臆病少女と仲間たち
「あ」
『どうした? ##NAME1##』
『……』
泊まっていたポケモンセンターから出て歩き出したところで急に声を上げて立ち止まった##NAME1##を、狭霧は不思議そうに振り返り、流枷は無言で目線だけそちらに向ける。
ちなみにマグナ、メタろう、ゴードンの三匹は体が大きいため街中を移動するときはボールの中に入っていてもらうことにしていた。
「ちょっと中に忘れ物しちゃった。取ってくるから待っててね!」
『ああ、転ばないように気をつけて行ってきてくれ』
『……(頷く)』
私、さぎりんと流枷さまからどれだけそそっかしい子だと思われてるんだろう。
もう何度思ったか分からないことを再び考えながら、##NAME1##は言われた通り足元に気をつけながら走って中に入っていった。
*****
「お待たせ!」
戻ってきたとき、狭霧は道の脇に避けてこっちを見て待っていて、流枷は暇つぶしなのか本気なのか、今日も道に落ちている小石を軽く蹴飛ばして撤去していた。
##NAME1##の姿を見つけて集まってくると、まず狭霧が少し屈んで##NAME1##と目線を合わせ、右手の鋏を顔くらいの高さに上げてぱくぱくさせながら優しい声で言った。
『今度から、ちゃんと出発する前に忘れ物がないかチェックするようにな?』
「うん!」
##NAME1##自身は何の違和感も持たなかったのだが、横で、妙なものを見たような目で見ていた流枷が口を挟んだ。
『何だそのふざけた仕草は』
『ふ…ふざけた仕草ってあんまりじゃないか!?俺は全然ふざけてない!』
さすがに憤慨した狭霧だが、何のことを言われているのか今一分かりかねる様子で目を瞬かせる。
その様子を見て流枷が一言付け足した。
『ふざけてる以外に何があるんだ。今、自分の鋏を人形か何かみたいに使って言い聞かせてただろう』
言われて初めて気づいた様子で、狭霧と##NAME1## は顔を見合わせた。
そういえばよくやっているので全く不自然に思わなかったが、狭霧は##NAME1##に何か注意するときこういう仕草をする。
何かきっかけがあったような気がするのだが、それはおそらく自分が幼い頃のことで、なかなか思い出せなかった。
「さぎりん、いつからこうするようになったんだっけ?」
考え込んだ末に尋ねると、狭霧は懐かしそうに、そして半分困ったような表情で答えた。
『えぇと、確か昔に…。
…ああ、そうだ。あれだ!』
『どれだ』
至極真面目な顔で聞き返す流枷の様子に、##NAME1##はつい笑ってしまった。
しっかりしているが、どちらかというとのんびりした性格の狭霧と、落ち着いているがせっかちな面のある流枷の会話は面白い。
****
それは、狭霧がまだ名もない野生のストライクで、##NAME1##も小さな子供だった頃のこと。
手持ちのポケモンもいないのに毎日草むらを掻き分けて自分に会いに来る##NAME1##に、狭霧はいつもハラハラさせられていた。
相手が害意のない小さい子供と分かっていて本気で襲いかかるようなポケモンはそうそういない。
だが、無邪気なポケモンが遊びたがってついてきただけでも、ポケモンを怖がっている##NAME1##は泣いて逃げ出すか、その場で固まってしまう。
その日も、なつっこい小さなポニータに擦り寄られて完璧に固まっているのを助け出したところだった。
「い、いつもありがとう…」
まだプルプル震えている##NAME1##を見て、なぜあんな可愛い部類のポケモンが怖くて自分は大丈夫なのかと改めて思う。
それにしても、いい加減何か言っておかなければならないだろう。
毎回こうでは、こちらとしても気が休まらない。
『どうしてお前はそう、いつも無謀に突っ込んでくるんだ?』
「えっ…」
『毎回、野生ポケモンと出くわして泣きそうになってるのに、どうして無闇に草むらに入る?』
##NAME1##以外の人間、ましてや小さな子供となど接したことのない狭霧は優しい話し方など知らなかったから、何の気なしにストレートに問い詰めてしまった。
そのあと、『今度から呼んでくれれば出てくる』と言おうと思って顔を上げて##NAME1##を見た時には、既に遅かった。
涙目になって俯いてしまっている##NAME1##を見てぎょっとして、何も言えなくなってしまう。
「ご、ごめんなさ……わたし、どうしても、あなたにあいたくて……なにも、かんがえてなくて…」
『ま、待て、別に責めてるわけじゃ…』
「でも、たいへんだったよね……っひ、うぅ…」
泣き止まない##NAME1##を前に、狭霧は途方に暮れた。
どうやら自分は怒っているように見えて、この気の小さい女の子を相当怖がらせてしまったようだ。
この場合、人間なら頭を撫でてやったり、微笑んで怒っていないことを分からせ、安心させるのだろうが、生憎ストライクである自分には優しく頭を撫でる手も無いし、頑張って微笑んでも、あまり優しい表情になれる気がしない。
困り果てて辺りを見回した末に、ふと思いついて、近くに落ちていた丸い木の実を拾い上げ、鎌の先でちょいちょいと細工した。
何をしているのか気になったようで、泣いていた##NAME1##は目をぱちくりさせ、狭霧の手元を覗き込んでくる。
最後に、細工した木の実を右の鎌の先にさくっと刺して持ち上げて##NAME1##の目の前に差し出す。
その木の実には、にっこり笑った顔が描いてあった。
びっくりしている##NAME1##に、狭霧は出来る限り優しい声で言った。
『いつも会いに来てくれて嬉しい。でも、今度からは草むらに入る前に呼んでくれ。そうすれば俺が行くから。な?』
##NAME1##は、話しに合わせてピョコピョコ動く木の実をまじまじと見つめていた。
柄にもないことをしたと思った狭霧は、今にも顔から火が出そうな思いで##NAME1##の反応を待つ。
しばらくして、##NAME1##はにこぉっと嬉しそうに笑って大きく頷いた。
「うん!!そうするね!」
その反応に安堵し、狭霧は自然と柔らかい表情になり、その様子を見て##NAME1##はより一層嬉しそうに笑った――――――――
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『……というような事があってだな』
「思い出した!!
そのあと私がそれ気に入っちゃって、あれやってあれやってー!ってさぎりんに頼んだんだったね」
『そうそう…』
実はめちゃくちゃ恥ずかしかったのだが、せがまれて何度もやっている内に、##NAME1##の喜ぶ顔見たさに、ふとした拍子に自らやるようになって―――
『ハッサムに進化してからというもの、ちょうどよく鋏が顔のようになっているから余計にやってしまうみたいだ』
語り終えてお互い懐かしそうにほわほわしている狭霧と##NAME1##に対し、それまでひたすら黙って聞いていた流枷は何からコメントしようか難しい顔で考えていた。
『狭霧、確かお前の鋏の模様は、威嚇の為のものでは…』
『あ、あぁ知ってる……でもコレ、威嚇の為に使っても正直あまり効果無くてな…』
「ナックラーみたいで可愛いからね」
再び鋏をパクパクさせる狭霧と、にこにこ笑う##NAME1##と。
流枷はなにげなく移動するフリをしてその間に割って入りながら、続けて問いただした。
『それに、何か注意するとして、そのふざけた仕草に気をとられてたら相手が充分反省しないだろう』
再び「ふざけた仕草」と言われ、何で俺はこんな理不尽な扱いをされているんだと落ち込みながらも、狭霧は勇気を出して反論した。
『そ、そんなこと言ったって、泣かれたらもう注意するどころじゃないだろ?
お前だって、子供を危険から守る為に注意して回ってたんだろう。泣かれて慌てたことがあるんじゃないのか!』
狭霧に言われ、流枷はしばし思案する様子を見せた。
それから、顔を上げて自分でも不思議そうな表情で答える。
『一度も無いな』
それから、びっくりしている##NAME1##に向かって、ひょいと首を傾げた。
『…何故だ?』
「え、えーっと…?」
本気で分からないようで、流枷はじっと##NAME1##から答えが返ってくるのを待っている。
狭霧は流枷が間近で##NAME1##を見上げる角度を見て、何となく分かったような気がしたが、それを指摘したら余計に攻撃されるような気がして、##NAME1##がそれに気づくのを待つことにした。
やがて、##NAME1##が真剣に狭霧と流枷を見比べて、ようやくハッと気づいて言いづらそうに口に出す。
「そ、そうだね……流枷さま、そんなに大きくないから…」
まさか、ちょっと小さいからぷんすか怒ってても怖いどころか可愛いなんて言えない。
『……!!』
流枷は目を見開き、狭霧を見、もう一度##NAME1##を見た。
『(…あ、いま背伸びした)』
狭霧の位置から、何か言う前に流枷が頑張って背伸びして身長差を縮めたのが見えたが、見なかったことにした。
『…なるほど。小さいから泣かすほどの迫力が無かった、ということか』
表情は平静を装っているが、声が拗ねている流枷を前に##NAME1##が慌ててフォローしようとする。
「ち、小さいのは良いことだよ!可愛いし、抱きしめやすいし!背伸びしなくても頭なでなで出来るし!!」
そして、見事にフォロー失敗した。
早速頭を撫でようとした##NAME1##の手を振り払い、流枷はさらに背伸びして言った。
『わ、私は…小さいことを気にしてなどいない!!それに、可愛いとは何だ!』
「え?だって流枷さまは可愛いよ?」
今さら何を言っているんだろうという風な##NAME1##の言葉に、流枷はさらに怒って表情を険しくする。
精一杯背伸びしてプルプル震えている様が余計に可愛いとか言い出しかねない##NAME1##の様子にハラハラしながら、狭霧はそろそろ止めようと間に入った。
『まぁまぁ。怖がられずに済むなら良いことじゃないか…』
そこまで言って、狭霧はハッとした。
うっかり##NAME1##に言い聞かせる時と同じように、流枷の目線に合わせて鋏をぱくぱくさせながら話してしまったのだ。
案の定、流枷は余計に怒ってしまう。
『貴様、やっぱりふざけているだろう!?』
『す、すまない!これは本当に無意識で…』
『無意識に私を小さい子供と同様に見ているということか!!』
「(さりげなく私がさぎりんと流枷さまから小さい子供扱いされてるけど、いま言うことじゃないなぁ)」
―――その後、完全に拗ねた流枷が機嫌を直すまでに3日かかりました―――
完