臆病少女と仲間たち
「………うーん」
##NAME1##は何やら難しい顔で、本を眺めていた。
同じ部屋のちょっと離れたところでは、ポケモンの姿のまま狭霧が何とはなしにそれを見ている。
狭霧がじーっと見ているので、##NAME1##は気恥ずかしくなった。
「さぎりん…私、別に何も面白いことしてないよ…?」
『あ、…すまない』
狭霧はハッとして目を逸らした。
##NAME1##はまた本に目を戻す。
「……うーん」
****
…カチ、カチ、カチ
カチ、カチ、カチ、カチ…
カチカチ…カチ、カチカチカチ、カチカチ…
カチ、カチカチ、カチ、カチ、カチカチカチカチカチ、カチカチ、カチカチ、カチカチ…かちっ
時計の音でも周囲で工事をしている音でもない謎の音が、さっきからずっと響いている。
定期的に刻んでいたかと思えば、急に止まったり早まったり。
##NAME1##は落ち着かなくなって、そっと振り返った。
振り返ると、狭霧がぽーっと何処か遠い所を見つめながら、片手の鋏をカチカチ開いたり閉じたりしていた。
「さぎりん…?」
狭霧は不思議そうにこちらを向いて、それから自分がカチカチやっていたのに気づいて手を止めた。
『……すまない、癖なんだ…』
「あ、そうなんだ。ごめんね、ちょっと不思議になっただけだから」
##NAME1##はそう微笑んで目線を本に落としたが、狭霧は気を遣ってカチカチやらなくなった。
しばらくシーンとしていたが、とうとう沈黙に耐えきれなくなった狭霧がスッと近寄ってくる気配がした。
「……何を読んでいるんだ…?」
「えーと、ポケモンに関する本……って、あれ?」
後ろからすいっと伸びてきて本に添えられた手を見て、##NAME1##は目を瞬かせた。
…手?
鋏じゃなくて?
狭霧が##NAME1##の肩越しに本を覗き込む気配がしたので、くるっと横を向くと…
「わっ!?」
「…ど、どうした…?」
ビクッとして、狭霧が後退りした。
##NAME1##も驚いたが、座ったまま、すすすとにじり寄っていく。
「…さぎりん、だよね?」
「ああ…俺だ…。そうか、この姿は初めてだったな……」
そこにいたのは紛れもなく人間だった。
紅色の髪に、金色の瞳。
そして何故か顔の下半分を覆い隠している布。
「もしかして…擬人化ってやつ?」
「…こちらの方が、そばに居るのに都合がいいと思ったから…」
そう言って、控えめに、だがじっと##NAME1##を見る。
暗に「そばに行きたい」と言っているのだと気づいた##NAME1##は言った。
「さぎりん、ちょっと座ってみて?」
「ん……こうか?」
胡坐をかいて座った狭霧の所へ歩いていき、そこへちょこんと座って軽く狭霧に寄りかかる。
「……っ!?」
狭霧が驚いてビクッとしたので##NAME1##は慌ててまた立ち上がった。
「ごめん、嫌だった…?」
すると狭霧は慌てて首を横に振り、困ったように目を逸らす。
「ち、違う…嫌じゃないんだ……ただ、その、何というか………照れただけで…」
「嫌じゃない?」
「あぁ……」
##NAME1##はホッとして、狭霧と向かい合わせに座った。
「?…さっきみたいに座らないのか?」
##NAME1##はじーっと狭霧を見ていた。
狭霧が困って首を傾げていると、##NAME1##は唐突に言う。
「さぎりん、どうして布で口元覆ってるの?」
「うぐっ!…そ、それはその……」
狭霧は虚を突かれた様子で言葉に詰まってしまった。
##NAME1##はその様子を見て、慌てて付け足す。
「あっ、いいよ言わなくても!何か言いにくい事情があるなら追及しないから…!」
「なっ…そ、そうじゃない!ほら、この通りだ…」
そう言うなり狭霧は自分から、顔の下半分を覆っていた黒い布を剥ぎ取った。
##NAME1##はしばらく目を瞬かせて見上げていた。
もともと思ってはいたけど、さぎりんって…
「かっこいい…」
「っ!!?」
##NAME1##がつい声に出して呟いた途端に、まっすぐこちらを見つめていた狭霧がかぁっと赤くなった。
あ、可愛くなってきた。
それでも尚見続けていると、狭霧はさらに赤くなって今度は目を伏せて手で顔を覆ってしまった。
「…そ、そんなに見つめられると……どうしたらいいか分からなくなる…っ!」
…あ!そうか!
あの布は赤面しちゃうのを隠そうとしてたのかも…!
ただ、それを今の狭霧に問い詰めたら何だか涙目になってしまいそうな気がしたのでやめておいた。
…と、そんなことを考え巡らしていたら。
不意にぐいっと引っ張られたと思えば、気がついたら##NAME1##はまた狭霧の膝に座っていた。
さっきと同じように、狭霧に寄りかかる形になっているので、振り向かないと狭霧の表情は見えない。
図られた!
「…こうしたかったんだろう?」
見つめられなくなって、少しばかり落ち着きを取り戻した狭霧が呟く。
少し振り向いてみたら、いつの間にか例の覆い布を再び首の後ろ辺りで結んでいるところだった。
「あれっ、また戻しちゃうの?」
狭霧は一瞬だけピタッと手を止めた。
覆い布をしていても、彼がまた少し赤くなったのが分かる。
「そうでなければ、俺の心臓が保たない……許してくれ…」
そういえば、確かに狭霧の胸の辺りと接してる自分の背中から、相手がだいぶドキドキしているのが伝わってきている。
「いっ、いいよ!大丈夫だよ!謝らないでさぎりん!!」
「……俺はお前が思っているよりずっと情けない奴なんだ……すぐ照れるしすぐ悩むしすぐ落ち込むし……ごめんな…、俺なんかが最初のパートナーで……」
現在進行形で落ち込みまくっている狭霧を、##NAME1##は必死に止めた。
「わあああ!だからそうじゃなくって…!
あっ、そうだ!今、ちょっとポケモンバトルについての本読んでたんだけど、さぎりん、教えてくれるかなっ?」
話題を変えようと##NAME1##は手に持っていた本のページを開いた。
「…俺が?」
狭霧はやっと俯くのをやめて##NAME1##を見た。
「そうっ!勝負挑まれたら、トレーナーなら受けて立つべきと聞いて…。バトルに関してはさぎりんが先輩だから、教えてもらおうと思ったの」
狭霧はしばらく目を瞬かせていた。
「…俺でいいのか…?」
「うんっ、さぎりんがいいの!」
「……本当に……?」
「勿論!」
不安そうに上から顔を覗き込んでくるので、こっちがハラハラしたが、やがて狭霧はやっと微笑んだ。
「…そうか…、じゃあ、まずタイプの相性についてから教えよう」
##NAME1##はホッとして、本のページを捲りながら話す狭霧の穏やかな声に耳を傾けていた。
しかし、それもつかの間。
「鋼は炎、地面、格闘に弱い。それから、虫は飛行、岩、炎に弱い」
「うんうん」
「だから、例えば俺の場合は…」
そこまで言うと狭霧はハッとして、急に黙ってしまった。
「さぎりんの場合は?」
「……俺の場合…炎タイプの技がきたら、ひとたまりも無い訳だ………」
「……あ!」
「……火に近づくことすら恐ろしいなんて情けないよな……けど、どう頑張ってみてもやはり怖くて……。
…頼りないだろう?
そう、俺はお前が思っているよりもずっt「わーーーっ!!そうじゃなくって!むしろ弱点が1つだけだなんて凄いよ!」
##NAME1##が凄い勢いで遮ったので狭霧は驚いて固まったが、しばらくして恐る恐る聞き返してきた。
「…そうか?」
「うん!」
「……本当に…?」
「うん!!」
すると、しばらくして、突然ぎゅうっと後ろから抱き締められた。
「わっ!?さ、さぎりん…?」
「……そんな風に考えたこともなかった………ありがとう、##NAME1##…」
あ、あの。
耳元で言われると心臓に悪いです。
数分経過。
狭霧はずっと##NAME1##の肩に顔をうずめ、抱き締めたままでいる。
「………」
「…さぎりん?」
いつまでこうしてるつもりんだろう。
そんなニュアンスが分かったのか、狭霧が呟いた。
「…離れたく、ない…」
「え!?」
今までの言動から予想もつかない発言に、##NAME1##はうろたえた。
「……その…今まで、ずっと誰にも甘えたことが無かったから……想像以上に心地よくて………」
##NAME1##は、狭霧が長い間自らを偽っていたのを思い出した。
そして、今、自分の前では強がらないでいてくれているのを改めて知った。
そう考えてみると、何だかくすぐったい気持ちになる。
##NAME1##は本を放り出して、いっそう狭霧に身を寄せた。
「ねぇ、さぎりん」
「…?」
「大好き」
そう囁くと、繊細で照れ屋な私のパートナーは耳まで真っ赤になって、ただ一言だけ、自分も同じだと呟いた───────────────────。
<おまけ>
「さぎりん、カチカチやるのやめちゃったの?」
「…絶え間なく音がしてると落ち着かないだろう?」
「いや、何ていうか」
「?」
「あの音がしないと逆に落ち着かなくなってきた」
「…俺がいつもやってたからか…」
「さぎりんが近くにいないともっと落ち着かない!」
「……」
「さぎりん?
「……大丈夫だ…離れないから……」
「…!ありがとう、大好きっ!」