序章 謎の糸張る商店街

最近、町内で白鳩をよく見かける。


塀の上、公園のフェンスの上、誰もいない砂場、店の軒先。


同じ鳩なのか知らないが、ふと気がつくと、居る。


今日もせっかくの休みなので散歩して日光を浴びて、公園のベンチで自販機のコンポタを味わっていると、いつの間にか、横に居た。

スマホに聞いてみたら、ギンバトという種類の鳩らしい。

よく、マジシャンが手品する時に帽子から出てくる、あの鳩だ。

ひょっとして迷いバトなのだろうか。

スマホの検索画面から顔を上げて左隣を見れば、鳩がいくらか接近してきていた。


何とは無しに、人差し指を差し出してみる。



つん。



まるで挨拶でもするかのように軽くつついてきた。


残りのコンポタを啜りながら、鳩の正体について考える。






うーーーん …… 今日も 空が 青い!








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「……今日、『奴』が動くとの報せが入った」


カップから立ち上る湯気の向こう、暗く底の知れない黒の瞳の男が静かに呟いた。


「それは、また例の『詩人』からの情報ですか?」

向けられた問いに、彼は机上へ伏せていた視線を僅かに上げる。

向かい側には白のスーツを纏った中性的な美しい若者が、金色の眉を寄せて難しい表情で立ち尽くしている。

「ああ……そうだとも。聞いてもいないのに、御苦労なことだ。

ときに、きみ、いつもの相棒はどうした?」

「あいつならいつもの散策中ですよ。気まぐれな男ですから」

若者は肩をすくめ、青の瞳を大きな窓の外へと向ける。

「……間が悪いな。だが……幸いまだ時間はある。待つしかあるまい」

軽く溜め息をつき、男はテーブルに肘をついて目の前の冊子を捲る。

中程の頁で彼の暗い眼がはたと留まり、再び若者を見遣る。



「マロンクリームのふわっふわパンケーキ 〜ハトリーヌスペシャル〜 を頼む」


低く落ち着いた声で淡々と告げられたふわっふわ語彙に、美しい若者は至って真面目な表情で答える。


「メニューによれば舌がとろける至上の甘みだそうですが、よろしいでしょうか」


「よろしいのだ……」


「了解致しました」


若者は静かにテーブルを離れ、店の奥に向かって高らかに宣言する。


「5番卓、マロンパンケーキハトスペ御注文!! シロップ多目がお好みだ!!」


凛と立つ後ろ姿を眺め、男は額に垂れた夜闇色の髪を指に絡め、吐息混じりにごく小さな声で零した。



「……声が大きいよ全く………」




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一方その頃、日和はいい感じの枝を見つけていた。



ここは公園の敷地半分を占める雑木林。

午前中からフォトジェニックにダンゴムシを撮ったり、お昼にインドカレー屋さんに行ったり、ビニール袋を白猫と間違えて追いかけたり、たいへん充実した「とても暇な1日」を過ごしているが、これが今日一番の収穫だ。

片手で持って歩くのに丁度いい太さ、地面から肩まで届く長さ、先から50cm程で二又に分かれた形状。落ちてから適度に時間経過して乾いた質感。


よしよし、おまえが今日のエクスカリバーだよ。


エクスカリバー(仮)で地面にカリカリとダンゴムシの絵を描いていると、午前中に見た白鳩がトコトコ歩いてきた。

鳩がダンゴムシアートの触覚部分をつつくので、隣に大きく鳩の絵を描き始める。

ポッポッと低く鳴きながら周りを歩き回っている鳩に親近感を持ち始めた頃、不意に鳩が足を止めて公園の出口の方を向いた。

鳩の視線の先を追って、日和は驚いた。

公園のフェンスの向こうを、目にも鮮やかな白スーツにシルクハットを被った人物が綺麗な金の長髪を風に靡かせて横切っていくところだった。

鳩はポッ、と一声鳴くと、その人物を追って飛び立っていく。


白スーツの人影が見えなくなってから、暫くぽかんとしていた日和は描きかけの絵を置いて歩き出した。


ハトマジック、絶対見たい。


その時ふと、視界の隅に、例の「糸」を見た気がした。


「……?」


おかしいな。
今たしかに、この「いい感じの枝」に蜘蛛の巣ついてたような気がしたのに。

まぁ、いいか。














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