個別の物語
『 あの森の奥に行ってはいけないよ。
森を荒らす人間は、化けた大鴉に食われちまうからね』
鴉の森。
近隣の村人からそう呼ばれる森。
鬱蒼とした深緑が幾重にも重なり合った黒に近い景色の中に、小さな女の子が1人。
野ウサギを追いかけ、花を探して帰り道を見失い、袖を涙でぐしゃぐしゃにした子どもの小さなシルエットに、ぼうっと黒い人影が重なって立ち止まった。
「……やぁ、鴉の森へようこそ。勇敢なお嬢さん?」
夕刻の森は、みるみる内に暗くなる。
まるでそこだけ夜が来たかのような黒1色を纏った、背の高い青年はゆったりした足取りで歩み寄り、背を屈めて微笑む。
「鴉の森の噂は知っているかな?」