序章 謎の糸張る商店街

道端にどんぐりが落ちている。



日和は屈んで1個拾った。
少し石畳についたスカートの裾を、軽く払う。

秋の風物詩No. 1の座を独走する焦げ茶の滑らかな木の実は、そこから3メートルほど先にもうひとつ落ちていた。

穴が空いていないのを確認して、2個目を拾う。

顔を上げれば、さらにもうひとつ。拾って、コートのポケットに入れる。

商店街アーケードの下、等間隔に並んだどんぐりを回収していく。

ところどころ、こどもが拾っていったのか1個抜けている箇所もあった。


ちょうどポケットが一杯になった時、顔を上げた先にフカフカの黒猫がいた。
赤い首輪をつけている。

猫は5mほど先の、ある店の戸口の前に座って、日和と目が合うと「アォン」と一声鳴いて尻尾をゆらゆらさせた。

最後の1個のどんぐりを拾う。

すぐ目の前には渋い佇まいの店の戸口がある。

渋い佇まいに反して、最近塗り直したらしい立て看板には「黒出洋品店」との文字。その力強い筆致の周りには可愛らしくデフォルメされた手芸道具やぬいぐるみのイラストが描かれていた。看板屋が情緒不安定だったのだろうか。

黒猫が再び「ナゥン」と鳴いて戸口の木枠をカリカリ掻いて訴えている。

日和はしゃがんでどんぐりを持ったまま呟いた。

「使い魔?」

「ンナ」

猫が返事らしき声をあげて戸口から前足を離した。

……のは、誰かが内側から引き戸を開けに来たからであった。

カラカラと小気味良い音を立て、案の定、先日の黒糸お化けが戸口から上半身を覗かせる。

「……きみ」

彼の足元を、黒猫がわざと耳の後ろから尻尾の先にかけて擦り付けながら、ぬるりと通っていった。

「なんで引っかかった?」

静かで変化が少なく分かりづらい表情の中に、かすかに驚きが見てとれる。

日和にも当然、どんぐり行列が角を曲がった辺りから何者かの罠であることに気がついていた。

ラストどんぐりをポケットに詰めて、ゆっくり立ち上がる。

「どんぐりを拾い集めて几帳面に並べ歩く犯人の顔が見たくなりまして」

すると、彼は戸口を開け放ち、目を細めて小さく笑った。

秋の風が2人の間を吹き抜ける。

「私がやけっぱち気味に考えた作戦は、何故か一番よく当たるんだ」


店内に入ると、黒猫がストーブの前でちりちりヒゲを焦がしていた。
慌てて引き剥がす黒出の背を眺め、日和はあの黒い糸が首の後ろあたりから出ていることを知った。

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