わがままDays
空色のスカートを風になびかせて。
鼻歌まじりでご機嫌に、軽い足取りで町を歩いて。
わくわくしながらとあるお店のドアを開けると。
カランコロン、とベルが耳に心地好い音を響かせる。
「いらっしゃい」
店主のおばあさんが穏やかに迎え入れてくれて、私は笑顔で会釈する。
そうして、私は店の中を見回した。目に入ったのは、色とりどりの……
「帽子がいっぱい!
あー、やっぱり帽子屋さんってすっごいワクワクする!」
この少女は名を「##NAME1##」といい、ちょっとした帽子コレクターだ。
ここは馴染みのお店であり、今日は春の新作が入荷したというお知らせをもらって足を運んだのだった。
一番手前の棚に新作コーナーが作ってあるのを見つけて、早速近寄っていく。
「##NAME1##ちゃんが好きそうなのがいーっぱい入ったから、ゆっくり迷っていってね?」
「ここですね!うわー、ホントに迷っちゃうなぁ…」
にへらーっと笑いながら眺めていたが、その中にひとつ妙なものが混じっていることに気づいて首を傾げる。
パステルイエローの生地で、てっぺんに何故か触角のように2本の飾りがついている、広いつばを持った帽子である。
しかもそのつばというのがまた、まるで雲のような真っ白い綿でできている。
いくら何でも遊び心がありすぎではないか。
不思議に思って、店主のユウカさんの方を振り返る。
「ユウカさん、この帽子って…」
その言葉は、急に背後から聞こえた声で遮られた。
『そうかそうか、ボクを選ぶか!
正しい選択だぞ、おまえ、なかなか目が肥えているな!』
「えっ!?」
面食らって棚の方へ向き直ると、さっきまで変な帽子だと思っていた物体がもぞもぞ動きだし、形を変えていた。
そして、あろうことか綿のようなつばを翼のように広げて、ばたばたとこっちへ向かって飛んでこようとしている。
その奇妙な物体がまっすぐ頭へ向かって飛びかかってくるので驚いて、##NAME1##はぎゅっと目をつむった。
しかし数秒後、今度はもっと近くで不満そうな声が。
『おい、他の帽子かぶってちゃボクが乗れないじゃないか…』
口調の割には子供っぽいトーンのその声に、そっと目を開ける。
さっきはびっくりしていて理解が追いつかなかったが、目の前で右へ左へパタパタ飛び回っているのは謎の物体ではなく、一匹の小さな鳥ポケモンであった。
「その子ねぇ、チルットっていうポケモンらしいの。ついこの間、窓から入ってきて。それから毎日来てくれるのよねぇ」
ユウカさんが微笑ましそうに説明してくれるのを聞きながらしみじみと近くで眺めていると、そのポケモンは綿のようなふわふわの翼でパタパタ飛びながら、はやく帽子を取れとあまり攻撃力のない丸っこい嘴でつんつんつっついてきた。
「わかった!わかったよ、帽子取るからつっつかないで!」
さっぱりワケが分からないながらもそれまでかぶっていた帽子を取ると、チルットはさらに近寄ってきて、何故か。
いそいそと、##NAME1##の頭にのってきた。
『ふむ、ボク好みの乗り心地だな』
「……あのぅ」
『ちょっと待て。
よし、これでいい。何だ?』
「何してるのかな?」
『ふふーん、まぁそう慌てるな。
鏡を見てみるがいい!』
得意げにそう言われ、何だか妙なことになったなと思いながら、促されるままに鏡に向かう。そっと覗き込むと……
「あ!帽子みたいになってる!!」
『「みたい」とは何だ、みたいとは!!
これ以上無いくらい可愛らしく美しい帽子だろう!!』
怒ったチルットが頭の上で翼をバタバタさせている。
「確かにちょっと可愛いけど、本当に帽子として使うとしたらどう考えても冬用だよね」
『なにをー!!
おまえ、せっかくボクが選ばれてやったというのにさっきから失礼なことばっかり言ってー!!』
真面目にコメントしたら更に怒って、チルットはまた嘴で頭をつっついてくる。
全然痛くはないけれど、頭の上にとまった状態でつむじをつっつくのはやめてほしい。
「もう、くすぐったいなー」
『ふふん、ボクをバカにするからだ!』
「馬鹿になんてしてないって」
いつまでもやめてくれないので、適当にあしらいながら新作の帽子を見ることにする。
この季節は可愛らしい色が多くて迷うなぁ…
あ、でもスポーティな感じのもかぶってみようかなぁ。
『………』
「うーん…」
真剣に迷いすぎて、いつの間にか頭の上のチルットが静かになったことにも気がつかなかった。
それに気がついたのは、チルットが少しもぞもぞと身動きして、頭の上から飛び立って##NAME1##が見ている商品棚に舞い降りてきた時である。
チルットは春の目線をたどって、ちょうど眺めている帽子のそばまでひょこひょこ移動していくと、つぶらな瞳で##NAME1##を見上げて、可愛らしい姿に似合わない不遜な物言いをする。
『よーく見てみろ、ボクの方が断然いいだろ?』
「……。
あっ、やっぱこっちがいいかな!」
試しに違う帽子の方に目を向けると、チルットは慌ててそっちへ向かってすっ飛んで行ってまた帽子の近くにちょこんと座る。
『そんなことない!
ボクがいちばん素晴らしい帽子のはずだ!』
ふわふわの翼がよく見えるようにしてみせながら必死に視界に割り込んでくる様子が面白くなってきて、##NAME1##はわざと悩むフリをしてみせる。
「う~ん、そうだね、こんなふわふわしてるの他にないもんね…」
『! そうだそうだ!
おまえが望むなら、いくらでもふかふかさせてやるぞー!』
その途端に嬉しそうに目を輝かせてその場で駆け回り始める姿が可愛くて、ちょっとその気になりかけた。
…はっ、いけない!
私、今日は帽子を選びに来たんだ。
ポケモンを選びに来たわけじゃないんだから!
『ほーら、触れ触れ!
そしてボクのとりこになってしまえ!』
棚に置いていた手にまとわりついて翼でばふばふしてくるチルットはとても可愛いし、本当に綿みたいな翼もとっても良い手触りなんだけど…。
私は負けないんだから!
しっかり、帽子を選ぶんだから!
「うんうん、ありがとねー。
ふふ、あったかい」
『ふふん、これくらいどうってことないぞ!』
いったん動きを止めてコメント待ちしているチルットに笑いかけると、チルットはとても満足げに胸を張って見せた。
そうして、再び翼で##NAME1##の手をぽふぽふ包み込み始める。
どうやら楽しくなってきたらしく、チルットがそちらに夢中になっているのをいいことに##NAME1##は帽子選びを再開する。
それからもチルットはしばらく##NAME1##の手にまとわりついていたが、1分程経つと、さすがに##NAME1##が自分を適当にあしらって他の帽子を真剣に見ていることに気がついたようだ。
ばたばたとその時に見ていた若葉色の帽子のところまで飛んでくると、ムスッとした顔で##NAME1##のことを見上げ、今度は帽子をひっくり返して中にすっぽり収まってしまった。
「あ!
もう、それじゃかぶれないじゃない!!」
『うるさーい!
おまえが、ボクの話を真面目に聞かないのが悪いんだ…』
チルットはすっかり帽子の中に潜ってしまって、もう黄色い頭とはみ出している翼しか見えない。
だが、頭の飾り羽(?)がへたりと垂れてしまっているところを見ると、だいぶ落ち込んでいるようだ。
ちょっと意地悪しすぎてしまったかと思って、中のチルットごと帽子を持ち上げてユウカさんのところへ相談しに行った。
「ユウカさん、どうしましょう…」
「あらま、静かになったと思ったらチルット君が拗ねちゃったのね」
『…ボクは拗ねてない…』
帽子の中からもごもご言う声が聞こえた。
ユウカさんはふふっと笑って、##NAME1##に耳打ちする。
「大丈夫、ちょっと待ってて」
そう言うと、彼女は店の奥へと歩いていってしまった。
待っている間、まだはみ出しているチルットの頭を指先でちょいちょい撫でてみる。
最初は翼でぺちぺち叩かれたが、そのうち抵抗されなくなって、へたれていた飾り羽がひょこひょこ揺れ、徐々に持ち上がってきた。
撫でられるのは嫌いではないらしい。
飾り羽がもとの高さまで持ち上がってきて、出てこようか迷い始めたチルットが帽子の中でもぞもぞ動きだしたころ、ユウカさんが店の奥から出てきた。
彼女は手に持っていた綺麗な模様の缶をカウンターに置くと、その中から1枚のビスケットを取り出して、まだ帽子の中から出てこないチルットの近くまで持っていき、端の方をひとかけら、パキッと音をたてて折り取った。
その音に反応して、ぴょこっとチルットの飾り羽が動く。
それから、そーっと顔を覗かせたチルットの目の前にユウカさんがビスケットのかけらをちらつかせた。
『お菓子だ!』
さっきまでの不機嫌っぷりはどこへやら、喜んで飛び出してきたチルットはうまくユウカさんに誘導されて、カウンターに乗ってビスケットのかけらを食べ始める。
最初のひとかけらを食べ終えて物言いたげに待っているチルットに、ユウカさんはさっきの残りを丸ごと渡した。
「これ全部食べていいから、自分で好きにかじるといいよ」
『こんなに食べていいのか!?うわぁ…どこから食べよう…!』
ビスケット1枚といえど、小さなチルットからすればご馳走である。
チルットが一生懸命ビスケットをかじり始めたのを見て、ユウカさんは##NAME1##の方へ歩いてきて小声で告げた。
「(10分はかかるだろうから、その間に選んじゃいな)」
「(ありがとうございます…!)」
ビスケットをかじるカリカリコツコツという音を聞きながら、##NAME1##はようやくじっくりと新作の帽子を品定めすることができた。
結局さっきまでチルットが入っていた若葉色の帽子をひとつ手に取ると、ユウカさんがチルットに気付かれないようにカウンターから小銭を持ってこちらへ来た。
「それにするのかい?」
「はい!でも、他にも素敵なのがたくさんあるので、また来ようと思います…」
「うん、うん。いつでも待ってるからね」
会計を済ませ終わって出ていこうと思ったら、ちょうどチルットがビスケットを食べ終わってもごもごしながらこっちを振り返るところに出くわしてしまった。
ぎくっとして立ち止まるが、チルットは##NAME1##が持っている帽子を見て特に怒るでもなく、むしろふんぞり返っていた。
『いやぁ、肝心のボクが席を外してしまって申し訳なかった。
だが、ボクはまだここにいるつもりだから、安心していいぞ!』
どうやらこのチルット、自分がビスケットに夢中になっていたから##NAME1##は仕方なく他の帽子を選ぶほか無かったのだと、とても都合のいい解釈をしているらしい。
『ボクを射止めたければ、また来るがいい!』
「はいはい、またねー」
『また来いよ!
絶対だぞ、絶対だからな!』
店を出たあとも、カウンターの上でチルットがわいわい騒いでいるのが聞こえてきた。
他のお客が来たときもああして大騒ぎしているのだろうか。
「あーびっくりした。
帽子かと思ったらいきなり喋って、飛んでくるんだもん」
買ってきた帽子を片手にかぶせてくるくる回して遊びながら、ふぅっとため息をついて呟く。
帽子になりすましているポケモンなんて初めて見た。
「……ちょっとチルットのこと、調べてみようかな」
今の季節の帽子としてはイマイチだけど。
私ね、帽子コレクターとしてじゃなく…あの子のこと、気になり始めちゃった。
そんな始まり
(「ひとの あたまの うえに ちょこんと のって ぼうしのように ふるまうのが なぜか だいすき」…)
(なるほど、チルットの習性だったの…いや、でもあの性格はチルットの中でも結構特殊なんだよね?)