあったが、その時は機械の操作に必死で意識は業務をこなすことだけに向いていた。だから恐怖や驚きといった自分の感情を意識することはなくて。そんな詩音に対して風間隊の4人は仕事モードへと切りかえ、淡々と、現れたバムスターとモールモッド2体の排除にかかる。
『あ...。』
レーダーやその他の情報とともに映し出される画面の中で、風間が敵に切り掛る姿が詩音の目に留まった。遠征の時には意外にも見ることのなかった彼らの戦う姿。鮮やかなともすれば美しいとも言えるその剣さばきに詩音は先に感じた恐れを忘れて、ただ目を奪われる。
[はい、撃破。三上先輩、]
「トリオン反応消失を確認。今のところ、新たな敵兵の反応はありません。」
[じゃあ、早いとこ回収班呼びましょう。]
[そうだな。本部、こちら風間。]
あっという間に敵を倒した風間たちを詩音は画面越しにじっと見つめていた。息をするのも忘れたかのように微動だにせず、ただじっと。そうしてふと思い出した、あの日差し伸べられた手。けれど、何故それを思い出すのか、その理由はわからない。
[如月。]
『...。』
「詩音ちゃん?」
『え、あ!はい!』
[なに、ネイバーにビビって声も出なかった?]
「あ、いや、そういう訳では...。」
画面に目を奪われていた詩音は自分が呼ばれたことに直ぐに気づけず、隣で三上にそっとつつかれてようやく返事を返す。菊地原の言葉で自分がなぜそうなったかを思案するものの答えは出ない。
[帰りたいなら帰れ。]
『え...。』
しかし、風間が投げた言葉によってその思考も完全に止まる。代わりに、自分が何かしてしまったのか、怒らせてしまっただろうかと焦り、言葉の真意を測るのに必死になる。
[もう夜も遅い。俺たちは仕事だが、お前がこんな時間まで俺たちに付き合う必要は無い。]
[いいね、暇なやつは。ゆっくり休めて。]
[如月だって仕事終わりだろ。差し入れありがとな。]
『え、いや...私は、』
帰りたい、確かに先程までそう思っていたはずなのに、帰れと言われ驚いてしまい、しかしその言葉が自分を案じて発されていると知り、戸惑う詩音。5年の過酷な日々に追いやられ、忘れかけていた他人の温かさに、詩音は未だ慣れずにいる。
「詩音ちゃん、またいつでも遊びに来てね?太刀川さんもそう言ってたんでしょう?オペレーターのことで、分からないこととか聞きに来てもいいよ。」
「三上さん...。」
[あの人はともかく、如月が来て迷惑ならそう言うだけだから。]
[おい、菊地原。]
[迷惑な時は、ね。別にそうじゃない時に追い返したりしないよ。そんなめんどくさいこと。]
[以前、何かあれば頼れといったが、別に何かがなければ話しかけるな、ということでは無い。それは覚えておけ。]
『...ありがとうございます。』
他人の温かさにはまだ、慣れない。それでも彼らが向ける優しさには頼ってもいい、そう改めて思える気がした。
『じゃあ、もう少しだけここにいさせてください。皆さんのお仕事見て勉強したいです。三上さん、皆さんも、いいですか?』
[好きにすれば。]
[あんまり無理はするなよ。]
[俺たちは構わない。三上、色々教えてやってやれ。]
「もちろんです!」
そうして彼らの夜は更けていく。しかしその表情には夜の闇のように暗いものを感じさせるものは何も無いかのようで。今しがた目の前で起きたネイバーの襲撃、現在さえも侵食する壮絶な過去、そうしたものをそれぞれほんの少しだけ脇において、今を生きる若者たちがそこにはいた。