序章 謎の糸張る商店街
黒猫がストーブとちょうどよい距離を保って寝転んでいる。
カウンター脇の4人がけテーブルの1席についてそれを眺めていると、黒糸お化けの人が奥から緑茶と茶菓子を盆にのせて出てきた。
古きよき長話の気配がする。
「遠慮なく食べるといい」
「晩ごはん入らなくなっちゃうんで」
「ああ、そうか……ラーメン好き?」
「それなりに」
お化けさんは滑らかに携帯電話を取り出した。
「どうも黒出洋品店の黒出です、お世話になっております〜。すみません、出前まだ大丈夫ですか?ええ、ええ、ありがとうございます。ラーメン2人前お願いします。……よし……」
長話の気配が進化した。
「ラーメン……」
「ん? お代のことなら心配いらない」
お代の心配をしているわけではないのだが、なんか説明が面倒になって日和はとりあえず緑茶を三口すすった。
「黒出さんっていうんですね」
「ああ、いかにも。私の名前は黒出糸軌(くろいで しき)。あっちの黒猫は店長のゴクロウさん」
「クロちゃんですね」
「うん」
「ンナ」
「なぜ黒出さんまで返事を……?」
「ごめん……爆速で距離詰めてくるなこの子と思って驚いて返事しちゃった……」
「黒出さんと呼ぶので大丈夫です。ところでなんでゴクロウさんなんですか?」
「この子もともと野良なんだけどさ……仕事終わったらいつの間にか店の中に入って座布団に寝てて、片付け終わった私の姿を見て『ご苦労さん』って感じで気だるげに鳴いたんだよね」
ひとつ分かった、この人、意外と喋る。
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