臆病少女と仲間たち



これから何処に向かうのかを決める為にも、またヨスガシティのポケモンセンターに泊まることにした。


狭霧は、もしかして雷たちと鉢合わせするのではと内心ハラハラしていた。

ポケモンセンターに入ってから、極力 ##NAME1##たちの後ろの方で目立たないようにしていたら、
ふと気づいた##NAME1##が何となく狭霧の不安を察して、「大丈夫だよ」と鋏をぎゅっと握ってくれた。

「今は、さぎりんは私たちの仲間なんだから。もし会ったって関係ない。気にすることないよ…ね?」

『…!』

驚いた。

『…何で分かった…?』

「んー…何となく?」

##NAME1##は暇そうに両手で片方の狭霧の鋏を持ち上げ、かぱっと開いてみたりして遊んでいる。

『なぁ…それは…楽しいのか?』

「うん!」

にこにこ笑って頷く##NAME1##。
狭霧はちょっと和んだ。

何だかこの笑顔を見ると自然と肩の力が抜けるような気がする。


部屋の予約が済んだようでジョーイさんに呼ばれた。

##NAME1##が部屋の鍵を受け取って、マグナとメタろうと狭霧を連れて歩いていく。

結局、雷たちは他の町に向かったようで見かけることはなかった。




******




まだ昼頃なだけあって、他のトレーナー達は多くはない。

いつもよりちょっと広めな部屋を借りて、##NAME1##はカチャッとドアを開けて入った。

トコトコ歩いていくと、そのままばふっとベッドに倒れる。

『どっ…どうした…!?』

まさか具合でも悪いのかと思った狭霧が慌てて駆け寄り、尋ねる。

だが##NAME1##は不思議そうな顔をしてむくりと起き上がった。

「ううん、何ともないよ?」

『でも、今、倒れて…』

「ああ、これ?部屋に入った時の儀式みたいなものだよ。ふかふかを堪能するの~」

ベッドの上でぴょこぴょこ跳ねたりゴロゴロ転がったりする##NAME1##。

狭霧が拍子抜けしていると、ベッドの上に座り直した##NAME1##に頭を撫でられた。

「さぎりんは心配性だね」

『……』

目を瞑って、おとなしく撫でられる。
こういう接し方に慣れていない狭霧は戸惑って黙り込んでしまっていた。

「あっ、もしかして嫌だった…?」

ごく自然に、マグナやメタろうといる時と同じようにしてしまった。

だが##NAME1##が手をどけようとするのと同時に、狭霧がすっと身を乗り出してきて、ためらいがちに、##NAME1##に抱きついた。

「…え?」

まさか狭霧が自ら抱きついてくるとは考えもしなかったので、何が起こったのかしばらく理解出来なかった。

『…その…何というか…もう少し触れていて欲しい…』

狭霧の背中の翅<ハネ>が、ピンとまっすぐに張り詰めて上がったままになっている。

表情は見えないが、自分で抱きついておきながら、物凄く緊張しているのが伝わってきた。

##NAME1##はちょっと赤くなったが、くすっと笑ってそっと抱き締め返した。

受け入れられて安堵したのか、身体中の緊張が解かれて翅がわずかに下がった。



しかしそのままでいられたのは束の間、10秒後には、##NAME1##が狭霧につきっきりであることに腹を立てたメタろうがパッと擬人化し、無言で狭霧の背中をドーンと突き飛ばした。

『わっ…!?;』

「ひゃーっ!?」

『……』

両者を慌てさせて満足したメタろうは、自分も上がってきてベッドの上に胡坐をかく。

いつ混じろうかとじーっと見ていたらしいマグナも、擬人化して端っこに腰掛け、口笛を吹いた。

『ヒュー、ラブラブー★』

『な、何言って…!///』

「…さ、さぎりん…おもっ…重いーーー!!」

狭霧が前へ突き飛ばされたせいで下敷きになりかけている##NAME1##がジタバタする。

さすが鋼タイプ、狭霧は見かけよりかなり重かった。

あと、おもいっきりぶつかると結構痛い。

『…!す…すまないっ!』

そう言って狭霧がとっさに擬人化したので、押し潰されるのは免れた。

大丈夫だよ、と言おうと顔を上げて、##NAME1##はそれっきり口をぽかんと開けて惚けた。

「##NAME1##…?どうした、大丈夫か…?」

両手を##NAME1##の頭の脇に、両膝を##NAME1##の体の脇について身を起こし、離れかけた彼は心配そうな表情で##NAME1##の顔を覗き込んだ。


鮮やかな紅の、癖はあるが真っ直ぐな髪。

長めの前髪からのぞく金色の瞳。
目は切れ長で鋭い印象を与えるが、その鋭い容貌の持ち主が困ったように首を傾げてこちらを見ている様子はむしろ可愛かった。


一番気になったのは目許より下を覆い隠す黒い布である。

##NAME1##はつい、仰向けの状態のまま、すーっと手を伸ばす。

「?…ま、待ってくれ。何をする気だ?」

もう少しで布をめくるという時になって、狼狽えた狭霧に手を捕まえられた。

##NAME1##はちょっとがっかりする。

「取ってみちゃダメ?」

「うっ…こ、これのことか」

狭霧は口元に手をやり、手をかけ、また離した。

「何か見せたくない事情があるの…?」

「い、いや別に深い訳は…」


メタろうとマグナは無言で横からじーーーっと見ていた。

顔を見合せると、不意にメタろうが狭霧に向かって手を伸ばす。

そして、素早く黒い布に手をかけてそのまま下にずり下げた。

「なっ…い、いきなり何を…っ!」


「…(ガッカリ」

「オオー!フツーニイケメンジャン!!」


何か秘密があるのかとワクワクしていたらしいメタろうは、特に何もなかったのでガッカリしていた。

一方、マグナはひょいっと狭霧の顔を覗き込んでニコニコ笑っている。

「お、俺は別にそんなんじゃ…」

狭霧はオロオロして、助けを求めるように##NAME1##の方を見た。

すると…

「………////」

目が合った途端に、ぽっと頬を赤らめる##NAME1##。

それを見たマグナが声を上げた。

「アーッ!##NAME2##ガアカクナッタ!モシカシテ、ミャクアリ?」

それから、何やら狭霧ににじり寄ってきていきなり頬をむぎゅーっとつねる。

「痛っ!マ、マグナ…いきなり酷いじゃないか…」

「ダッテ、サギリン、マグナノライバルダモン!」

「……」

いつの間にかメタろうもにじり寄ってきて、反対側の頬をつねる。

「うっ!な、何でお前まで…!?」

「宣戦布告。」


珍しく喋ったメタろうは、これまた珍しくニヤリと不敵に笑う。

それにしても力が強い分、つねられるとマグナより痛い。


狭霧が涙目になりかけていると、我に帰った##NAME1##が近づいてきて、今度はマグナとメタろうの頬をつねった。

「こら、2匹とも!さぎりんいじめちゃダメでしょ!」


「イジメテナイモン、マグナタチ、ナカヨシダモン!ネーッ、サギリン?」

「…」

マグナが言うと同時に、マグナとメタろうの両方から握手を求められる。

狭霧はしばらく目を瞬かせていたが、2匹の方を交互に見ると、どちらも、わざとではなく当たり前のように手を差し出していた。


狭霧は何だか安心して、両方と握手した。

「…ああ、仲間だからな」

##NAME1##はそれを見て頷き、またぺたんと座る。

「仲直りしたならよし!それにしても……」

「ソレニシテモ?」

マグナが首を傾げる。

##NAME1##はいったんベッドから降りた。

3匹もつられて、床に立つ。




##NAME1##はしみじみと全員を見上げた。

「みんな、背高いね…何だか私だけ、ちっちゃい子供みたい…」

皆はお互いを見た。

メタろうが185cmくらい、狭霧が原型の時とほぼ同じ180ほど、一番低いマグナでも175くらいはある。


150cmしかない##NAME1##は、全員に対してだいぶ見上げなければならない。


「もうちょっと背が欲しいなー…」


##NAME1##はその場で爪先立ちして背伸びした。

背伸びしてもまだまだ誰にも届かない。


「アノネ、##NAME2##ハネ、ソノママデイイトオモウヨー」

和みモード全開のマグナがでれっと笑って##NAME1##の頭をなでなでした。

「でも、みんなと話してると首が疲れるもの」

##NAME1##がまだ背伸びし続けていると、わしっとメタろうに頭を押さえつけられた。

背伸びできない。

「わっ、なに?たろさん!」

「……」

相変わらず無言だが、要するに、マグナと同じことが言いたいのだろう。


お前も何か言え、と言いたげにメタろうが狭霧の方を見た。

狭霧はそれを察してあたふたした末、ぽそっと呟いた。

「…背がそんなに高くない方がいいこともあるんじゃないか?」

##NAME1##が首を傾げる。

「たとえば…?」

「そ、そうだな…例えば…」

狭霧はじっと##NAME1##を見下ろして考えた。

ひょくっと首を傾げて上目遣いでこちらを見つめる##NAME1##を見ていたら、自分でも何が何だか分からなくなってきた。

考えるのをやめて、自分でも気づかない内に##NAME1##に近づいて、ぎゅうっと抱きしめていた。


「さ、さぎりんっ!?」

「いやその…小さければ、こうしてすっぽり抱き込める、というか…?」

疑問形なのは自分でも何と言おうか考えていなかったからだ。


「ワー、サギリンガゴランシンダー!!」

「…(イラッ」

「イタッ!チョットー!ナンデ、マグナヲナグルノ!?」

周りも大騒ぎになりかける中、狭霧は急にかぁっと赤くなってバッと##NAME1##から離れた。

「さぎりん?さっきからどうしたの?」

##NAME1##が目を瞬かせていると、狭霧はふらふらと離れていって部屋の隅にうずくまった。


「ち、ちょっと待ってくれ。俺は確かに何かおかしい……少し、頭を冷やす」


今まで、こんな自分で自分が分からなくなるようなことは無かった。

自分の感情も行動も何もかも完璧に制御できていたはずなのに…。


「しばらく、俺のことは放っておいてくれ。そうすれば、きっと…」

もとの自分に戻…





「マグナモ、##NAME1##トベタベタスルー!」

「わっ、くすぐったいよマグちゃん!」

「…(ピトッ」

「たろさんも、ぎゅってする?」

「……(コクリ。ギュウウウウウ」


「ちょっ、ギブギブ!!もう無理!ミシミシ言ってる!ちょっと待ってたろさぁぁん!!」

「…(ムギュ-。ベシッ!」

「ヒドーイ!!マグナ、オイダサレター!ウワーン、タロサンノバカァー!!」


狭霧は部屋の隅にうずくまったまま後方の様子を音で聞いていたが、あまりの騒ぎに立ち上がらざるを得なかった。

歩いていって、ぎゅーっと##NAME1##を抱き込んで独り占めしているメタろうの襟首を捕まえて引き離す。

「…##66##(ジタバタ」

「…こら、加減というものがあるだろ?」

自分より背が高い者に子供のように諭すのも妙な気分だが、相手の行動がまるっきり子供なので仕方がない。

一方。

「フエーン、##NAME2##ー。タロサンガヒドイヨー!」

「よしよし…泣かないでマグちゃん」

マグナはといえば、これまた子供のように##NAME1##に抱きついて泣いているし。

「…マグナ」

「エ、ナァニ、サギリン?」

「お前も充分大人だろう?傍から見るとなかなか妙な光景なんだが…」


マグナはきょとんとして聞き返した。

「エーッ、ダッテ、キノウ、サギリンモナイテタジャン!」

「うっ…!」

痛いところを突かれた。

反論できずにいる内にさらにマグナが続ける。

「ワカッタ!サギリン、マグナガウラヤマシインデショー!」

「は!?」

「##NAME1##ト、ベタベタシタインデショー!スナオニクッツイチャエバイイノニ、ヘンナノ!ネェ、##NAME2##?」

マグナは得意げに言って、またぎゅーっと##NAME1##に抱きついた。


マグナのあまりの直球さに狭霧がたじたじしていると、ちょっと手を離した隙に抜け出したメタろうがぬっと現れて、また##NAME1##の方へ向かっていった。


一度振り返って、一言。


「……頭、おかしいんじゃなかったのか」

滅多にないセリフなのに散々な言われようだ。

「わざわざ誤解を招く言い方に変えないでくれ!
…その…何がおかしいのか、わかった気がした」

「アタマノ?」

「違う!」

マグナまでもが振り返って聞いてきた。

律儀に訂正して、狭霧は言った。


「…俺自身の、気持ちだったんだな。##NAME1##のそばに居たいっていう気持ちは、抑えようとしても…抑えられるものじゃないみたいだ…」

今までずっと抑えつけて押し殺してきていたから、自分の感情に鈍感になっていた。


一同はしばらくしんみりと静まり返ったが、マグナの一言で見事に打ち破られた。

「…ナンカ、ハズカシイ///」

「なっ…何が!?俺がか!?;」

「マグナ、シリアスモードニハナレテナインダモン!
ヨースルニ、アレデショ?
サギリンモ、##NAME2##トベタベタシタインデショー?」


「べ、ベタベタ…か…。
まぁ、そう言えなくもないかもしれな…///
…ぐはッ!?」

歯切れの悪い狭霧の言動にイライラしたメタろうが、狭霧の脇腹にバレットパンチをたたき込んだ。


「い、いきなり…何を…」

「……(スタスタ」

メタろうは無言で歩いていくと、いつの間にかベッドに座っていた##NAME1##の隣に陣取る。

ちなみに反対側の隣にはマグナがいる。

「ホーラ、サギリンガハッキリシナイカラ、トナリガウマッチャッタヨー?」


「…##6O##」

何だかそう言われると焦る。

狭霧がどうしたらよいか分からずその場で立ちすくんでいると、##NAME1##がひょいっと両手を広げた。


「わ、私の膝なら空いてるよ!」

狭霧はさらに困った。こ、これは本気で言っているのか…?

「そ、そんな無茶な…どちらかというと逆じゃないか…?」

「え?あっ、それもそうかも!」

「それもそうかも、って……くっ、ははっ!」

間の抜けた返事に、思わず吹き出してしまった。

こんな風に自然に笑うのなんて、何年ぶりだろうか。

マグナと##NAME1##とメタろうはぽかんとしてその様子を見ていたが、やがて騒ぎだす。

「ワラッタ!サギリンガワラッター!」

まるでクララが立ったかのような言い方である。

「…(←生暖かい眼差し」

まるで成長した子供を見るような目もけっこうクるものがある。



一方、##NAME1##はといえば…

「さぎりん…笑うと可愛い…///」

「え…っ?//」


「あー!赤くなったー!やっぱり可愛い!」


ベッドから降りてぎゅうっと腰に抱きつけば、さらに赤くなる狭霧。

「…ね、さぎりん」

「なっ、何だ…?」

##NAME1##が顔を上げて言うので、狭霧は赤くなってもぞもぞと身動ぎしながらも答える。

##NAME1##は狭霧の気恥ずかしさを知ってか知らずか、満面の笑顔で言った。



「さぎりんの腰って、細くって抱きつきやすいね!」


気弱に見えて##NAME1##もなかなか油断ならない子だと狭霧が悟った瞬間であった。







あれから時間は過ぎて、今は夜中。

##NAME1##はベッドですーすー眠っている。

マグナとメタろうは、擬人化を解いて元の姿で、それぞれ好き勝手な場所で寝ている。


一方、狭霧はといえば…



『……』

一匹だけ、モンスターボールの中で縮こまって寝ていた。

別にそれほど狭い訳ではない。ただの癖だ。

『……はぁ』

小さく、ため息をつく。

昼間こそ気分は明るかったが、その後また自分の悪い癖が出てしまって、気分はまた暗くなっていた。


話は少し前、皆が眠りに就く前のことに遡る…。



***



入浴を済ませた後、##NAME1##いわく毎日恒例らしいお手入れの時間となった。


マグナとメタろうが丁寧に磨かれて満足そうにしている中、##NAME1##がにこっと狭霧に笑いかける。

「さぎりんもおいで?」

狭霧は戸惑ってしまった。

別に嫌な訳ではないのだが、つい、遠慮してしまう。

『い、いや…俺はいい』


##NAME1##はきょとんとして、それからちょっと悲しそうな顔をした。

自分に触られるのを嫌がっていると思ったんだろう。

言ってしまってから後悔したが、今さら撤回する訳にもいかない。

そうしたら、今度は気を遣っていると思われるだろう。

狭霧が次の言葉を探しているうちにマグナが##NAME1##のそばに来て楽しそうに話し始め、結局いまいち話の輪にも入れないまま夜が更けた。


時折はマグナから話を無茶振りされるが、そうすれば何かしら答えるもののそれから先はまたうまく話に乗れず。


皆が話疲れて眠くなり、##NAME1##が電気を小さな灯りに切り替えたのを合図に、

マグナとメタろうはそれぞれ元の姿のまま寝始めた。

マグナはいくつかクッションを持ち去って床に置き、その上に寝ている。

メタろうはカーペットの上にそのまま寝ている。時折、寝ぼけて床を蹴るガゴッという音がした。


「さぎりんは?」

一緒に寝る?

笑って、##NAME1##が問いかける。


狭霧は躊躇った末、首を振った。

『いや…俺はボールに戻って寝ることにする』

##NAME1##はびっくりした顔をした。

「なんで?」

狭霧はまた、言葉に窮した。

ただ、今までずっとそうして独りでいたから、咄嗟にそう断ってしまっただけで…。

『…その方が、落ち着くから…』

言ってしまってから、また後悔した。

これではまるで、##NAME1##を拒絶しているみたいじゃないか。


##NAME1##が、悲しそうにちょっとうつむいた。


ああ、俺は馬鹿だ。

本当は片時も離れたくないくせに、こんな意地を張って、大好きな##NAME1##に悲しい思いをさせて…。



##NAME1##が顔を上げて、どこか寂しそうに微笑んだ。

「…ね、さぎりん」

『…す、すまない…俺は…っ』

「ううん、いいの……でもね」

慌てて取り繕おうとした狭霧を、##NAME1##は制して、ちょっとだけ背伸びをして狭霧の目をまっすぐ見つめた。

片方の鋏に、そっと小さな手のひらが添えられる。


「せめて少しくらい、甘えて欲しいなぁ…」

『……』

驚いた。

全部分かった上で全部受け入れて、そっと遠慮がちに伝えているような、そんな感じだった。

絶対に、無愛想だと思われていると考えていた。

冷たいと思われていても仕方ないと考えていた。


けど、そんな様子は全然無くて。
向けられた微笑みは、ただただ温かい。

「私は甘えてばっかりで頼りないかもしれないけど……。でもね、さぎりんのこと、もっと知りたい。ずーっと一緒にいたい。…だからね、私はいつでも…待ってるからね」



一度、ぎゅっと狭霧を抱き締めて背中をぽんぽんと優しく叩いてから、##NAME1##は狭霧をボールに戻した。

「おやすみ、さぎりん」




****





そうして、今に至る。


ボールの中で眠るのも、まぁ利点は有るにはある。


眠れなかろうがうなされようが、誰にも迷惑をかけなくて済むことだ。

実際、考えすぎる性格のせいかストレスのせいか、狭霧は眠ると大抵うなされた。


でも。

『(##NAME1##がそばにいてくれれば…よく眠れそうだな……)』


耳を澄ますと、かすかに聞こえる穏やかな寝息。

あれを近くで聞いていたら、つられて、こちらまでホッとしそうだ。



『(甘えて…いいんだろうか…)』

なるべく音を立てないようにしながら、勝手にボールを出た。

ベッドの傍らに立ち、そっと##NAME1##の様子をうかがう。

##NAME1##は相変わらず、穏やかな寝息を立てて眠っていた。

起きてくれたらいいのに、と一瞬思った。

目を覚ませばきっと、どうしたの?と聞いて微笑んでくれるだろうに。


そう考えてから自分で自分が恥ずかしくなって少し赤くなった。

自分は##NAME1##に対して理想というか幻想というか妄想を抱きすぎじゃないか。





…これほど##NAME1##のことばかり考えているのに、本人を目の前にすると不思議なほどにうまくいかない。

すれ違って、遠ざけて、傷つけてしまう。

…いつかまた、それが原因で離ればなれになるのではないかと思うと、肩が震えた。


そんな風に暗い考えに囚われていて気づかなかった。
いつの間にか##NAME1##が薄く目を開けて、寝呆け眼でこっちを見ていたことに。


狭霧がハッと気がついた時には、##NAME1##もいきなり目をぱちっと開いて、それから心配そうな声を出した。

「さぎりん?」

『…っ、すまない、何でもないから…』

咄嗟にそう言ってしまったが、今度は後悔している間はなかった。

腕をきゅっと捕まえられて引っ張られたから。

『…?』

「私ね、やっぱりもう遠慮しないことにしたから」

にこっと笑いかけられる。

「さぎりんだけボールの中で寝てたら、私が寂しいよ。だから…これからは一緒に寝よ!約束だからね」

『……』

「…さぎりん?」

『……』

「…おーい?」


きゅう

「わっ!」


ベッドの上で体を起こした##NAME1##を抱き寄せた。

…やっぱり、##NAME1##は全部、分かってくれていたんだ。

そうして、また遠慮しそうになった自分を、先回りして引き止めてくれようとしたに違いない。


『…ありがとう。あと、ごめん…##NAME1##』

「え?な、何で?」

『本心にも無いことを言って、二回も傷つけた…せっかく、お前から言ってくれたのに…』

狭霧自身も混乱しているせいでちっとも要領を得ない話だったが、##NAME1##はしばらく考えた後にくすっと笑って、狭霧の背を撫でた。

『…なんで笑うんだ?』

「いや、…さぎりんってさ、可愛いよね」

『…訳が…分からない…』

「すっごい冷静なように見えて、実はすごい繊細だもん。…大丈夫だよ、謝らなくたって、そんなの見てれば分かるもん」

ぴく、と翅をわずかに動かした。

そんなに分かりやすいだろうか?


『……でも、駄目だ。こんなことじゃ』

「どうして?」

『…強く、ならなきゃいけない。今の俺じゃ駄目なのは分かってるから…』

「…」

##NAME1##は何やらむーっとした顔をして、それからゴッと狭霧の頭と自分の額をぶつけた。

『!?』

「分かんないよ。そもそも強さって何なの?」

確実に##NAME1##の方が痛かっただろう、怒ったような口調だが、涙目だ。

心配だが、答えないと余計に泣きかねない。

『それは、つまり…何にも動じないでいられること…か?』

「でも、そんなのさぎりんじゃないと思う」


『い、いや…確かに俺は動じまくりかもしれないが…』

「私は、そんな繊細で動じやすいところとか、すぐ遠慮しちゃうところとかも好きだよ。
それじゃ、そのままでいる理由にならないかな…?」

狭霧は驚きっぱなしだった。

##NAME1##がこんなに真剣にきっぱり喋ったのを初めて見たし、それに…


『それは…褒められている…のか?』


##NAME1##は即座に頷いて答えかけ、はたと気がついて首を傾げた。


「うん!もちろん褒めて……る………かな?」





狭霧がじっと見つめていると、##NAME1##は困った顔になった。

あたふたと説明し始める。

「褒めてる。うん、褒めてるんだよ!だって…ね、些細なことでも本気で心配してくれたりね!あ、あと…あんまり冷静沈着すぎるのも、なんか微妙かもしれないし…あ、ほんと!これ本当だからね!そんな難しそうな顔しないで…」

『くっ』

「え?」

ははっ、と思わず声を上げて笑ってしまった。

「な、なんで?どうして笑うのー?」

狭霧はそれには答えず、##NAME1##を抱き寄せて肩に顔をうずめた。



『…馬鹿だな、俺は』

「??」


無理に強さを追求するのが辛くて、逃れたくて仕方なかった癖に、いつの間にか自らをそれに縛り付けていた。

『もう、やめにする。このままの俺でも大丈夫だって、お前が言ってくれるなら…俺はそれを信じる…』


「? うん!」

あまりよく分かっていないようだが、##NAME1##は嬉しそうに返事をした。

それが何だか微笑ましくて、狭霧はまたくすくすと笑う。

「だからなんで笑うの…?」

『いや…』


狭霧はそれっきりしばらく##NAME1##を抱き寄せたままでいたが、ふいにためらいがちな声を出した。


『…なぁ、マグナもメタろうも違う場所で寝ているのに、俺だけこんな所に居ていいのか?』

##NAME1##は目をぱちくりさせた。

『それに、このままだと…擬人化しないと、そばにいても………その…抱き心地…いや、触り心地悪いぞ?』

しばらくして、##NAME1##は笑った。

「やっぱり、さぎりんだね」


言ってるそばから遠慮してる、というニュアンスが感じ取れる。

「あのね、マグちゃんとたろさんは、すっごい寝相悪くて朝になるといっつもベッドから落ちてるんで、そのうち最初から床で寝るようになったの」

『そ、そうだったのか…』

ちら、と部屋を見回してみると、確かに2匹とも既に最初いた場所とは全然違う所まで移動していた。


メタろうなんて、いつの間にか逆さまになって寝ている。

確かにこの2匹と一緒に寝たりしたら大変なことになるだろう。



「あと、2つ目の質問についてはね…気づいたんだ。私、鋼フェチだって!!」



『は…?』


「うーん、最初はね、ぶつかったら痛いってイメージしかなかったんだけど…マグちゃんとかたろさんと一緒にいたら、あの硬くてつるすべな感触がツボにハマっちゃったんだ」

『なぁ…それは冗談なのか?それとも…』

「本気!…と書いてマジと読むくらい本気。
信じられないならちょっと触ってみようか」


『ちょっ、待ってくれ、くすぐった…!それになんでいきなり腰を狙う!?』

「ご、ごめん…ちょっと触ってみたかったの…」

『…お返しだ!』

「きゃー!」

右手の鋏でかぷっと##NAME1##の頭を挟む真似をすると、##NAME1##は笑って身をすくめた。










それから一通りふざけ終わった後、さすがに疲れてきた狭霧は翅をしまって、##NAME1##の傍らに寝転んだ。

『…はあ』

「どうしたの?」

『…こんなふざけ合ったのは初めてだから自分でも驚いてる』

「ふふっ」

『?』

「何でもないよ。それよりも、たぶんこれからずっとこんな感じかもね」


狭霧はしばらく##NAME1##を見つめて、それからふっと笑った。


『…それは、楽しみだ』



##NAME1##と狭霧はそれからすぐ、疲れてぐっすり眠りに就いた─────。





<翌朝>



ゆさゆさ



「んー…?あれ…マグちゃん…?」

目を覚ますと、何やらしんみりした表情のマグナがいた。


『##NAME2##ー、イジメハヨクナイヨーー』

「え…?」

『サギリンヲミテミナヨー』

促されるままにそちらを見ると、身体を折り曲げるようにして壁ぎわに可能な限り縮こまって眠っている狭霧の姿が…





****




『……その…癖なんだ。あれは。決して、追い詰められてああなった訳では無いんだ…』


狭霧はマグナと##NAME1##の前で恥ずかしそうに目をそらしつつ話した。

『ソッカー!ビックリシター!!ウタガッテゴメンネ、##NAME2##!』

「ううん!それにしても、すごいね。あんなにコンパクトになっちゃうなんて…」

『だ、だから…癖だから、どうにもならないんだ。気にしないでくれ』

『コンパクトナノハ、イイコトダヨ!ジダイノサイセンタンダヨ!』

『ちょっと待て、論点ズレてきてないか?;』


「最先端だって!さぎりんかっこいいね!」

『納得しちゃダメだ##NAME1##…。
と、とりあえずそろそろメタろうを起こした方がいいんじゃないか?
俺が行ってくる』


何とかこの話題から逃げようと狭霧がメタろうを起こしに歩いていくと、後ろから慌てた声があがった。


「あっ、待ってさぎりん!たろさんの寝相を侮っちゃいけないよ!」

『タロサンハ、オコソウトスルトアブナ…ッ』



ドゴッ!


『なッ…!?』


慌てて駆け寄ってくる足音と、マグナが騒ぐ声と、メタろうがかくいびきを聞きながら、
これからこんな毎日が続くのかと思うと、
幸福感と頭痛が同時に訪れるのだった。









-Fin.-

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